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四月は僕の嘘

作者: 雛/汐邑雛

「司、司、どうしたらよい?わし、らぶれたーをもらってしまった」

「はい。はい。落ち着こうね、四季ちゃん。言葉遣い、またじじいになってるからね」


 突然、我が家に飛び込んできたのは、従姉妹の四季ちゃんだった。

 春夏秋冬(ひととせ) 四季(しき)

 現在、高校二年生になったばかりの17歳。

 男系である春夏秋冬ひととせの家に、約八十年ぶりに誕生したという女の子である。

 動揺すると、僕でもなく、俺ですらなく、わしという斬新な一人称になるけど、親戚一同が目に入れても痛くないというほどに可愛がっている我が一族のお姫様だ。

  

 よほど動転しているのだろう。一度家に帰ったはずなのに制服のままだ。

 何よりも、言葉遣いがアレだ。


「お、あ、うん。気をつける」


 こくん、とうなづく様子はとても可愛らしい。

 幼い頃から、まるで生きた日本人形のごとく可愛い子だったが、最近は、可愛いというよりも綺麗という言葉が似合うような凛々しさを併せ持つようになっている。

 染めることなど考えたこともない髪は艶やかな漆黒。肌が抜けるように白く、唇は口紅をひいてなくとも鮮やかな緋色だ。

 元が良い、というのは本当にアドバンテージがデカい。メイクなどまったくしていなくてもぴっかぴかの美少女なのだ。


「で、ラブレターって?」

「これじゃ!」


 ここで見せるのを恥らうようなら僕にもいろいろ考えることがあるが、四季ちゃんは、それどころじゃないらしい。

 本人にも、自分の見た目が大変に整っているということは事あるごとに自覚させているのだが、どうもその意識が薄くて困る。

 僕は、渡された真っ白な封筒をつまみあげて宛名を見た。

 春夏秋冬 四季 様と、丁寧に書かれた端正な文字に僕は冷ややかな半眼を向ける。


「へー」


 レポート用紙じゃなくてちゃんと便箋を使ってるっていうところで、なかなかやるな、と思う。

 いまどきの子は、メールになれているせいか、手紙と言うものをあんまり書かない。

 見た目が同じように見てもレポート用紙と便箋は別物だし、マナー的にも便箋のほうがずっといい。物がラブレターならば尚更だ。

 時間的に寄り道している余裕はなかったはずなので、これは学校でもらったものだろう。

 相手は高校生だ。四季ちゃんは通学は車送迎なので、学校の行き帰りにこんな手紙を渡せるような隙はない。

 

(まったく、最近の高校生は……)


 僕は心の中で顔も知らないラブレターの差出人を一通り罵る。

 だが、気持ちはわからなくもない。

 僕だって、高校時代に自分のクラスメイトにこんな子がいたら絶対に口説く。

 外見は文句ない美少女で、頭脳のほうも都内有数の進学校で学年五位以内から落ちたことがなく、更には、流通を柱とした一升屋グループの本家の末娘というお嬢様だ……まるで漫画か何かに出てきそうな高スペックの持ち主であるのにも関わらず、性格は天真爛漫。やや抜けたところがあるのもまた可愛い。

 ……僕っ子ならぬ、わしっ子だけど。


「これ、らぶれたー、だよな?」

「う~ん。どうだろう」


 僕は便箋を広げながら首を傾げる。


「違うのか?」

「ラブレター、ではあるのかもしれないけど……ちょっと、危ないかなって」

「危ない?」


 四季ちゃんは、少しぎょっとした顔をする。

 そういった危険と言うものに、四季ちゃんは過敏だ。

 何しろ、幼少時より誘拐されかかること実に三十回以上。すべて未遂に終わっているが、実は最初の一回は成功してしまっている。

 幸い何事もなく助け出されたのだけれど、当時、五歳だった四季ちゃんは、その時から今の四季ちゃんになった。

 ……いろいろと、大変な過去があったのだ。

 

