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決戦へ

フェン。銀髪と蒼い瞳が特徴的な人狼の子供。

フェンは銀色の人狼ゲイルのもとで、人狼の戦士として育てられることになった。ゲイルの指導は両親とは比べものにならないほど厳しかった。しかし、逃げ出そうという気持ちにはならなかった。親の敵を討ちたい訳でも、吸血鬼が憎い訳でもない。ただ、自分に出来ることがあるなら、その道を進みたいとフェンは願ったからだ。だから、ゲイルはフェンを導いた。


そうして二人が出会って、数年の月日が流れた。















二人は月明かりを頼りに昼間に仕留めた鹿を食べていた。


「……美味い」


「美味しいですね、ゲイル」


「ああ、体を動かした後の鹿肉は最高だ。フェンもしっかり食え。それが食われる者に対しての礼儀だ」


毎食のようにゲイルは同じことを言う。当たり前のことだが、大切なことを決して怠らないのが、ゲイルの教えだ。


「はい!」





昼間は大人しくしていた動物達が動き出し、狩りを行う。風に撫でられた木々の葉が揺れる。夜は静かだ。

食事を終えたゲイルが立ち上がった。


「ゲイル、どちらへ?」


「ん?ちょっとな。お前はもう休め」


ゲイルはそれだけ言い残して、森の奥に消えていった。


「休めか……確かに今日はまた一段と厳しかったからな~」


フェンの体のあちこちが痛んだ。この数年、体のどこかに常に痛みがあり、痛みと無縁の日は一日としてなかった。しかし、それゆえに人狼は強靭な肉体と強靭な精神を手に入れることが出来る。

フェンは昼間、ゲイルの言ったことを思い出した。


『いいか?吸血鬼は驚異的な治癒力を持っている。生半可な攻撃をしても、奴らには通用しない。対する我ら人狼は吸血鬼程の治癒力は持っていない。故に我らは圧倒的に不利だ!この圧倒的不利に対抗するためには強靭な肉体と精神が必要だ。痛みに耐え、疲れに屈しない精神!そして、吸血鬼を倒すための肉体という武器!この二つを極めた人狼は無敵だ!』


『それはゲイルのことですか?』


『いや、違う。私も未熟さはある。きっと私にも、お前にも、誰にも成し得ないかも知れない。しかし、それに近付くことは出来る!』


その後、ゲイルとの戦闘訓練が続いた。この数年間で幾分強くはなったであろうフェンだが、持てる技術全てを以ってしてもゲイルには敵わない。


「今の僕は……吸血鬼に勝てるのかな?………………吸血鬼」


吸血鬼という単語が頭に引っ掛かった。両親を殺したあの化け物。それを吸血鬼と教えてくれた存在が脳裏を過ぎる。


「レナ……」


フェンはたまにレナのことを思い出した。思い出す度、彼女は今どこで何をしているのだろうかと考えてしまう。ゲイルの言葉を思い返せば、障害でしかないのかも知れないが、また会う日まで生きるという気持ちも沸いて来る。


「いつ会える……かな……」


フェンはレナのことを想いながら眠りについた。


























ゲイルは木々の間を走り抜けた。その速さ、その姿から“銀色の閃光”や“白銀の風”などという異名を持つゲイル。しかし、そんな異名などゲイルには全く関係の無いことだった。誰に何と言われようと、自分の進む道を走る。それがゲイルだ。

森を走り抜けて、ゲイルは川にたどり着いた。フェンと出会った、あの場所だ。フェンが座っていた大きな樹も相変わらず立っている。しかし、ゲイルは樹に対して特別な思い入れがあるわけではない。ゲイルは河原に座って、向こう岸を眺めた。


「隔てているのは、ただの川なのにな」


一飛びすれば簡単に向こう岸に渡れる川。視線を下流に向ければ、かつて人間が作り、人狼や吸血鬼がいる森だと知られてからは人間は誰ひとり渡っていない石橋もある。向こう岸に渡るのは容易過ぎる程容易だ。

ここは人狼と吸血鬼の間で“ライン”と呼ばれている。人狼の縄張りと吸血鬼の領域を二分する境界線。東西に伸びるラインを挟んで、北側は吸血鬼の領域。南側は人狼の縄張り。基本的に互いの領域を侵すことなく、狩りをする決まりだが、人狼も吸血鬼もそんな決まりがあることも知らずに、互いに領域を侵している。その度に多くの血が流れる。

