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出逢い

人間を喰らう誇り高い戦士、人狼。

人間の血を吸う高貴な一族、吸血鬼。

両者はその種の起源から争いが絶えなかった。人狼は人間の肉を欲し、吸血鬼は人間の血を欲して狩りを行う。

「より多くの肉を」

「より多くの血を」

その果て無き欲望のまま、人間の血肉を求める両者は獲物を奪い、争い、互いの血を流してきた。















人狼の縄張りの片隅で、吸血鬼との争いに一切関わらない代わりに、全ての群れから孤立した一組の人狼の夫婦がいた。夫婦はやがて一人の子供を授かった。名前はフェン。父親譲りの銀髪に母親似の蒼い瞳の少年だ。

フェンは両親から深い愛情を注がれて生活した。時には自分の身を守り、生き抜くための術を厳しく教わることもあったが、フェンは教わった全てを吸収して成長した。三人は他の群れとは孤立無援ではあったが、家族という深い絆で結ばれ、幸せと平安の中で暮らしていた。

しかし、運命は三人を逃さなかった。




ある日。

フェンが森で遊んで夕暮れ時に住家のある洞穴に帰ると、両親が洞穴前で見たことの無い醜い化け物に殺されていた。化け物は血の海に浮かぶフェンの両親を踏み付け、紅い光を放つ眼球でフェンを睨み付けた。


「マダ一匹残ッテイタノカ……」


醜悪な姿の化け物は両親の血で黒く染まった牙を剥き、フェンに襲い掛かった。フェンは恐怖で体が動かなかった。迫り来る化け物の牙や爪が確実にフェンを捉えていた。

フェンは化け物に突き飛ばされ、木にたたき付けられた。激痛が全身を駆け巡り、意識が遠退いた。薄れ行く意識で最後に見たのは、太陽の沈んだ空に浮かぶ化け物の紅い眼球。

幼い人狼が覚えているのはここまで。




フェンが気が付いた時、辺りは暗く、夜だということに気づくのに時間がかかった。微かに湿った空気が雨を予感させた。

体を動かそうとすると全身に激痛が走り、思うように動けない。そのため、フェンは木に寄り掛かったまま痛みが退くのを待つしかなかった。しかし、その瞬間自分に何があったか思い出した。しかし、辺りを見渡そうにも分厚い漆黒の雲が夜空を覆い、辺りは闇に包まれて何も見えない。いつもなら匂いと音、あるいは両親が起こした焚火が光源になり、暗い夜を照らしてくれていた。しかし、その両親は得体の知れない化け物に殺された。殺されてしまったのだ。その事実を改めて実感したフェンは小さくうずくまり、涙を流した。孤立無援であった故に、頼る宛も友達と呼べる存在もいない。

その時、分厚い雲の隙間から月明かりが差し込んだ。フェンは涙を拭い、改めて辺りを見渡すが、見渡したことを、見渡してしまったことを後悔した。

“ソレ”は間違いなく、フェンの両親を殺した化け物だとわかったが、ほとんど原型を留めていない無惨な死骸になっている。四肢と頭は捩切られ、胴体は引き裂かれて何かが自分の方へ伸びている。それを辿ると自分の右手の中に何か丸く柔らかい物があることに気が付いた。それが何なのかフェンは知っている。知っている上で改めて認識した瞬間、強烈な吐き気をもよおした。フェンの右手にある物。それは化け物の心臓だった。手で口を押さえようとすると、手が化け物の血で黒く染まっていることに気付いた。


「ぼ……ぼくが……?」


雲が再び月を隠し、夜空に閃光が走った。その直後に耳を貫くような雷鳴が轟き、激しい雨が降り出した。フェンは立ち上がり、その場から逃げ出した。全身を駆け巡る激痛を無視して、微かに残る肉を引き裂いた時の生々しい感覚を振り払うように走り出した。しかし、振り払おうとすればするほど、生々しい感覚は全身に纏わり付いた。それでもフェンは走った。木の根に躓いて転んでも何度も立ち上がり、時々後ろを見ながら走った。


怖い。恐い。こわい。コワイ。こわい。恐い。コワイ。怖い。恐い!