 しかも、小学校を卒業した年から毎年、年に一人か二人くらいのペースでストーカーが発生する。これはもう季節の風物詩だ。

 四季ちゃんが神経の細い子だったら、きっと引きこもりになっていただろう。


「いやー、春だしさ、そろそろアレの時期じゃない」

「……うん」


 四季ちゃんは、嫌そうな顔でうなづく。

 アレ=ストーカーである。それだけでわかってしまうところが痛い。

 どういうわけか、発生するのは春が一番多い。


「だってねえ、四季ちゃん、この手紙、ちょっと怖いよ」


 僕はため息を一つついてから、手紙を口に出して読む。


「『思い切ってお手紙させていただきます。

 僕は三年の佐川敏文といいます。

 以前、本で手を切った僕に絆創膏をくれたのを覚えているでしょうか?

 その時からずっと君の事を見ています。

 もし良ければお付き合いしていただけないでしょうか?

 もし、YESならば、下の僕のメールアドレスに返事をください』ってさ、ずっと見てただなんて怖くない?ずっとだよ?」


(もし、ばっか重ねてるんじゃねえ)


 僕は『ずっと』を強調して告げる。

 四季ちゃんはぶるり、と小さく身体を震わせた。


 本当の事を包み隠さず言うとすれば、まあ、これは別に怖い手紙でも何でもない。『ずっと』といっても僕らの考えるような『ずっと』ではないだろう。まあ、ただの素直なラブレターだ。

 けれど、僕のモットーは、見つけた敵は即時殲滅!これ基本である。


「ずっと、っていうのは怖いよな」

「怖いよねぇ。……っていうか、そもそも、四季ちゃん、この人知ってるの?」


 賭けてもいい、絆創膏くらいで覚えているわけがない。

 四季ちゃんは、顔も頭も性格もいいが、人の顔が覚えるのが苦手なのである。

 だいたい、絆創膏くらいのことはしょっちゅうある。

 男とか女とか、若いとか年寄りだとかそんなこと関係なく、困っている人がいたら手を差し伸べるのは四季ちゃんにとっては当たり前のことだし、絆創膏くらいのことはもう条件反射の範疇だ。


「……顔は、無理だ」


 うん。そうだと思ったよ。

 現金なことに、僕はちょっとだけ機嫌が良くなる。


「でも、名前には覚えがあるぞ。確か、今の生徒会長だ。去年の父上の会社のパーティーでも紹介されたぞ。取引先の息子さんだって言ってたはずだ。……顔は覚えてないけど」

「ふーん」


 少々注意がいるかな、と僕は、手紙の文末にさりげなく添えられている彼の携帯の番号とメアドを頭の中にメモっておく。ここで、本当にメモったりしてはいけない。あくまでも、僕は彼に興味がないというフリをしておかねばならない。

 後で、こいつがどこのどんな奴か徹底的に調べ上げ、場合によってはいろいろと処理を考えなければいけない。四季ちゃんに疑いを抱かせるようなことはできないのである。

 だから、僕はあまり興味はなさそうに手紙を畳むと封筒にしまう。


「じゃあ、個人的に何かっていうのはないんだね?」


 念押しで尋ねる。


「うん。……たぶんだけど、図書室で会ってるんじゃないかなぁとは思ってる。わし、部活してないし、クラブ活動は読書クラブだから別に定期活動ないし……図書室は大好きだからしょっちゅう行くからな!学年違う人との接点はそれくらいしか思いつかん」

「清藍の高等部の図書室はかなり充実してるもんね」

 

 幼稚舎から大学部までの一貫教育を掲げている清藍学院は、全国的に名の知られた私立の名門校だ。

 うちの一族は、関東近郊居住者は頭の中身が許す限り、清藍に通うことになっている。

 だからして、当然、僕も清藍のOBだ。


「で、司、これ、どうしよう」


 四季ちゃんは、僕から返された手紙を手に途方にくれた表情をする。


「そうだねぇ、変に四季ちゃんがメールすると、四季ちゃんのメアドが相手にわかっちゃうからちょっと怖いし、だからといって返事をしないのも怖いよね」


(NOだった時の伝え方も考えておけよ、バカ野郎)


 YESだった時のことしか書いていないのは片手落ちだ。

 それとも、断られることなんか考えたことがないんだろうか。

 まあ、清藍で生徒会長なんかやってるんだから、だいたいタイプは想像つく。

 家柄がよくって、勉強もできて、顔も悪くはなく、自分に自信があって、これまで女が途切れたことがないか、モテるけど興味がないフリで影で遊んでいるかのどっちかだ。

 偏見かもしれないが、まあ、それほど僕の予想から遠くないだろう。

 バカめ、四季ちゃんの答えは基本、NO一択だ!


