第十四話
アクリシア王国領 ダルティア
蒼龍国派遣軍ダルティア基地
蒼龍・アクリシア王国同盟に基づいてアクリシア王国側から提供されたダルティアでは、派遣軍第一陣よりも早くに現地入りした三個工兵師団の昼夜を問わない建設作業によって、巨大な軍事基地が建設されていた。
基地の外側には二重に鉄条網と鹿砦が偏執狂的にまで並べられ、基地の隊舎や司令本部等の真新しい建物群も銃眼やトーチカ、対空機銃座を備えた十メートルの防塁と五メートルの壕によって周りを堅く守られ、西側には艦艇が停泊する為の軍港、東側には空軍の滑走路と格納庫群が建設されていた。
「この基地も漸く形になったな……」
「はい、総帥。基地施設は大部分が完成しております。派遣軍の方も予定よりも一週間早く全軍が到着しました」
司令室の窓から戦車や装甲車、兵士や物資を乗せたトラックが行ったり来たりしている基地を眺めていた祐樹はそう呟くと、陸軍の制服に身を包んでいるダルティア基地の司令官、大原詩乃少将も頷き、派遣軍についての状況説明を続けた。
「二個軍集団もの大軍を派遣するのに不安もあったが、大きなトラブルも無く派遣出来た様だな」
「はい。マスターが最も心配していた兵器の輸送も無事に出来た様です」
祐樹の言葉に、大原から受け取った報告書に目を通していた刹那は微笑みを浮かべながら答えた。
「それは良かった。刹那、この後の予定は?」
「はっ、この後は、本土で作戦会議、夜には同盟締結を祝してアクリシア王国でのパーティーが予定されています」
「なら、本土に戻るとしよう。大原少将、基地の事は任せたぞ」
「はっ。お任せ下さい」
大原の敬礼に頷いた祐樹は刹那を伴って完成したばかりの滑走路に待機させていたVC-25エアフォースワンに乗り込むと、六機のF-22に護衛されて蒼龍国へと戻った。
蒼龍国 首都:蒼龍府
蒼龍国軍統合本部 第一会議室
VC-25エアフォースワンで蒼龍国に戻った祐樹は、到着して直ぐに各軍の長を統合軍本部の第一会議室に集めて報告会議が開かれた。
「では小夜、我々が敵対する事になるインペリウム教皇国についての情報を頼む」
「はっ。インペリウム教皇国は、今から三百年程前に建国されたインペリウム教を信仰する宗教国家です。高度な技術力を持ち、陸軍、海軍もこの世界の基準では最強だと思われます」
「成程……小夜、そのインペリウム教の教義を詳しく聞いても良いか?」
「はい。インペリウム教は主神、ディーレによってこの世界に解き放たれた人間だけが存在を許され、劣等種属である獣人族やその他の亜人を滅ぼし世界に光と平和をもたらす。簡単に言うとこの様な教義になります」
「何とまぁ、過激な宗教だな……」
小夜からインペリウム教皇国の報告を聞いていた祐樹が心底うんざりした表情でそう呟くと、臨席していた刹那や優奈達が苦笑を浮かべた。
「我々の敵はそんな宗教国家になる訳だ。優奈、現在の陸軍の状況を分かっている範囲で報告してくれ」
祐樹の言葉に優奈は頷くと、プロジェクター操作員に合図を出してスクリーンにガリシア平原の衛星写真を映し出させた。
「我が陸軍は現在、アクリシア王国軍陣地後方に二個工兵師団が野戦築城を行っております。現時点で八割完成しており、後は前線にいるアクリシア王国軍将兵が撤退すると同時に鉄条網と鹿砦を設置するだけになっています」
「もう一ヶ所の方はどうなっている?」
「もう一方の前線にも先遣隊として二個擲弾兵師団と一個装甲師団が展開しています」
「そうか…物資の輸送は大丈夫か?」
「はい。海軍と空軍のお陰で滞りなく出来ています」
優奈が報告を終えて自分の席に戻るのを見計らい、幹部席の一角に座っている女性が手を上げた。
「総帥、ご報告がありますので、発言の許可を願います」
「発言を許可する。園崎技術中将」
祐樹がそう告げると、蒼龍国技術工廠の責任者である園崎春乃中将は席から立ち上がると祐樹に対して一礼し、スクリーンに04式空対空誘導弾の画像が映し出された。
「敵軍の航空戦力の一つである飛竜に対して使用する既存の04式空対空誘導弾をアクティブ・レーダー・ホーミングに改良した04式空対空誘導弾改の量産体制が整いました」
「やっと整ったか…それで、04式改の性能は?」
「通常の04式よりも射程が五キロ程短くなってしまいましたが、機動力や威力の性能はそのままになっております。実戦に使用しても問題はございません」
園崎から手渡されたスペック表と園崎の説明を受けて、祐樹はその性能に対して満足そうに頷いた。
「他に報告する者はいないな?では、以上で報告会議を――『失礼します』どうした?」
園崎の報告が終わり、他に報告する者がいない事から報告会議の終了しようとした時、執行部の一人が会議室に入室し、小夜に何かを耳打ちした。