全身泥まみれになりながら走ったフェンが立ち止まったのは川の辺だった。雨で水かさが増し、黒い濁流がフェンの行く手を阻んでいる。

フェンは自分が逃げて来た道を振り向いた。木々が鬱蒼と茂り、奥のほうには深い闇が広がっている。その闇のさらに奥。恐怖からの幻かもしれないが、化け物の死骸がフェンを睨んでいるのが見えた。

フェンは濁流に飛び込んだ。いや、落ちた。フェンは情け容赦の無い濁流に飲み込まれた。フェンは濁流の中で必死にもがくが、怪物と化した濁流の前には余りにも幼く無力だった。

やがてもがく力も無くし、流れに身を任せフェンは胃袋へと流されていった。




















深緑の空の隙間から太陽の白い光が差し込む。ここは涼しい木陰。だが、柔らかくて温かい感触が頭を包み込んでいる。


「あ……気がついた?」


深緑の空と自分の間に一人の少女が顔を出した。雪のように白く滑らかな肌と長い黒髪。そしてルビーのように紅い瞳が印象的な天使のような美少女だ。

フェンの頭はその少女の膝の上に乗っている。


「こ……ここは……天国?」


「天国?違うわよ。ここは“ライン”。君はまだちゃんと生きてるよ」


「“ライン”……」


生きている実感こそ無かったものの、少女の言葉はちゃんと理解できた。

フェンは起き上がり、改めて少女と向かい合った。まるで、絵に描いたような美少女だ。長い黒髪も紅い瞳も、少女が着ている漆黒のドレスもどれもフェンが今まで見てきた物の中で1番美しいと感じたし、これ以上美しい物なんて有り得ないとさえ感じた。

フェンは視線を少女から外し、辺りを見渡した。二人がいるのは川の辺で、川は茶色く濁り、流れも強い。どうやら、川に落ちたのは昨夜のことのようだ。一体どれくらい流されたのかは見当もつかない。


「ケガは痛くない?」


少女が心配そうに問い掛けてきた。フェンは軽く体を動かすと、あちこちが痛むが、それ程の痛みは無い。昨夜のことを思い返せば嘘のように痛みが引いている。


「うん。大丈夫」


「そう。よかった」


少女は安堵した。


「ところで君、名前は?」


少女が歌うように問い掛けた。


「……フェン」


「フェン。いい名前だね。私、レナ。よろしく♪」


レナは花が咲いたような明るい笑顔を見せた。フェンは微かに頬が温かくなるのを感じて、再びレナから目を背けた。


「ねぇ、フェンはどこから来たの?」


「う~ん……わからない」


「じゃあ、どうして川に落ちたの?」


「それも……わからない」


「お父さんとお母さんは?」


レナのその質問を聞いた瞬間、思い出すことを拒絶していた記憶が鮮明に蘇ってしまった。


「ば、化け物に……」


フェンの顔から血の気が引き、青ざめていく。


「フェン?大丈夫?」


「…………信じてもらえないかも知れないけど、僕の両親は化け物に殺されたんだ……」


フェンは小さくうずくまり、昨夜の出来事を話した。会ったばかりの、どこの誰かもわからない少女に話した。

そういえば、フェンが親以外で、言葉の通じる相手と話すのは初めてだ。


「それ……ひょっとしたら吸血鬼かも……」


「キューケツキ……」


レナは詳しく話そうとはしなかったし、フェンもそれ以上追求することはなかった。しばらくの間、川が流れる音だけが二人を包んでいたが、フェンにはその音も聞こえないほど自分の記憶に埋没した。

突然レナが音もなく立ち上がり、身丈程もある日傘を広げて木陰から出ていった。


「じゃあ、私そろそろ帰らないとお母様に叱られるから帰るね」


日傘が作った影の中でレナは微笑んだ。


「待って!」


立ち去ろうとしたレナをフェンは慌てて呼び止めて少女に駆け寄った。


「ま、また……会える?」


「…………うん、きっと会えるよ。また会おうね、フェン」


それがレナの最後の言葉だった。レナをまた呼び止めることもできたし、後を追うこともできたが、フェンはそれをしなかった。レナの言葉を信じたからだ。


「またね。レナ」
















フェンの声が静かに消えていく。


つづく

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