第二十八話
アクリシア王国 王都:エレスティア
王城 大広間
「せ、刹…那……?」
「キサラギ副総帥!?」
「ガ、ガールスカウト負傷!狙撃だ。大広間から見える塔から狙撃された!―――そうだ!ガールスカウトが撃たれた!これよりボーイスカウトとVIPを連れて離脱する!」
「マ…スター……ご無事です…か……?」
「あぁ、俺は大丈夫だ。でも…でも刹那が……」
「こ…これくらい何ともあり…ませんよ……だから…し…心配しないで…くださ…い……」
祐樹は動揺しながらも手を血で汚して背中の出血を抑えながら必死で刹那に呼びかけ、身辺警護隊は無線で城内本部に緊急連絡を取って脱出の準備を進めていた。
「総帥、ヒルデガード陛下、特例条項〇一を発動します。副総帥も伴ってここから脱出しますので、私たちの指示についてきてください」
「あ、あぁ……」
「……分かりました」
刹那を抱いている祐樹と傍で呼びかけるヒルデガードに対して通信を終えた黒川がそう告げて大広間かを出ようとした時とき、新たな通信が入った。
『こ、こちら城内近衛!て、敵が城内に侵入!全部隊は迎撃態勢を―――ギャアァアアッ!』
『こちら第十八小隊、敵だ!敵が城内に侵にゅ―――ウアッ!?』
「どうした!?応答せよ!」
蒼龍国との同盟締結によって城内の近衛とヒルデガード直属の近衛騎士団だけに提供されていた無線機からは近衛と蒼龍国兵の断末魔の悲鳴と、その後に続いてこの世界のマスケット銃ではない近代的な自動小銃の銃撃音が聞こえてきた。
「……最早、一刻の猶予も無いようです。総帥たちを中庭に駐機しているヘリでこの城内から脱出させます。貴族の皆様は我々の部隊が防衛線を構築していますので、そちらに近衛騎士団が誘導をお願いします」
「分かりました。アネット、後のことは頼みます」
「お任せください」
黒川がそう告げると、緊急事態の連絡を受けて駆け付けた蒼龍国兵と身辺警護隊に祐樹とヒルデガード、ダディスの後継として宰相に就任したオルトン・ティル・サグラフ、負傷した刹那を担架に乗せて大広間を後にし、プレジデントホークが駐機されている中庭へと向かった。
「計画通りだ……諸君、我々も行くとしようか」
「「「「「はっ」」」」」
そんな辺りが騒然とする中で、一部始終を見ていた中立派の重鎮であるカザーフ・ヴァン・ラドクリフは薄く笑うと数人の中立派の取り巻きを連れて大広間を人知れず後にするのだった。
「副総帥が撃たれた!?」
「はい。総帥を庇った際に背中に銃弾を受けて重体だそうです」
町での治安任務を終えて城内の本部に向かうために廊下を進んでいると、憲兵隊の各小隊の兵士たちたちはパーティーに出席している祐樹と刹那が銃撃を受け、刹那が負傷したという報告に動揺を隠せないでいた。
「銃撃とは、貴族の中に拳銃を持っていた奴がいたのか?」
「いえ、王城の塔からの狙撃らしいです」
「狙撃だと!?この世界の銃では狙撃は不可能だぞ!?」
「はい。ですから、神の使いし軍団の狙撃だ―――ギャッ!?」
「っ!?敵襲だ!全員散れ!本部!こちら憲兵第三十四小隊、敵の襲撃を受けた。現在敵集団を迎撃中!」
本部に戻る途中だった憲兵第三十四小隊の小隊長と話していた兵士が神の使いし軍団の狙撃を可能性として挙げようとした瞬間、兵士の身体が無数の銃弾によって撃ち抜かれ、小隊長や他の兵士たちは素早く物陰に身を隠して体勢を立て直すと、各自が持つMP5RASを近づく敵兵士に向けて連射し、銃撃戦が展開された。
「撃ち方止め!撃ち方止め!周囲を警戒しつつ敵の正体を確認しろ!」
小隊長が射撃中止を命令して敵からの銃撃が止んでいるのを確認すると、部下たちに指示を出して辺りを警戒しながら血を流して横たわる敵兵士の姿を確認した。
「こいつは……StG44だな……やはり敵は神の使いし軍団か……」
「隊長、鎧がこれまで見た兵士と違いますが、インペリウム教皇国軍の連中も数人死んでいます。どうやら、インペリウム教皇軍と神の使いし軍団の連合軍ですね」
