第二十三話
蒼龍国 首都:蒼龍府
蒼龍国軍統合本部 総帥執務室
第一空軍基地の滑走路を空中警戒待機のために離陸する二機のF-22の姿を総帥執務室の窓から眺めていた祐樹に、刹那が手に持っていた各軍の作戦状況や各省庁からの報告がまとめられた報告書の束を手渡した。
「反攻作戦の第一段階は無事に成功したようだな」
「はい。敵が開発した魔道アーマーは第八研究施設で解析を急がせています。今回の反攻作戦で捕らえた敵の捕虜十二万は、第十三管理棟への移送が完了しております」
「そうか…そういえば、神の使いし軍団の副指揮官を捕らえたと報告があったが、それは事実なのか?」
「事実だそうです。マスター自ら尋問なさいますか……?」
報告書に目を通していた祐樹に微笑みながらそう尋ねた刹那に、自分の考えていたことを先に言われた祐樹は、苦笑しながら頷いた。
「あぁ、その副指揮官の尋問は俺がするが、さすがに今日は無理だろう…刹那、調整をお願い出来るか?」
「はい。お任せください」
「それで、この小銃更新の書類だが、どういうことだ……?」
刹那から手渡された書類の束の中で、祐樹の目を引いた一枚の書類を刹那に差し出して尋ねた。
「技研の報告によりますと、敵が着用している鎧やその他の防具の強度を研究した結果、八九式小銃やHK416A5-16.5でも十分に威力を発揮することが出来ることが判明したので、小銃更新を行いたいと」
「そうか…分かった。小銃の更新を許可しよう。ただ、小銃の更新は前線にいる兵士達から行うように命令しておいてくれ」
「承知しました」
書類全てに目を通し終えた祐樹から書類の束を受け取った刹那が、自分の執務机の椅子に着席したと同時に、執務室の扉がノックされた。
「誰だ」
「財務長官の西宮葉菜です。ご相談したいことがあり、参りました」
「分かった。入れ……」
「失礼します」
祐樹からの入室許可をもらい執務室内へ入室した西宮は、祐樹と刹那の二人に対して敬礼を行うと、執務机に向かう祐樹に数枚の書類を差し出した。
「―――現在、我が国の財政の大半を担っているのは、我が国の兵士達が商業地区で購入する消費税や商業地区などの税、アクリシア王国との貿易となっていますが、商業地区での収益が低下し始めています」
「低下の原因は判明しているのか?」
「はい。主な原因としては、我が国の人口の少なさでしょう。我が国の住民は、総帥が召喚された兵士で構成されているので、商業地区での買い物をする人が少ないです」
西宮から手渡された資料に目を通しながら説明を受ける祐樹の表情は、次第に険しいものになっていた。
「西宮長官の説明は分かったが、長官にはこの問題の解決策があるのか?」
「アクリシア王国からの移民受け入れを行うのが得策だと思われます」
「移民の受け入れか……確か、そんな話があったな」
「はい。アクリシア王国からの移民は、約五万人だと報告を受けています」
西宮の言葉に祐樹がそう呟くと、隣で説明を聞いていた刹那が祐樹に補足説明を入れて詳細が書かれた書類を手渡した。
「移民を受け入れるとして、どこの土地を使うかだな……確か、第十八用地が空いていたはずだが……そこに住んでもらうとするか。分かった。移民のことはヒルデガード陛下にも話して受け入れることにしよう。それに伴う治安維持は刹那に一任する」
「承知しました」
「分かりました。では、失礼します」
部屋から退出する西宮を見送った祐樹は、国土交通長官である遠崎俊一を執務室に呼ぶと移民を受け入れる旨を伝え、第十八用地の開発を行うように告げた。
「ふぅ、皆が優秀で本当に助かるな……」
自分が召喚した兵士達ともに国を作り、一国の国家元首をやっている祐樹だが、数ヶ月前まではただの高校生だった彼にとって、予想を上回る内政の忙しさと他国との交渉などを行う国家運営は荷が重いことだったが、そんな彼を支えるのが刹那を筆頭とする各省の長達だった。
「本当にみんなが優秀で助かる。これでは、俺はただのお飾りのようだけどな……」
「そんなことはございません!マスターは私達の絶対的な主なのです!マスターは、絶対にお飾りなんかではありません!」
祐樹が何気なく吐いたその一言に、いつもなら叫ぶことなど無い刹那が珍しく声を荒げながら祐樹に迫った。
「あ、あぁ、そうか…軽率な発言だったな…すまない」
「い、いえ、私の方こそ出過ぎたことを言ってしまい申し訳ございません」
