最終決戦―後編―
二人は間合いを詰めた。先手を取ったのはフェン。突き出した爪がレナの心臓を狙っていた。しかし、レナは剣を交差させて、その攻撃を防いだ。吸血鬼の弱点は唯一心臓のみ。フェンが心臓を狙って攻撃してくるのは予想通りだ。レナはフェンと比べてかなり小柄だ。しかし、その小柄な身体でも人狼に劣らない怪力を持っている。彼女はフェンの爪を振り払い、その腹を剣で切り付けた。しかし、剣から伝わってきたのは、まるで刃を鋼に擦り付けたような感覚。フェンの身体には傷一つ付いていなかった。驚きと戸惑いが生んだ隙をフェンは見逃さなかった。拳を強く握り締め、レナの腹をえぐるように殴った。相手が女だろうと手加減はしない。それが人狼の流儀だ。
殴った際に骨が砕け内臓が潰れる音が聞こえ、拳にはその感覚が伝わった。そして、次の瞬間にはレナが石橋の上を転がった。人狼側から歓声が沸き起こり、ラインに響き渡った。しかし、レナは何事もなかったように立ち上がった。吸血鬼の驚異的な治癒能力が今の一撃を瞬く間に治癒したのだ。凡百の吸血鬼と比べても極めて速い。
「ヴァンパイアクイーンともなれば治癒能力もそこまでなるか。さすがだ」
「剣が通じなかった時はさすがに驚いたわ」
フェンの身体は確かに強靭だ。生半可な力では傷付いたりはしない。互いに互いを賞賛しながらも、両者は決して気持ちを緩めなかった。
次に動いたのはレナ。突風のようにフェンに迫り、頭上からフェンに襲い掛かった。しかし、フェンはレナの攻撃を左腕で受け止めて、右手の爪でレナを切り付けた。服が切り裂かれ、柔肌に爪の切り傷が付いた。しかし、その傷も傷付いたところから瞬時に治癒した。
レナはフェンと間合いを開け、破けた服に手を当てて魔法で元通りに戻した。
「いくら傷付けても無駄よ。これくらいならすぐ治るわ。本気で私を倒すつもりなら心臓を貫きなさい」
人狼には驚異的な治癒能力も強力な魔法も持っていない。故に人狼は戦いにおいてかなり不利な状況に立たされていた。吸血鬼を倒すには心臓を貫く他の方法はない。そのためどうしても攻撃が見切られてしまう。
その状況で、よく今まで人狼が生き残れたと不思議に思える。
フェンは間合いを詰めてレナに襲い掛かった。しかし、レナの身体が煙のように消え、彼の攻撃は空を切った。慌てて辺りを見渡すと突然視界にレナが現れて剣を切り付けてきた。咄嗟に身体を退いたが、刃が肩を掠めて、僅かに血が流れた。避けたのは正解だった。レナは刃に魔力を帯びさせ切れ味を増していた。“あの日”ヴァンパイアクイーンがゲイルを貫いたのと同じ、いや、さらに強力な魔法だ。
魔法だと!?
汚いぞ!
正々堂々と戦え!!