「それは本当?……分かったわ。私から主様に報告するからあなた達は、情報収集に全力を注ぎなさい」
「了解」
「小夜、何かあったのか?」
会議室から足早に退室する執行部員を目で追っていた祐樹は、報告を受けた小夜に対してそう尋ねると小夜は頷いて、報告された詳細を話し始めた。
「インペリウム教皇国首都、ワグルードに潜入している執行部員から緊急報告がありました」
「緊急報告……?」
「はい。今日ワグルードでは、神の使いし軍団と新兵器である魔導アーマーの出陣式があったと」
「神の使いし軍団……?」
「はい。教皇国では主神、インペリウムが亜人を消し去る為に使わした神の軍団と公表しているそうです」
「神の軍団ね……それで、その軍団がどうかしたのか」
「そ、それが……」
「小夜、早く報告しなさい」
祐樹の問いに言い淀んでいた小夜に対して、祐樹の隣に座っていた刹那が少し口調を強めて報告を続ける様に告げた。
「そ、それが、神の使いし軍団の兵器の中にパンターG型を確認したと言う事です」
「えっ……?」
「な、何ですって?」
小夜のその報告に祐樹や刹那は驚きの表情を浮かべ、会議に出席していた幕僚達からも騒めきが起こった。
「さ、小夜、それは本当の話しか?それは、ドイツ国防軍の戦車だぞ?」
「主様の言う事は分かっております。しかし、報告に間違いはありません」
「まさか、俺と同じ能力の奴がいるのか……」
小夜の報告に色々考えを巡らせていると、再び会議室に手元に数枚の紙を持った執行部員が入室すると、それを小夜に手渡した。
「主様、潜入している執行部員から新たな情報が入りました。この神の使いし軍団を率いているのは、天界人と呼ばれている人間みたいです」
「天界人……?」
「恐らく、主様と同じ様な人間だと思われます。新兵器の魔導アーマーも別の天界人によって作られた様です」
「そうか……執行部は引き続き、情報の収集に努めろ。全員、敵の天界人には十分注意してくれ。以上、解散」
小夜の報告に頷いた祐樹は、全員を見渡しながらそう告げて会議を締め括り、再び第一空軍基地に待機させていたエアフォースワンに乗り込み、アクリシア王国が主催する同盟締結記念パーティーに出席する為、ダルティア基地へ向かった。
アクリシア王国 王都:エレスティア
王城 執務室
王城に到着した祐樹はパーティーが始まる前にヒルデガードの執務室で、今後の事についての会談を行っていた。
「――前線に配置している八万の将兵を下げて欲しい?」
今後についての会談で、祐樹から告げられた言葉を聞き返したヒルデガードに祐樹は静かに頷いた。
「理由を伺っても宜しいですか……?」
「我が軍が作戦を開始したら貴国の軍隊が我が軍の足手まといになる。作戦を成功させるためにも、将兵を下げて欲しい」
「……分かりました。明日中に、前線から兵を引き揚げさせましょう」
祐樹の申し出に暫く思案していたヒルデガードは頷いて、祐樹の申し出を受諾する旨を告げた。
「陛下の協力に感謝します」
「いいえ、礼には及びません。我がアクリシア王国は、蒼龍国より多くの支援を受けています。キリカゼ総帥、私達からも貴国にお渡ししたい物があるのですが……」
「渡したい物……?」
祐樹の疑問の言葉にヒルデガードは頷くと、執務机に置かれていた蒼色と紅色を帯びている二種類の鉱石を祐樹に差し出した。
「これは……?」
「我が国で採掘されているラグナタイト、アルテマイトと呼ばれる鉱石です。紅色をしている方がラグナタイトで、この世にある鉱物の中で最も硬い鉱石と言われています。こちらの蒼色をしているアルテマイトは魔力を含んでいる鉱石で、教皇国では動力として使用されているそうです」
「その様な物を貰っても宜しいのですか?」
「勿論です。蒼龍国にはそれだけの恩があります。それに恥ずかしながら我が国には、この二つの鉱石を加工する技術が無いのです。魔石の扱いについては、我が国の魔導師を派遣しましょう」
「陛下のご厚意に感謝します」
祐樹とヒルデガードによって行われた会談は無事に終了し、祐樹は刹那を伴って執務室を後にすると、そのままパーティーが行われる広間へと向かった。
王城 広間
魔法具によって明るくされた王城の広間で、蒼龍国とアクリシア王国の同盟締結を記念するパーティーが開かれており、その中に蒼龍国親衛軍の礼服を着た祐樹とその隣に寄り添うように立っているワインレッドのドレスを着て、黒色のボレロを羽織った刹那の姿があった。
そんな二人の周りには、ワイングラスを片手に持ってクーデター阻止の礼を述べる女王派貴族や、祐樹とお近づきになって自分の店を贔屓にしてもらおうと下心のある笑みを浮かべる有力商人達が祐樹に対してお世辞を述べていた。
