第七話
アクシリア王国 王都:エレスティア
王城 中庭
王城の中庭に飛来した物の様子を第一、二近衛騎士団が緊張した面持ちで伺っていると、飛来した物の後ろ側が突然開き、中から緑や茶色が混在した斑模様の服を着ている十名程の兵士の後に続いて、清潔感のある真っ白な服を着た女性が姿を現した。
「私は、蒼龍国特別使節の加藤汐里である!蒼龍国総帥の命によって貴国の救援に参った次第、貴国の代表者との会談を申し込みたい!」
オスプレイから出て来た汐里が大声でそう言うと、様子を伺っている騎士団員の中からアネットが姿を現した。
「アクリシア王国第一近衛騎士団団長のアネット・ラ・フリーデルだ。女王陛下が貴殿らとお会いになる。護衛を一名連れて付いて来い」
アネットの言葉に汐里は頷き、護衛の中から一名を選ぶと、他の兵士にはここで待機する様に告げてアネットの後ろを付いて王城の中へと入った。
王城 特別室
「お初にお目に掛かります女王陛下。蒼龍国特別使節の加藤汐里です」
汐里は玉座に座っているヒルデガードに対してそう告げて頭を下げると、ヒルデガードは静かに頷いて口を開いた。
「頭を上げて下さい、カトウ殿。貴方達のお陰で、王国は救われました。頭を下げなければならないのは、私達の方です。失礼ですが、蒼龍国と言う国名を存じ上げないのですが……」
「存じ上げなくて当然でしょう。私達の国は、数ヶ月前に建国された新しい国ですから」
「そうだったのですか……しかし、蒼龍国は何故、我が国を助けてくれたのです?」
「それは、我が国の総帥……国王が、貴国の民が虐殺されている事を知って救援を送る事を決定したのです」
汐里はそう言うと、続けて本来の目的を告げる為に口を開いた。
「総帥は、貴国との同盟を組む事を強く望んでいられます」
「同盟…ですか……?」
ヒルデガードの言葉に汐里は頷いた。
「はい、総帥は出来るだけ早く陛下と会談を行いと考えております」
「……分かりました。では、一週間後の正午に会談を行う事にしましょう」
「分かりました。では、総帥にはその様に伝えておきます」
汐里はそう言ってヒルデガードに一礼し、特別室を後にすると、護衛の兵士達と共に待機していたオスプレイに再び搭乗し、祐樹達と同じ様に蒼龍国への帰路に就いた。
蒼龍国 首都:蒼龍府
蒼龍国軍統合本部 第一会議室
祐樹達が蒼龍国本土へ戻ってから三日後、統合本部の会議室では同盟締結に向けての会議が開かれていた。
「―――この様に、インペリウム教皇国軍の奇襲侵攻によって、アクリシア王国は領土の三分の二を失う結果となりました。また、インペリウム教皇国軍はアクリシア王国の他にシティア公国、シラクーザ王国等の周辺諸国にも同時侵攻を開始しています」
照明の落された会議室では、正面のスクリーンにはプロジェクターによってインペリウム教国軍の侵攻図が映し出されており、森宮二尉がレーザーポインターを使用して侵攻状況について説明を行っていた。
「現在、インペリウム教皇国軍は陥落させたバスティア要塞を修復、拡張してアクリシア王国攻略に対しての前線拠点として使用しています」
「敵の主力と思われる部隊は?」
祐樹の言葉に森宮は頷き、プロジェクターを操作している兵士に手元のマイクで短く指示を出すと、スクリーンに映し出されていた侵攻図が衛星から送られた画像へと移り変わった。
「敵はアクリシア王国に対して二正面作戦を採っており、最も多くの戦力を保持しているのは中部から王都エレスティアを目指し、一部がバスティア要塞に対機している部隊です。規模は十万から十二万だと思われます」
二つに分かれている敵の部隊から中部方面を通り、王都を目指している部隊をレーザーポインターで指示した。
「―――現在この部隊は、一番突出している約五万が、アクリシア王国軍主力八万が展開しているガリシア平原で膠着状態となっています」
「森宮二尉、現在のアクリシア王国軍の兵力でインペリウム教皇国軍と戦うとしたらどの位持ち堪えられる……?」
「……一ヶ月、一ヶ月戦線を維持できれば良い方だと思います」
「そうか…もう一つの部隊の動きは?」
「もう一方の部隊は、王都以外の周辺地域の制圧が目的だと思われ、こちらの兵力は約七万から八万だと思われます。しかし、こちらの部隊も中部の部隊と共に侵攻を停止して街等占拠した地点を拠点として砦などの構築を始めています」
アクリシア王国に進攻していたインペリウム教皇国軍に関しての報告を一通り終えると、森宮は自分の席に就いた。
「なら、両面作戦を採るしかないか……優奈、陸軍は派兵するとしてどれ程の戦力を出すことが出来る?」
祐樹の言葉に優奈が立ち上がり、準備していた派兵に関する資料を森宮に配らせながら自身の資料を見ながら報告を始めた。
「我が陸軍は派兵命令を受ければ二個軍集団と三個工兵師団をアクリシア派兵軍として派兵する準備が整っております。しかし、これ程の大部隊を派兵するとなると、現地にも拠点を設ける必要があります」
優奈のこの意見に祐樹も同意する様に頷いた。
蒼龍国陸軍の軍集団は通常、七個擲弾兵師団と五個装甲擲弾兵師団、四個装甲師団、二個航空団で編成され総兵力は十万を超える数となり、これに後方支援要員などを含めると二十万を超える数と成る為、どうしても拠点が必要となる。
「その事は同盟締結の条件にも土地の提供を入れておこう。それで、軍集団や物資の輸送はどうするつもりだ?」
