第十二話
アクリシア王国 王都:エレスティア
王城 客間
「遂に、クーデター当日か……小夜、宰相派貴族の行動はどうなっている?」
「朝からソワソワしています。クーデターに協力する王国軍部隊も準備を始めている様です」
小夜の報告に祐樹は溜息を吐いた。
「ご苦労な事で…汐里、海軍の準備は?」
「全艦に第一種戦闘配置を下令しています。作戦開始と同時にクーデターに呼応している戦列艦を保安隊が制圧する手筈になっています」
「接岸している輸送艦はどうするつもりだ?」
「輸送艦には特別警備隊一個大隊を配備させています。クーデター派の部隊が来ても対応出来るでしょう」
汐里の報告に祐樹は頷くと、再び小夜に視線を向けた。
「小夜、執行部の部隊の状況は?」
「はっ、私が選抜した精鋭五十名が王都に集結しています。主様の御命令があれば直ぐにでも動き出せます」
「分かった。汐里、紅葉、お前達にはここに残ってもらう事になるが、護衛を半分置いて行く。クーデター派が来たら迷わず防衛行動を取るように」
「はっ。了解しました」
「総帥も無茶しないでくださいね」
「あぁ、分かっている」
「マスター、そろそろお時間です」
刹那の言葉に祐樹は頷くと、刹那と小夜、三十名の護衛を連れて客間を後にし、汐里と紅葉、待機している三十名の護衛達は、最敬礼で祐樹を見送った。
王城 城門前
「それではダディス宰相、私が留守間の事は宜しくお願いしますね」
「はい陛下。陛下も道中はお気を付け下さいませ」
ダディスの言葉にヒルデガードは頷き、用意された馬車に祐樹達と共に乗り込み、その周りを第一近衛騎士団の騎馬隊と輸送艦で運んで来た親衛軍の車輛が取り囲み、王城を後にした。
「よし、陛下は外に出た。全員、計画を発動する!全員計画通りに行動せよ!」
「「「「「はっ!」」」」」
馬車が見えなくなったのを見計らってそう告げると、近くにいた衛兵達が一斉に動き出し、見送りに来ていた女王派の貴族達を捕らえ始めた。
「ぶ、無礼者!何をするか!?」
「貴様ら自分達が何をしているのか分かっておるのか!?」
貴族達は捕らえ、縄を掛けていく衛兵達に怒声を上げるが、衛兵達はその怒声を気にする事も無く、淡々と女王派貴族達を縛りあげていく。
「ダディス宰相!これは何のつもりですか!?これは、国家反逆にも等しい行いですぞ!」
女王派貴族達が縛られている光景を悠々と眺めていたダディスに対して、一人の貴族がそう叫ぶと、ダディスはその貴族に視線を向けた。
「国家反逆をしているのは貴様等の方だ。長い歴史を持つ我が国が新興国の若造に舐められてなるものか。これからは儂が国王の座に就き、王国の栄光を取り戻すのだ!」
「宰相!この事を陛下が知ったら、唯では済みませぬぞ!」
「ふっ、陛下はもう少しで天に召される頃だろう」
「ま、まさか!?さ、宰相……貴方は何て愚かな事を……」
その言葉に顔面を蒼白にさせている貴族達をダディスは一瞥し、衛兵達に貴族達を監禁部屋に連れて行かせようとした時、近衛騎士団の制圧に向かっていた衛兵隊長がダディスの下にやって来た。
「第二近衛騎士団の拘束が完了しました。現在、女王派残党の拘束を開始しています」
「うむ、順調だな。では、蒼龍国の使者の拘束も開始しろ。奴等は、あの若造に言う事を聞かせる為の人質だ」
「はっ。了解しました」
「ゲイルズ、クーデター軍の状況は如何だ?」
「はっ、全軍は行動を開始し、要所を制圧しました。港にいる蒼龍国海軍の艦にもそろそろ制圧部隊が到着する頃です」
「うむ。抜かりは無いだろうな?」
「勿論でございます。蒼龍国の連中には気付かれておりません。強襲したら確実に制圧出来るでしょう」
ゲイルズの言葉にダディスは自分の計画通りに事が進んでいる事に、何度も満足そうに頷いた。
