第二十七話
蒼龍国 首都:蒼龍府
蒼龍国軍統合本部 総帥執務室
「反攻作戦は順調に進んでいるようだな……」
「そのようです。城塞都市も第一空中戦闘団の活躍で迅速に制圧できたようです」
総帥執務室でインペリウム教皇国に対する侵攻作戦の結果報告書に目を通す祐樹は、自身の目の前に立つ刹那に話し掛けた。
「第一空中戦闘団も侵攻を早めることに成功しているみたいだな……」
「当たり前です。黒崎一佐の直談判でマスターが優先的に機体を配備させたのですから、成功させなければマスターの好意が無駄になってしまいます。まったく、マスターにあそこまで言い募るとは……」
「まあそう言うな。機体の配備は計画されていたことだったし、一部でも早期戦力化が出来たのは喜ぶべきだろう」
黒崎が祐樹に対して行った直談判を思い出し、そのことに対して咎めるように話す刹那に祐樹は黒崎を擁護するように答えた。
「―――しかし、バスティア要塞だけは一筋縄ではいかないようだな……」
「……そのようです」
結果報告書を机の上に置いて真田から送られて来たバスティア要塞に関する報告書に目を通していた祐樹は、バスティア要塞の装備に顔を険しくした。
「占領したバスティア要塞を拡張している報告は受けていたが、神が使いし軍団の対空兵器や対戦車兵器を使ってここまで拡充していたとは……対空兵器に関してはドイツの高射砲塔以上じゃないか」
「はい。対戦車ヘリのヘルファイアミサイルで火点を一ヶ所ずつ潰す方法もありますが、潰している間に別の対空火器に撃墜される可能性があるのでヘリも迂闊に近づけません」
溜息を吐きながら読み終えた報告書を机の上に置いた祐樹は、自分の前に立つ刹那に視線を向けて話し掛けた。
「侵攻作戦の計画は真田大将に一任してあるから俺が口を挟むのは得策じゃない。要塞攻略も真田大将たちに任せ、こっちは前線が望むものを迅速に手配するとしよう」
「そうですね……話は変わりますがマスター、アクリシア王国から戦勝記念パーティーの招待状が届いております」
「招待状……?」
祐樹がもう一度刹那に聞き返すと、刹那は頷いて自分の机の上から封蝋がされた一通の封筒を差し出した。
「まだバスティア要塞も陥落してないのにヒルでガード陛下がパーティーを開くとは考えられないが……」
「マスターの言う通り、このパーティーの開催を強硬に主張したのはヒルでガード陛下ではなく中立派の重鎮であるカザーフ・ヴァン・ラドクリフだそうです」
「中立派、か……」
先に発生したダディス宰相のクーデター未遂事件後に女王派と並ぶ勢力になった中立派は宰相派までとはいかないが、祐樹たち蒼龍国に好意を抱いていない貴族が少なからず存在しているのも事実だった。
「どういたしますか……?」
「出席で招待状を出しといてくれ」
「出席でよろしいのですか……?」
「警戒感を出して出席を拒否したら今後の関係に響く可能性が無いとも限らないからな」
「……分かりました。警備計画は私の方で作成しておきます」
「あぁ、よろしく頼む」
アクリシア王国 首都:エレスティア
某所
「くっそ、蒼龍国の奴等は何を考えておるのだ!!」
「本当にその通りだ!我が物顔で我が国の領土に軍を進出させるとはけしからん!」
「女王や女王派の貴族たちも簡単に蒼龍国に懐柔されよって!我が国の伝統を何と心得ているのか!?」
ある有力貴族の別荘に集まった反蒼龍国の貴族たちは、領土の一部が蒼龍国軍の基地となっていることやアクリシア王国が蒼龍国寄りになっていることに対しての不平不満を漏らしていた。
「まぁ諸君、一度冷静になろうではないか」
「しかしカザーフ公爵、我々はあの蛮族どもが我が物顔で我が国の領土に土足で入り基地を作っていることを許容することは出来ませぬ!」