そんな社交辞令も一段落した頃、祐樹の様子を伺っていた女性貴族の集団の中から緑色の布地に金色の刺繍がされたドレスを着た一人の女性が祐樹に近付くと、祐樹に対して親しげに声を掛けた。
「ユウキ殿、楽しんでいるか?」
「んっ?アネットじゃないか。どうしてここに?」
「私もこう見えて王国に名を連ねる貴族の一人だからな。こういうパーティーにも出席する事もあるさ」
「成程…パーティー自体は楽しんでいるが、商人達の視線が慣れないな……」
「ああ言う視線は日常茶飯事だが、ユウキ殿の国では商人を贔屓する事は無かったのか?」
「あぁ、俺の国には法律で特定の商人を贔屓させない様にしているからな。だから、こんな視線を向けられる事は初めてだ」
「そうだったのか。まぁ、暫くしたらこの視線にも慣れるだろう」
アネットの言葉に祐樹は頷き、それから暫くアネットと会話を続けていた祐樹の元に、一人の女性が近付いて来た。
「キリカゼ総帥、少々お時間宜しいでしょうか?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「二人で少しお話をしたいのですが、場所を移しても構いませんか?」
「構いませんよ。では、外のテラスにでも行きましょうか」
自分の提案に女性が頷くのを確認した祐樹はアネットに断りを入れ、刹那にも待機している様に告げると女性と小さなテラスに移動した。
「それで、お話とは何ですか?」
「私は、エルナ・ラ・アデラードと申します。キリカゼ総帥にお願いがあって参りました」
「お願い……?」
「はい。キリカゼ総帥、ここで死んで下さい」
エルナと名乗った女性はそう言うと、ドレスの中に巧妙に隠されていた短刀を取り出した。唯一の逃げ道であるテラスの出入り口も自分が立ち塞がっているので、暗殺は成功しだと思い短刀を祐樹の胸に突き立てようと振り上げた。
――タアァーン
「グッ!?ガアァァァ!?」
暗殺成功を確信した瞬間、何かが弾けた様な音がすると、短刀を持っていた手を何かが刺さった様な強い衝撃が襲い、その衝撃に堪らず短刀を落とした。
「クッ……!」
「そこまでだ……」
「ッ!?」
痛さに顔を顰めた女性だったが、直ぐに落した短刀を逆の手で拾い上げて再び祐樹に突き立てようと短刀を拾おうとした瞬間、自分の首元を囲むように多数の刀が向けられていた。
「マ、マスター!ご無事ですか!?」
「ユウキ殿、大事ないか!?」
テラスでの異変を察知した刹那とアネットもテラスへと慌てて入ると、祐樹の無事を確認して安堵の表情を見せた。
「俺は大丈夫だ。小夜達が守ってくれたからな」
祐樹はそう言うと、女性に刀を向けて取り囲んでいる黒尽くめの集団に視線を向けた。祐樹の言葉通り、祐樹を刺そうとした短刀を狙撃して襲った女性に刀を向けているのは、小夜が率いる特務執行部だった。
「ご無事で何よりです。主様」
女性を囲んでいる黒尽くめの集団の中から小夜が姿を現すと、安堵の表情を浮かべながらそう言って祐樹に近付いた。
「小夜達のお陰で助かった。あのままだったら、俺も死んでいただろう。狙撃手の子や皆にも有り難うと伝えてくれ」
「主様にそう言われたら皆も喜ぶでしょう」
小夜はそう告げると集団に戻り部下達に二、三言告げると、二名の執行部員を残して全員が再び闇へと消えた。
「さて、あなたは一体どこの誰か話してもらいましょうか?」
「……」
「やれやれ、黙秘ですか……」
執行部員の手によって手首にフレックスカフをされた女性に対して祐樹はそう尋ねたが、女性は祐樹から目を背けて一言も喋ろうとしない態度に溜息を吐いた。
「ユウキ殿、こいつはインペリウム教皇国の暗殺部隊だ。短刀にインペリウム教皇国の紋章が彫られているから間違いない」
「そうか……では、間抜けなインペリウム教皇国軍の暗殺兵さんが何の用ですか?」
祐樹が挑発する様にそう言うと、先程まで黙り込んで顔を背けていた女性は祐樹を睨み付けた。
「蛮族風情が調子に乗るな!お前達の様な蛮族は必ずディーレ神によって滅ぼされる運命にあるのだ。その時になって、貴様達も後悔すればいい!」
「はぁ、こういう連中がいるから面倒臭い……小夜、後は任せた」
「御意」
祐樹の言葉に小夜は頷くと、残していた二人の部下に女性を持たせて自分達も闇の中へと消え、その光景を見ていた祐樹達もパーティー会場へと戻った。
後日、この件を受けて刹那は親衛軍の中に精鋭を集めて祐樹の身辺警護隊を組織する事を決定し、その人選を開始するのだった。
大学にも無事合格し、一人暮らしにも段々慣れてきましたが、執筆のペースがまだ上がらないので、気長に待ってくれたらうれしいです。
次回の更新は4月26日になります。
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