ゲイルは目を閉じ、呼吸を整え、自分の内側へと意識を集中させて瞑想した。一切の匂いも音も遮断した境地。もしも、ゲイルの言う“無敵”が存在するなら今の状態が最も近いだろう。その瞑想を一陣の風が邪魔をした。しかし、ゲイルはそれを待っていたかのように胸が高鳴った。高鳴る鼓動の音を聞きながら、撫でるような風がゲイルの背中に触れた。まるで、愛しい恋人に寄り添うような風だった。


















数日後。

フェンはゲイルに連れられて森の中を走っていた。行き先は聞いていない。しかし、辺りには複数の獣の臭いが漂っている。多少の違いはあるが、嗅ぎ慣れた人狼の臭いだ。道なき道を進むに連れて、臭いはさらに濃くなっている。

しばらくすると、森の中の開けた場所に出た。中央には周りとは比べものにならない巨大な樹が立ち、その周りに老若男女、色の違いも様々な大勢の人狼が集まっている。普段ゲイル以外の人狼とは滅多に会わないフェンには初めての光景だ。


「おお!ゲイル様だ!」


誰かがゲイルに気付いて声を上げた。すると、次々と声が上がり、その場は一気に盛り上がった。しかし、フェンはその中から自分に対する嫌な視線を感じていた。


「来い……」


「は、はい」


フェンはゲイルに言われるまま後に続いた。

集まった人狼達はゲイルのために道を開け、ゲイルを見つめるその瞳には憧れや尊敬の念が浮かんでいる。しかし、フェンには突き刺さるような嫌な視線が浴びせられている。フェン自身、その視線には気付いている。


なにもんだ?

なぜゲイル様と一緒なの?


微かにフェンに対する厭味も聞こえる。


「ゲイル様!」


ゲイルのために開けられた道に一人の人狼が現れた。その人狼はひざまづき深々と頭を下げた。


「なんだ?」


「恐れながらゲイル様の後ろにいる、その小僧は一体?」


「ああ、フェンは私の弟子だ」


急に周囲がざわめき出した。ゲイルの前にひざまづく人狼も驚きを隠せない様子だ。


「ゲイル様の……弟子?こんな奴が……弟子?」


「ああ、そうだが」


「納得出来ません!」


フェンには何が起きているかわからなかった。しかし、周りが自分に浴びる視線に怒りや憤りを込めているのがわかった。


「なら、試せばいい」


その瞬間だったゲイルの前にひざまづく人狼の筋肉が膨張して、全身が茶色い体毛に覆われた。頭の形や耳の位置も徐々に変わり、数秒の内に獣の姿に変身した。


「ガキだからって容赦しねぇ!」


人狼がゲイルとフェンの頭上を飛び越えて、背後から襲い掛かってきた。しかし、フェンは襲い来る人狼の牙と爪を紙一重で避けると、懐に潜り込み、心臓をえぐるように殴った。

決着はほんの一瞬で決まった。周りのざわめきは消え、悶絶する人狼が横たわっている。


「実力は見ての通り。さて、本題だ」


ゲイルは満足げに笑いながら樹の根本に向かって歩きだした。その後ろに悶絶する人狼を気にするフェンが続いた。

この数年でフェンは確かに成長していた。それを改めて実感した。















辺りは静まっている。

ゲイルは樹の根に立ち、少し高い場所から集まった大勢の人狼を見渡した。


「よくぞ集まった我がはらから!人狼の勇士達よ!」


歓声が沸き上がり、森と地面が揺れた。


「皆に集まってもらったのは他でもない、我らの宿敵吸血鬼のことだ!……ここにいる全員が大切な誰かを吸血鬼に殺された!ここにいない群れ、否、我ら全ての人狼が吸血鬼によって大切な誰かを奪われ続けてきた!」


周りから微かに嗚咽が聞こえる。フェンも両親を吸血鬼に殺されている。泣きたい気持ちはわかる。


「奪われることが我らの運命なのか!?いや、断じて違う!これは我らに与えられた試練なのだ!この世界で生き抜くための!この世界での生存権を勝ち取るための試練なのだ!!」


ゲイルが空に向かって高々と拳を挙げた。


「示そう!我らの肉体が砕けようと、我らの精神は砕けない!!

示そう!最後の一人になるまで、我らは戦う気高き戦士であることを!!

示そう!我らはこの世界に生きる!!






















………………………決戦だ!!」


集まった人狼達が一斉に歓声を挙げた。森を。大気を震わし、魂さえ震わす大歓声だった。



つづく

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