「よし、宰相派の貴族を玉座の間に集めよ。新生アクリシア王国の建国を祝って、祝杯を上げるとしよう」
「はっ、畏まりました」
「フフフッ、国の事は全て私に任せて、陛下はあの世でゆっくりなさって下さい」
恭しく頭を下げて王城内に戻ったゲイルズの後ろ姿を見たダディスは笑みを浮かべながらそう呟くと、自分も衛兵を伴って王城内へと戻った。
アクリシア王国領 ラッテ街道
領地視察隊列
「―――了解。引き続き監視を続行しなさい」
「小夜、王都はどんな状況だ?」
王都に残していた執行部員からの報告を受けた小夜に対して、祐樹がそう尋ね、ヒルデガードは小夜の言葉を不安そうな表情で待っていた。
「かなり悪いです……ダディス宰相は総帥達が王都を出た後に衛兵や掌握した部隊を使って女王派貴族を拘束、監禁を開始したと……」
「そんな……」
「あのクソジジイ、やっと本性を現したか……小夜、襲撃地点に待機している執行部隊に行動を開始する様に伝えろ。俺達は王都へ引き返すぞ」
「ま、待って下さい!」
祐樹の言葉に刹那と小夜が頷き、馬車を王都へ引き返させようとした時、ヒルデガードが慌てて口を挟んだ。
「どうかしましたか?」
「あのダディスの事です。我々が引き返す事も予想して、城門にも兵を配置しているかもしれません……」
「成程……確かに、陛下の言う通りだったらこの数で正面突破は難しいな……」
「キリカゼ総帥、王族だけが知っている秘密の通路を通りましょう。時間は掛かりますが、その道は宰相でも知りません」
ヒルデガードの提案に祐樹が刹那と小夜の方を見て、二人が頷いたのを確認した事で、ヒルデガードの提案を受ける事にした。
「分かりました。では、道案内をお願いします」
「はい。お任せ下さい」
祐樹の言葉にヒルデガードは微笑むと、王族専属の御者に秘匿通路を使って王都へ引き返す様に告げた。
アクリシア王国 王都:エレスティア
王城 客間
「総員戦闘配置!そこら辺の調度品を使ってバリケードの構築を急ぎなさい!」
「弾の分配状況は?全員に行き届いているの?」
祐樹達が客間を出た後、客間では慌ただしく汐里と紅葉の主導で親衛軍の兵士達に弾薬の分配やバリケード構築を急がせていた。
「海幕長、ご報告があります」
「言いなさい」
バリケードの陣頭指揮を執っていいた汐里の許に、小夜がダディス監視の為に残した執行部員の一人が姿を現した。
「宰相がクーデターを開始、女王派貴族の拘束と監禁が開始しました。こちらにも衛兵が後五分程で来ます」
「そう……報告ご苦労。以後は、あなたも総帥達の指示に従いなさい」
「はっ!」
「紅葉、もう少しで敵が来るわ。準備の方は大丈夫?」
「えぇ、バリケード構築も完了。敵が来ても大丈夫」
既にバリケードの準備を整え、自身もHK417に弾倉を装着している紅葉の言葉に汐里が頷いた時、客間の扉がノックされ、汐里が出ると衛兵隊長が数十人程の部下を伴って立っていた。
「何の御用でしょうか……?」
「宰相閣下の御命令で参りました。あなた方が協定違反を行ったとして、拘束させて頂きます」
「協定違反?私達は、女王陛下と総帥閣下の定めた外交協定に基づいてここにいます。あなた方の行動の方が協定違反では無いのですか?それとも、女王陛下から許可を取ってお出でですか?」
「う、うるさい!城の調度品をあの様に乱雑に扱う蛮族にとやかく言われる筋合いは無い!この女に構う事は無い拘束を開始しろ!」
汐里の言葉に苛立った衛兵隊長が部下達に命令し、自分も目の前にいる汐里を拘束しようと客間に足を踏み入れた瞬間、汐里は自分のレッグホルスターから素早くUSP抜き取ると、銃口を衛兵隊長に向けて引き金を引いた。心臓に九ミリパラベラム弾を受けた衛兵隊長は驚きの表情のまま床に崩れ落ちた。
