私が婚約者だと知られたくないそうなので、もう他人になります
婚約者が私を紹介してくれる瞬間を、私はずっと待っていた。
ヘドヴィヒ王女殿下にお目通りするのは初めてで、粗相があってはいけないと朝から息が詰まりそうだった。アナトール様に似合うようにと母が選んでくれた真珠の耳飾りは少し重くて、挨拶を待つあいだも何度も耳たぶへ指が伸びそうになる。それでも、3年も婚約期間を重ねてようやく彼の隣で王族へ挨拶できるのだから、今日ばかりは背筋を伸ばして恥ずかしくない姿を見せたいと思っていた。
「そちらのお嬢さんは、あなたの婚約者かしら?」
殿下の澄んだ視線が私へ向けられた。私は緊張で強張る指先でそっと扇を閉じ、一歩前へ出ようとした。
「いいえ、滅相もございません。ただの知人ですよ」
アナトール様は朗らかに笑って、こともなげにそう口にした。
私と目が合ってもその薄い笑みは消えず、ほんの少し顎を引いてみせる。余計な口を挟むな、話を合わせておけ。2人きりで彼の機嫌を損ねたとき、何度も見せられた手慣れた仕草だった。
周囲で交わされていた歓談がぴたりと途切れた。私たちが正式に婚約していることを知っている何人かの貴婦人が、持ち上げかけていたグラスを中途半端な位置で止めて、気まずそうに視線を泳がせている。
「ブレッサン伯爵の娘、ドロテアと申します。殿下にお目にかかれて光栄に存じます」
喉が張り付いて声が震えそうだったけれど、何度も練習してきた挨拶だけは礼儀作法どおりに口から出た。その先に続くはずだった、婚約者としてお見知りおきを、という言葉だけが喉の奥で行き場を失って、苦い塊になって胸へ落ちていく。
「丁寧なご挨拶をありがとう、ドロテア嬢」
殿下は何かを察したように穏やかに会釈を返してくださった。私は深くカーテシーをして下がり、彼から数歩離れた壁際へ移動して母の姿を探した。ここで感情に任せて会場を飛び出したら、ブレッサン家の名に傷がつく。母を心配させて取り乱すわけにもいかない。そう自分に言い聞かせることで、なんとかその場に立ち続けていた。
背後からは、アナトール様が殿下へ向けて調子のいい声で次の宮廷舞踏会の約束を取りつけようとする会話が聞こえていた。
耳たぶにぶら下がる真珠が鉛のように重くて、今すぐ引きちぎって床に投げ捨てたかった。
翌朝、私は父に頼み込んでベルサック侯爵邸への訪問を申し入れた。父は昨夜の出来事を聞いて激怒していたが、最初の口火を切るのは私にさせてほしいと頼み込んで同行してもらった。
応接間へ現れたアナトール様は、厳しい顔をした私の父を見て眉をひそめ、それから私を値踏みするように見下ろしてきた。
「朝早くから物々しいな。ドロテア、昨夜のことでまだ怒っているのか? あれは場を円滑にするための冗談交じりの方便だよ。君だって貴族なら、社交辞令の機微くらい察してくれなくては困る」
「冗談で片づけるおつもりでしたのね。私は本日、貴方との婚約を解消したくて参りました」
アナトール様は上着の釦をいじっていた指を止め、心底うんざりしたように息を吐き出した。
「おいおい、そんな大げさに騒ぎ立てるなよ。王女殿下が直々に興味を持って話しかけてくださったんだぞ。あそこで僕に婚約者がいるなんて馬鹿正直に答えて、殿下との空気を気まずくさせるわけにいかないだろう」
「どなたの空気が気まずくなるのですか? 殿下ですか? それとも、王女相手に独身のふりをして浮き立ちたかった貴方ご自身ですか?」
「……言葉を選べよ。僕は家格を引き上げるために人脈を広げようとしているんだ。殿下に気に入られれば、巡り巡ってブレッサン家にも利益がある。君だって侯爵夫人の座に収まるなら、目先の些細な見栄にとらわれず、もっと寛大に僕を立てるべきだ」
