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紅く染まる月の下で……

子供の頃、両親を吸血鬼に殺された。幼かった俺は堪えられない恐怖感を覚えて気絶した。

気絶した後、何があったのかはわからない。だが、俺は父さんと母さんを殺した吸血鬼を殺していた。胸を引き裂いて心臓をえぐり、握り潰した。

何故俺は吸血鬼を殺したんだろう?

何故吸血鬼は父さんと母さんを殺したんだろう?

何故人狼と吸血鬼は争わなければいけないのだろう?


何故?


『神様がそうお創りになられたんだよ』


微かに残る記憶から想像するに父さんならこう言っただろう。

でも、何故?何故俺達をこんな血に塗れる悲しい存在にしたんだろう?


何故?



















子供の頃から人狼は敵だと教わってきた。私は初めて人狼を見た“あの日”まで醜い毛むくじゃらの獣を想像していた。確かに皆黒や茶色をしていて野蛮な種族だと思った。

でも、銀色の人狼が橋に現れた時、戦慄を覚えた。


なんて美しいんだろう


お母様と美しい人狼は戦った。仲間や敵の血で紅く染まる橋の上で。

お母様は本当に美しかった。吸血鬼の中には醜い姿の者もいたけれど、お母様は天使のように美しかった。それに負けず劣らない銀色の人狼。

この世のものとは思えない戦いは、そうまるで愛し合う男女が音楽に合わせて踊るようだった。


あの純白の月さえも紅く染める血吹雪も……















純白の月が星の海に浮かんでいる。“あの日”と相変わらず無関心を決め込んでいる。

石橋の上ではフェンとレナが見つめ合っていた。

あの時、ゲイルはどんな願いを持ってこの場所に立っていたのだろうとフェンは思った。


『自分の願いのために戦え』


見つめる視線の先にはレナが不思議な表情で立っていた。悲しみのような怒りのような。

レナは静かに剣を抜いた。月明かりで煌めく刃と紅く染まる刃紋が美しい。“あの日”ゲイルを貫いた剣だとすぐにわかった。

フェンの爪が伸びた。鉄をも切り裂く鋼の爪が月明かりを受けて煌めいた。


「俺の願い……か」


闘志に燃える蒼い瞳と真紅の瞳が激しくぶつかり合った。見るものが押し倒されそうになるほどの力と気迫の津波が二人を中心にして広がった。

二人は互いに間合いを詰めてフェンは右上段からレナは左下段から刃を浴びせた。鋼と鋼がぶつかり合う激しい音と衝撃波が広がる。爪と刃が接触しているところでは火花が飛んでいる。

互角の力のぶつかり合いで二人はお互いに弾き飛ばされ、お互い爪と剣を橋に突き立て体制を保とうとするが、かなり流されてしまった。

次に先手を打ったのはフェンだった。フェンは走り出し、まるで空を飛ぶようにレナに襲い掛かった。レナは剣を橋から抜き、フェンの攻撃を避けつつ彼の脇を切った。

フェンの受けた傷口は深く、血が噴き出した。しかし、レナも左腕を切られ、薄皮一枚で繋がっているだけだった。

二人は身体に翻した。再びフェンは爪で襲い掛かるが、レナは舞うような優雅な動きで彼の攻撃を避けていく。その間に切られた腕は元通りに治癒した。

腕が治るとレナは剣を握り直し、フェンの攻撃の隙を見つけて突き付けた。剣はわずかにフェンの頬を掠っただけだったが、レナは間髪入れず雨のように剣を浴びせた。フェンは避けきれなくて腕でレナの斬撃を受け止めるしか出来なかった。

レナは怯んでいるフェンを蹴り飛ばした。人狼の鎧とも言える強靭な筋肉を貫くような強烈な蹴りだ。


「立ちなさい!まだ決着は付いてないわよ!」


仰向けに横たわるフェン。人狼には驚異的な治癒能力がある訳ではない。傷付いた体は傷付いたまま。力を込めれば傷口から血が噴き出して激痛が走る。疲労とも無縁ではない。戦いが長引けば長引く程にそれなりに疲弊していく。体力を補う強靭な精神力もいつまで続くかわからない。

