第十七話
ガリシア平原
インペリウム教皇国遠征軍 神の使いし軍団砲兵陣地
「放てぇー!」
高木の「神命」によって攻撃命令が発令されてから二日後、態勢を整えたインペリウム教皇国軍の蒼龍国軍陣地に対する攻撃は、神の使いし軍団の砲兵隊とインペリウム教皇国軍砲兵隊の数百門にもなる重砲の一斉射撃で開始された。
数百門の重砲から重々しい砲声が響き渡り、蒼龍国軍陣地に向かって放たれた数百発にも及ぶ砲弾は、着弾すると同時に大量の土砂を巻き上げた。
「はっはっは!圧倒的な火力じゃないか!俺様に逆らえば滅ぼされるという事を、自分達が採った選択の愚かさを恨みながら死ねばいい!」
砲弾が着弾し、土砂を巻き上げる光景を双眼鏡で見ていた高木は、その破壊力に興奮し、自分がこの世界の頂点に君臨している様な感覚になっていた。
「おぉっ!あれが、カール自走臼砲の砲撃か!凄まじい威力だな!おい、砲兵隊に砲撃中止を連絡しろ。敵陣地に進撃して一気にケリをつけてやる!」
「治人様、進撃するのはまだ早いと思われます。砲撃をもう暫く続けた方がいいと思われますが……」
「黙れ!貴様に口答えする権利は無いと言っているだろうが!お前の頭には脳ミソが入っていないのか!?」
砲撃の続行を進言した女性に対して、高木は癇癪を起すと女性を地面に倒し、殴る蹴るの暴行を行い、付近にいる兵士達はその癇癪が自分達に飛び火しないように高木と女性から目を背けた。
「いいか!これが最後のチャンスだぞ。二度と俺に口答えをするな。お前達と俺は対等な関係では無く、お前達は俺の手駒である事を忘れるな!」
「は、はい。今後、気を付けます……」
「分かったなら、さっさと突撃を指示しに行け!」
「はい……」
高木からそう言われた女性は、殴られた所を押さえながら立ち上がると、掠れた声で返事をし、フラフラとした足取りで指示をするために侵攻部隊が待機している元へと向かった。
インペリウム教皇国軍侵攻部隊の待機場所で、馬に乗って敵陣に対する砲撃を見守っていたインペリウム教皇国軍将軍のカルティノス・ハ・ノルティスとアルビラ・ダ・ダリルは事前偵察もせずに進行する事を不安に感じていた。
「ノルティス殿、やはり、偵察も出さないで敵陣に突撃を敢行するのは危険だと思わぬか?」
「うむ、儂もそう思う。あの馬鹿共が主張した敵を知らずに戦うのは愚の骨頂と言うものだ」
単眼鏡で砲撃の様子を見ていたダリルは、自分の隣で同じ様に単眼鏡で砲撃を見ていたノルティスにそう尋ね、ノルティスもダリルの言葉に頷き、今回の攻撃に対しての不安と攻撃を決めた高木と司教将校に対する不信感を漏らした。
「敵の戦力も知らずに無謀な進撃をするのは、優秀な将帥のする事では無い」
「全くその通りだ。それなのに、あの司教共はあんな軍事知識も無いガキの言う事をホイホイと信じおって……」
一兵卒からその才能と数多の戦場を駆け抜けた実績によって、現在の地位を手にした叩き上げの二人を含めた叩き上げの将軍達は、戦を知らない司教将校や高木が大きな顔をしている事が我慢ならなかった。
「おやおや、お二人ともどうなされたのですか?」
「グラーツ殿……」
砲撃を見ながら話していた二人に対して、そう言って近づいてきたのは、従者を連れ、二人とは違い全く傷の無い白銀の鎧を身に纏った男―――インペリウム教皇国軍将軍、エルディス・ラ・グラーツ侯爵に対して、二人は忌々しそうに視線を向けた。
