第十一話
更新が遅れてすみません
アクリシア王国 王都:エレスティア
王城 会議室
戦艦「大和」で昼食会が催された翌日、蒼龍国とサフィラス王国による同盟締結に向けた外交交渉が開始された。
交渉の席の配置は、テーブルを挟んで右側の席に蒼龍国代表、その反対側にサフィラス王国代表となっていた。蒼龍国側は、中央に祐樹、左に刹那、右に汐里と紅葉の順で座り、サフィラス王国側は、中央にヒルデガード、左にダディス、右にはゲイルズを含めた「宰相派」の貴族が座っていた。
「それでは、交渉を始めるとしましょう」
この交渉を自分が有利になる様にしたいと考えるダディスは、そう言って交渉の場を仕切り始めた。
「キリカゼ総帥。貴殿は、我が国との同盟締結を望んでいると言っていましたが、我が国としては貴国と簡単に同盟を結ぶ事は出来ませぬ。この理由はご理解いただけるかな?」
「えぇ、いきなり出て来た得体の知れない国から同盟締結を持ち掛けられたら不審に思うのは当然でしょう」
ダディスは祐樹の言った言葉が自分の欲しかった言葉だったのか、満足そうに何度も鷹揚に頷いて見せた。
「その通りです。従って、我が国が提示する条件を呑んで貰わなければ、同盟を締結する事は出来ません」
「その条件とは……?」
祐樹がそう尋ねると、ヒルデガードの右に座っていたゲイルズが一枚の羊皮紙を祐樹達に差し出した。
「拝見します……」
祐樹は一言そう言うと、羊皮紙を受け取り書かれている文面に目を通し始めた。
【同盟締結条件】
・蒼龍国は共同戦線の妨げになるのを防ぐ為、指揮権をアクリシア王国軍に移譲する。
・軍議に於いては、アクリシア王国軍の意見を優先する。
・蒼龍国はアクリシア王国に対して軍需物資や食料、資金の提供を行う。
・蒼龍国遠征軍に対してアクリシア王国軍は統制官を派遣し、蒼龍国遠征軍は統制官の指示に従う。
・蒼龍国本土にアクリシア王国大使館を設置し、駐留大使に行動を逐一報告する。
・蒼龍国はアクリシア王国が指名する内政顧問を雇用する。
全ての条件に目を通し終えた祐樹達は、呆れて物が言えなかった。この条件を見た限りでは、自分達の属国になれと言っている様な物である。
「どうですかな?我々としては、出来る限り譲歩したつもりなのですが……」
ダディス達の考えでは、蒼龍国は新しく出来た蛮族が治める新興国なので交渉事も遠く及ばず、無茶苦茶な条件でも簡単に受諾するだろうと考えていたので、余裕の笑みを浮かべて祐樹達にそう尋ねた。
「大変申し訳ないが、我々はこの様な無茶苦茶な条件を飲む事は出来ない」
祐樹のその言葉を受けたダディスは一瞬だけ余裕の笑みを崩したが、再び顔に笑みを浮かべて口を開いた。
「そうですか……我々としては最大限の譲歩をしたつもりだったのですが……ならば……そうですな、そちらにいるお嬢さん方の一人を我々のところに置いてくれませんかな?我が国と貴国の友好の証として……」
ダディスがそう言うと、宰相派の貴族達が下卑た笑みを浮かべ、祐樹の隣に座る刹那や汐里、紅葉の身体を舐めまわすように見始めた。
―――ドンッ!
「調子に乗るなよ。クソジジイ!」
祐樹はテーブルを叩くとそう叫び、今まで耐えていた殺気の全てをダディス達にぶつけた。
「な、何と無礼なガキだ!礼儀を少しは弁えろ!」
祐樹から放たれた殺気に怯んだダディス達だったが、ゲイルズが怒声にも近い声で祐樹を一喝する。
「無礼なのは貴様らの方だ!何だ、この条件は?我が国に貴国の属国になれと言っている様な物じゃないか。貴様等は俺を蛮族の王とでも思っているんだろうが、俺はそこまで愚かでは無いぞ!?」
祐樹がゲイルズに対してそう言うと、ゲイルズはテーブルを叩き、顔を真っ赤にさせながら立ち上がった。
「口が過ぎるぞ、このガキが!我が国がそれだけの条件で同盟を結んでやると言っておるのだ。貴様等の国はただ黙って条件に従えばいいのだ!」
尊大な態度を取りながらゲイルズがそう告げる。対面する祐樹はそんなゲイルズの態度を気にする事も無く、冷笑を漏らした。
「結んでやる?勘違いするな。同盟を結んでやると言っているのは、我々蒼龍国の方だ。別に、貴様らと同盟を結ばなくてもインペリウム教皇国軍を殲滅するだけの軍事力は持っている。貴国の民が虐殺されるのを見ていられなかったから助けてやる。それだけの事だ。それとも、俺達がこの国を滅ぼしてやろうか?」
祐樹がそう言うと、更に顔を赤くさせて怒声を上げようとしたゲイルズを隣に座るダディスが手で制し、余裕の笑みを崩す事無く口を開いた。
「では、蒼龍国は我が国の条件を飲まないと言う事ですな?」
「あぁ、その通りだ」
祐樹がダディスの言葉に頷くと、ダディスは短い溜息を吐いた。
「なら、仕方ありませんな。この様な乱暴な手段は使いたくなかったのですが、仕方がありません……」
ダディスはそう言うと、手を叩いた。ダディスの横でハラハラしながら交渉の行方を見守っていたヒルデガードも彼の行動の意味が分からず不安を募らせたが、何かが起こる様な気配は無く先程まで余裕の笑みを浮かべていたダディスの表情にも困惑が浮かんだ。
「おやおや?急に手なんか叩いて、一体何のつもりです?」
打ち合わせ通りにならない事に困惑しているダディスに対して、祐樹はニヤニヤと笑みを浮かべながら尋ねるのと同時に、今度は自分の指を鳴らした。
―――バンッ!
