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決着。そして……

人狼の五感、特に嗅覚と聴覚は犬や狼のそれを遥かに凌駕する。だからこそ、誰もがヴァンパイアクイーンの言葉に我が耳を疑った。

レナは泣いていた。


「もう貴方と戦いたくないの!!お願い!その怪我を治させて!今ならまだ間に合うから!」


レナは泣きながら震える声で叫んだ。


「……ダメだ」


「どうして!?もう決着なんてどうでもいいの!お願いよ……治させて……」


レナは泣き崩れた。

周りは明らかに何が起きているのかわかっていなかった。だが、フェンにはわかっていた。“自分の願い”も“彼女の想い”も。


「決着は付いたさ。…………これが決着だ!!」


フェンは夜空を見上げて咆哮した。だが、それは人狼が勝利したのではなく、吸血鬼が勝利したのでもない。強いて言うなら“引き分け”だった。


「こ、“これ”が決着とはどういう意味だ!?」


人狼側から早速噛み付いた者がいた。グレンだ。


「……言った通りさ。俺達が戦っても、どちらかが勝ち、どちらかが滅びる訳じゃない。どちらも滅びるか、永遠に戦い続けるかのどっちかだ」


「だが、最後!いや今なら絶好の機!ヴァンパイアクイーンの心臓を貫くなら今だ!今ならまだ決着が付けれる!」


「悪いが、それは出来ない」


何かに打ちのめされたようにグレンは黙ってしまった。だが、一歩踏み出した。白銀王が決着を付けられないのなら自分しか決着を付けれないと思ったのだ。

しかし、グレンは二歩目を踏み出せなかった。


「それ以上近づいてみろ?…………殺すぞ」


フェンは半分振り向いてグレンを威嚇した。物凄い殺気の篭った視線にグレンは完全に畏縮してしまい、それ以上前にも後ろにも動けなかった。それは他の人狼達も吸血鬼達も同じだった。


「な、ならどうして?」


必死に振り絞った声で問い掛けた。


「俺は…………僕は彼女を愛してる」


フェンの瞳から殺気が消えて優しさと愛しさが滲み出た。


「だから、始めからレナを殺すつもりはなかった」


戦場を優しく照らす月を見上げて、フェンは続けた。


「ゲイルも両親も吸血鬼に殺された。確かに吸血鬼が憎い。それに吸血鬼を見ていると血が沸騰したように熱くなり、闘争本能が爆発しそうになる。この爪で吸血鬼の柔肌を引き裂き、心臓を噛み潰してやりたいという衝動が身体を支配しそうになる。

だけど、気付いたんだ。俺達が憎しみと闘争本能のままに戦っても、例え腕の一本や二本失ったとしても、吸血鬼が驚異的な治癒能力と魔法を駆使したとしても結果は“あの日”と変わらない。


相打ちだ」


「そ、そんなバカな」


「そうでもない。驚異的な魔法と治癒能力を有する吸血鬼相手にどうして今まで生き残れた?どうして拮抗できた?」


圧倒的に有利なのは吸血鬼だった。強力な魔法を使い、どんな怪我も瞬時に治癒してしまう驚異的な治癒能力を持っている相手にどうして互角に戦えたのか。本来ならとっくに人狼は滅んでいてもおかしくないのに何故未だに滅びないのか。

“答”は単純だった。


『そう創られているから』


「そ、それじゃあ我々が戦ってきた意味は!?我々の戦いが!戦いで散った仲間が!その死が無意味だと言うのか!?」


「……そうだ。僕達の戦いや死、流した血と涙には意味も価値も無かったんだ」


再び打ちのめされたようにグレンは崩れた。他の人狼も吸血鬼達もフェンの言葉を信じれないようにざわめき出した。


「それに僕はどうしてもレナを憎めなかった。ゲイルを殺した先代のクイーンの娘だと知っても憎みきれなかった。それどころか僕はレナを愛した。愛してしまった。だからトドメを刺すつもりは最初からなかった」


フェンは静かに月を見上げたまま。月はまるでこうなることを予見していたかのように“ライン”を照らしていた。


「ふ、ふざけるな!」


レナの護衛が叫んだ。


「私の家族は“ライン”を越えてきたお前達、人狼に殺された!私だけじゃない!ここには同じ境遇の仲間が大勢いる!その憎しみを、そう簡単に決着付けられて納得いくはずがない!!」


