8 化猫
その夜、相模の家。
「あの、さっきは聞きそびれちゃったんですけど、そのペンダント……」
雷奈が桜奈の胸元を指さすと、桜奈はにっこりと笑った。
「はい。姫様たちにお願いして、カソレア教徒にしてもらいました」
「今まではカソレア教徒じゃなかったんですか?」
雷奈は目を丸くする。ペンダントこそしていなかったが、当たり前のように二人の姫たちに仕えている桜奈を見て、当然カソレア教徒なのだと思っていた。
「はい。先王陛下の命により、私には認められませんでした」
「それって変な命令ですね? 確かあきらさまは改宗を迫られて拷問を受けたって言ってましたけど」
「宮麗どのは鬼族でプロテス教徒だったからでしょう。私の場合は、姫様たちへの忠誠を目に見える形に表せないように、との思惑だったのではないでしょうか」
「ねえ……」
桜奈が首をかしげると、相模の声が割りこんだ。
「雷奈さんは仕方がないにしても、他の二人はちゃんと寝てくれない? 一人ベッドで寝ているあたしの気がひけるじゃないの」
不機嫌そうに横たえていた体を起こす。
「話なら寝ながらでもできるでしょう?」
半馬人族である雷奈に、横になれとは言いにくいのだが。
その雷奈は寝室の隅で膝を曲げて腰を下ろし、毛布を肩からはおっている。
一方良桜は壁際にもたれて毛布をかぶり、桜奈は律儀に布団の上に正座して受け答えていた。
「す……すみません」
桜奈が慌てて布団の中にもぐりこむと、良桜も無言で布団に入り、丸くなった。
「あの、最後に一つだけ……。どうしても、訊きたいことがあって……」
遠慮がちに、雷奈が口を開く。今までも桜奈を質問責めにしていたのだから、これもおそらく自分に向けられたものだろうと察し、桜奈は首を回す。
「はい」
「種族の復興というのが、とても大切なことだっていうのはあたしにもわかります。でも……、そのためだけに人間族の誰かと交わるというのは、話が逆なような気がして……」
灯りの消された部屋の中、桜奈は微笑んだ。
「狼牙どのにも言われました」
「狼牙さま? 親衛隊長の方でしたっけ」
「はい。好きでもない相手と結婚するのは平気なのかと」
「そう! まさにそのことがあたしも知りたいんです」
雷奈は身を乗り出す。お互いの表情は見えないが、気配はわかる。
「正直、私には恋愛というものがわからないのです」
桜奈が思い浮かべるのは、主のうちの一人であり、今は王であるその人。
麗姫は、ずっと想い続けていた叔父に裏切られ、心を凍らせてしまった。
その心を真に理解できるのはおそらく、双児の妹であり、桜奈のもう一人の主である雷姫だけなのだろう。
桜奈には主の心のうちを慮ることなど、不敬な気がしてできなかった。いや、やろうと思ってもできなかったかもしれない。桜奈の心には麗姫と雷姫しかおらず、もし彼女たちを悲しませる者がいたら、それがたとえ当時の大神官――、彼女たちの叔父、晾炤であっても許さなかっただろう。
しかし桜奈が晾炤の裏切りを知ったのは、すべてが終わった後で……、それまで麗姫の恋心は完全に秘められていて、晾炤の真意を知った麗姫は自ら手を下した……。
それは悔やんでも悔やみきれない。知らなかったこととはいえ、もし自分がその場にいたら、晾炤を殺すのは自分の役目であったはずだ。
「麗姫のことか?」
ふいに、良桜の声がした。
良桜は何も知らないはずだ。それでも久しぶりに聞くその名に、桜奈のたがは外れた。
「私があの男を殺せばよかった……!」
「桜奈さま?」
「雷姫が許さないだろう」
相変わらずの静かな声に、桜奈は一気に冷静さを取り戻す。
良桜は自分の隣に寝ている。振り返ればいいだけだ。だがそれはなんとなく怖く、桜奈の体は硬直した。
「……何故ご存じなのですか?」
「何も知らない」
良桜は即答した。桜奈が反論しようとする前に、さらに言葉は重ねられた。
「麗姫が恋に破れたこと以外は」
「……」
「え! そうなんですか?」
雷奈は思わず声を上げたが、桜奈の沈黙に何かまずいものを感じ、すぐに口を閉ざした。
知りたい気持ちはある。でもそれは、本人のいないところで聞いてはいけないような気がした。
「……私には、恋愛がわかりません」
桜奈は繰り返した。だからきっと、自分は麗姫の気持ちに気づかなかった。
――ずっとお側にいたのに。
だからきっと、麗姫の心を看破した良桜が憎いのだ。
そして怖い。
――これは嫉妬だろうか?