「敵対行動を確認!全員、戦闘用意!」
「正当防衛射撃…撃てぇー!」
汐里の言葉でバリケードに身を隠していた隊員達が一斉に姿を現し、紅葉の命令で兵士達が構えているHK417が火を吹いた。
「グワッ!」
「ギャッ!?」
客間に残っているのは護衛とは言え、女だけなので簡単に拘束できると思い込んでいた衛兵達は無防備に近い形で銃弾の雨を浴び、至る所に鮮血を撒き散らした。
「ここは女王陛下から認められた総帥の領域。宰相であろうと貴国の力が及ばぬ領域である。力ずくで入らんとする者は、誰であろうと容赦はしない!」
衛兵達の悲鳴が飛び交う中、バリケードへと戻った汐里がそう高らかに宣言すると、兵士達の銃撃が一層激しさを増した。
無抵抗な女王派貴族達ばかりを相手にしていた衛兵達は、受けた事も無い未知の攻撃を受けた事と衛兵隊長を殺された事で一気に混乱が広がり、蜘蛛の子を散らす様に客間から逃げ去った。
「衛兵と言ってもたわい無かったわね、汐里」
「パーティーは始まったばっかりよ。あの逃げた衛兵がもっと多くの数を連れて来るわ……私達が始めたのだから、港でも始まる頃ね……」
紅葉の言葉に少しだけ笑みを浮かべて答えると、窓から幽かに見える停泊中の大和の姿を見て呟いた。
アクリシア王国 ミスラータ港
蒼龍国特別警備隊防衛線
「隊長、来ました!アクリシア王国クーデター軍です。数はおよそ四百!」
「来たわね……総員戦闘用意!各部隊は持ち場につきなさい!」
普段は戦艦「大和」副長を務め、今回だけ特別警備隊の隊長を任された神崎黒羽二佐は部下の隊員の報告を受けると素早く指示を出し、指示を受けた隊員達は六四式小銃を持って前日に準備していた土嚢に身を隠した。
「全部隊の戦闘用意が整いました」
「分かったわ。しっかし、輸送艦を奪うだけなのにあれだけの兵士を送るとはね……」
「クーデター軍は海軍にも存在していると聞きます。大方、海軍と協力して停泊している『大和』等の艦艇を奪うつもりなのでしょう」
神崎自身も六四式小銃を持って土嚢に身を隠して部下と話している時、馬に乗った指揮官らしき男が声を上げた。
「蒼龍国海軍の将兵に告げる!貴様等は我が国に対して攻撃の意思があると密告を受けた、これより蒼龍国海軍の艦と人員の拘束を開始する!貴様等は無駄な抵抗をせず、速やかに出て来い」
「どんな理由かと思ったら、そんな理由で拘束されるのね……」
「誰がそんな密告をしたのか教えて欲しいですよ……」
神崎も自分達が拘束される理由がそんな馬鹿馬鹿しい理由だったのかと苦笑すると、積み重ねられた土嚢の上に立った。
「その様な馬鹿馬鹿しい事を言われる筋合いは、我々には無い!よって、そちらの要求を全面的に拒否する!無理矢理拘束するのだったら、こちらにも考えがある!」
「クッ!蛮族の分際で調子に乗りよって…あいつ等を殺しても構わん!拘束を開始せよ!」
神崎の宣言に顔を真っ赤にして激怒した指揮官は、神崎達の方を指さして連れて来たクーデター部隊を前進させた。
「はぁ~、話の通じない人はこれだから嫌なのよ。狙撃手、そこから馬に乗っている男を殺れる?」
『はい。余裕で出来ます』
「撃って良いわよ」
『了解』
溜息を吐いて神崎が無線で狙撃手と短く会話を交わすと、馬に乗って喚き散らして指揮官らしき男の眉間に穴が開き、男は脳漿を撒き散らしながら馬から崩れ落ちた。
「総員、正当防衛射撃!艦に指一本触れさせるな!」
神崎のこの言葉で、土嚢に身を隠していた隊員達が六四式小銃の銃口を並べ、槍を持って迫るクーデター部隊に鉛の弾を浴びせた。
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