第三十五話
アクリシア王国 王都:エレスティア
蒼龍国親衛軍
同心円状に三重の壁に囲まれている王都エレスティアの中で最外周に存在するエレスティア最大の港であるミスラ―タに強襲上陸を果たした蒼龍国第一親衛混成旅団は、丸一日を掛けて最外周区を完全に制圧し、主力部隊である第三親衛師団も予定よりも一日早くエレスティアに到着した。
「―――第二城壁には反女王派軍、教皇国軍など約二万の兵士が防備を固めています」
ミスラ―タの一角に建つ商館の一室では、ここを作戦司令部とした第一親衛混成旅団と第三親衛師団の師団長、幕僚クラスの人間が集まって王都奪還のための作戦方針の策定を協議していた。
「第二城壁に対戦車兵器の存在は確認されたのか……?」
「衛星写真で撮影された写真からは確認されていませんが、携帯型対戦車兵器の存在は不明となっています」
「やはり第二城壁を攻略は慎重に進めなければいけないだろう」
「派遣軍の報告もあるし、それが妥当かもしれないな……」
「それでは遅すぎる」
情報幕僚から第二城壁上の戦力について報告を受けながら協議する幕僚たちの声を遮るようにストロベリーブロンドの髪を背中まで伸ばした女性―――第三親衛師団長、セレステア・ウッドフォード少将の声が響いた。
「通信でも受けているが、王城の一画に立て籠もる味方たちの限界が近い。のんびりと第二城壁の攻略に時間を掛けることは出来ない」
「俺もウッドフォード少将の意見に賛成だ。女王派貴族の限界も近いだろう……ウッドフォード少将、言い出すからには何か作戦はあるのか?」
ウッドフォードの言葉に同意した第一親衛混成旅団長、遠原忠秀少将の案を求める言葉にウッドフォードは頷いた。
「第二課の投入を提案する」
「第二課だと……」
蒼龍国の特殊部隊の中でも最精鋭が集まる特殊部隊である親衛軍特務執行部第二課を投入するというウッドフォードの言葉に、部屋にいた幕僚はもとよりウッドフォードに案を求めた遠原も驚きの視線をウッドフォードに向けた。
「ウッドフォード少将、第二課を投入するには総帥閣下と副総帥閣下の許可がいる。君もそのことは親衛軍の将の一人ならば知らないはずないだろう」
遠原の言う通り親衛軍の中でも諜報や特殊作戦を行う特務執行部はその特殊性から祐樹直属の部隊となっており、作戦を行うには総帥である祐樹と副総帥である刹那の許可が必要とされていた。
「当然。作戦参謀、宮崎一尉をここへ」
「はっ」
遠原の指摘に頷いたウッドフォードは自分の傍らにつ立つ作戦参謀にそう告げると、作戦参謀は短く返事をして部屋の中に一人の女性を入室させた。
「特務執行部第二課から派遣された宮崎菜美特務一尉です」
「なぜ第二課がここに……」
「総帥閣下の命を受けて第三親衛師団に臨時に編入されました。総帥閣下と重症の刹那副総帥に代わって権限を引き継いだ森保副総帥代行の許可は出ています」
「ほかに質問は……?」
祐樹と小夜のサインの入った書類と宮崎の言葉に鷹揚に頷いたウッドフォードはそいうと部屋にいる全員を見回した。
「許可が出ているのなら問題はない。ウッドフォード少将、作戦の説明を頼む」
第二課を投入するための条件が揃ったことで遠原がそう言うとウッドフォードは満足そうに頷いて作戦参謀に目で合図を送り、作戦参謀が作戦台としている机の上に王城の見取り図を広げた。
「作戦は夜間での空中強襲からの女王派貴族の救出。強襲目標は中庭。AH-64D二機に護衛されたMH-6Mリトルバード五機に搭乗する第二課の隊員二十名によって中庭城壁を制圧。次いでMH-60L五機からファストロープ降下を行った五十名が中庭を制圧、王城内にいる友軍と連携して中庭までの安全を確保し、中庭に着陸させたMH-47Gで女王派貴族を救出する」
「無謀なのもいいところだ。いくら最精鋭と名高い第二課と言えどもたった七十名では死地に送り込むようなものだ。それに第二課や友軍の王城からの離脱はどうする?王城には叛乱軍や教皇国軍が少なくとも数千人の存在が確認されているぞ?」
第一親衛混成旅団の幕僚の指摘にウッドフォードは怯むことなく王城の見取り図の横に置かれている王都の地図の一ヶ所を持っていた指示棒で指した。
「第二城壁東城門をM1A2エイブラムスの砲撃によって破壊し、M1128ストライカーMGSとガントラックに改造したM1078、M1151の車輌群を突入させ王城城門で部隊を回収する。東城門は先日の教皇国軍の強襲で破壊されて簡易的な修理がされているだけだから破壊も容易だろう」
「王城の城門はどうする?また戦車で吹き飛ばすのか?」
「王城内にいる第二課の隊員に開門してもらうことになっている」
