第十八話
ガリシア平原
蒼龍国軍前線陣地 野戦司令部
インペリウム教皇国軍の無謀な進撃を撃退してから一週間が経過しようとしていたが、インペリウム教皇国軍からはあれ以来攻撃を受けておらず、蒼龍国派遣軍も偵察衛星やUAVから得られた情報を基に敵の攻撃タイミングを慎重に計っていた。
「あれから一週間が経過するが、敵には攻撃を仕掛けてくる気配が全くないか……」
祐樹の言葉に、作戦台に向かう全員が頷いた。この日、前線司令部には各部隊指揮官と司令官であるの真田、広瀬に加えて再び視察で訪れた祐樹と刹那そして二人の補佐として小夜も会議に出席していた。
「ここ最近は騎馬が二、三騎偵察に来る程度で、本格的な攻勢はありません。恐らく、第一回攻撃の被害の多さに慎重になっているのかと……」
「そうか……」
真田の言葉に祐樹は短く返事をすると、黙って作戦台を見つめていると自軍の陣地で一ケ所の気になる点を見つけた。
「真田大将、ここの森には何か対策をしてあるか……?」
「対人センサーと指向性散弾がいくつか仕掛けてありますが……」
「……小夜、執行部を二個中隊この森に配置する事は可能か?」
「配置する事は可能ですが…本当によろしいのですか?」
祐樹の突然の言葉に驚きながらも答えた小夜だったが、一瞬だけ司令官である真田に視線を向けて祐樹に尋ねた。
「真田大将、構わないか……?何か作戦に支障が出来るのなら、配置はしないが……」
「構いません。我々も森の警備態勢に不安を感じていましたので、問題はありません」
小夜の視線に気が付いた祐樹が真田に尋ねると、真田は祐樹に対して笑みを浮かべながら、森に執行部を配置する事に賛成した。
「そうか。小夜、今日中に執行部二個中隊を森に配置してくれ」
「了解しました。直ちに執行部に命令を伝えます」
祐樹の言葉に小夜は頷くと、専用回線で執行部に連絡を取るため祐樹に断りを入れてから司令部の外へ出た。
「真田大将、この陣地の対空装備はどうなっている?」
「はっ。対空陣地には空軍から移譲されたパトリオットを含め、〇三式中距離地対空誘導弾、八一式近距離地対空誘導弾、VADS改が配備されています」
「それだけの数を配備して対空陣地の土地は大丈夫なのか?」
「問題ありません。この陣地を構築する際に対空陣地の土地は広くしていましたので。拠点の防空だけなら戦闘機が無くても可能です」
真田の自信ある言葉に祐樹も頷くと再び作戦台に視線を移し、これまでの情報収集で分かっている敵の動きを書き込んだ地図を見つめた。
「……総帥は、敵が森から侵攻してくるとお考えですか?」
「あぁ、第一回目の攻撃はどう考えても敵の優秀な指揮官が立案した作戦だとは思えない…小夜、敵には威張り散らしている素人集団がいたよな……?」
祐樹は作戦台から視線を上げると、執行部への通信を終えて再び司令部テントへ戻って来た小夜に尋ねると、尋ね掛けられた小夜は頷いた。
「司教将校の事ですね。確かに、彼らは軍事知識の無い素人ですので、第一回目の様な無謀な攻撃を行う可能性はあります」
「だとしたら、今度は本職の指揮官達の作戦が採用される可能性が高い。そして、敵も昼で失敗したのなら夜…それも、警戒が緩くなると考えられる視界が悪くなる森を使ってくるはずだ」
「しかし、夜の森を進むのなら敵も不利ではないですか?」
祐樹の言葉を聞いていた真田が祐樹に対して尋ねると、祐樹もその意見に同意する様に頷き、続けて口を開いた。
「確かに、真田大将の言う通り教皇国軍が森を使って夜襲を行うのは困難な事だ。しかし、ドイツ国防軍の装備を持つ神の使いし軍団ならどうだ?」
祐樹の言葉に、刹那と小夜を除く司令部にいた全員が、ドイツ国防軍の装備の中に夜でも作戦を可能にする装備があった事に気が付いた。
「ヴァンピーア…ですね……」
「その通りだ。敵にも我々の物よりは精度は劣るが、赤外線暗視装置がある。これなら多少は、森の中をスムーズに進む事が出来る」
「という事は、この森を進んで来るのは神の使いし軍団の部隊という事になりますね……」
「そうだな。恐らく、赤外線暗視装置を使用して我が軍の陣地を奇襲し、その混乱に乗じて、正面の教皇国軍と神の使いし軍団の本隊が攻撃を開始するだろう」
「成程……という事は、我々は徹夜という事になりますね。絶対にお肌に良くないわ」
祐樹の言葉を受けて真田が言った冗談に司令部に詰めていた女性指揮官や女性参謀からも笑みが溢れ、祐樹や刹那も笑みを溢した。
「皆、今夜は大変だと思うが、よろしく頼むぞ」
「はっ!この基地には絶対に土足で入らせません」
「執行部二個中隊こちらに向かっています。三時間以内に森に展開完了します」
真田と小夜の力強い言葉に祐樹も満足気に頷き、会議が終了すると、陣地内に第二種警戒命令が発令されるのと同時に、蒼龍国本土から派遣された執行部二個中隊が秘密裏に森への展開を完了させた。
インペリウム教皇国遠征軍
司令部テント
「早くもう一度敵陣に向けて攻撃を行わないか!蛮族ごときに何を弱気になっている!?」