刹那の気迫に圧倒された祐樹がそう告げると、我に返った刹那が慌てて祐樹に対して頭を下げた。
「まぁ、これからもよろしく頼む」
「はい!お任せください」
頭を下げたままの刹那に対して祐樹がそう告げると刹那は顔を上げ、満面の笑みを顔に浮かべて祐樹のその言葉に返事をした。
小銃の更新や移民の受け入れを決定してから二週間が経過し、前線の兵士が扱っている小銃は六四式小銃から八九式小銃に更新され、本土でも弾薬生産のシフトチェンジが行われていた。また、ヒルデガード女王に対して移民の受け入れを許可する旨が伝えられ、第一次移民団八千名が蒼龍国本土に入り、移民団の住居が完成するまでの一時的な居住場としてプレハブ住居が建てられている第十八用地での生活を始めていた。
「移民団の受け入れも順調に行われているようだな」
「はい。移民団の居住区には、親衛軍第十三擲弾兵連隊と憲兵隊が警備と監視を行っています。本格的に移民が本土へ入ったら、ICチップを仕込んでいるリストバンドを全員に配布して移民団の管理を行います」
移民受け入れの報告書に目を通しながら刹那の説明を受けていた祐樹は、目を通していた報告書を机の上に置いて刹那の言葉に頷いた。
「移民団には申し訳ないが、監視は徹底的に行うように」
「はっ」
「それじゃあ、行くとするか…刹那、準備は?」
「本部のヘリポートにUH-60Aが待機しています」
刹那の答えに満足そうに頷いた祐樹は、刹那を伴って執務室を出ると廊下で待機していた警護隊とも合流し、統合本部のヘリポートに準備されていたUH-60Jに乗り込み第十八管理島へと向かった。
「総帥閣下、副総帥閣下、ようこそお出で下さいました」
「あぁ、また世話になる。広瀬少将」
ヘリポートまで出迎えに来た捕虜収容所所長、広瀬少将の敬礼に答礼しつつ言葉を交わした祐樹は、広瀬の案内で尋問室へと入った。
「―――どうも、今回の尋問を担当する蒼龍国総帥、霧風祐樹です。あなたの名前を教えてもらえますか?」
「あなたが……私は、神の使いし軍団副司令官、エーリッヒ・フォン・マンシュタイン……」
「えっ?」
看守に連行されて祐樹と対面する形で椅子に座らされた女性に対して祐樹が名前を尋ね、女性が自分の名前を答えると、尋問室にいた全員が驚きの声を漏らした。
「失礼だが、ドイツ国防軍のエーリッヒ・フォン・マンシュタインで間違いないか?」
「えぇ、間違いありません。それよりも、あなたは私の事を知っているのですか……?」
「当然です。『ドイツ国防軍最高の戦略的頭脳』と名高いあなたを知らないはずないじゃないですか」
「そう……」
オットー・スコルツェニーの件もあったので、大した混乱も無く尋問が再開されるとマンシュタインも質問に正直に答えていたが、マンシュタインの体が小刻みに震えていることに祐樹は気が付いた。
「この部屋の空調が寒いですか……?」
「い、いえ、そんなことは無いです」
「ならば何でそんなに……っ!?」
小刻みに震えるマンシュタインを不思議に思いながら祐樹は彼女の体に視線を落とすと、腕などに痣が大量にあった。
「この痣は……広瀬少将!本当にこの収容所の職員は、捕虜に対して暴力は振るっていないのだろうな!」
「も、もちろんでございます。総帥の命令通り捕虜に暴力を振るった職員はおりません!」
「広瀬少将、それは本当でしょうね?マスターに嘘を吐くと味方であろうと容赦はしないわよ?」
「本当です。収容所の職員には総帥の命令は徹底させてあります!」
マンシュタインの体にある痣が捕虜収容所の看守が暴力を振るって付けたのではないかと考えた祐樹は声を荒げて広瀬に問い詰め、刹那も落ち着いた口調で広瀬に尋ねるが、広瀬は二人の言葉を否定した。
「ち、違います!この痣は…その…は、治人様に……」
「治人……高木治人のことですね」
「はい」
「何て野郎だ……もう大丈夫ですよ。ここには、あなた達に暴力を振るう人間は誰もいません。困ったことがあれば収容所の職員に申し付けて下さい」
「あ、ありがとうございます」
祐樹の温かな言葉にこれまで高木からずっと暴力を受け続けていたマンシュタインは、静かに涙を流した。それから一ヶ月後、オットー・スコルツェニー大尉や他の神の使いし軍団の兵士による説得によってマンシュタイン大将以下、ほとんどの神の使いし軍団の兵士が蒼龍国軍に帰順することになった。
ご意見・ご感想お待ちしています。