第三話
バレンシア大陸 暗闇の森
蒼龍国軍大陸調査隊
一号車からの報告を受けてから十分後、祐樹が率いる本隊も合流し、調査隊は村に入り生存者捜索を行っていた。
一部の建物は放火され、その建物の周りには数多くの死体が転がっており、その中にはまだ幼い子供の姿もあった。そんな中を兵士達はHK417を構え、周囲を警戒しながら村跡をゆっくりと歩きながら死体を見つけると一つ一つを調べ、生存者がいないかを確認する。
「酷い……」
「まだ子供もいるじゃないか……」
「誰が、誰がこんな酷い事を……」
捜索を行っていた兵士達もこの凄惨な状況を見て女性兵士の中からは悲痛な声を上げる兵士も少なくなかった。
小一時間程かけて村をくまなく捜索したが、この村の生存者は確認されなかった。祐樹は兵士達に遺体を埋める為の墓穴を掘るように命令し、その光景を眺めているとクリップボードを持った刹那がやって来た。
「マスター、この村には住居と思われる建物が三十軒、交流所と思われる大きな建物が二軒確認されました。確認できた遺体は百体を超えており、この村の住人は全滅したものと考えられます」
「全滅か……何処かへ逃げた形跡も無かったのか?」
「はい。家財を持ち出した形跡も無いので、全員殺されたものと思われます」
「酷い事を…少なくてもこの村を襲ったのは最低でも百人程の集団っていうことになるな……刹那、墓穴を掘り終え次第この場から離れ、次の予定地の町に向かおう」
「了解しました」
二時間後、遺体を全て埋め終わると兵士達は装備を整えて村を後にし、車列は再び街道に沿って進み始めた。
「全車、警戒を怠るな。予想では村を襲った集団は最低でも百人はいると思われる。何処から矢が飛んでくるかも分からない、各車輛の射手は充分注意する様に」
車列は村に行くまでとは違い、速度を落として武装集団の襲撃に警戒しながら街道を進んでいた。
「しかし、村が襲われているとは……ここら辺は治安が悪いのか……?」
「それは分かりませんね。次の町で少しは情報が入れば良いのですが……」
「そうだな。次の町までは後どの位だ?」
「はい。この調子で行くと後三時間程で到着すると思います」
祐樹は刹那の言葉に頷き、町に着くまでの三時間は何も起こらないで欲しいと心の中で祈っていたが、先頭を走る一号車から再び通信が入った。
「如何した?」
『我々の進行方向の二キロ地点から黒煙が上がっています』
「また村の一つが襲われたのか……?」
「いえ、その地点には村等の集落はありません」
刹那は地図上で報告のあった地点に何かあるか探したが何も確認出来ず、その言葉を受けた祐樹は頭の中に一つの予感が浮かんだ。
「もしかして、誰か襲われているのか……?一号車、直ぐにその場へ偵察に向かえ。状況を確認して報告しろ」
『了解』
一号車は再び車列を離れると、スピードを上げると、黒煙が上がる方向へ向かった。
「ただの火事であればいいが……刹那、本当にその地点には何もないのか?」
「はい、間違いありません。この地図では何も確認できません」
「そうか……」
刹那の目の前に置かれている地図の前に移動して自分でも見て自分でも何も無い事を確認し、一号車の報告を待っていた。
『総帥、応答願います』
「俺だ。報告を頼む」
『はっ、総帥の予想通り数両の馬車が盗賊と思われる集団に襲われています。現在、護衛の騎士が応戦していますが、盗賊の数が多くこのままでは全滅の可能性もあります』
「分かった。一号車はそのまま待機しておけ。俺達も直ぐにそっちに行く」
『了解』