「恋愛なんて、きっと考えてもわかりませんわ」
雷奈のやわらかい声がした。
「だってきっとそれは、感じるものですもの」
それは、桜奈の乱れた心を落ち着かせてくれた。
「だからいつかきっと、桜奈さまの心に感じる男性ができたら、その人と結婚してくださいね。相手が人間族かどうかは、二の次でいいんです」
それはかたくなな心を溶かす魔法の言葉。狼牙にはできなかったことだ。
「相手の種族のことなんか、考えなくていいんです。魂さまがそれは人間族だとおっしゃったのだから、桜奈さまは何も気にしなくて大丈夫です」
「はい……」
桜奈の平静な声は、そう返事するだけで精一杯だった。
同じ夜。周防の家。
「なんで宮麗がベッドなんだ? 普通、家の主である周防だろう?」
布団の上に座り、宮良が憮然とした声を出す。
「だってオレ体デカいからー。どうせ野郎四人並んで寝るなら、オレがベッドに避難しといた方が少しでもゆっくり寝られるだろう?」
やけに明るい宮麗の声は、宮良に不審感を与えるだけだ。
「いいんですか?」
「別にいいよー」
宮良が振り向くと、家主の周防はすでに布団にもぐりこんで寝る体勢である。
宮良はあきらめて肩を落とすと、自分もまた黙って布団にもぐりこんだ。
それを見届けてからやっと、璧玉がおずおずと布団に入る。
和泉は、ぼうっとしていた。
周防を除く全員の目が向けられているのを感じて我に返り、和泉はもそもそと横になる。
「ええと、ちょっと気になってたんだけど」
灯りを消してから、宮麗は口を開いた。
「和泉、安芸に何か言われた?」
「え?」
「安芸んところに行ってから、なんか元気ないみたいだけど」
「いえ、何も……」
和泉にはそう答えることしかできない。確かに自分は意気消沈しているが、悟られるわけにはいかなかった。
宮麗は、全くの善意で自分をここに連れてきてくれたのだ。それを恨むかのような今のこの気持ちは、絶対に知られたくなかった。
「ここに来たのは自分の意志かと聞かれました。宮麗のお節介ではなかったかと」
「あー……」
それなのに璧玉が、何も知らない璧玉が、宮麗にそんなことを。
「お節介、だったかなあ……」
「そんなことはありません」
それは独り言のようでもあったが、和泉は即座に否定した。
「感謝、しています」
それは本当。
「寂しいと思うなら、それは当然のことだ」
ふいに、宮良の声がした。
「え?」
「僕たちは一応、それなりの時間を共に過ごしてきた。それがここで終わりになる。寂しいと感じるのは当たり前のことだ」
「あー、そっか……」
宮麗の声がした。
「オレも、寂しかったのかなあ。それで和泉が、元気ないみたいに見えたのかもな」
宮麗が、自分と別れるのが、寂しい?
顔が見たくて、でも目はやれなくて、和泉は布団を握りしめる。
「ぼくも寂しいです」
璧玉の声がした。
「ぼくですらそうなのだから、ぼくよりもずっと長い時間一緒にいたみんなは、もっと寂しいと思います」
それは本当だろうか?