「派兵する部隊の第一陣、第二陣は海軍の輸送艦隊で輸送する手筈になっています。また、拠点が完成したら部隊、物資の輸送は輸送艦隊と輸送航空隊の両方で行う事になっています」
「分かった。引き続き派兵の準備を進めてくれ。次、汐里。海軍の派兵状況は?」
「海軍は第一統合打撃群、第一、二航空打撃群、第一、二水上打撃群の出撃準備が既に整っております。この内、第一統合打撃群は、総帥の御命令通り四日後の交渉に向けての出発準備を進めています」
汐里の報告に祐樹も満足そうに頷き、続けて紅葉に視線を向けた。
「では、紅葉。空軍の状況も頼む」
「はい、総帥。空軍では現在、第一航空団を中核としたアクリシア王国派遣航空団の編成を行っています。拠点の飛行場が完成するまでには五個制空飛行隊と四個戦闘攻撃飛行隊、航空管制隊等を派遣する事が可能です」
全軍の状況を確認し終えた祐樹はもう一度満足そうに頷くと、全員の顔を見回して口を開いた。
「全員分かっているだろうが、同盟が正式に締結されたら直ぐに派兵を行う事になる。全軍、気合を入れて事に臨んでほしい。以上、解散!」
祐樹がそう締め括り、会議が終了すると、全員は三々五々会議室を後にし、祐樹は刹那を連れて総帥執務室へと戻った。
総帥執務室
「しかし、両面作戦か……」
「マスターの心配も分かりますが、大丈夫ですよ。我が軍はそれだけの行動を可能にする戦力を備えています」
祐樹の呟きに刹那が微笑みながらそう答え、その言葉に祐樹も頷くと、何かを思い出したように刹那に視線を向けた。
「そう言えば刹那、“彼女達”は無事に潜入する事が出来たか?」
「はい、二日前に全員の潜入が成功した事を報告で受けました。既に活動を行っており、報告書も送られていますよ」
刹那はそう告げると、ファイリングされた報告書を祐樹に手渡し、祐樹はその報告書の一枚一枚に目を通し始めた。
「……順調に活動は行えている様だな。しかし、短い期間でここまで正確な情報を集めるとは流石だな」
「彼女達もマスターにそう言われれば喜ぶでしょう」
祐樹は刹那の言葉に頷き、報告書の最後まで目を通し終わるとファイルを閉じ、刹那に手渡した。
「彼女達には引き続き、活動を続行する様に伝えてくれ」
「了解しました」
アクリシア王国 王都:エレスティア
王城 執務室
祐樹達が同盟締結に向けて会議を開いている頃、アクリシア王国女王ヒルデガード・カヤ・トランセルは各方面から上げられる被害報告書に目を通し、確認の印を押す作業に明け暮れていた。
「陛下、今回の戦闘での民達の被害報告書が出来ました。お目通しをお願い致します」
「分かりました。後で目を通すので、そこに置いておいて下さい」
「畏まりました」
「はぁ……」
そう言って、積み重なっている書類の山にまた一枚追加された事にヒルデガードは溜息をついた。
「ヒルデ、お茶を持って来たぞ」
溜息をつきながらも黙々と書類に目を通し、目を通し終わった書類に王家の家紋が入った印を押すという作業を繰り返していると、鎧姿では無く普通のドレスを着たアネットがお茶の入ったカップとお茶菓子を盆に載せて入ってきた。
「アネット……?」
お茶を持って来たのが侍女では無く、自分の護衛と気兼ねなく話せる相談役を務めているアネットだった事に驚いていると、その表情の理由を察したアネットが苦笑しながら口を開いた。
「あぁ、執務室に侍女が飲み物を持って行こうとしていたから、ついでだったから私が持って来ただけだ」
「そうでしたか」
ヒルデガードは執務机を簡単に片づけ、その空いたスペースにアネットがお茶の入ったカップとお茶菓子を並べ、ヒルデガードは並べられたそれらを見て笑みを浮かべ、お茶の香りを楽しみながらゆったりとした時間を過ごしていた。
「―――そう言えば、ユウキさん達は如何なりましたか?」
「あぁ、彼等なら自分達の故郷を心配して故郷へと戻った」
「そうですか……また、ユウキさん達は来てくれるでしょうか……?」
「それは分からないな。しかし、彼らには本当に助けられた。今度また訪れた時には歓迎しなければ……」
アネットの言葉にヒルデガードも頷くと、徐に外交部から送られた最重要書類を書類の山の中から取り出した。
「今重要なのは、蒼龍国との同盟締結ですね……」
「蒼龍国か……」
アネットはヒルデガードが口にした国名を自身も口に出した。
インペリウム教皇国軍による王都攻略戦で窮地に陥っていた我々を救ってくれた国……見た事も無い兵器を操り、数万もいたインペリウム教皇国軍兵を薙ぎ払い、空中艦も彼等が放った「光の矢」によって無残にも落される光景をアネットは思い返した。
「無事に同盟が締結出来れば良いのですが……」
「負ける寸前だった我々を助けてくれる様な心優しい国王だ、きっと交渉も上手く行くだろう。問題は我が国の同盟締結反対派だ。この混乱しているのに乗じて何をしでかすか分かったものでは無い……」
「そうですね……」
アネットの言葉にヒルデガード表情を少し暗くしてはそう言うと、冷めてしまった残ったお茶を飲み込むと、再び書類に印を押す作業に戻り、アネットもその作業を補佐するのだった。
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次回の更新は2月17日です。