「そうか……っ!?敵襲だ!全員、戦闘配置!」
ドイツ国防軍の戦闘服を着た兵士とインペリウム教皇国軍と思われる鎧を着た兵士の姿を確認していた小隊長が廊下から複数の足音がしていることに気が付くと、部下たちに指示を出して柱の影などに隠れて銃を構えた。
「第二分隊が交戦中とは本当なのか!?」
「はい、蒼龍国兵と交戦したということです」
先ほど交戦した兵士と同じようにStG44を構えた兵士の集団が第三十四小隊に近付き、敵の会話が聞こえる距離まで近づいた瞬間、身を隠していた全兵士からの銃撃が神の使いし軍団兵士の集団を襲った。
「て、敵しゅ―――グワッ!」
「―――ギャッ!」
「撃ち方止め!本部、敵は神の使いし軍団とインペリウム教皇国軍。我が小隊は、弾薬補給のためこれより本部へ帰投する」
敵集団の全滅を確認した小隊長は、本部へ無線で状況を報告すると部下たちの損害も確認し、弾薬を補給するため本部へと向かった。
「敵襲だと!?現在の状況を報告!」
同盟締結に伴い王城の一室に設けられた蒼龍国軍の簡易本部では、身辺警護隊から刹那が撃たれたことが伝えられると共に城内に敵が侵入したとの連絡も受けて本部指揮官の是枝智樹二佐は、情報収集を担当する部下に尋ねた。
「ガールスカウトが銃撃され、重体。現在、身辺警護隊がボーイスカウトとVIPを連れて中庭のアーミーワンに緊急移動中です」
「敵襲の情報は……?」
「複数個所で敵の部隊の出現が確認。敵の中には銃火器を使用する神の使いし軍団の存在も確認されています。現在、こちらに帰還中だった憲兵隊などが応戦中!」
「現在の人員は……?」
「治安維持から戻って来ている憲兵や城内常駐の我が軍の兵士などを含め二百二十名です」
「武器庫を開けろ!連絡が取れる全員に戦闘配置を命令!敵と接触した場合は、躊躇わずに射殺するように伝えろ」
「了解!」
是枝の命令を受けた兵士の一人が本部の一角に設置してあるロッカーのカギを解除して中から小銃や短機関銃、弾薬をバケツリレー方式で治安任務を終えた憲兵隊や本部内にいる兵士たちに手渡していく。
『こちら憲兵第二十四小隊、敵の激しい銃撃を受けて前進不可能!―――アウッ!?』
「おい。どうした!?二十四小隊応答せよ!」
「第二十四小隊通信途絶。全滅したものと思われます……」
「くっそ!この本部を中心に防衛線を張る!大広間にいる貴族を防衛線に移動させろ。川崎、二個小隊を率いて総帥が到達するまで中庭を絶対に死守しろ!」
「了解!死守します!」
是枝からの命令を受けた川崎一尉が力強く頷くと、小銃などの装備を固めた二個小隊を率いて中庭へと向かった。
「残りの兵員はここを中心として防衛線の設置と警戒を行え!絶対に総帥をここから無事に脱出させろ!北村、お前は一個小隊を率いて大広間にいる貴族たちをここまで誘導!」
「了解!」
川崎が二個小隊を率いて本部を出たのを確認した是枝は、先ほど帰還した憲兵第三十四小隊を率いて大広間にいる貴族の誘導を北村二尉に命令して北村は頷いて小隊を率いて貴族たちのいる大広間へと向かった。
「くっそ!要人移送用のブラックホークが無いときに襲撃とは……」
是枝の言う通り、普段ならばクーデターを考慮してヒルデガードなどの要人輸送用のブラックホークが用意されていたのだが、今回は祐樹の乗るプレジデントホークのスペースを確保するためにブラックホークを洋上に展開している第一航空打撃群の空母に移動させていたのだった。
「コレエダ二佐!」
防衛線構築を行っていた本部に、大広間から貴族を連れたアネット率いる近衛騎士団と北村が率いる一個小隊が到着した。
「アネット隊長でしたか……城内に複数の敵が出現し、現在戦闘中です。城内警備の近衛のほとんどはすでに制圧されたと考えるべきでしょう」
「……コレエダ二佐、私たち近衛騎士団もあなたの指示に従います」
「協力感謝します。あなたたちも銃は使えますよね?」
