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白銀の人狼

レナと別れたフェンに待っていたのは孤独だった。ラインと言うこの場所がどこなのかもわからない。孤立無援の暮らしをしていたフェンにとって、これから先頼る相手もいない。こういう時のためにフェンは両親から生きる術を教わっていたのだと思ったが、空腹のあまり体に力が入らない。


「なんでだろ?いつもなら、二三日くらい平気なのにな……」


フェンは木陰に座りながら、少し休むことにした。休んで体力が回復してから狩りに出掛けようと思い、そのまま木陰で眠りについた。

太陽はゆっくりと西に傾き、西の彼方が朱く燃えた。差し込む朱い夕日にフェンは目を覚まし、辺りを見渡した。そろそろ狩りの頃合いだ。



太陽が沈み、夜が訪れた。昨夜と違って、今夜はよく晴れている。月が辺りを明るく照らし出し、光には困らない。しかし、困ったのはフェンの体力が回復していないことだ。むしろ、寝て休む前より疲れている。加えて空腹。

フェンが寝ている間に流れが落ち着いた川に一匹の鹿が水を飲みに現れた。フェンの腹が鳴った。現れた鹿を食べれば少しは体力も回復するだろうが、やはりフェンの体は自分の物でないように言うことを聞かない。そのことを知っているかのように鹿は静かに喉の渇きを癒していた。

その時、突然銀色の閃光が走った。フェンの目には捉えきれない一瞬の出来事で、気付いた時には鹿は絶命して川岸に横たわっていた。そして、そのすぐ横に銀色の閃光の正体が立っていた。全身、月明かりを反射して煌めく銀色の体毛に覆われ、無駄が無く鍛え上げられた肉体を誇示するように立つ、獣の姿に変身した一人の美しい銀色の人狼だ。

銀色の人狼は絶命した鹿を引きずりながら、その場から立ち去ろうとした。その時、自分と同じ蒼い瞳と一瞬目が合った。しかし、相手のほうが圧倒的な存在感と力を示していて、ただ一瞬目が合っただけでフェンは押し潰されそうになった。

銀色の人狼が川のすぐ近くに広がる森のほうへ歩き出した。フェンは鹿が絶命した瞬間から食欲が抑制出来なくなり、生唾を飲み込んだ。奪い取ろうにも、銀色の人狼相手に敵うとは思えない。しかし、食欲が理性を上回り、冷静な判断が出来ない。フェンは力を振り絞り、銀色の人狼を追った。

引きずられる鹿の死骸からは一滴の血も零れず、匂いだけが地面に残った。銀色の人狼は歩いている。それに対してフェンは走っていた。だが、距離は一向に縮まらない。それどころか離れてさえいる。


「ま、まって。まってください」


弱々しい声が銀色の人狼に届いた。二人はすでに森の中。木々の葉の隙間から月明かりが二人を照らしている。

銀色の人狼が立ち止まった。


「そんなに食いたいか、小僧?」


フェンは頷いた。その音さえ銀色の人狼には届いていた。


「なら、奪ってみせろ」


フェンに躊躇いは無かった。そうしなければ飢え死にしてしまうからだ。最初は初めて歩く赤子のように覚束ない足取りで。次第に地面をしっかり踏み締め、銀色の人狼に向かって真っ直ぐ突進した。

しかし、銀色の人狼はハエを追い払うようにフェンをテキトーに返り討ちにした。ほんの軽くあしらわれただけだが、フェンは軽々と宙を舞い、近くの木に体をたたき付けられた。