「前の、あの、変な男みたいに無視したら頭の中で勝手な妄想をされてるとかあるから、断りを入れないのはやっぱり怖いと思うのじゃよ」


 でも、確かにメールアドレスがあっちにわかるのは嫌じゃなあ、と四季ちゃんは肩を落とす。

 ストーカー被害は季節の風物詩だからして、これまでにさまざまなケースに遭遇している。

 中には、一日に三百通を越えるメールを送ってきたヤツもいたし、あるいは、スルーしていたら、すべて自分の都合のいいように思いこみ、四季ちゃんは自分の嫁だと思い込んでいたヤツもいたのだ。

 彼らはたぶん病院から二度と出てこられないか、違う陸地に飛ばされたか、あるいは違う国に強制連行されたか……行方を僕は知らない。ただ、二度と四季ちゃんの前に姿を見せることはないだろう。

 春夏秋冬ひととせの家の人間は、四季ちゃんに害をなすかもしれない人間を野放しにしておくほど甘くはない。


「そうだよね」


 僕は心からそう思うよ、の同意をこめてうなづく。


「じゃあ、僕の予備の携帯からメールしなよ。はっきりきっぱりお断りしますって」


 常に予備の携帯は一台は置いておくようにしている。日常使っているものと分けないと困ることがあるからだ。


「でも……」

「大丈夫。予備の携帯だからいざとなったら解約すればいいし、断らないで勘違いされるほうが嫌だろう?」

「うん。そうだな。確かに」


 素直な四季ちゃんは、僕の思惑など気にすることなく、どこまでもまっすぐだ。

 申し訳なさそうな顔をしているが、決して気にすることはない。


(だって、これは僕の望みだから)


 僕の予備の携帯をつかって、たどたどしい手つきでメールをうっている。何て書いたかはわからないが、お断りメールなことは確かだ。内容は後で確認すればいい。


「キーボードのタイピングはすごく早いのに、携帯は慣れないんだね」

「だって、ちまちましてるんだもの。すまほは反応が良かったり悪かったりでうちにくいのじゃ」

「慣れれば便利なのに。まだガラケー使ってんの?」

「うむ。慣れたもののほうが使いよいからの。自分のなら早くうてるんじゃぞ」

「知ってる」


 自分のガラケーなら、画面みなくても打てるくらい慣れてるってことはよく知っている。

 前に法事のときにポケットの中で誰にもわからないように操作してメールをくれたことがあるから。

 慣れないスマホで送信ボタンを押した四季ちゃんは、何を考えたのか、ちょっと恥ずかしそうな表情で僕を見る。


「どうしたの?」

「司、わし、久しぶりに外ごはんに行きたい」


 四季ちゃんが、おねだりする表情で僕を見る。

 いつも思うことだが、その上目遣いは反則だ。

 これを拒める人間は、うちの一族の中には一人もいない。

 おねだりだとわかっていても拒めないと言う恐ろしい必殺技だ。


「いいよ。何でもおごってあげる」


 僕はにっこりと笑う。


「魚が食べたいのじゃ!うちの食事は西洋料理ばっかりなのじゃ。嫌いじゃないが、こってりしとって飽きるし身体によくないと思うのじゃ」

「まあ、本家の食事は伯父さんの好みだからね」


 四季ちゃんのお父さん……清左衛門叔父さんは、肉がっつりな食事が大好きな人だ。

 アメリカのダイナーで本場の人に退かれるくらい食べることができる。それこそ、毎食ステーキ1000gをぺろりとかそういうレベル。

 サバイバルも辞さない人だが味覚はわりと繊細だ。外では我慢するが、自宅では好きなものを食べたいといって、家に迎えた料理人は、三ツ星レストランで働いていた経験を持つフレンチのシェフだ。


