第二十六話
ガリシア平原
第十二装甲師団第四戦車中隊
「三時の方向に敵対戦車砲!」
『弾種榴弾。敵が次弾を発射する前に潰せ!』
「榴弾装填よし!」
第十二装甲師団の右翼先頭を進む第四戦車中隊は、進撃中に遭遇した対戦車陣地との戦闘が行われていた。
「敵対戦車砲沈黙!」
「装甲擲弾兵の到着はまだか!?」
砲手から対戦車砲の撃破を報告された第四戦車中隊中隊長、久保定利一等陸尉はまだ到着しない装甲擲弾兵の所在を通信士に尋ねた。
「あと五分で到着します」
「くっそ!歩兵がいなければ陣地の制圧は不可能だぞ……」
第四戦車中隊は火点を特定して敵対戦車砲陣地に榴弾を撃ち込み続けるが、敵の砲撃は止むことが無かった。
『こちら第二装甲擲弾兵大隊!遅れて済まない!』
「歓迎する。敵陣地の特定は完了しているので、中隊の後に続いて陣地の制圧を頼む」
『了解した。我々は中隊を後方から陣地に接近し、制圧を行う』
砲撃が続いているなかで、第二装甲擲弾兵大隊の隊長と簡単な打ち合わせを無線で済ませた久保は、配下の戦車に前進を開始するように告げた。
「敵対戦車陣地を確認!全員降車!」
第四戦車中隊と共に進撃を開始した第二装甲擲弾兵大隊は、敵対戦車陣地との距離が百メートルになったとき、降車の指示が出されて八九式装甲戦闘車の兵員室で待機していた歩兵が一斉にハッチから飛び出すと散開しながら身を隠し、敵陣地へと迫った。
「牽制射撃!撃てぇー!」
「撃ち方始め!」
散開した兵士達は、ハンドシグナルを使いながらさらに敵陣地へと近付き、距離が五十を切った地点で、敵陣地に向かって自身が持つ着剣した状態の八九式小銃で一斉に銃撃を加えながら前進を開始した。
「突撃ぃー!」
フルオートでの銃撃を敵陣地へ行い撃ち尽くした弾倉を交換し終えると、突撃の号令が掛かり一〇式戦車や八九式装甲戦闘車からの支援砲撃を受けながら歩兵達が敵陣地へと突撃を敢行し、歩兵がほとんど存在せず数分後には敵陣地は制圧された。
「こちら第四戦車中隊、敵対戦車陣地の制圧を確認。敵の捕虜を後方へ移送が完了次第、第二装甲擲弾兵大隊と共に進撃を続行します」
『了解。各部隊が敵部隊との交戦状態に入っている。敵の奇襲に注意しながら進撃を行え』
「了解」
敵陣地を制圧してから三十分後、ガリシア基地から送られてきた七三式大型トラックに陣地を制圧したときに発生した捕虜を乗せてガリシア基地へと移送させると、第二装甲擲弾兵大隊と共に再び進撃を開始した。
ガリシア平原
インペリウム教皇国軍遊撃軍団
「撃てぇー!」
大規模侵攻を受ける各陣地では、自分たちよりも圧倒的な戦力を持つ蒼龍国軍に絶望的な戦闘を強いられていた。
「駄目です!敵の鉄の戦像を止めることが出来ません!」
「狼狽えるな!続けて撃て!神の使いし軍団から受領した大砲はまだか!?」
「用意完了しました!」
「よし、撃てぇー!」
前衛の防衛線が伝令を寄越さないまま全滅し、いきなり敵が接近していることに動揺していた防衛線の兵士たちだったが、守備隊長の指示で動揺も徐々に収まり接近する敵の鉄の戦像に向けて神の使いし軍団から譲り受けた四門の5cmPaK38が守備隊長の号令で一斉に火を吹いた。
「命中!命中しました!」
「おぉ、やったか!?」
放たれた四発の砲弾は接近する一〇式戦車の正面に命中し、金属同士がぶつかる甲高い音が響き兵士たちは喝采を上げるが、すぐにそれは絶望へと変わった。
「う、嘘だろ…命中したのに!?」
「動いているだと……?」
教皇国軍が敵の戦像を撃破することができる唯一の兵器だと考えていた神の使いし軍団から受領した大砲の攻撃を受けても何事も無かったかのようにこちらに迫る敵の姿を見て恐慌状態に突入した。
「も、もう駄目だ!退却しましょう!」
「馬鹿者!ここで一人でも多くの敵を倒すのだ!装填を急げ、もう一度攻撃する!」
「た、隊長……」