しかし、フェンは再び立ち上がった。


「それでこそ“白銀王”」


レナは剣を構えて猛然と突進した。しかし、フェンは動かなかった。そのため、剣は彼の腹を貫き傷口から血が流れた。

一瞬、無抵抗なフェンに驚いたレナだが、フェンはまるでこの時を待っていたかのようにレナを殴った。骨が砕け、臓器に突き刺さり、吐血した。レナは剣を手放してしまい、そのままかなりの距離を転がった。

フェンは突き刺さった剣を抜いて、痛みに苦しむレナに投げ付けた。


「もう終わりか?」


「この剣で私の心臓を貫けばね。どうして返したの?」


「意味がないからだ。俺達は爪と牙と拳で戦う。それが人狼の誇りだ!」


人狼側から歓声が上がった。

レナはフェンから受けた傷口が治りきる前に立ち上がり、剣を取った。


「ならば、その誇りに対して私も全力で戦います!」


吸血鬼達もレナの背中に声援を送った。


一瞬。二人の顔が笑ったように見えた。


二人は再び間合いを詰めて爪と剣を激しく交えた。爪と剣が交わる度に火花が散った。その音が音楽を奏で、爪と剣を交える度に二人の戦いは激しさを増した。

フェンは幾度切られて血を流そうと決して崩れなかった。

レナは幾度怪我を負っても臆することなく戦い続けた。

両者の血が石橋を紅く染め、あの無関心を決め込んでいた純白の月さえも紅く染めるほど激しく戦った。

いつの間にか声援は止み、二人の呼吸と爪と剣がぶつかり合う激しい音しか聞こえなくなっていた。


「美しい……」


誰かが呟き、涙が頬を流れた。

二人の戦いはあまりに美しかった。そう、まるで……














まるで愛し合う男女が音楽に合わせて踊っているようだった。

















互いに体力は限界。既に精神の削り合いが続き、先に折れたほうが負けてしまう。そんな意識が二人を奮い立たせていた。

レナがフェンに向かって突進した。避けようとするが、全身を走る激痛に体が思うように動かず、レナの剣が左肩に突き刺さった。剣は骨を貫き、神経を切断して、左腕の感覚が無くなってしまった。

フェンは一度レナと間合いを開けた。やはり左腕は動かない。フェンは苦笑した。気が付けば錆びた鉄ように紅く染まる自分の身体。レナも怪我が治癒するのを待たずに戦っていてかなり疲弊していた。怪我が治る速度もかなり遅い。

フェンは左肩を掴み、爪を突き刺した。必死に痛みに堪えながら肉をえぐり、左肩を胴体から引き裂いた。

人狼側からも吸血鬼側からも小さな悲鳴が漏れ、レナも思わず手で口を覆った。


「動かない腕なんてただの重りになるだけで邪魔だ」


引き裂いた左腕を投げ捨て、フェンは再びレナに襲い掛かった。しかし、レナはまるで怯えるかのように動きが鈍くなり、避けるどころか剣でフェンの攻撃を防ごうともしなかった。

レナの変化に気付いていたが、フェンは構わず爪を浴びせた。しかし、レナは完全に戦意を喪失していて、その怒りを石橋にぶつけた。石橋にフェンの拳が減り込み、亀裂が走った。


“ライン”は静寂に包まれた。


「真面目に戦え!!」


怒るフェンに対してレナは膝を崩して、剣を捨て両手で顔を覆った。レナの様子のおかしいことに、その場がざわめいた。


「………ぇ………ぃ」


震える声で何かを呟いた。フェンの耳にもその声は届かなかった。


「も、もう…………
































      もう戦えない!!」



つづく

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