「ウッドフォード少将、そんなこと聞いていないぞ……!」
「第一親衛混成旅団とは別で第三親衛師団で策定した作戦だ。そちらが知らなくて当然だ」
これまでの報告で聞いていなかった情報に遠原もたまらず声を荒げて抗議するが、ウッドフォードはその抗議の声もどこ吹く風といった様子で受け流してそう答えた。
「作戦終了までにかかる時間は……?」
「空中強襲から地上部隊の撤収を合わせて二時間」
「宮崎一尉、本当にそれだけの時間で可能なのか?」
「不可能ではないとだけ言っておきます」
部屋の隅で会議の様子を伺っていた宮崎の言葉に遠原は考え込むように数分だけ瞑目すると、決意したように目を開いた。
「…….作戦を決行する。作戦開始は〇二〇〇。地上部隊は第一親衛混成旅団と第三親衛師団から編成する。ウッドフォード少将、異論はあるか?」
「いいえ」
「それでは各員、準備に掛かれ!」
遠原の言葉を受けて幕僚たちは王城にいる部隊への連絡や撤収部隊の編制準備を始め、宮崎は作戦準備と部下たちへの作戦伝達のために強襲揚陸艦へと戻るのだった。
蒼龍国 首都:蒼龍府
統合参謀本部 大会議室
蒼龍国軍の中枢である統合参謀本部の大会議室では、祐樹や小夜を筆頭に陸海空軍と海兵隊、親衛軍の長や幕僚など幹部クラスの人間が集まり今回で四回目となる大規模叛乱の報告会が開かれていた。
「それでは、第四回状況報告会を始めるとしよう……まずは情報部から報告を頼む」
「はっ。叛乱軍と教皇国軍が制圧した地域の特定が完了しました。こちらをご覧ください」
報告会が始まり開口一番、叛乱軍と教皇国軍の出現、制圧した地域の特定を行っていた情報部部長、河村真白がそう告げると、会議室の照明が落されて正面のスクリーンに色分けされたアクリシア王国全土の地図が投影された。
「今回のクーデターの首謀者であるカザーフ・ヴァン・ラドクリフの領地や今回のクーデターに参加している貴族の領地は各貴族の私兵が完全に制圧しています。その他に王国第二の都市であるティラーナもクーデター派の軍によって制圧されました。また主要な街道は教皇国軍の魔道兵器を配備した教皇国軍によって封鎖されています」
「ダディスの時とは違って多くの軍を抱き込んだようだな……」
アクリシア王国の主要な街道や都市がクーデター派が制圧したことを示す赤色に塗られているのを見た祐樹はそう呟いた。
「はい。最低でも八万の兵がクーデター派に賛同していると統幕では考えています。また、教皇国国境に近い港湾都市であるロスレアには教皇国海軍の戦列艦と神の使いし軍団のH級戦艦やビスマルク級戦艦や重巡洋艦、駆逐艦が衛星写真から確認されました。ここには魔導兵器などの新兵器を配備した教皇国の精鋭部隊が展開しています」
「H級戦艦……?まさかドーラを搭載したH45とか言わないよな……」
「いえ、艦の大きさや兵装を考えて四十八センチ砲搭載のH42とH43だと思われます」
「厄介だな……汐里、第一統合打撃群のメンテナンスはまだかかるのか?」
「最短でもあと一週間はかかります」
「メンテナンスが完了したら第二統合打撃群に合流させてくれ」
「了解しました」
教皇国軍の保有する戦列艦だけなら脅威にもならないが、四十八センチ砲を搭載するH級戦艦の登場に表情を険しくした祐樹は隣に座る汐里にそう告げた。
「ダルティア基地はどうなっている?」
「敵強襲軍の撃破には成功しました。現在は海兵遠征団と周辺を警戒しています」
「それは朗報だな。ダルティ基地の被害の大きさは……?」
「深刻な被害が出ています。基地を守っていた防塁と各ゲートの修復など最短でも二ヶ月ほど掛かると思われます」
「そうか……」
ダルティア基地を強襲した敵強襲軍が撃破されたことに安堵の表情を見せた祐樹だったが、続けて報告された基地の被害状況が再び表情を険しいものへと変えさせた。
「派遣軍の様子はどうだ?主要な街道を抑えられていては前後を完全に挟まれる状況になるが……」
「中部に展開中の真田大将率いる第一軍集団は城塞都市リノンを中心に防衛線を敷いて状況が好転するまで侵攻を中止するようです」
「王国の各地域奪還を目的とする第二軍集団の状況は……?」
「石井大将が率いる第二軍集団はクーデターの報告を受けた直後に侵攻を中止し、解放したルアンを中心に防衛線を敷いてクーデター軍との戦闘を行っています」
「増援を派遣する必要は……?」
「今のところは必要ないかと……念のために第三軍集団に召集命令を出しますか……?」
「いや、親衛軍に召集命令を出す。小夜、命令を頼む」
「はい。主様」
祐樹の言葉を受けて小夜が頷いたとき、親衛軍幕僚の一人が小夜に近付き言葉を交わして数枚の書類を渡した。