「確かに。俺もラインを越えてきた吸血鬼に両親を殺された。その気持ちはよくわかる」


フェンは静かに吸血鬼の縄張りに歩きだした。


「納得いかない者は前へ出ろ。僕が相手だ」


我が身を差し出すように、フェンは吸血鬼を見つめた。戸惑いを隠せない吸血鬼達を余所に、レナの護衛が抜剣し、フェンに突進した。

しかし、その間にレナが立ち塞がった。レナの護衛は慌てて止まるが、剣の先端が微かにレナの首に触れていた。


「陛下。そこをどいてください」


「いいえ、どきません。これ以上白銀王、いえ、フェンを傷付けるのは私が許しません」


剣を持つ護衛の手が震えていた。レナは静かに剣を退かし、護衛を抱きしめた。


「時間は掛かります。でも、私は信じてます。吸血鬼と人狼は、きっと共に歩めます。だから、剣を納めて」


護衛は剣を捨て、その場に泣き崩れた。他の吸血鬼達も涙を流し、剣を捨てた。

この憎しみと怒りで満たされた“ライン”に悲しみが溢れ、流れた涙が全ての戦意を洗い流した。


「終わっ……たな」


後ろでフェンが倒れた。レナは慌てて振り向き、フェンに駆け寄った。


「フェン!フェン、しっかりして!い、今治すから」


レナは魔力を掌に集めた。しかし、フェンは静かにその手を退かした。


「もういい……もういいよ」


「で、でも……」


フェンはレナの頬を爪で傷つけないように、優しくそっと涙を拭った。


「レナにはもう救われてる。“あの時”……僕達が出逢った“あの時”、君は僕の怪我を治してくれたんでしょ?」


「う、うん!」


レナの雪のように白い肌が真っ赤に染まっている。


「レナ、泣かないで」


「だ、だって……」


フェンの身体からは戦った傷や自ら引き裂いた左腕の傷口からは絶え間無く血が滴り落ちている。レナを見つめる優しい視線も焦点が定まらず光が明滅していた。今から傷の手当てをしてもフェンはもう助からない。魔力も体力も使いすぎた。


「フェン……愛してる。初めて出逢った、あの日、あの時からずっと……ずっと愛してたよ」


「僕もだよ、レナ。愛してる」


フェンが人の姿に戻った。そして、レナに噛み付くように唇を重ねた。時が止まったように、その一瞬がゆっくり流れた。お互い少しでも長く愛し合いと強く願った。

しかし、唇は静かに離れて行った。


「フェ……フェン?」


しかし、もう返事はなかった。顔をフェンの胸に押し付けて、レナは泣いた。涙も、感情も、想いも全て溢れ出して止まらない。誰もが、その美しすぎる悲しみに涙を流した。















やがて力無く寄り添うフェンを抱えて、レナは翼を広げて橋から飛び去った。


誰もその後を追わなかった。そして、一人。また一人、“ライン”から立ち去り、人狼と吸血鬼の最終決戦は幕を下ろした。















まだ夜は明けない。月の光が二人を優しく照らしていた。

静かに川が流れ、そのすぐ近くの大樹に二人は寄りかかり、レナはフェンの頭を膝の上に乗せた。ここは二人が初めて出逢った場所。そして、二人が恋に落ちた場所。


「まるであの時みたいね。君、あの時も気持ちよさそうな寝顔だったんだよ」


フェンの顔は微かに微笑んでいた。レナは彼の銀髪をそっと撫でた。


「ねぇ……聞こえる?」


しかし、返事はない。

レナの目から再び涙が溢れた。頬を流れた涙はフェンの頬に落ちた。涙は止むことを知らない雨のように流れ、そのまま時間も流れた。

東の空が紫色に染まり、夜が西へと逃げていく。


「ねぇ、フェン……私達、また逢えるかな?」


その問いに答える人はいない。

しかし、誰かの温かい手が頬に触れた。視線を上げるとフェンが笑っていた。


『ああきっと逢えるさ。必ず探しに行くよ』


「……うん、きっとだよ。約束」















朝日が二人を照らした。




















―エピローグ―

春。温かい陽光が大地に降り注ぎ、森は見渡す限り深緑で覆われている。空は清々しい青と白い雲が浮かんでいる。森には一筋の北東から南西に向かって川が流れていて、降り注ぐ陽光を反射して星々のように煌めいている。

ラインの辺に一本の大樹が立っている。その根本に一人の少年が小さくうずくまっている。少年の視線は陽光が降り注ぐ河原に落ちてる黒い日傘に向けられていた。


「ねぇ!」


突然、すぐ横で甲高い声がした。少年は素早く声のした方を見ると、一人の少女が日影の外に立っていた。














新しい物語へとつづく

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