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掌編作品(1~4000字)

愛に迷って

作者: はなうた
掲載日:2014/02/08

自身初のホラー作品です。

私の掌編二十二作目です。

 九月も半ばを過ぎたというのに、今年の夏はやけにしぶといようだ。

 午後四時。空から照りつける太陽は相変わらずアスファルトを熱し続けている。

 やや季節遅れの「ジジジ……」と鳴くセミの声は真夏のそれよりは大人しい。それでも、まだまだ現役であるようで、しっかりと僕の耳朶に響いてきた。

 下宿先の町の涼しい空気とは違い、どこか怒気を含んでいるようにすら感じる。


 この街に帰ってきたのは久しぶりだ。大学の行事で何かと忙しく、結局去年の夏以来の帰還だった。


 駅を降りてすぐの交差点。歩行者用の信号機が『とおりゃんせ』の音楽を奏でている。その一番端、交差点のすぐ近くに新しい建物があった。出入口横のスペースには少し大きめな木製のベンチ。前までそこにあった玩具店は既に壊されており、ブティックショップがオープン準備を進めている。数人の作業員が忙しそうに荷物を運び入れる。その姿がこの空間を数倍暑く感じさせた。


「兄ちゃん」


 振り向くと一人の少女が立っていた。少し大きめなTシャツにカーキのショートパンツ。八重歯を見せて笑うその少女は、僕の妹――佐奈さなである。今日、僕を迎えに来てくれる予定だったのだ。


 今年高校に上がったばかりの佐奈。化粧っ気のない丸い顔は、まだ中学生で通用するほど幼く見える。唯一大人びて見えたのは、今まで短く揃えていた黒髪が肩あたりまで伸びていた事だった。


「おう、ただいま」

「何か久しぶりだね。ちょっと太った?」

「どっちかっていうと痩せたな」

「そっかぁ、兄ちゃんって元々顔丸いしね」

「お前に言われたくないよ」


 他愛もない話が続く。最近はあまり会えなくて、その分会話する機会も減った。でも、やはりこいつとは馬が合うようだ。


 佐奈の隣に並び、家路に就こうと一歩踏み出したところで、不意に呼び止められた。


「ねえ、ちょっと寄っていきたい店があるんだけど……少し待っててくれない?」

「ん、そうか。待つのも暇だし、僕も行くよ」

「え……でも、あそこだよ?」


 細い指が差す方向には、色とりどりのランジェリーが飾られた店があった。


「あ、あぁ……。その辺で待ってるよ」

「うん、ごめん! すぐ戻ってくるから!」


 言いながら小走りで店へと向かっていく。佐奈はああ言っていたけど、あいつの買い物の長さは僕たち家族がよく知っている。

 一時間……いや、それ以上か。どこかで時間を潰すかな。

 僕も久々の街を見て回る事にしたが、それもすぐに済んでしまう。

 結局、交差点の近くで彼女の帰りを待つ事になった。



 いつのまにか喧騒が止んでいる。辺りはすっかり暗くなっていた。

 紺色の空には、片身を失った月が霞んで見える。その半月と所々に立つ街灯だけが、街を薄明るく照らしていた。さっきとはうって変わって物悲しさすら漂う街の中を、生温い風が通り抜けていく。