「歴戦の将軍と聞いていましたが、二人は蛮族ごときに何やら弱気になっているご様子ですな。それなら、この私が最初に敵陣に突っ込む名誉を頂くとしましょう。お二人は、敵陣を蹂躙する我が軍の陰に隠れて震えている方が良いのでは?」
人生の大半を戦場に捧げてきた二人とは違い、何の戦果も挙げず、その血筋だけで現在の地位を手に入れたこの男に対して、ノルティス達の様な数多の戦場を駆け抜けてきた叩き上げの将軍は、高木と同じ位毛嫌いしていた。
「報告!神の使いし軍団から進軍命令です!」
「分かった。進軍の先鋒はこの私、エルディス・ラ・グラーツの軍が務める。では、お二方は我が軍の敵陣を蹂躙する様を葡萄酒など飲みながらご覧下さい」
「……では、お言葉に甘えてお手並みを拝見しているとしよう」
進軍命令を伝えに来た伝令兵にそう告げると、自分も二人に皮肉を告げてから、自分の軍の隊列へと向かった。
蒼龍国派遣軍 前線戦闘指揮所
蒼龍国軍戦闘陣地のほぼ真ん中に設置されている前線戦闘指揮所には、祐樹を始め刹那や真田、広瀬がその中に入って敵軍の砲撃の様子を眺めていた。
「随分と盛大に撃ち込んでいるな……しかし、敵には砲撃を観測して報告する奴は一人もいないのか?」
盛大に土砂を巻き上げる敵軍の砲撃だったが、蒼龍国軍陣地は事前の情報も考慮して敵が使用する全ての砲の射程外に構築されているため、敵の砲弾が届く事は無い距離に構築されているが、ただ闇雲に撃っている感が否めない砲撃に祐樹は疑問の声を漏らした。
「総帥閣下、敵の軍事技術は中世ヨーロッパのレベルです。彼らの常識では、観測射撃は存在しないと思いますよ」
「確かに、彼らの常識には存在しないだろうが、ナチスドイツの兵器を使う連中がいるのに、観測機の一機も出さないとは不思議に思わないか?」
「……確かに、マスターの言う通り不思議ですね。近代装備を保有する軍隊のする事ではありません。敵の指揮官は何を考えているのでしょう……」
敵の指揮官の意図が分からないまま続けられる敵軍の砲撃について話し合っていた祐樹達だったが、砲撃がいつの間にか止んでいる事に気が付いた。
「報告!敵軍の一団が左翼から進撃を開始!五分後には前哨監視線を通過、十分後にはキルゾーンに侵入します!」
「分かった。砲兵隊に射撃準備を命令しなさい。砲撃開始の指示があるまで撃たないように」
「了解」
兵士からの報告を受けた真田がその様に告げると、兵士を下がらせ、祐樹達と共に報告のあった方向に視線を向けると、前面にこの世界で言うオークやゴブリンが叫び声をあげながら陣地に近づき、その後ろから方形の盾を隙間なく並べ、甲冑を身に纏い剣や槍を持った兵士や鉄の装甲で馬を覆った重装騎兵達が続く。
「全小銃掩体、戦車掩体の戦闘準備よし!」
祐樹達の後ろで無線機を操作していた通信士が各小銃掩体、戦車掩体からの報告を受け、敵を見ていた祐樹達に叫ぶ。
「各陣地には命令があるまで発砲はするなと通達しなさい」
「はっ!」
真田の命令を受けて再び通信士が無線を操作し、各陣地に命令を伝達し、各陣地の兵士達も掩体の中で小銃を構えながら近づいてくる敵の姿を見ていた。
インペリウム教皇国軍
「報告!敵軍に動きはありません。前衛のオークやゴブリンも攻撃を受けず、敵陣の柵に向かって前進を続けています!」
「ふむ。やはり蛮族の軍だな。我が軍の陣容に恐れをなして、陣の中で震え上がっているに違いない。このまま一気に敵陣に突撃を掛けるぞ!」
偵察兵の報告を受けたグラーツは、敵に交戦の意思がないと思い込み、兵士の進撃速度を上げさせ、無意識のうちに虎穴へと入り込んでしまった。