「反論は認めん!さっさと装填を急……」
部下の声に苛立ちを見せながら再装填を命令して敵の戦像に視線を向けると、巧みな偽装を施してあるはずのこちらに砲口を向ける姿が目に入った。
「た、退避!砲は破棄してすぐにここから退―――」
こちらの陣地の位置がばれたと感じた守備隊長が装填作業をしている兵士たちに慌ててそう告げようとしたのと同時に一〇式戦車から放たれた榴弾によって陣地にいた兵士は自分の身に何が起こったのかを知ることなく爆発に飲み込まれた。
「第三遊撃百人隊壊滅!」
「第五遊撃百人隊より救援要請!」
インペリウム教皇国軍は敵の大規模侵攻に備えて街道に沿って神に使いし軍団から提供された兵器を使う五つの遊撃軍団を組織し、決戦場であるバスティア要塞に到達するまでに可能な限り敵の戦力を削る戦略を立てていたが、侵攻開始とともに始まった空からの攻撃で全戦力三割を喪失し、敵地上軍も鋼鉄の戦像を前面に押し出す作戦によって敵に出血を強いることが出来ずにいた。
「少しでもいい!敵を撃退した部隊、軍団はいないのか!?」
第三遊撃軍団の司令部テントでは、神の使いし軍団によって提供された野戦電話からは各所に配置された部隊の全滅や敗走の情報しか入らず軍団長は野戦電話を扱っている兵士にそう尋ねた。
「……残念ながら敵を撃退した部隊は存在しません。第一遊撃軍団は全滅し、第二遊撃軍団も壊滅状態です」
「第四、第五遊撃軍団の状況は……?」
「敵の空からの攻撃で両軍団とも甚大な被害が出ているようです」
「……撤退だ。第三遊撃軍団は後方へと撤退し、第四、第五遊撃軍団と統合させて敵を迎え撃つ。前線の部隊と後方の遊撃軍団にも伝えろ。我々もすぐにここから撤退する!」
「「「「「了解!」」」」」
指揮官の言葉に力強く頷いた幕僚たちは野戦電話を使う兵士たちに矢継ぎ早に指示を飛ばすのと同時に陣地後退のために重要書類の焼却なども行い、命令が出されてから三十分後には第三遊撃軍団本隊は後退を開始した。
蒼龍国陸軍 第十二装甲師団
「真田大将、上空を飛行しているUAVからの報告です。我々を迎撃していた敵第三集団が後退を開始。同時に後方に展開していた第四集団も第五集団と合流しつつあります」
報告を受けた作戦参謀が作戦台前に座る真田にそう報告すると、作戦図に敵の動きを書き込み始めた。
「敵は三から五までの集団を統合してこちらを迎え撃つ構えのようですね……」
「そのようね……前進する部隊には敵の隠蔽陣地に注意するように伝えなさい。それと、この地点に空軍の支援要請を」
「了解しました。このまま順調にいけば今日中にガリシア平原を抜け、最初の城塞都市ファーレンに到達します」
「……平原を抜けてそこで進撃を中止しましょう。このままだと城塞都市に着くのは夜になる。しっかりと兵に休息を取らせたうえで城塞都市攻略を行いたい」
「そうですね……」
真田の言葉に広瀬も頷いたとき、通信機を操作していた通信員が一枚の用紙を真田に差し出した。
「どうしました?」
「第一空中戦闘団がファーレンを攻略してくれるそうよ。執行部の最新報告で対空兵装の存在が確認されなかったみたい」
「そうですか。なら、今日はファーレンで休息を取ることになりますね」
「そうね。でも、気を抜かずに進撃を続けるわよ」
「了解」
「制圧目標まであと十分!」
敵の城塞都市であるファーレンに向かう第一空中戦闘団の中でも指揮官ように改装されたUH-60Lの機内で藤堂の報告を受けた団長、黒崎真琴一佐は静かに頷いた。
「改良型が作戦に間に合ってよかったわ」
「はい。優先的に改良型を配備してくれた総帥閣下に感謝しなければなりません」
二人の言う通り第一空中戦闘団が使用しているヘリは、前回の作戦で使用したUH-60Aではなく武装が強化されたUH-60L DAPが配備されていた。当初の予定では、改良型へのマイナーチェンジのために今回の作戦には参加しない予定だったが、黒崎が祐樹に対して改良型の優先配備を進言し、祐樹もそれを了承して優先的に改良型を配備させて作戦に参加したのだった。
