第四十話
蒼龍国 首都:蒼龍府
統合参謀本部 総帥執務室
カザーフによるクーデターが終結してから一ヶ月が経過しようとしていた頃、祐樹は副総帥代行である小夜と各方面から提出された報告書に目を通してサインを書き入れる作業を黙々と続けていた。
「ダルティア基地の被害はやはり酷いみたいだな……」
クーデター発生直後から教皇国軍の強襲を受けたダルティア基地の被害状況が書かれた報告書に目を通した祐樹は、添付されているダルティア基地の防塁の写真や死傷者の集計表を見て溜息を吐いた。
「はい。ですが、あれ程の強襲を受けてこれだけの被害で済んだのは幸運だと思います」
「確かにな……基地の修復作業の報告書はどこにある?」
「報告書は……こちらになります」
祐樹の言葉を受けた小夜は、自分の机の上に置かれていた書類の束から工兵師団から提出されたダルティア基地の修復状況の詳細について記載された報告書を見つけ出すと祐樹に手渡した。
「随分と早く修復されているな。基地が完全に修復するのは一ヶ月後か……」
「工兵師団が不眠不休で頑張っているようです」
「これなら拠点として支障はないだろうが……やはり前線にも拠点がいるな……」
「はい。補給線は今のところ安定していますが、戦線を広げるとすれば補給が難しくなる可能性があります」
「予定としては教皇国軍に占領されたバスティア要塞を前線基地として使用する計画だったか?」
「はい。教皇国軍や神の使いし軍団によって拡張されてますので、前線基地として申し分ないと思いますが……」
「問題は戦力の再編成か……」
祐樹の言う通り今回の大規模なクーデターによってバレンシア大陸における一大拠点となっていたダルティア基地だけではなく派遣軍である第一軍集団や第二軍集団にも少なからず被害が出ており、戦力の再編成が行われている最中だった。
「真田大将から提出された作戦では戦力の再編成が完了したのと同時に侵攻を再開し、バスティア要塞攻略を目指すそうです」
「そうか……戦力の再編成が完了するのはいつ頃になりそうだ?」
「二ヶ月後だと思われます」
「それまでは防衛に徹するしかないな」
第一、第二軍集団の詳細と戦力再編後に行われる作戦計画の詳細が書かれた報告書に目を通していた祐樹は小夜からの言葉を受けると、報告書を机の上に置いてそう呟くと深い溜息を吐いた
―――コンコン
「……入れ」
『失礼します』
祐樹から入室が許可されると、海上幕僚長である加藤汐里と情報部長の河村真白、副総帥代行となった小夜に代わって執行部の指揮を行っている執行部副長のエイダ・ミラードが入室した。
「ほぉ……珍しい顔触れだな」
海軍、情報部、執行部と部署の長である三人が入室したことに驚きの表情を浮かべた祐樹だったが、三人がこの場に現れた理由がこれからの作戦を遂行する上でよほどの事情が発生したのだと感じた。
「急な来訪で申し訳ありません。緊急に報告しなければならない事態が発生しました」
「緊急……?何があった?」
「こちらをご覧ください」
そう言ってエイダから差し出されたタブレット端末を見ると、港町と思われる写真が映し出されていた。
「これは……?」
「今回のクーデターで教皇国軍に占領された港湾都市であるロスレアの写真になります」
「あぁ、あの敵艦隊が停泊していた場所か」
「その通りです。こちらをご覧ください。これは今から三十分前に偵察衛星が撮影したロスレアの写真になります」
「艦隊がいない……どういうことだ?」
一枚目の写真では戦艦や空母などの艦艇が港湾の中に停泊している様子が映し出されていたが、二枚目の写真には港湾を埋め尽くしていた戦艦や空母などの艦艇が一隻も停泊していなかった。
「情報部と執行部による情報収集の結果、敵艦隊は二日前に出航したようです」
「……目標は?」
「海幕としては、本土とバレンシア大陸の補給線の遮断が目的ではないかと考えています」
「補給線の遮断か……敵艦隊の規模は?」
「戦艦四、空母三、巡洋戦艦二、重巡二、軽巡六、駆逐艦十、潜水艦八になります」
「大艦隊だな……戦艦はH42級とビスマルク級だったか……?」
「はい。H42級は四十八センチ砲搭載艦ですので、我が軍の大和型とも十分に撃ち合える艦だと思われます」
「海軍はこの件にどう対処するつもりだ?」
「現在、第一統合打撃群と第二統合打撃群が警戒を続けています」
汐里は再びタブレット端末を操作すると、バレンシア大陸近海に投入している全艦隊の位置とロスレアを出港した敵艦隊の予想される針路が表示された。