 佐奈はまだ戻ってこない。恐らくいくつかの商品の中でどれにするか悩んで、永遠のループに陥ってるんだろうな。

 でも、もう三時間が経とうとしている。

 今までにも増して遅い。

 あいつにメールしておいて、先に帰ろうかな……。

 そうして家の方へ足を向けた時、


「お兄ちゃん」


 と、すぐ近くで声がした。

 同時に右腕にまとわりつく、軽くて柔らかな感触。

 突然の出来事に驚いたが、まずは少し文句を言ってやりたかった。


「おい、今日は随分遅かったんじゃ――」


 言いかけたところで、ふと気がつく。


 先程まで街を行き来していた人達。それが今は一人もいない。僕と佐奈だけがこの世界に取り残されたような気分だった。


 それに……音が、ない。


 セミの声も。信号機の音楽も。ブティックショップにいたはずの、作業員の喧騒も。

 文字通り、何もかもが耳に入ってこない。この街の全てが「音」という概念を取り払ってしまっている。

 すぐ側の少女の声を除いて。


「ねえ、お兄ちゃん……どうしたの?」


 息を呑む。

 佐奈は陽気で人懐っこい。でも、今までこうして抱きついてきたり手を繋いだり、そういう触れる行為はしてこなかった。

 それに、あいつは僕の事を「兄ちゃん」と呼ぶ。


 よく見れば、佐奈と同じ黒髪だが長さも違うし、それに服装だって全く違う。


 この子は――佐奈じゃない。


 腕に絡まる、小さく、今にも折れそうな両手。冬用の茶色いボレロを着た少女が、腰辺りまで伸びた黒髪の隙間から顔を覗かせた。


「お兄ちゃん、帰ろ? あたシ達の家ニ……」


 コレは…………何だ?

 幼くて小さな顔。

 異常な程大きいその双眸に白はなく、ただそこにあるのは、深い闇のような黒。

 それは悲しげな表情で僕の顔を覗きこんでくる。そのまま頭が落ちてしまいそうな程に首を傾けて。


「――!」


 後ずさるが、少女の腕の力は相当に強くすぐに引き戻される。腕に爪が喰い込み、その痛みに思わず顔をしかめてしまう。


「ねぇ、あたし……独りぼっちデ、寂シかったんだヨ……?」


 段々としゃがれていく声が、こびり付くように耳朶を打つ。


「ここで、迷子にナって……ずっト皆を待ってたンだよ……?」


 蒼白い顔からぼろぼろと剥がれ落ちていく皮膚。鼻をつく苔のような青臭さ。目の前のそれは、まるで廃棄されて徐々に腐っていく人形のようだった。


「――ッ!」

「――――ッ!!」


 必死に声をあげても、自分の鼓膜すら震えなかった。


「だかラ、一緒に連れて帰ッテ……。ネェ……お兄、ちャン」


 訳が分からない。

 何が起こってるんだ……?

 僕の目の前にいるコレは、一体何なんだ……?


「ネェ、お兄ちゃん……。お兄チャン、オニイチャン、オニイチャン……!」


 壊れたブリキ玩具のような音が連続して響く。

 何でこいつは僕を兄と呼ぶ……?