「でもま、今すぐ別れるわけじゃないし、冬の間はオレたちもここにいるしな」
宮麗の明るい声。それはいつも自分を救ってくれた声だった。
「寂しいなら寂しいと、嫌なら嫌だとちゃんと言え」
宮良の何気ない一言は、いつも何かを気づかせてくれる魔法の言葉。不器用でも、正直な王子様だから。
「はい……」
和泉には、それだけしか言えなかった。
――恨んでるなんて嘘だ。
寂しさに気づかなかった。寂しいという気持ちを、もうずっと忘れていた。
――本当は別れるのが嫌なのに。
それを口に出せない自分が嫌だ。
宮麗に嫌われるのが怖くて、否定の言葉は一切飲みこんだ。
そんなはずはないのに。和泉が何を言ったって、それで見捨てるような男ではないのに。
けれどもう、今更嫌だとは言えない。
ここまで来て、それは言えない。
和泉は唇をかみしめた。
泣いていると思われるのは構わない。
ただその理由が、悔しさではなく寂しさだと、みんなに思われているのならば。
そうすればきっと、自分もこの涙の理由は寂しさだと、思いこむことができるから。
次の日から、桜奈と和泉は安芸のテントに移ることになった。
とはいえ、桜奈はここに来てからずっと安芸のテントで生活していたので、そこに和泉が加わっただけと見るべきだろう。
実際、桜奈はここの生活にだいぶ慣れているようだった。今も安芸に頼まれ、山に薬草を摘みに行っている。
右も左もわからない和泉は、安芸のテントの掃除をやらされていた。
合間合間に安芸の指示と、質問が飛ぶ。
「魔法は使えるか?」
「いえ」
「魔法は便利ぞ。それに人間族とは相性も良い」
安芸自身が何をしているのかは、和泉にはさっぱりわからない。今日は何か書きものをしているようだ。
「ここに慣れてきたら教えてやろう。おぬしも宮麗の魔法は見たであろう? 鬼族と魔法は相性が悪いが、それでもあれくらいは使える」
「……?」
和泉はつらつらと考えてみる。果たして、宮麗が魔法を使っている様を、見たことがあっただろうか?
考えこんでいる和泉に気づき、安芸がけげんげな顔をする。
「なんだ。見たことはないのか? 宮麗に助けられたと言うてはいなかったか?」
「いえ、あの時は……」
凄絶な殴り合いだった。
「道具がなくとも火をおこせるし」
「ええと……」
火をおこすのは、いつも良桜の役目だった。
「なんだ、あやつ。ちいとも役に立っておらぬではないか」
手を止めて、安芸は憤然とした面持ちになる。
「良桜か……。あやつは強いか?」
「ええ、たぶん……」
興味を覚えたのか、安芸はこちらを向いて腕を組む。
「なんだ、たぶんとは。何故強いと思ったのか、言うてみよ」
「稀氷子様……、ええと、宮麗さんと戦った鬼を、拳一発で黙らせました」
「……」
安芸が、奇妙な顔になる。
「その鬼、宮麗より強かったのか?」
「たぶん。紋の数が……」
「拳で沈めたのか?」
「沈めては……いません」
かなり効いてはいたようだったが。宮麗に対するハンデだと言って殴っていたが、どうやら本当に正確なハンデだったようだ。
「むう……修師、か……」
顎に指を当て、安芸は考えこむ。和泉は気になっていたことを訊いてみた。
「その、修師とか……、何なのですか?」
「知らぬのか? 修師、狩人、剣士、魔法使い、女王、神官、戦士」
「あ……。『予言』の……」
「そう。あやつらがそれじゃ。女王は現王、神官は現大神官じゃな」
「えっ……。じゃあ桜奈さんも……?」
「戦士じゃ。おぬし、本当に何も知らなんだのか?」
安芸のあきれた声がする。しかし和泉はただ呆然とする思いと、一種のあきらめを感じていた。
それならば仕方がない。
彼らは共に麗宮王を討った仲間だ。