祐樹の指が鳴らされたと同時にドアが勢いよく開き、特務執行部隊員十名を引き連れた小夜が会議室内に突入し、ヒルデガード以外の貴族達に所持しているUSPの銃口を一斉に向けた。
「な、何のつもりだ!?この様な事をして良いと思っているのか!?」
それまで余裕の笑みを浮かべて平然としていたダディスも、突然のこの事態に堪らず怒声を上げた。
「いやいや、宰相の配下の完全武装した兵が扉の外で何やら徒ならぬ気配でいたので、自衛措置を取らせて頂いただけですよ」
そう言って祐樹は席から立ち上がると、絶対零度にも等しい視線でダディスとゲイルズを一瞬だけ見て、横で大人しく座っているヒルデガードに視線を向けた。
「女王陛下、この様な連中がいたら同盟締結の交渉も進まない。出来れば、信用している人物を伴って別室で話がしたい」
祐樹の言葉にヒルデガードは静かに頷くと、席から立ち上がり口を開いた。
「分かりました。では、別室を用意させましょう」
「なっ!?なりません。陛下、その様な事は……」
ヒルデガードの言葉にダディスが慌てて言い募ろうとしたが、ヒルデガードはダディスの言葉に耳を貸そうとせず、祐樹達に伴われて会議室を後にした。
王城 執務室
「みっともない所を見せてしまったな……済まない」
会議室から女王執務室へと移動した祐樹は、会談を再開する最初にそう言ってヒルデガードに頭を下げた。
「いいえ、謝らなければならないのは私の方です。あの様な事態を防ぐのが私の役目なのに……」
自分よりも強大な権力を持っているダディスに対して、この国の女王であるはずの自分が何も出来なかった事に対する悔しさが募っていた。
「気にする必要はありませんよ。しかし、あの連中は気を付けた方が良い。自分の権力を強固なものにする為に必ず陛下の命を狙って来るでしょう」
「やはりそう思いますか……」
祐樹の言葉にヒルデガードも静かに頷き、信頼できる人物として呼ばれ、ヒルデガードの後ろに控えていたアネットが口を開いた。
「陛下もダディス宰相が怪しい事は気付いていて、近衛騎士団に調査させているのだが、奴は尻尾を出さないのだ……」
「そうだったのか……取り敢えず、同盟締結の条件ですが、我々としては指揮権の独立と部隊を駐留させる為の土地が条件になります」
「指揮権の独立は分かりますが、土地…ですか……?」
「そうだ。我が軍の部隊を駐留させる拠点が欲しい」
祐樹の言葉にヒルデガードは頷き、アネットにアクリシア王国全土の地図を持って来させると、地図を机の上に広げた。
「土地提供の理由は分かりました。それで、蒼龍国はどれ程の戦力を派遣してくれるのですか?」
「確か……地上部隊だけで三十万以上だったか?」
「はい、その通りです。他に海空の部隊と後方支援の部隊を含めるとそれ以上の数になります」
「さ、三十万!?」
祐樹と刹那の会話を聞いていたヒルデガードは派遣軍の数に驚きの声を上げ、アネットも声は上げなかったが、驚きの表情を浮かべていた。
何故なら、ヒルデガード達の予想では蒼龍国は建国したばかりの新興国なので、派遣される増援は少なくて二万、多くて五万程だろうと考えていたが、実際には、地上部隊だけでも王国全軍の倍に匹敵する数を派遣すると言われたからだった。
「ほ、本当にそれ程の軍を派遣して蒼龍国は大丈夫なのですか……?」
「ご心配無く。本国にはまだ充分な兵力があり、必要ならば、増援を送る余裕も有りますから」
祐樹のその言葉に、王国と蒼龍国の間には越えられない国力の差があると言う事を改めて思い知らされた。
「分かりました。では、どの様な土地をお望みですか?」
「そうだな……海に面している土地が望ましい所だが……」
「海に面した土地……なら、このダルティアが良いでしょう。エレスティアからも近いですし、海にも面しています」
ヒルデガードが地図上に指差した場所を祐樹は自分達が持って来た地図で確認すると、場所や地形的にも条件に合っている事を確認して頷いた。
「指揮権の独立や、土地提供は認めましょう。しかし、同盟締結反対派の妨害が悩みの種ですね……」
ダディスが率いる同盟締結反対派が先程の様な行動を起こすのではないかと思い不安を口にするヒルデガードに対して、祐樹が口を開いた。
「陛下、同盟締結反対派には私にも考えがあります」
「考え……?」
「はい。この際、同盟締結反対派、延いては宰相派を王国内から一掃しましょう」