人狼達から罵声が飛んできた。しかし、レナはそんな声が届いていないかのように細く嘲笑っていた。
「決着を付けると豪語したのに、人狼の長の力はその程度?」
レナはフェンに向け剣を突き出した。魔力を帯びた刃が静かに音を鳴らしながら震えていた。
そして、微かにレナの手も震えていた。
冷たい視線を送るレナに対してフェンは急接近し、レナの心臓目掛けて爪を突き出した。一瞬、フェンの爪がレナの心臓を貫いたように見えたが、それは幻影のように消えて再びフェンの背後に現れた。
「不意打ちのつもり?」
「いや。君こそそんな子供だましで俺を欺いたつもりか!?」
フェンは身体を翻しレナに襲い掛かった。レナは再び姿を煙のように消していた。フェンの攻撃も虚空を貫いただけだった。しかし、フェンの耳と鼻が何かを捕らえると再び身体を捻り強烈な蹴りを繰り出した。その先にレナが現れ、フェンの蹴りが直撃した。
避ける間も防ぐ間もない攻撃にレナは蹴り飛ばされた。
「そんな子供だましが、何度も通用するはずがないだろう?」
今の一撃でレナの骨は深く複雑に折れてしまったが、やはり物凄い速さで治癒していく。心臓を貫かない限り決着は付かない。
「さすがね。でも、この程度で……!」
レナの骨折が治りかけていたところにフェンが襲い掛かった。レナは剣で防ごうとしたが、剣は砕け散り、五本の爪がレナを切り裂いた。
「どんなに驚異的な治癒能力であろうと、所詮治るには時間がかかる!」
フェンは再び爪を薙ぎ、レナの身体を傷付け、蹴り飛ばした。
「ならば、その治癒が追い付けないほど攻撃するまでだ」
フェンは再びレナに襲い掛かった。人狼側からは歓声が上がり、吸血鬼達は息を呑んだ。
しかし、レナは体制を立て直して、フェンを強烈な衝撃波で吹き飛ばし、彼を石橋にたたき付けられた。
「そんな浅知恵を働かせたところで貴方には私は倒せない!!」
レナは稲妻を纏い、合図を出すと稲妻がフェンに襲い掛かった。苦痛の叫びを上げるフェン。人狼達と吸血鬼達の立場が逆転した。
しかし、フェンは立ち上がった。レナが稲妻の威力を上げるとフェンも苦しんでいたが、彼は決して倒れなかった。フェンの蒼い瞳は光を失うどころか稲妻を受けながら、さらに強い輝きを放ち、レナを睨みつけていた。すると、突然稲妻が止んだ。フェンは一瞬ふらつくが、しっかり二本の足で立った。
「どうして止めた?」
フェンの身体からは微かに煙が上がっていた。あのまま稲妻を受け続けていたら間違いなくフェンは倒されていた。しかし、レナはそうしなかった。
彼女の顔が微かに歪んでいた。
「こんな小細工で勝ったとしても意味がないわ」
だが、彼女の表情は卑怯な勝利を嫌ったそれ以外の感情を現していたようにフェンには感じた。
レナは折れた剣を捨てた。吸血鬼には魔法と治癒能力があるが、人狼のような爪や牙がある訳ではなかった。そのため彼らは武器を使用して戦う。
「剣を取って来い」
「随分余裕ね?」
「丸腰の君と戦って倒しても意味がない」
「では、お言葉に甘えて」
レナは吸血鬼側に戻って行った。その間フェンは橋の手摺りに寄り掛かり痛みを堪えていた。やはりさっきの稲妻が効いているようだ。
レナが吸血鬼側に戻って来ると吸血鬼が数人現れた。それぞれ綺麗な装飾の施された箱を持っていた。箱の中身は吸血鬼が魔法で鍛え上げた名剣の数々。決して刃こぼれしない最強硬度の剣や、斬った物は如何なる物も凍りつく絶対零度の剣。刃が鋸状の剣や身丈程もある長剣。そして、不死身の吸血鬼の命を吸い、破壊力を増す剣。不死身の吸血鬼もこの剣を使えば“死”が訪れる魔剣だ。
レナは一本一本抜剣して、月明かりに照らして剣の品定めをした。しかし、レナはそのどれも選ばなかった。
「お母様の剣を」
レナは静かに呟いた。
吸血鬼達に動揺かを走った。“あの日”、この橋の上で当時の人狼の族長、白銀王ゲイルの心臓を貫いた剣。先代のヴァンパイアクイーンが愛用し、ゲイルと刺し違えた剣。母の剣。レナはそれを今また使おうとしている。吸血鬼達は否応なしに“あの日”のことを思い出す。
金色の装飾が施された真紅の箱が持った吸血鬼が現れた。
「よろしいのですか?」
「彼は本気で今夜決着を付けるつもりです。ならば、どうして生半可な覚悟で戦えましょう」
レナは箱から一振りの剣を取り出し鞘から剣を抜いた。傷一つない銀色の刃。月明かりに照らせば紅い刃紋が浮かび上がる。
「たとえ“あの日”と同じように刺し違えようと、私には彼の想いに応える必要があります。そのためにならお母様の剣以外に相応しい剣はありません」
レナは剣を鞘に納めて再び橋に戻った。
つづく