地面に俯せに倒れたフェン。起き上がろうとするが、体が思うように動かない。


「フン……」


銀色の人狼が再び歩きだしたのを薄れていく意識の中で、妙にハッキリと感じた。


「ま、まって……」


弱々しい言葉が銀色の人狼の足を止めた。フェンは朦朧とする意識で立ち上がり、口から唾液を垂れ流しながら鹿を求めた。まるで何かに憑かれた亡者だ。


「……コレが欲しいのか?」


亡者のようなフェンには銀色の人狼の言葉は届いていない。ただ、虚ろな瞳が鹿だけを見ている。

銀色の人狼がため息を付いた。幼い人狼があまりに憐れに思えたのだろう。気高き人狼が空腹のあまり、言葉さえ失い、ただの獣に成り下がってしまったのだから。

フェンは鹿に向かって突進した。しかし、銀色の人狼はフェンが鹿に触れる寸前、フェンから鹿を遠ざけた。欲しい物をちらつかせ、届きそうになると横取りしていくあまりに幼稚な光景だ。それでもフェンは鹿を追い続け、転んだり、木に顔からぶつかったりした。。滑稽どころか無様だ。しかし、追うことを止めなかった。

痺れを切らした銀色の人狼が突然鹿を頭上に投げ飛ばし、近付いてきたフェンを蹴り飛ばした。フェンは軽々と飛ばされ、木にたたき付けられた。泡を噴いて、体が痙攣している。恐らく、フェンが立ち上がることはないだろう。そう思った銀色の人狼は落ちて来た鹿を取り、森の奥へと立ち去ろうとした。今度は何があっても立ち止まるつもりはなかった。

意識を失い、命さえ危ういフェンの指が微かに動いた。爪が急激に伸び、腕が銀色の毛に覆われていく。だらし無く開いた口から微かに牙が見えた。

フェンが勢いよく立ち上がった。体力も底を尽き、怪我も酷い。意識は無いに等しい。本来なら動けるはずがない。しかし、フェンは立ち上がり、銀色の人狼に襲い掛かった。

銀色の人狼は振り向き様にフェンを殴り飛ばした。木にたたき付けられて、地面に崩れ落ちる。しかし、再び立ち上がり、銀色の人狼に立ち向かった。

何度も殴り飛ばされた。幾度も蹴り飛ばされた。しかし、フェンは立ち向かうことを止めなかった。


「しつこい!」


銀色の人狼は手加減抜きでフェンを蹴った。骨が砕ける音がした。微かに点いていた命の灯が大きく揺らぎ、消えようとした。

しかし、フェンは銀色の人狼の脚にしがみついた。銀色の人狼がフェンを振り払おうと脚を振り回すが、フェンは爪を食い込ませて脚から放れなかった。そして、銀色の人狼の脚を噛み砕くつもりで噛み付いた。

銀色の人狼は振り払うのを止めた。フェンがいくら噛み付いても銀色の人狼には痛くも痒くもない。その強靭な体に傷一つ付くことはない。銀色の人狼はフェン引きはがそうとした。必死に抵抗するフェンだが、簡単に引きはがされ、鹿と一緒に地面に置かれた。


「食え」


フェンは言葉の意味がわからず、戸惑った様子で目の前の鹿と銀色の人狼を交互に見た。


「食え」


銀色の人狼の厳しく威厳のある口調で、もう一度言った。フェンは警戒しつつ鹿を自分のほうに引き寄せてその肉を噛みちぎった。まだ温もりが残る血と肉。なぜかはわからないが、自然と涙が零れた。


「どうした小僧?泣いてるのか?」


軽く嘲笑うように微笑む銀色の人狼。その目には威厳と優しさが滲み出ていた。

フェンは何も言えず、一心不乱に鹿を食べた。


「俺はゲイル。小僧……よく頑張ったな」


ゲイルと名乗った銀色の人狼はフェンの頭をそっと撫でた。


「小僧、名前は?」


「……ぅぅ……フェン」


「フェンか……いい名だ」


ゲイルは大きな手でフェンの頭を包み込んで髪が乱れるくらいに撫でた。口元も服も腕を覆っている銀色の毛もすっかり血に染まり、フェンは泣きながら鹿に噛り付いた。

















「よく頑張ったな、フェン」


つづく

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