最終決戦―前編―
人狼と吸血鬼の領域の境界線。“ライン”
川で隔てられた両者の領域を繋ぐのは、皮肉にも争いの原因とも言える人間が架けた一本の石橋。“あの日”から長い年月が経つが、全く変わらない姿で人狼と吸血鬼の縄張りを繋いでいる血に濡れた橋。
“ライン”には続々と人狼達が集まり始めた。しかし、吸血鬼は一向にその姿を現さなかった。彼らは太陽の光を浴びるとその皮膚は焼け、灰になってしまう。故に彼らは日中の行動も控えめだ。まだ西に微かに太陽があるから吸血鬼も動けないでいるのだろう。
しばらくして西の彼方に太陽が沈んだ。微かに空は明るいが、太陽の光はなく星々が煌めいていた。だが、やはり吸血鬼の姿はない。
「奴らめ、我らに恐れをなして逃げ出したか?」
一人の人狼が呟き、嘲笑が広がった。しかし、その人狼は突然地面に頭をたたき付けられ、そのまま誰かに頭を踏み付けられた。地面に亀裂が走り、頭はほとんど地中に減り込んでいる。
「キサマ……人狼としての誇りはないのか?」
頭を踏み付けていたのはグレンだ。
「如何なる者が相手であろうと、我らは決して相手を嘲ってはならない!そんなことも忘れたか!?」
黄色く光る鋭い眼差しが周囲の人狼を貫いた。圧倒的な力の差。嘲笑していた人狼は一瞬で畏縮してしまった。
「止めろ、グレン」
フェンが現れてグレンの怒りを鎮めた。グレンは渋々足を退けたが、まだ怒っているようだ。
「コイツは人狼の恥さらしだ。今すぐ殺すべきだ」
「見苦しいぞ?恥さらしという点ではお前も同じだ。もう吸血鬼達は来ている」
その蒼い静かな視線は人影の無い向こう岸に向けられている。首をかしげるグレンだが、突然、雷雲も無いにも関わらず、稲妻が走り目が眩んだ。誰もが眩しさのあまり、目を閉じたが、ただ一人フェンだけは対岸を平然と見つめていた。
光が収まると、まるでさっきからその場にいたように吸血鬼達が現れた。全員が血のような深紅の生地に金色の刺繍の入ったフードの付いたマントを身に纏い、寸分の狂いの無い隊列を組んで、人狼と退治している。
突然のことにグレンでさえ戸惑いを隠せないが、唯一フェンだけが静かな視線を向けている。
対峙する両者は今にも戦いを始めようとする勢いで睨み合っていた。フードの奥で光る吸血鬼の瞳も、月明かりを反射する人狼の瞳も、敵意と憎悪で満ちている。この場にいる誰もが、誰かの仇であり、憎き敵だった。
しかし、誰一人橋に近づかなかった。
族長の命令だ。
人狼達は吸血鬼達を威嚇するように唸っている。一方の吸血鬼達は平然と構え、一切身動きしない。
空が完全に暗くなり、星の煌めきと満月の光が優しく戦場を照らしていた。しかし、突然分厚い雲が月を隠してしまった。それでも闇の中で両者の瞳は光っていた。その中でもフェンの瞳が放つ光は圧倒的な力と存在感を見せ付けていた。
風が吹き、分厚い雲を払拭した。再び現れた月に照らされて、フェンは遂に橋に進んだ。人狼達がそれぞれ道を開けて、その道を進んだ。
吸血鬼達は一斉にマントの下に持っていた剣を抜き、息の揃った動きで道を作った。そこには深紅の鎧を着た二人の女吸血鬼に守られたヴァンパイアクイーン・レナの姿があった。鎧を着た女吸血鬼はレナに剣を差し出し、レナはそれを腰に帯びた。仲間の吸血鬼達は剣でアーチを作り、その下をレナは静かに美しく優雅に進んだ。足音はまるで鈴のように軽やかな音だった。
レナがアーチをくぐり抜けると吸血鬼達は一斉に剣を納め、再び人狼達と対峙した。
石橋の上にはフェンとレナの二人だけ。
「ここで会うのは“あの日”以来だな。“あの日”もここで再会した」
「そして、今また同じここで再会した。まさに因縁の場所ね」
「ああ。長い間この地は我らの因縁の地として残っている」
「でも、その因縁も今日、今夜、この戦いで終わる。終わらせる」
静かで冷たく激しい力が広がった。
「今宵。この因縁の地で我らの因縁を断ち切ろう。これで……これが最後だ。決着を付けよう」
互いに放つ心臓を貫くような鋭い視線。他の追随を許さない圧倒的存在感。他を凌駕する圧倒的力。肌を締め付けるような気迫の奔流が“ライン”に広まった。
“ライン”の石橋の上で両者の激しい力がぶつかり合い、押し潰されるような重圧に誰ひとり身動きが取れなかった。
森の木々で休んでいた鳥達が二人の気迫を感じて一斉に夜空に飛び立った。その音を合図にフェンは人の姿から獣の姿に変身した。筋肉が異常な膨張し、銀色の体毛が全身を覆った。顔の形も人から狼に変わり、着ていた服や靴は破け、人の姿をしていた時に比べ、フェンは二倍の大きさになっていた。変身が終わるとそこには全身白銀色に煌めく美しい人狼が立っていた。その姿は先代の族長、白銀王ゲイルを彷彿させる美しさで、思わず見とれてしまう。
対するレナは背中から天使のような翼を広げ、流れるような動きで二本の剣を抜いた。こちらもその美しさはフェンに退けを取らない美しさだ。
石橋の中央で対峙する美しい両者。激しく、だが静かに燃える力の炎。終わりの見えない人狼と吸血鬼の戦いを長きにわたり生き抜いた者だからこそ放つ押し潰されるような気迫。
フェンの爪が伸びて熊手のようになった。
レナは剣の先で軽く石橋を撫でた。
静寂の中で二人の戦いは既に始まっていた。緊張が高まり、ぶつかり合うお互いの力を感じ、そして二人の間で緊張が弾けた。
最終決戦の幕が上がった。
つづく