「第一回目の攻撃の死傷者が多すぎる!同じ様な攻撃を仕掛けたら、この前線の維持も難しくなる!」
「貴様、神の軍隊であるにも関わらず戦えないと申すか!?」
「これ以上戦力をすり減らす訳にはいかない!伝令によれば、エルディア方面遠征軍にも甚大な被害が出ている。大砲だって、この前の攻撃の時に殆どが敵に破壊された!」
スムーズに次の作戦が決定した蒼龍国軍司令部とは違い、教皇国遠征軍の司令部テントでは、再び将軍達と司教将校に分かれての論争が発生していた。一週間前の攻撃で、約二万人を失う損害を受けたことを考慮した将軍達は、昼に攻撃を仕掛けるのは危険なので、見通しの利かない夜間なら敵の油断も隙もあり得るので、夜襲を仕掛けるべきだという作戦を提案したが、その作戦に対して司教将校達は、「蛮族にその様な姑息な手を使わなくていい!正面から突撃し、敵を蹴散らせ!」という作戦とも言えないものだった。
「また同じ様に突撃して、死傷者を増やせと言うのか!?」
「これは我らの神がお与えになった試練なのだ!我々は神の御意志に従い、この試練に打ち勝たなければならん!」
「馬鹿の一つ覚えで、昼間に敵に突撃を敢行するのは、作戦ではない!ここは、慎重に夜襲を掛けるべきだ!」
将軍達と司教将校達の論争は平行線を辿り、痺れを切らした司教将校の一人が、司令部テントの隅で静かに論争を眺めていた高木治人に視線を向け、口を開いた。
「ハルト殿は、どの様にお考えか……?」
「一週間前の攻撃を受けて、私も将軍達の提案する夜襲に賛成です。私の軍団が森を抜けて敵陣地に夜襲を掛けるので、敵が混乱している隙に将軍達は突撃をしてもらう。言わずとも分かっているだろうが、これは神命である」
「……了解しました」
高木の振りかざす「神命」に嫌悪感を持っているダリルを含めた将軍達だが、今回は自分達の主張した夜襲が認められた事もあり、高木の神令に了承した。
将軍達と司教将校達が詰めている司令部テントを後にした高木は、従兵が運転するキューベルワーゲンで遠征軍の陣地から少し離れた所にある神の使いし軍団陣地へと戻り、そのまま司令部テントへと入った。
「おい、夜襲部隊の準備はどうなっている?」
「はっ。既に夜襲部隊五百人が装備を整えて、作戦時間まで待機しています。ご命令通り、スピードを重視したので、暗視装置は装備させていません」
副官が報告書を淡々と読み上げ、椅子に座りそれを聞いていた高木は満足そうに何度も頷いた。
「低能なお前でもこんな時は役に立つな。攻撃開始は〇三〇〇に行う事になった。夜襲部隊には、それまでに敵陣地へ突入する様に命令しておけ」
「了解しました」
高木の言葉に副官は頷くと、高木に敬礼をして司令部テントを後にし、夜襲部隊が待機しているテントへと命令を伝えに向かった。
午前二時
蒼龍国軍前線陣地 野戦司令部
「森より夜襲部隊と思われる敵集団が接近。数五百!」
野戦司令部の一角に臨時で設けられた執行部専用のオペレーター区画には、パソコンを見つめる執行部のオペレーターや祐樹や刹那、小夜が大型スクリーンでUAVからの送られて来る映像を眺めていた。
「やはり森から来ましたね、マスター」
「あぁ。敵は五つの集団に分かれてこの陣地を目指すつもりか……小夜、執行部の状況はどうなっている?」
「敵を監視している第一班を除く他の部隊は、待機中です。主様のご命令があれば、行動を開始します」
「そうか…なら、行動を開始せよ。敵を生かして森から帰すな」
「全部隊へ通達。行動を開始せよ。繰り返す、行動を開始せよ。敵を森から生かして帰すな」
祐樹の言葉に頷いた小夜が待機している部隊に命令を下すと、大型スクリーンに映し出されている執行部の部隊を示す記号が一斉に敵集団を目指して動き始めた。
「小夜、敵の集団を殲滅するまでに執行部はどれ位の時間が必要だ?」
「そうですね……一時間あれば敵集団を無力化、二時間で森にいる全敵部隊を殲滅する事が可能です」
小夜に視線を向けた祐樹がそう尋ねると、小夜は一瞬だけ思考する素振りを見せ、その後は躊躇う事無く祐樹にそう告げると、祐樹もその言葉に満足そうに頷いた。
「総帥、失礼します」
「……どうした?」
「敵陣地の動きが活発化し始めました。総帥の予想通り、敵の夜襲部隊によって混乱した我々の隙を突いて攻撃を仕掛けるものだと思われます」
「そうか。部隊に対しての戦闘配置命令は……?」
「既に発令し、全部隊が戦闘配置を完了させております」
「上出来だ。夜襲部隊は、執行部が責任を持って対処する。真田大将は、敵攻撃部隊の相手を頼んだぞ」
「はっ。了解しました」
「さぁ、こちらもパーティーを始めるとしようか……」
「はい。マスター……」
祐樹の言葉に敬礼し、前線指揮所に向かった真田を見送ると、祐樹はそう呟き再び大型スクリーンに映し出される敵集団と執行部の姿に視線を戻した。
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