「えぇ、訓練は一通り受けました」
祐樹の親衛軍に近い性格を持つ女王直属の近衛騎士団には、万が一に備えて蒼龍国軍の使用する小銃などの射撃演習や共同演習が行われていた。
「敵には神の使いし軍団も確認されています。残念ながら、近代兵器を前にしては剣や槍は役に立ちません」
「そうですか……」
是枝の言葉に頷いたアネットは部下たちにも剣や槍を置くように命令し、武器庫から取り出された小銃と弾薬を手に取った。
「我々の部隊もここに集結しつつあります。近衛騎士団も、防衛線の警戒をしてもらいたい」
「分かりました。厳しい戦いになりそうですね……」
「あぁ……そのようだ」
小銃や弾薬の用意を整えたアネットが自分の部下に指示を出し終えると是枝にそう告げ、是枝もその言葉に深く頷いた。
「ボーイスカウトとVIP、緊急移動中。中庭まであと三分」
『了解。現在、近衛騎士団と第十二、十九小隊が周囲を警戒中。敵影なし。到着したらすぐに飛び立てます』
「刹那、刹那!しっかりしろ」
大広間を後にして身辺警護隊と応援に駆け付けた一個小隊に警護されながら中庭へと向かう祐樹は、担架に寝かせられている刹那に必死で呼びかけていた。
「おい、待て!いたぞぉー!目標発―――グハッ!」
「今の声は、ウルスの声だぞ!どっちの方向から聞こえた!?」
「あっちだ!あっちから聞こえた!」
「チッ。総帥、陛下、お急ぎください!」
運悪く鎧を身に纏ったインペリウム教皇国軍の兵士が祐樹たちの集団を発見し、大声を出して味方に知らせようとした瞬間、後ろを警戒していた篠田二尉がMP7の短連射で兵士を射殺したが、兵士の声は近くにいた敵兵士に聞こえていたらしく先導する黒川は舌打ちして祐樹たちに急ぐよう促した。
「目標だ!こっちに目標が―――ギャッ!」
「待てぇ!もう逃げられ―――ガッ!?」
「ボーイスカウトが間もなく到着する!現在、ボーイスカウトは敵からの追撃を受けている。迎撃態勢を整えてくれ!」
『こちら第十二小隊。了解した、すぐに態勢を整える!』
後ろから迫る敵兵士に向けて八九式小銃を持つ兵士たちが三連射で敵を仕留めて追撃を振り切ろうとしていたが、敵の声と発砲音で敵が集まり全てを倒すのは難しかった。
「総帥、こちらです!急いで!小隊射撃用意……撃てぇー!」
中庭の景色が見えると迎撃態勢を整えた第十二小隊の援護射撃が開始され、迫っていた敵兵士たちは次々と辺りに血をまき散らしながら絶命した。
「王城本部、ボーイスカウトとVIP、これよりアーミーワン、アーミーツーは王城を緊急離脱する!」
『本部了解。幸運を祈る!』
「行けぇー!目標を生け捕りにしろぉ!」
「全員、ここを通すな!撃ちまくれ!」
「機長、全員の搭乗を確認した!飛んでくれ!」
「了解!アーミーワン離陸する!総帥、手荒な離陸をお許しください!」
『アーミーツー、離陸する!』
中庭に迫る敵兵士の叫び声と中庭を死守する兵士たちの小銃の射撃音を聞きながら、担架に乗せられた刹那に機内で待機していた衛生兵がすぐに応急処置を行い、刹那に付き添うように祐樹と身辺警護隊三名はプレジデントホーク、ヒルデガードとオルトンも身辺警護隊二名と共に予備のプレジデントホークに乗り込み、AH-64Dアパッチ・ロングボウ四機に護衛されて王城を飛び立った。
「本部、こちら第十二小隊。総帥たちの離脱を確認。第八小隊と共にこれより防衛線に向かう」
『本部了解。要人たちの収容も完了している。注意して帰還せよ』
「よし、全小隊移動するぞ!周辺警戒は怠るなよ。敵には自動小銃を使う神の使いし軍団もいるからな!」
「「「「「了解!」」」」」
祐樹たちが王城から離脱したことを確認した第十二小隊と第十九小隊や祐樹たちをここまで護衛した第八小隊は本部へ連絡を取り、防衛線を敷いている本部へと向かった。
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