「あんなんで、ようメタボにならんもんじゃと感心するぞ」

「叔父さん、精力的に働いているからカロリーたくさん消費するんじゃない?」

「かもしれんのう」


 四季ちゃんにはただのデロデロに甘い親ばか中年マッチョオヤジでも、外に出れば一升屋の代表取締役社長なのだから、忙しいのは当然だ。常にアグレッシブに世界中を飛び回っていて、四季ちゃんでさえもここ一ヶ月は顔を見ていないという。

 清左衛門伯父には、素手で冬眠あけの月の輪グマと闘って勝ったという伝説があり、それも納得と思えるような立派な身体をしている。

 身長は百九十をちょっと切るくらい。筋肉は隆々というほどではないがしっかりついていて、鍛えられていることが一目でわかる。

 これでブラックスーツでも着た日にはちょっと只者ではない感じになる。某ヤのつく自由業の人に間違えられることはしょっちゅうだ。

 僕らの年代の身内の間では、伯父さんのコードネームは大魔王である。


 僕の父は、どこをどう見てもひょろい秀才タイプで、異母ということを考え合わせたとしてもあまり似ていない。伯父さんと父が並んでいると、血とは不思議なものだとつくづく思う。


「魚って言うと和食がいいよね。銀座の野々宮とか、青山の久松とかどう?それとも、いっそお寿司食べに『あおい』に行くかい?」


 僕は、春夏秋冬ひととせの家でよく使う和食の名店や行きつけの寿司屋の名をあげた。


「そういうのじゃなくて、居酒屋がいいんじゃ。前につれていってくれたじゃろ?」


 ああ、と僕は思い出す。

 学生時代のお金があんまりなかった時に、個室が売りの居酒屋チェーンに連れて行ったことがある。味としては抜群においしいとまでは言わないが、物珍しかったのか、四季ちゃんは大喜びだった。


「わし、肉厚のアジのひらきとか、シャクッとした子持ちのししゃもの焼いたのとかが食べたいんじゃ。あと、塩辛をのせたやっこ!それにたきたてのご飯と味噌汁に糠付けがあれば、天国じゃ」


 四季ちゃんは一生懸命だ。

 熱心に僕を見上げて訴えているのがとても可愛い。


「でも、今の時期だとアイナメの刺身とかいいんじゃない?それから金目!金目は煮付けだよね」


 この時期、おいしい魚はいろいろある。


「金目の煮付け、食べたいのう。甘~く煮付けられてて、程よく油ののったふっくらとした身がほろほろーっと口の中でとろけるんじゃ。それで温燗できゅっと一杯」


 見えない杯を手に、くいっと酒を飲むしぐさをしてみせる。

 うん。すごくおいしそうだよね。

 僕は、食べることにそれほど興味がない人間だったが、小学生だった四季ちゃんのお守役に任命されてから、四季ちゃんの影響でわりとうるさくなった。


「ああ、鰹がもう出てるかもしれん。そうしたら、表面をあぶり、薬味たっぷりのタタキにするのじゃ!ねぎと生姜、ミョウガもあると嬉しいのう」


 うっとりとした表情で次から次へと希望を語る。

 四季ちゃんの味覚はかなりの渋好みといってもいいだろう。

 小学生の女の子が、お通しに出たタコワサや僕のおつまみに頼んだなすの浅漬けを泣いて喜んだ時には呆然としたけれど、今ではすっかり慣れた。


「ストレスたまってるんだねぇ」

「当たり前じゃ。わしは和食が好きなんじゃ。三好の作る西洋料理もうまいが、わしは味噌汁と米の飯が一番うまいと感じる。朝からパンでは腹にたまらん」


 たきたての飯にちゃんとだしをとった味噌汁、それに漬物があれば良い、とうなづく。


「辛くなったら、僕に言うんだよ。いつでも四季ちゃんの食べたいものを食べさせてあげるからね」

「うむ」


 嬉しそうに四季ちゃんはうなづく。

 僕も嬉しくなって笑みを浮かべる。


 別に本家でまったく和食が出ないというわけではない。

 四季ちゃんが望めば、あの家では何だって用意する。実際、四季ちゃんは、毎日、毎日、濃厚なフレンチばかりを食べているわけではない。朝はハムエッグにごはんとお味噌汁、夜は海鮮のトマトリゾット、とか……ご飯大好き!さっぱりめが好み!な四季ちゃんの為にいろいろ工夫されているのだ。