「連れて帰ッテ……! ネェ! オニイチャン! いっショにぃ……連れで帰っデよおぉおおぉぉぉ……!」


 黒い目の周りは血管のようなモノが浮かび上がっていて、大きく開かれた顎は今にも外れそうになっている。

 ……違う。

 そうじゃない。お前は……


「お前は……僕の妹じゃないッ!!」



「わぁ! ビックリした!」


 顔をあげると、すぐ前に佐奈が立っていた。

 辺りは先程までの紺ではなく、明るい。空はほんのりと赤く染まり、カラスが数羽飛び交っている。そこに半分の月はなかった。

 信号はいつものように歩行者と車を誘導していて、木にとまっているであろうセミは「ジジジ……」と必死に鳴き声をあげている。

 どうやら、ブティックショップ前のベンチでうたた寝していたようだ。

 首筋を雫が伝う。Tシャツが所々透ける程、汗を掻いてしまっていた。


「だいじょぶ? 何か叫んでたけど……」

「あ、ああ、ごめん。変な夢見てさ」

「まあ、いいけどさ。てかあたしが妹じゃないって、どういう事?」

「え……?」


 どこかふて腐れた様子の佐奈。そういえば、夢で最後に叫んだ台詞……。


「ぷ……」

「え! 何が可笑しいのさ!」

「いやぁ、寝言を間に受けるなんてさ。可愛い奴だ、全く」

「あーー! バカにしたなー!」


 ポカポカ殴ってくる妹をなだめながら、さっき見た夢の話をした。


「へ~、てかホラーじゃん」

「まぁな、でも、何だか可哀想な気もしたんだ」

「何で?」

「何か、迷子になって泣いてたようで……連れて帰ってほしいって言ってたんだよ。その子」

「そうなんだ……」


 佐奈は少し俯いて呟く。


「……ていうか、知ってる? 前までここにあった玩具屋さんの話」

「ああ、ブティックショップができる前のか」

「うん。あの玩具屋さんって、ちょっと印象悪かったでしょ? 時代から取り残された感じで、売れ行きも悪かったんだよ。だからお店閉めちゃったんだけど……」


 数年前、一度だけその玩具屋に入った事がある。たしかに古風で時代遅れな店だった。最新のプラモデルやゲーム機なんかは置いておらず、こけしや人形などが暗い空間に並べられていた。そういえばその時は佐奈も一緒で、コイツは怖がってすぐ逃げていったっけな。


「その時捨てられた人形達の魂が……よくこの辺を彷徨ってるんだ……」

「ふぅ~ん」

「え! もうちょっとリアクションないのっ?」

「だってさ、よく聞く話じゃないか」

「ぐ……」


 でも、あんな夢を見たからだろうか。そう言ってはみたが、佐奈の言う事も何となく納得していた。


 現代社会。

 子育てに疲れた親が子供を虐待したり放置したりするニュースが後を絶たない。意図せずに親から突き放された子供の多くが、現在もこの社会の中で迷子になっている。

 そしてそれは、人間だけでなく、人の手によって作られた玩具達にも言える事なのかもしれない。

 あの夢の少女も、その一つだったとしたら……。

 僕達兄妹と、失くしてしまった自分の家族を重ね合わせていたんだろうか。もしかしたら兄だけでなく、父親や母親にも甘えたかったのかもしれない。


「もし……噂が本当ならさ」


 佐奈がこちらを見るのを察してから言葉を続ける。


「僕たちも、これからは色んなモノを大事にしてかないといけないな」

「うん! あたしもそれが言いたかった!」


 絶対嘘だろ? と言ってやろうとしたけど……。

 小さい胸を反らして威張る佐奈がどこか愛おしく思え、僕は声を出すタイミングを逃してしまった。


「さて、と。もう日も暮れるし、帰ろう」


 そんな気を悟られないように勢いをつけてベンチから立ち上がる。そして一つ伸びをした後、僕は歩を進めた。

 柔らかい風が頬を撫でる。

 少し秋を思わせる涼しい風が、ひどく心地よく感じた。


「あ、待ってよ、お兄ちゃん! せっかく上手に妹になレたのニ……」


 佐奈が後ろで何か言っていた。

 けど、その声は風に遮られてよく聞こえなかった。



不条理という言い訳に乗っかって、ちょっと今までよりも不親切設計です。


以下、少しネタばらしです。

↓↓↓


 この作品の主人公、夕方のシーンで一度夢から覚めた……と思いきや、実は一貫して幻の中にいます。

 最後の台詞もそうですが、ラスト付近の「ポカポカ殴る」この部分も伏線としておいていました。これは佐奈ならしない「触れる行為」なのでした。

 分かりづらかったと思います、失礼しました(汗)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 文も読みやすく、表現も豊かで、実際に風景が見えてきそうでした。 [一言] ぞっとするような恐怖ではなく、怖さと切なさが混ざった感じでとても良かったです!
2014/02/09 20:54 退会済み
管理
[良い点] 一度波に乗るとスイスイ読み進められる文章ですね。 [気になる点] 「―」の連続とカタカナが固まって出てきて 違和感がありました、読み辛いというのでしょうか。 [一言] 怖さはそこそこ、じわ…
2014/02/09 17:23 退会済み
管理
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