「改良型を優先的に配備してくださった総帥のご期待にも応えなくてはならないわ。執行部の報告では近代的な対空火器は確認できないということだったけれども、油断はしないように」
「はっ」
「全機、攻撃開始!」
黒崎がそう言うと、黒崎たちの前方を飛んでいた数十機のAH-64Dが速度を上げて見えてきていた城塞都市ファーレンに接近すると兵装パイロンに設置された十九連装七十ミリハイドラロケットが一斉に発射された。
「敵は混乱しているはずだ。全機は敵に対して銃撃を加えつつ降下地点を確保せよ」
空からの襲撃によって敵は一気に混乱し、攻城戦の際には一番効果を発揮するはずである城壁や城門を飛び越え、防戦準備をしていた敵兵士の頭上から八九式小銃やM230、ドアガンであるM134によって銃弾の雨を降らした。
「周辺の敵は殲滅しました。引き続き警戒を続けます」
「よし、降下用意…降下!」
城壁上で槍や剣、弓矢を構えていた敵兵を掃討したことを確認したヘリに搭乗する兵士たちによって地上に向けて綱が降ろされ、それをたどって兵士たちは城壁上へと降り立つと四方に小銃を向けて警戒を行いながら降下地点を広げていく。
「二時方向、敵集団が接近!」
「第二小隊、迎撃用意!アパッチ3、降下地点から二時方向に敵が接近している。これを迎撃してくれ」
『アパッチ3了解』
先遣隊が確保した城壁に向かって城壁を奪還しようと槍や剣を構えて迫る敵集団に周辺警戒を行っていた第二小隊が小銃の銃口を向け、その上空を支援にきたAH-64Dが飛び越えて接近する敵集団に三十ミリ機関砲を浴びせ、着弾によって上がる土埃の中から敵の断末魔の叫びが聞こえてくる。
『こちらアパッチ3。敵集団の掃討を確認』
「了解」
『こちらジョーカー1。先遣隊の状況は?』
「こちら先遣隊。先遣隊全員の降下は完了しました。現在、主力の降下を行っています」
『そう……先遣隊は現在降下している本隊の部隊に周辺警戒を任して敵兵士の掃討へ移行しなさい。ただし、深く行きすぎないこと。準備が完了した部隊から増援で向かわせるわ』
「了解しました。先遣隊は集合!これより城塞内の敵の掃討を開始する!」
先遣隊指揮官がそう言うと、周辺警戒を行っていた先遣隊の兵士たちが降下してきた主力の兵士たちに周辺警戒を引き継がせると、警戒しながら階段を下りて中心部にある敵が本陣として使用している領主の館に向かう。
「敵のお出ましだ!総員、歓迎の用意をしろ!」
階段を下りて領主の館に続く市街地の道を慎重に進んでいると、槍と剣、盾を構えて雄叫びを上げながら突撃してくる兵士たちに先遣隊は銃口を向けた。
「撃て!敵の間合いに絶対に近付けるなよ!」
指揮官がそう叫ぶのと同時に小銃が火を吹くと盾を構えて迫る敵に銃弾が降り注ぎ、薄い鉄板を敷いただけの盾では八九式小銃が五.五六ミリ弾を防ぐことなどできず敵兵は先遣隊に近付く前に身体中に銃弾を受けて屍を晒すのだった。
「撃ち方止め!撃ち方止め!」
『先遣隊、こちら第一中隊だ。我々も掃討を開始した。先遣隊はそのまま敵本陣へと向かってくれ』
「了解した。全員、警戒を続けながら敵本陣に向かう」
「「「「「了解」」」」」
その後も市街地を進み敵本陣に迫るにつれて敵の妨害も激しくなったが、上空から支援するAH-64DやUH-60L DAPの支援によって敵部隊の掃討は順調に進み、先遣隊とあとから増援できた第三中隊と共に敵本陣に突入し、敵指揮官を拘束しファーレンの占領を宣言した。それから数時間後には敵遊撃軍団を掃討した侵攻軍主力部隊もファーレンに入場し、休息を取るのだった。
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