この別荘の主―――中立派の重鎮であるカザーフ・ヴァン・ラドクリフ公爵に言い募る中立派の貴族たちを手で制した。
「諸君、一つ朗報がある。今回の我々の計画を発動するパーティーに我が国を飲み込まんとする蒼龍国の暴君、キリカゼ・ユウキの出席が決定した」
「「「「「おぉー!」」」」」
「それは確かなのですか?」
カザーフの言葉に対してこの密会に参加している貴族の問い掛けにカザーフは鷹揚に頷いて見せた。
「すでに首尾も固めている。この計画が成功した暁には、蒼龍国の権威は地まで堕ちることとなるだろう!」
カザーフのその言葉に先ほどまで憤っていた貴族たちは、その態度を一転させて喜びの声を上げた。
「この計画が成功すれば蒼龍国の奴等は我が物顔でこの国に入れなくなりますな!」
「うむ!これで我が国は再び安寧を取り戻すことになる!」
「少し早いが、我が王国の華々しい再出発を祝うとしよう。王国に栄光を!」
「「「「「王国に栄光を!」」」」」
カザーフの言葉に呼応した貴族たちは、ワインの入ったグラスを掲げて蒼龍国の失墜と王国の繁栄をそれぞれの頭の中で思い描いていた。
インペリウム教皇国 首都:ワグルード
教皇庁 教皇謁見室
「どういうことだ!?予定と違うではないか!」
「も、申し訳ありません」
謁見室に据えられている玉座に座りながら怒号を上げるレオナルト・ディ・ゼーヴァルト三世に側近の一人は額に浮かぶ脂汗を拭いながらレオナルトに謝罪の言葉を返した。
「貴様らの話では今頃、魔道兵器と合流した遠征軍が敵陣地と王都を蹂躙し、余の目の前にヒルデガードが跪いているのではなかったのか?」
「は、その通りでございます……」
「ではこの状況は何なのだ?敵ではなく我が軍が一方的に蹂躙され、獲得した領土が次々と奪還されているではないか!」
「そ、それは…予想以上に敵の戦力が強大であり……」
「もうよい!貴様の言葉は聞きたくない。衛兵、この男を部屋から出せ!」
頭を垂れたまま声を震わせて言い訳を続けようとした側近に対してレオナルトが一喝し、近くに控えている衛兵に側近を部屋から出すように告げると、告げられた側近は顔面を蒼白にさせて衛兵に両脇を抱えられながら謁見室から出された。
「お困りのようですな」
「おぉ、ザイナス司教長…いやはや無能な部下を持つと苦労しますわい」
側近を部屋から出した後に謁見室に入って来たのは、インペリウム教会の事実上の統括と他国への裏工作を行うザイナス・リ・カーガイル司教長だった。
「それはそうと、今日は何の御用ですかな?」
「おっと、申し訳ありません。我々が計画していた作戦の発動要件が揃いましたので、ご報告に参りました」
「それは本当ですかな?」
「はい。先方との連絡で準備が整ったと連絡が入りました。作戦が発動されれば、私の配下の十個教皇騎士団と十二個軍団、神の使いし軍団が転移魔法で出撃することになっております」
「素晴らしい!ザイナス司教長、ディーレ神の加護あれ」
「はっ。必ずや成功させてみせましょう」
頬を紅潮させて興奮気味に話すレオナルトとは逆に努めて冷静にレオナルトに言葉を返すザイナスは、レオナルトに一礼して謁見室を後にした。
「司教長、アクリシア王国から送られた転移座標の指定が完了しました。あちらからの合図で転移が可能です」
「神の使いし軍団に依頼しておいた計画は……」
「抜かりはありません。すでに王都へと入ったと報告を受けました」
謁見室を出て廊下を歩いていたザイナスに配下の教皇騎士団の騎士が一人全ての準備が整ったことを告げに来た。
「そうか…この計画に失敗は許されない。各々、気を引き締めよ」
「はっ」
「ソウリュウ国…貴様らがどんな力を持っていようとも、我がディーレ神の前には無意味なことを思い知らせてやる……」