 けれど、どうしたって本家ではタコワサは出ないし、塩辛だって出ない。ししゃもは言えば調達してきてくれるかもしれないが、きっと怪訝に思うだろう。

 

「だいたい、わし、八十過ぎんの老人だったんじゃ。あんまりこってりしたもんはツライんじゃ」


 四季ちゃんはしみじみとボヤく。

 僕はしぃっと唇の前に指を一本あてて言った。


「それは、僕らだけの秘密だよ」

「うむ」


 四季ちゃんはこくりと素直にうなづく。

 秘密を知っているのは、四季ちゃんの家族をのぞけば僕だけだ。

 

「大丈夫。僕は四季ちゃんの味方だからね」

「わかっておる。愛してるだの何だの寝言言わんのは、司だけじゃもの。頼りにしておるんじゃ」

「ありがとう」


 僕はにっこりと会心の笑みを浮かべた。

 この絶対の信頼が、僕を今の僕にしたのだ。


(馬鹿なヤツらだ)


 僕はそんな寝言を言いそうな親族の顔を頭の中に思い浮かべて、鼻で笑った。

 四季ちゃんはそちらの方面に非常に疎いし、そもそも、愛しているという気持ちは押し付けるものではあるまい。

 そんな当たり前なことは、今更、口に出すまでもないのだ。


(四季ちゃんがいなかったら、きっと今頃、僕も一升屋の傘下のどこかの会社で働いていたんだろうな)


 四季ちゃんの守役、という地位をキープするために、僕はあらゆる努力をはらった。

 時間が自由にならねば、四季ちゃんの守役ではいられない。普通に就職するのでは絶対に無理。

 だから、まず、手始めにしたのは、起業だ。就職をしないと決めれば、大学の四年生と言うのは時間の余裕がある。

 起業したといっても、社員は僕一人で、あとはアルバイトだ。

 たぶん、時代が良かった。

 今があの時だったら、同じことはできなかった。

 


 僕の会社はいくつかの携帯専用のゲームコンテンツを作成し、そのうちの一つが大当たりをした。

 単純な落ち物パズルのちょっと変形したもので、キャラクターに特徴をつけた。それが、驚くぐらい当たった。今みたいにコンテンツが飽和していたら、この成功はありえなかった。

 それまで、携帯ゲームの市場と言うのはあまり大きくないと考えられていた。よほどのゲーマーでなければ携帯でまでゲームをしないのだと。

 けれど、このゲームはそれを覆した。

 仕組みが単純だったこともあって、これまでゲームをしなかったライトユーザーを開拓したのだ。

 更に、このゲームは、基本遊戯無料。アイテム課金というビジネスモデルの初期成功例の一つでもある。

 大学を卒業して一年とちょっと。僕は、とある携帯会社に会社ごとそのコンテンツを売却し、結果、こうやって今も四季ちゃんの守役としての地位を確保している。

 

(僕は別にホモでもジジコンでもないと思うんだよね)


 僕は、四季ちゃんが大好きである。

 当然、キスもしたいし、抱きたいとも思う。

 頭撫でるくらいのことはよくしてるし、手をつないだり、肩を抱いたり、ハグしたりというスキンシップはかなり頻繁だ。

 何しろ、僕は四季ちゃんの守役だ。これは、隣にいるのが当たり前なポジションである。

 四季ちゃんはもちろんのこと、周囲の人間もみんなそう認識している。


(まあ、そう刷り込んだんだけど)