「一掃と言っても、そんなに簡単に行くのですか……?」
ヒルデガードが祐樹の言葉に対して不安そうな声を漏らした。
「大丈夫ですよ。小夜、出ておいで」
「はい。主様……」
「「っ!?」」
先程まで四人しかいなかった執務室に突然、祐樹達と同じ制服を着た女性が現れた事にヒルデガードとアネットは驚いていた。
「小夜、準備の方はちゃんと出来たか?」
「はい。宰相室には隠しカメラと集音マイクを設置してあります」
小夜は祐樹の言葉にそう答えると、祐樹に一昨日も使用したタブレット端末を取り出し、差し出した。
「有難う。陛下、これは我が国の道具で、遠い所にいる人物の映像を映せる道具です」
小夜に礼を告げて、不思議そうにタブレット端末を見つめているヒルデガード達に簡単な説明を済ませてタブレット端末の電源を入れると、画面にはダディスと宰相派の主要な貴族達の姿が映し出された。
『―――あの若造、我々に恥をかかせよって!』
『宰相、こうなればクーデターの計画を早めましょう!』
『うむ。あの若造に舐められたままでは腹の虫が治まらん!宰相、ご決断を!』
そう言うゲイルズや宰相派貴族達の言葉を瞑目して聞いていたダディスは、何か決心した様に閉じていた目を開くと、口を開いた。
『儂としても、あの若造に舐められたままでは腹の虫が治まらん。クーデターを二日後、陛下とあの若造が領地を視察する時に早める。移動最中に教皇国軍の襲撃部隊に視察の列を襲撃させて、ヒルデガード陛下と若造を殺し、蒼龍国を裏切る兵を新たな蒼龍国国王に据えて、我々が蒼龍国を裏から操るのだ!』
『おぉー!』
ダディスのその言葉に、ゲイルズ等の貴族や宰相派に属している将軍達が嬉々とした歓声を上げる。
『将軍、クーデター計画の準備は出来ているのか?』
『はっ。クーデターに呼応する三個軽装歩兵隊、二個重装歩兵隊、二個騎兵隊、一個魔導師隊、王城の衛兵隊、戦列艦「テキルダ」「アダルシア」が準備に取り掛かっています』
将軍の言葉にダディスは満足そうに頷くと、ゲイルズに視線を向けた。
『ゲイルズ、クーデターに呼応する蒼龍国兵はどれ程出た?儂の予想では半数は裏切ると思っているのだが』
あれ程の規模の軍になれば、金か色仕掛けで裏切る兵がいると考えたダディスが上機嫌でゲイルズに尋ねたが、尋ねられたゲイルズは気まずそうに口を開いた。
『そ、それが……裏切る兵は一人も出ませんでした……』
『何……?一人も裏切らなかったのか?』
『はい。城にいる蒼龍国兵に金と色仕掛けの両方で取り込もうとしたのですが、誰一人として計画に賛同する者はいませんでした』
『そうか……なら、あの若造は生かしておかなければならんな……』
『しかし、宰相。クーデターが成功しても後が続くのですか?』
『心配するな。教皇国が支援する事になっている。亜人を全て処刑すると言ったら、了承してくれた』
『そうですか』
『では、二日後にクーデターを決行する。全員、陛下や近衛騎士団に注意せよ』
『『『『『はっ!』』』』』
「如何でしたか?陛下」
「えぇ、何時か何かを起こすと思っていましたが、まさか二日後とは……」
「不味いな……この状況では、誰が味方なのかも分からん。信頼出来るのは私が率いる近衛騎士団だけだが、数が少なすぎる……」
ヒルデガードとアネットが二日後に迫っているダディスのクーデターを防ごうと考えを巡らせている時、祐樹が口を開いた。
「陛下、陛下の許しさえあれば、我が国の部隊を動かしますが……」
「宜しいのですか……?」
「えぇ。先程の話を聞けば、自分も目標に入っていますからね。それで、許可を頂けますか?」
「分かりました。蒼龍国に支援要請をします。お願いできますか?」
ヒルデガードの言葉に祐樹は頷いた。
「お任せ下さい。小夜こっちにおいで」
祐樹はヒルデガードの言葉にそう答えると、部屋の隅に立っていた小夜を自分の近くへ呼び寄せた。
「陛下。この女性が、鎮圧部隊の指揮を執る黒川小夜特務中将です。彼女の率いる部隊は、特殊な戦いについては秀でていますので、安心して下さい」
「そうですか。宜しくお願いしますね、黒川中将」
「はっ。お任せ下さい、陛下」
国家元首間で行われた同盟締結の交渉はこれで終了となり、正式な同盟締結は、宰相派を一掃してから女王派の貴族達と話し合って締結される事が決まった。
ご意見・ご感想お待ちしています。
次回の更新は3月15日になります。