報告してきた騎士に指示を出し終えて自室へと戻ったザイナスは、一人そう呟き黒い笑みを浮かべていた。
アクリシア王国 首都:エレスティア
王城 客間
「キリカゼ総帥、キサラギ副総帥お待ちしておりました」
「ヒルデガード陛下、パーティーの招待に感謝します」
戦勝記念パーティー当日、パーティーに参加するため親衛軍の礼装を着た祐樹と先日開かれたパーティーと同じくワインレッドのパーティードレスの上に黒色のボレロを羽織った刹那に出迎えたヒルデガードが手を差し出し、祐樹もそれに応えるように手を握った。
「まだバスティア要塞攻略も始まってないのに戦勝パーティーか……」
「申し訳ありません。私は反対したのですが、カザーフ公爵がどうしてもと……」
祐樹の言葉にヒルデガードが申し訳なさそうに頭を下げると、祐樹は慌てて首を左右に振った。
「い、いや、別に陛下を責めているわけではない。何も起こらず無事にパーティーが終わればいいさ。刹那、そこのところは頼んだぞ」
「はっ、お任せください。全員、気を抜くな」
「「「「「はっ」」」」」
祐樹の言葉を受けた刹那は頷き、祐樹の護衛を担当する身辺警護隊の面々も刹那の言葉に気を引き締め直した。
「女王派の貴族もいるようだが、大半は中立派の貴族か……」
「中立派の重鎮が主催するパーティーですからそれは仕方が無いでしょう」
「そうだな……」
パーティーが始まった最初は、中立派や顔なじみとなっている女王派貴族との社交辞令程度の挨拶が繰り返されたが、挨拶してくる貴族たちの数も落ち着き祐樹はワインが入ったグラス片手に貴族の観察をしていると、一人の初老の男性が近づいてきた。
「キリカゼ総帥、今日はこのパーティーに出席して頂きありがとうございます。私がカザーフ・ヴァン・ラドクリフでございます」
「カザーフ公爵、お噂はかねがねお聞きしていますよ」
「そうでしたか。キリカゼ総帥に名を覚えられるとは光栄ですな」
そう告げてカザーフは祐樹に一礼すると、会場に準備された台の上にヒルデガードが参加者を見渡しながら口を開いた。
「皆さま、この度はこのような戦勝記念パーティーを開催することができて嬉しく思います。それもこれも我が国の救世主、キリカゼ総帥のお蔭であることを忘れてはなりません。ではここで、我が国の救世主であるキリカゼ総帥よりお言葉をもらいたいと思います」
ヒルデガードがそう告げて会場にいる貴族たちの視線が祐樹へと向けられると、祐樹は周りを身辺警護隊に囲まれながら台に上った。
「ヒルデガード陛下から紹介を受けた蒼龍国総帥、霧風祐樹です。このようなパーティーに招待されて嬉しく思います―――」
祐樹が感謝の言葉を述べ始めたとき、一人の恰幅の良い男性が話を聞く貴族たちを押しのけて台に立つ祐樹の目の前に立つと、懐からフリントロック式の拳銃を取り出した。
「王国を堕落させる存在に鉄槌を!」
「っ!?その男を確保しろ!」
「「「「「は、はっ!」」」」」
突然のことに固まってしまった刹那や身辺警護隊の面々だったが、いち早く我に返った刹那が身辺警護隊たちに命令を下し、命令を受けた身辺警護隊たちも我に返り素早い動作で男を取り押さえた。
「は、放せ!私がこの男に鉄槌を下さなければ、この長い歴史と伝統を持つ王国が堕落してしまう!」
「まだこんな考えの輩がいたのか……」
「マスター、ここは危険ですのですぐにヒルデガード陛下と共にこの場からの離脱を―――ッ!?マスター危ない!」
窓の外から見える塔の屋根でチカッと何かが光ったのが見えた刹那が反射的に祐樹の上に覆い被さった瞬間、刹那の背中から血が溢れ出し、着ていたワインレッドのパーティードレスをさらに赤く染め上げて床にまでその赤いシミを広げた。
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