 たぶん、伯父さんには僕の思惑なんて見え見えなんだろうけど、反対はされていないのだからそれでいい。公認ならば、そんな性急に事を進める必要はないのだ。






 四季ちゃんの中には、春夏秋冬ひととせの家のご先祖様の記憶がある。

 十一代目清左衛門……享保年間に先代の急死により十七歳で家を継ぎ、八十八歳で亡くなった中興の祖と称えられる人だ。

 春夏秋冬の当主は代々、清左衛門を名乗るのが決まりだ。十一代目は、本当にいろんな事績を残していて、今の一升屋グループの基礎をつくったのはこの人だと言っても過言ではない。


 最初の誘拐のときに、四季ちゃんはこの清左衛門さんの記憶を思い出した。そのおかげでたいした被害もなく助かったのだけれど、その後が大変だった。

 八十八のじいちゃんがいきなり五歳の幼女として目覚めたのである。それは混乱する。混乱して、混乱して、混乱のあまり、実の父親に「番頭さんや」と呼びかけた時はその混乱の頂点だっただろう。


(その光景を想像すると、悪いけど笑える)


 混乱は一年以上続いた。伯父さんや伯母さんや、四季ちゃんの兄である始さんたちは何が何だかわからなかったし、四季ちゃんはもっとわけがわからなかったのだ。

 まあ、江戸時代の人が、いきなり今の時代に来たら、そりゃあ驚く。

 四季ちゃんいわく、異国に流されたか、はたまた異界に流されたかと思ったそうだ。

 ちなみに、異界=わけのわからないおっかない場所、である。

 

 四季ちゃんの秘密を知っているのは、四季ちゃんの家族……両親と兄三人を除けば、僕だけだ。もしかしたら、伯父さんの右腕である山木秘書室長や執事の狩野さんは知っているかもしれないが、四季ちゃんが直接打ち明けたのは僕らだけである。

 他の人はどうだか知らないけれど、僕は四季ちゃんの言葉を信じた。

 四季ちゃんの家庭教師兼守役として長い休みのたびに一緒に過ごしていた僕は、四季ちゃんの言うことを信じるに足る確証があったのだ。


「……四季ちゃん、外ごはん行くんでしょ、着替えておいでよ。制服じゃあ、駄目だよ」


 スマホがチカチカとメールの着信を告げているのをさりげなく裏返して視界から消す。


「ちゃんと年増女に装って来るからな」


 年増女という言葉の響きが悪いが、それはメイクをちゃんとしてくるという意味だ。

 十一代目の時代、年増女というのは二十歳を過ぎた女性をさす。

 メイクをちゃんとして大人っぽくしてくるから、お酒を飲ませろ、という要求である。


「うーん、それ微妙だなぁ」


 好奇心旺盛で、努力家でもある四季ちゃんは、とっても柔軟な心の持ち主だった。

 幼女である自分をちゃんと受け容れることができたのだ……言葉遣いは時々アレだったけれど。

 だから、ちゃんと女の子の嗜みは心得ている。メイクだって一通り自分でできるのだ。まあ、きっと四季ちゃんを大好きなメイド達が横から手を出すに違いないが。

 メイクはあまり好きではないらしいが、メイクという犠牲を払ってでもお酒が飲みたいのだ。

 四季ちゃんは、食いしん坊でもあるが、酒豪でもある。


(絶対、ザルだから)


 正直に言おう、僕も弱いほうではないけれど、四季ちゃんにはかなわない。 

 四季ちゃんが母屋のほうにぱたぱたと走っていったのを横目で見ながら、僕はメールを開いた。

 フラれるなんて考えたことのない男が、そんな堅苦しく考えずにまずは友達からと食い下がっている。


(さて、何て返そうか)


 やっぱり、一番無難なのは好きな人がいるのでごめんなさい、だろうか。

 いやいや、婚約者がいるからごめんなさい、にした方がいいかな。


「その前に、そろそろ正式に婚約者になっておこうかな」


 親の決めた婚約者がいる、というのは十一代目の時代には決して珍しいことではなかったのだ。

 即、ベッドに持ち込むというわけでもないので、婚約くらい気にしないだろう。


(っていうか、四季ちゃんの場合、押し倒すまで気にしないかも)


 なんかそんな想像がついて、僕はくすりと笑った。


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