その結びつきは、きっと何よりも強い。
彼らはたった七人で、世界を敵に回したのだ。
「ただいまもどりました」
桜奈の声で和泉は我に返ると、慌てて手を動かし始めた。
「おお、桜奈。ちょうど良いところに。おぬしに訊きたいことがあるのじゃ」
「何ですか?」
薬草の入ったかごを床に下ろし、桜奈は背筋を伸ばす。
「良桜は強いか?」
「――!」
途端に空気が張りつめた。和泉はそっと振り返る。
「……強いです」
その声には万感の思いがこもっていた。顔もいくぶん、こわばっている。
「どのくらい?」
「おそらく、陛下よりも」
桜奈の言う陛下とは、麗姫のことだ。
それにしても――。
和泉は手を止める。
この世に王より強いものなど、存在しない。
「何故そう思う?」
安芸の声も不審げだ。
「あの時……。私は狼牙どの、親衛隊長と戦闘中でした。場所は……、離れていました。それでも感じたのです。あの、力を」
桜奈の顔は、青ざめて見えた。
黒い肌でわかるはずはない。それでもそうと見える程に、桜奈の顔色は悪かった。
「私と狼牙どのの力は互角でした。それでもあのまま続けていれば、私が負けていたでしょう。そこに……。良桜どのと、麗宮王陛下の、開放された力の波動が届いたのです。私たちは、途端に戦闘意欲をなくしました」
「……」
その感覚は、おそらく戦いを生業としている者にしかわからないだろう。
普段の良桜からは、そんなおそろしげな波動は感じない。
いや、それでも。
和泉は思う。
桜奈の言うような圧倒的な力こそは感じないものの、良桜を怖いと感じたことならあるはずだ。
あの瞳は、和泉の後ろめたさを貫く。
だから和泉は、良桜の正面には立てない。
良桜の左目が髪で隠れているのを良いことに、無意識にその死角へ回ろうとしている自分がいる。
桜奈の感覚はわからない。
それでも良桜は怖かった。
次の日。
「桜奈。おぬし良桜と試合うてみぬか?」
「は!?」
桜奈にしては、ずいぶんと大きなリアクションだった。
和泉もびっくりする。桜奈は、良桜は強いと言っているのに。
「おぬしなら気にならぬか? 良桜の力」
「はあ、いえ、それは……」
「よし、良桜に聞いてこよう」
「あの!」
呆然とする二人を残し、安芸はテントを出ていった。
良桜は雷奈たちと共に、相模に村を案内してもらったり、魔法の講義を受けたりしていた。
「良桜さんには明らかに魔法は不要ね。雷奈さんは不向き。宮良さんはまあまあ。璧玉さんは論理からもっと学んだ方が良さそうね」
それぞれに簡単な魔法を試させていた相模のところに、安芸がやって来た。
「良桜。少し良いか」
良桜は立ち上がる。
「おぬし、桜奈と試合うてはみぬか?」
「別に構わないが」
「よし!」
意気揚々と、安芸はテントへ帰っていった。
残された者は、呆然と安芸を見送った。
村の宴が開かれる場所で、試合が行われることになった。
肉弾戦は、魔法を使う村人たちにとっては格好の見物だった。
「あの、いいんですか……?」
おずおずと、和泉は桜奈に訊いてみる。
明らかに強いとわかっている相手と戦うことに、何の意味があるのだろう。
「仕方がありませんから。それに私自身、少し楽しみに思うところもあるのです」
桜奈の表情はさっぱりとしていた。
困惑した様子の和泉を見て、桜奈は微笑む。
「良桜どのとは一度刃を交えたことがありますが、あの時の良桜どのはあまりに力を抑えていた。逆に麗宮王陛下と戦った時の良桜どのは、自分でも制御が難しい程の力を放出し続けていた状態だと思うのです。つまり、今の状態の良桜どのが、一番安定している。そういう彼女とは、戦ってみたいと思います」