「しかし、本当に攻撃がないな……」
「グラーツ様の率いる軍に恐れをなしているのでしょう。この戦、案外早く終結するでしょう」
「そうだな。これで、この私の武勇が国中に知れ渡るというもの……くっそ、この耳障りな音は何だ……!?どこかの部隊の嫌がらせか!?」
従者の言葉に上機嫌に答えながら進軍していたグラーツは、敵陣地の柵まであと少しの所で、どこからか甲高い音が響いているのに気付き、先鋒を横取りされた事を根に持っている軍の嫌がらせだと思い叫んだ瞬間、先頭を進んでいたオークやゴブリン三百体、前衛の二千名が凄まじい音と同時に一瞬にして叩き潰された。
インペリウム教皇国は知る由もないが、この一瞬でオークやゴブリン、前衛二千名を叩き潰したのは、蒼龍国軍砲兵部隊が使用するM777榴弾砲の一斉射撃だった。蒼龍国軍砲兵部隊は中空に富士山を描いて見せるほどの精巧な技術を持って、キルゾーンに入った敵に対して威力斉射を行ったのだった。
「な、何が起こった!?敵の魔法攻撃か!?」
「報告!オークとゴブリン、前衛の二千名が全滅しました!」
「グラーツ様、これは敵の魔法攻撃に間違いありません!」
「うむ。しかしこんな魔法は見た事もない。全隊、亀甲隊形、亀甲隊……」
突然の敵の攻撃に驚きを受けたグラーツ達だったが、伝令の報告や彼の従者の言葉を受けて、敵の魔法支援を受けた弓矢による攻撃を防ぐために盾を周囲に構えさせる亀甲隊形を命令したが、矢を防ぐために木に鉄板を張っただけの盾で、百五十五ミリ榴弾を防ぐ事など当然できるはずも無く、前衛を殲滅し、主力を狙った二回目の威力斉射によって吹き飛ばされた。
「う、うぅ……」
砲弾が少し離れた所に着弾した事で即死を免れたグラーツだったが、馬から振り落とされた衝撃と巻き上げられた土砂によって、数秒前まで煌びやかだった鎧を泥と血で汚したグラーツは、血が流れる頭を押さえながら辺りを見回すと、先程まで威容を誇っていた軍団は、至る所で吹き飛ばされ、腕や足が引き千切られ絶叫している兵士や、臓物まき散らして絶命している兵士の屍の山が築かれていた。
「こ、これが戦か……?これが戦であるものか!こんなものが…こんなものが戦であってたまるか!」
自分の軍隊がいとも簡単に吹き飛ばされていく光景が信じられず、喚き叫んでいたグラーツだったが、そんな彼も蒼龍国軍の第三斉射によって吹き飛ばされ、辺りに散らばる肉塊の一個となった。
「な、何が起こった!?今の爆発は何だ!?」
「伝令!グラーツ軍の詳細確認をしてこい!各軍は敵の砲台の位置を特定しろ!」
敵陣地に向けて前進するグラーツ軍を眺めていたノルティスとダリルは、たった数分で吹き飛ばされていくグラーツ軍の姿を見て驚きを隠せないでいた。
「伝令!グラーツ軍は全滅!指揮官であるグラーツ殿も戦死なされました!」
「そ、それは本当か!?」
「全軍に進軍を中止する様に伝えよ!進軍を続けたらもっと多くの犠牲が出てしまう。一度体勢を立て直してから再び攻勢に出る」
「分かりました」
「この戦、我々が考えているより簡単に終わりそうにないな……」
「そうだな……」
敵の攻撃と思われる爆発が止み、黒煙が立ち上る平原を見つめながらノルティスとダリルは、自分達が楽観視していたこの戦争が、本当は自分達の国を滅ぼしかねない敵を相手にしているのではないかと感じ始めていた。
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