「小夜……?」
「第三親衛師団に派遣していた第二課からの報告です。第一親衛混成旅団と第三親衛師団は王城に立て籠もる駐留部隊の救出作戦を実行するようです。詳しくはこちらに報告書に書かれています」
小夜から報告書を受け取った祐樹は作戦概要に目を通した途端、怪訝な表情のまま小夜に顔を向けた。
「これは…いくらなんでも乱暴過ぎやしないか……?」
「確かにそう思いますが、女王派貴族のことを考えてもこれ以上時間をかける訳にはいかないと判断したそうです」
「そうか……この作戦を立案したのは?」
「第三親衛師団のウッドフォード少将だそうです」
「確かに彼女が言いそうな作戦だ」
親衛軍の演習などでも大胆不敵な作戦を立案することで目立っていたが、必ず被害を最小限に抑えて結果を出すウッドフォード少将の姿が目に浮かんだ祐樹は苦笑しながらそう告げた。
「第三親衛師団に派遣した部隊は第二課の中でもさらに最精鋭の人員で編成したと自負しています。彼等なら無事に作戦を成功させてくれるでしょう」
「そうだな。ここはウッドフォード少将の作戦と第二課隊員の実力を信じるとしよう…ほかに報告する事案はあるか?ないなら今日の報告会は以上とする…解散!」
席に座る全員の顔を見回しながら誰も手を上げないことを確認した祐樹がそう告げると、各幕僚長や幕僚は会議室を出て統合作戦指揮所へと戻るのだった。
「どうしてもキリカゼ総帥に会えないのですか?」
「総帥は統合作戦本部で指揮を執っておられるため、お会いすることは出来ません」
「なら私をキリカゼ総帥の場所に連れて行ってください!」
「例え一国の元首であろと統合作戦指揮所に許可のない人間を入れる訳にはいきません。お引き取り下さい」
「ヒルデガード陛下……?」
会議室から小夜を伴って自分の執務室近くまで来ると、王城から祐樹たちと共に脱出して今は蒼龍国の迎賓館で生活しているヒルデガードが執務室の扉の前で警備兵と押し問答を繰り広げている光景が目に入った。
「キリカゼ総帥……!我が国は…我が国はどうなったのでしょうか?」
「……取り敢えず部屋の中に入りましょう」
「は、はい……」
祐樹に詰め寄ってそう尋ねるヒルデガードに祐樹は努めて冷静な口調でそう告げると、ヒルデガードも頷いて執務室へと入った。
「……ヒルデガード陛下、あなたは自分の立場がお分かりになっているのですか?」
応接セットのソファーに座って最初に口を開いたのは、祐樹やヒルデガードではなく祐樹の隣に座る小夜だった。
「今、我々は貴国を完全に信頼するに値しないと考えています。その点はお分かりですね?」
「そ、それは……」
「二度のクーデターに加えて我が国の元首である総帥の暗殺未遂と要人である副総帥の狙撃……これだけのことをされて、まだ貴国を信用しろというのが不可能な話です」
「それは…分かっております……」
「小夜、言い過ぎだ」
「はっ…出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」
「それにしても迎賓館からは近いですが、どうやってここに?」
「私を護衛してくれている兵士に頼んで連れてきてもらいました」
「そうでしたか」
蒼龍国軍の中枢である統合参謀本部にヒルデガードが来れた理由を聞いた祐樹は頷くと、従兵によって持ってこられた紅茶を口に運んだ。
「お聞きしたいのですが、王都は今どうなっているのですか?」
「現在、カザーフが率いる叛乱軍と教皇国軍によって制圧されています」
「それでは王城にいる貴族たちは……」
「その点については大丈夫です。我が国の兵士と近衛騎士団が奮戦しているようです。それと我が軍の精鋭部隊が今夜、貴族たちの救出作戦を決行します」
「そうですか……」
王都が敵に蹂躙されていることに悲痛な表情のヒルデガードだったが、祐樹の言葉に少しだけ安堵の表情に変わった。
「ですが、先ほど森保副総帥代行が言ったように我が国で貴国の信用は地に落ちたも同然です」
「はい…その点は十分理解しています」
軍の派兵や物資の援助などこれまで受けてきた支援のことを考えたヒルデガードは、祐樹の言葉に深く頭を下げるしかなかった。
「今後の同盟も考え直さなくてはなりませんが、それはこの問題が解決してから話し合うとしましょう」
「はい……急に押しかけてしまい申し訳ありませんでした」
ヒルデガードはそう言って再び祐樹に頭を下げると、祐樹が手配した護衛に連れられて迎賓館へと戻るのだった。
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