「全車両、聞いた通りだ!これより我々は襲われている馬車の救援に向かう。我々の初陣だ、気合入れていくぞ!」
『『『『『了解!』』』』』
祐樹の言葉を受けて車輛はスピードを上げ、襲われている馬車へと向かった。
「見えた!」
スピードを上げた車輛達が一号車いる地点へと向かうと車輪が外れた荷馬車を楯として弓や魔法を放ち、剣を使って襲って来る盗賊達から馬車を守りながら戦う白銀の鎧を身に纏う騎士の姿を確認する事が出来た。襲い掛かる盗賊達に騎士達は獅子奮迅しているものの盗賊の数が多く、徐々に追い詰められていた。
「擲弾銃搭載型を前に出せ!目標、敵盗賊団後方!距離三百、短連射!騎士には絶対に当てるな!」
祐樹の命令で九六式四〇ミリ擲弾銃を搭載した三両の九六式装輪装甲車が先頭に出ると擲弾銃の銃口を馬車に襲い掛かっている盗賊達に向け、何の躊躇も無く盗賊達向かって引き金を引いた。
盗賊達が着ている薄い鉄板で作られた鎧では、擲弾銃から放たれた四〇ミリ擲弾を防ぐ事は出来ず、擲弾は盗賊の四肢を吹き飛ばし、血や内臓を辺りに撒き散らした。
攻撃を受けた盗賊達は突然の事に驚きの声を上げる者もいたが、直ぐに攻撃した敵を探し出し、祐樹達の集団を見つけると一部の盗賊が仲間の仇と言わんばかりに雄叫びを上げながら祐樹達に迫った。
「各員、各個射撃!敵を絶対に近付けるな!」
雄叫びを上げながら近づく盗賊達に兵士達は慌てる事も無く冷静に小銃を構えると盗賊を狙い撃った。また、兵士達の持つ小銃の他にM2重機関銃や痛みを感じる前に死んでいる事から「無痛ガン」と呼ばれているM134による濃密な弾幕を展開させながらゆっくりと前進を開始し、先程まで雄叫びを上げながら近づいていた盗賊達は近づく事も出来ずに鮮血を撒き散らしながら絶命した。
「撃ち方止め!撃ち方止め!」
戦闘を開始してから三十分が経過し、祐樹の命令によって完全に銃声が止むと辺りには盗賊達の死体が積み重なり硝煙と血の匂いが漂っていた。
「総帥、敵盗賊集団の全滅を確認。我々の損害はありません」
「分かった。各員は弾薬の補給を行った後、待機しておくように」
「了解しました」
兵士からの報告にそう冷静に返事した祐樹だったが、彼の銃を持つ手は小刻みに震えていた。盗賊とはいえ始めて人を殺した事に違いは無く、辺りから漂う血と硝煙の臭いが、前の世界では人も殺した事の無い高校生だった祐樹にその現実を教えていた。
「大丈夫ですよ、マスター」
小刻みに震えながら呆然とその場に立ち尽くしている祐樹に対して、刹那がそう言って近づくと前から優しく祐樹を抱きしめた。
「刹那……?」
突然の刹那の行動に祐樹も驚きの表情を浮かべて顔を見上げると、彼女は聖母の様な慈愛に満ちた表情で微笑んでいた。
「大丈夫ですよ、マスター。マスターには私達がついています。だから、全てを一人で抱え込まないで、怖がらないで下さい。マスターが行く道には私達も付いて行きます」
刹那に抱き締められ、その言葉を聞いている内に祐樹の手の震えは治まり、心も落ち着きを取り戻し始めた。
「有難う刹那、大分気持ちが楽になったよ。これから騎士に会いに行くが、ついて来てくれるか?」
「はい。マスターの仰せの通りに……」
祐樹のその言葉に刹那は微笑みながらそう言うと、恭しく頭を下げた。
祐樹は刹那と刹那が選抜した護衛の十名を連れて馬車の周りでこちらの様子を伺っている騎士達に近づいていた。護衛の兵士達は万が一に備えて小銃を構え、何時でも撃てる状態になっている。
「出来るだけ相手を刺激しない様にしろ。発砲も俺か刹那の命令があるまで禁ずる」
「はっ、了解しました」