「この敵艦隊の針路は確かなのか?敵艦隊が違う針路を進めば我が軍に少なくない被害が出ることになるぞ」
「情報部と執行部の協力で偵察衛星を使用して敵艦隊を監視しております。多少の誤差は出るでしょうが、ほぼ間違いないと思われます」
「……敵艦隊攻撃の主力は?」
「『大和』を擁する第一統合打撃群となります」
「敵艦隊との遭遇は早くて二日後か……この情報は第一統合打撃群と第二統合打撃群にも送っているのか?」
「はい。両打撃群とも艦載機を発進させて索敵を行っています」
「分かっていると思うが、両打撃群には油断するなと伝えろ。下手をすれば大和型が沈められる可能性もあるからな」
「はっ。それでは失礼します」
祐樹の言葉に汐里は深く頷くと、祐樹と小夜に一礼してからエイダと河村を連れて総帥執務室を退出した。
「空母や駆逐艦なら対艦ミサイルで撃沈できるだろうが、戦艦や重巡は艦隊決戦で沈めるしかないか……?」
三人が執務室から退出するのを見送った祐樹は、自分の隣で執務を行っていた小夜に視線を向けてそう尋ねた。
「対艦ミサイルの当たり所にもよると思いますが、砲撃戦の可能性も考えられるでしょう」
「水上戦は海軍でも初めてになるから不安が大きいな……」
これまでの戦闘は第一軍集団と第二軍集団による地上戦が主であり、トマホークや空母艦載機による対地支援攻撃だけを行っていた海軍が本格的な艦隊同士の戦闘でどこまで戦えるか祐樹は不安を抱いていた。
「心配ありません。海軍もこのような事態に備えて日々訓練に励んできました。主様の納得する戦果を出してくれるはずです」
「そうだな……なら、俺は戦果を気長に待つとしよう」
小夜の言葉で少しだけ不安が消えた祐樹はそう言うと、椅子に座り直して自分の執務机に積まれた報告書の山から一枚の書類を手に取るとサインを書き入れる作業を再開するのだった。
バレンシア大陸近海
蒼龍国海軍 第一統合打撃群 旗艦:戦艦「大和」
情報部から敵艦隊がロスレアを出港したと報告を受けた第一統合打撃群は、海幕が予想した敵艦隊針路上に展開して潜水艦や各空母に搭載されているE-2Dホークアイを使用して索敵網を構築していた。
「見つかりませんね……」
「そうだな。そろそろ見つかる頃だと思っていたが……」
戦艦「大和」の艦橋に設置された司令官席に座る第一統合打撃群司令官の宮原一真は、「大和」よりも前を航行する空母「信濃」から発艦するE-2Dホークアイの姿を眺めながら自分の後ろに立つ参謀長の藤堂涼子と話していた。
「敵艦隊との戦闘は初めての経験となるが、乗員たちの士気はどうだ……?」
「はっ。初めての敵艦隊との戦闘に士気は高いです」
「それは上々だな。篠原艦長、『大和』の武器システムの調子は?」
藤堂からの報告に満足そうに頷いた頷いた宮原は、自分と同じように艦橋に設置された艦長席に座る戦艦「大和」艦長の篠原真夜に声をかけた。
「イージスシステム、射撃管制システムにも異常はありません。戦闘が始まればしっかりと働いてくれるはずです」
「頼りにしているぞ」
「はっ」
「航空参謀、各空母の状況はどうか?」
「各空母、敵艦隊発見の報せを受けたら二十分以内にハープーンを装備した一個飛行隊が発艦可能です」
「よろしい。あとは、敵艦隊の登場を待つだけだな」
各空母で待機している各飛行隊の報告を航空参謀から受けた宮原が満足そうに頷いてそう呟いて敵艦隊発見の報告を待っていたとき、通信室から一人の兵士が出てくると一枚の紙を篠原に差し出した。
「……宮原司令、ホークアイ五号機が敵艦隊を発見しました」
「ついに来たか!情報は各空母に送られているな?」
「はい。情報を受けた各空母が飛行隊の発艦準備に入りました」
「よし!出撃命令を出せ!海軍にとって待ち望んだ敵艦隊との初めての戦いだ。気合を入れろ!」
宮原の命令によって各空母でAGM-84ハープーンを四発搭載したF/A-18Eスーパーホーネットがカタパルトまで誘導されると赤いジャージを着たオードナンス・クルーによって安全ピンが抜かれ、カタパルト・オフィサー発艦の許可を出してF/A-18Eスーパーホーネットは空へ打ち出された。
更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
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