「でも、良桜さんの方が強いとわかっているのでしょう?」
「強い相手に挑むことは心躍ることです。特に今回は試合という形で、命をかけるわけではありませんから。
……そういう人種なんです。私や……親衛隊の方たち、そしてきっと、良桜どのも」
桜奈の言っていることはわかる。しかし理解はできなかった。
「戦いを好まれるのですか?」
「どうでしょう。楽しいとは思います。しかし争いは好みません」
戦いと争いの違いは、何なのだろう。
会場とは言っても、平地を柵で囲ってあるだけの場所だった。
「なんで良桜さま、試合を受けたんですか?」
柵にしがみつき、雷奈が問う。
「桜奈は強いだろう?」
その隣で、良桜は静かに答えた。
「もしかして良桜は……、戦いが好きか?」
宮良は一歩後ろにいた。
「そうだな」
振り返らずに、軽く答える。
「まさか」
璧玉は宮良の隣に立っていた。
「いや、でも……、うん。きっとそうなんだろうな。似た者同士、ってやつか」
その隣、一歩前で宮麗は柵を背に口を開いた。
「試合か……。すげえんだろうな」
「でもあきらさま、周りの人たちは大丈夫なんですか?」
「ああ。この柵に安芸が魔法をかけている」
雷奈の問いに宮麗は振り返り、柵に手をかける。
「んー。でも良桜の力がぶつかったらさすがにヤバいかなあ」
宮麗は柵に両手をかけて、ぎしぎしと揺さぶっている。
大男が全体重をかけているにもかかわらず、その細い柵は抜けも倒れもしなかった。
「おそらく大丈夫だ」
良桜は広場をはさんで反対側に立っている桜奈を見つめる。
試合が、始まろうとしていた。
「大丈夫ってこういうことかよ……」
あきれたように、額に手を当て宮麗は言った。
良桜は、放出系の力はまったく使わずに戦っている。これなら柵に“力”がぶつかることはなく、確かに大丈夫だと言えるのかもしれない。
璧玉は呆然としていた。
良桜は無表情だが、どこか楽しそうだ。良桜が戦いを好むと聞いたときは信じられなかったが、目の前の光景を見ては、否定はできない。
桜奈は短剣、良桜は素手だったが、防御に何らかの“力”を使っているらしく、桜奈の短剣を良桜は素手ではらっていた。
驚きと喜びに、桜奈は高揚していた。
想像以上に良桜は凄かった。左側の死角に関してはいまだに慣れてはいないらしく、確かに反応は鈍いのだが、それを補って余りある程に速かった。
桜奈が死角に入るより先に、向き直られてしまう。
そして良桜の両手が凶器と化していることを、向き合っている桜奈だけが敏感に感じ取っていた。あれで殴られたら、おそらく自分はただではすまない。
良桜は、桜奈の動きを完全にとらえていた。
桜奈は、持ち前のスピードで対応していた。
見物人たちは、ただあ然と、呆然と、見惚けることしかできなかった。
良桜の、舞のようなしなやかな動き。
桜奈の、直線的に洗練された動き。
これが戦いを好む人種というものなのだろうか。
和泉はただただ呆けていた。
戦いというよりは舞に近く、乱暴な感じはまるでない。確かに、“これ”は『試合』なのだろう。
いつまでも続くかに見えたその試合も、終わる時は一瞬だった。
良桜の放つ蹴りは強烈だった。
下から放たれるそれを、まともに受け止めた桜奈の体が浮く。その隙に第二波が来た。
桜奈は柵まで蹴り飛ばされた。柵は壊れることなく、柔らかく桜奈を受け止める。しかし桜奈が顔を上げた時にはすでに遅く、飛ばされた桜奈を追って走った良桜の手が、桜奈の額にかざされる。
「……参りました」
大きく息をついて、桜奈は頭を下げた。良桜が一歩下がる。
あまりの疾さにまったくついていけなかった観客の拍手が起こったのは、二人が会場を後にしてからだった。