兵士の返事に頷き、馬車に近づくと騎士達の中から二人の騎士が前に進み出た。後ろで待機している騎士達も警戒を解く事は無く、剣の柄に手を添えて何かあれば直ぐに攻撃出来る態勢になっていた。
「アクリシア王国所属、第一近衛騎士団団長のアネット・ラ・フリーデルだ。隣にいるのが副団長のエルヴィエラ・レン・ウルゼル。貴殿らの助太刀に感謝する」
凛とした空気を身に纏い、金髪を腰まで伸ばした女性がそう告げると、隣に立っている黒髪をセミロングにした女性が静かに頭を下げた。
「傭兵隊隊長の霧風祐樹だ。こっちが副官の更衣刹那」
祐樹がそう告げると、刹那が静かに頭を下げた。一先ず敵では無い事を確認したアネットは後ろで待機している騎士達に対して警戒を解く様に告げ、祐樹も護衛達に銃を降ろす様に手で合図を送った。
「貴殿らの助太刀が無かったら、私達は全滅していただろう。それにしても、貴殿らの武器は凄いな……あれだけの数を倒してしまうとは……どこかの国の騎士団にでも所属していたのか?」
「いや、どこにも所属はしていないが……」
アネットと暫く話していると、盗賊の遺体を確認していた騎士の一人がアネットの許に近づき何かを耳打ちした。
「何?そうか……分かった。引き続き、遺体の確認を行え」
「はっ」
耳打ちした騎士と何か神妙な面持ちで会話を交わし、アネットから指示を受けて騎士は再び確認を行っている騎士達の中に戻った。
「失礼だが、何かあったのか……?」
「詳しくは言えないが我々を襲ったのは盗賊では無く、インペリウム教皇国軍の戦闘部隊らしい……奴等の持っていた剣から教皇国軍の紋章が確認された」
「それは……そう言えば、アネットは近衛騎士団と言っていたよな。一体誰の護衛を?」
祐樹がアネットにそう尋ねた時、騎士達が護衛していた馬車の方が騒がしくなり馬車から一人の女性が出て来るのが見えた。
「お下がりください、陛下!」
「陛下、お戻り下さい!」
馬車から出て来た薄青のドレスを身に纏った女性は、騎士達の言葉には耳を貸さず真っ直ぐ祐樹達の許へと近づいた。
近づいて来る女性は幼さをまだ少し残しているが、透き通るような白い肌に白銀の髪を靡かせ、どこか神秘的な雰囲気を身に纏っていた。
「あなた達が盗賊から私達を救ってくれた傭兵隊の隊長ですね?」
「は、はい。そうですが……」
「本当に有難うございました。私はアクリシア王国女王、ヒルデガード・カヤ・トランセルです」
「じょ、女王陛下!?し、失礼しました!」
突然の女王の登場に祐樹と刹那は驚いて慌てて頭を下げ、護衛の兵士達は捧げ銃を行う。そんな祐樹達をヒルデガードは微笑みながら見つめると、頭を上げる様に告げた。
「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。それで、いきなりで申し訳ないのですがこの襲撃で我々には少なくない被害が出てしまいました。それで、あなた達に王都であるエレスティアまで私の護衛をお願いしたいのです。勿論、タダでとは言いません。報酬は弾みます」
「……少し話し合っても構いませんか?」
「えぇ、構いませんよ」
ヒルデガードが頷くのを確認すると、祐樹は部隊の主要な隊長陣を集めて暫く話しあった結果、ここで少しでも恩を売っておいた方が後々良いと言う結果に落ち着いたので、祐樹はヒルデガードの依頼を正式に受諾し、近衛騎士団と共に馬車を護衛しながら王都エレスティアに向かう事となった。
次回の更新は12月29日になります。
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