「私の存在を他人の前で否定することが、貴方を立てることになるのですか?」
喉の奥がカッと熱くなった。昨夜の広間では必死に我慢できたのに、彼の口から出る身勝手な言い訳を聞いているうちに、膝の上で握りしめた拳が震えてきた。怒りと情けなさで涙が溢れそうになるのを、奥歯を噛み締めて必死に押し留める。
「君は話せば分かる賢い女だと思っていたよ。昨夜だってその場では黙ってうまく取り繕ってくれたじゃないか。後からこうして親まで巻き込んで蒸し返すなんて、みっともない真似はやめてくれないか」
「人前で私の名前すら誇れないような不誠実な方を、私は生涯の夫と呼ぶ気はありません」
私の横で腕を組んでいた父が、重々しく立ち上がった。
「ドロテアの意志は確認した。ベルサック侯爵閣下をお呼び願おう。親同士で片をつける」
現れた侯爵は息子の言い草を聞いて苦虫を噛み潰したような顔になり、父から昨夜の夜会で一部始終を見ていた貴族たちの名前を何人か告げられると、もはや弁解の余地はないと悟ったようだった。
両家の話し合いは5日ほどで結着がついた。挙式のためにブレッサン家がすでに支払っていた手付金や準備費用はすべてベルサック側が全額負担し、預けていた結納の品もすべて返還された。
手続きを終えた最後の面会で、親たちが退出した扉の向こうを見送りながら、アナトール様は不服そうに唇を尖らせて私へ歩み寄ってきた。
「君も少し頭を冷やせば、自分がどれほど短気で損な選択をしたか気づくだろう。せいぜい後悔するといい。気が変わって謝ってくるなら、話くらいは聞いてやるよ」
「その心配には及びません。二度と貴方のお顔を見たくありませんので」
私は手袋を引き上げ、彼が何か言い返す前に一度も振り返らずに部屋を出た。
けれど、3年も連れ添った婚約者に公然と存在を否定された傷は、頭で納得していても簡単に消えるものではなかった。
社交界の招待状を見れば、あの夜の顔ぶれがいるのではないかと怯えてしまい、母と街へ買い物に出かけても、ベルサック家の紋章に似た馬車を見かけるだけで胃のあたりが冷たく締めつけられた。屋敷に引きこもりがちになっていた私を見かねて、叔母が気分転換にと劇場の観劇へ連れ出してくれた。
「ずっと部屋で塞ぎ込んでいても毒が回るだけよ。喜劇なら客席も暗いし、舞台を見ているあいだは誰とも話さなくていいから気楽でしょう」
「そうですね。思い切り笑えるお芝居なら、少しは気持ちも軽くなるかもしれません」
叔母はそれ以上あれこれと詮索せず、手渡してくれた演目表を広げてみせた。
劇場の階段を上がったロビーで、ローデリク・エルツベルク公爵とばったり顔を合わせた。叔母の屋敷の晩餐会で2度ほど同席したことがある方で、私が甘すぎる酒精の強いワインに困っていたとき、さりげなく水差しを回して助けてくれた記憶がある。
公爵のような名門の方に婚約破棄の噂話で哀れまれたらどうしようと身構えたが、ローデリク様は私の手にある演目表へ視線を落とした。
「ドロテア嬢、あなたも今日の公演を見に? あの洗濯籠の場面を?」
「洗濯籠、ですか?」
「嫉妬深い間抜けな夫が、妻の浮気現場を押さえようと洗濯籠の中に隠れて、そのまま使用人に川へ放り出される場面ですよ。前回見たとき、まさにその見せ場で隣の男に話しかけられて見逃してしまってね。今日こそは結末を見届けようとリベンジに来たんです」
端正で冷たそうに見える公爵が芝居の滑稽なワンシーンを見逃したことを本気で悔しがっている姿がおかしくて、私の口元が思わず緩んだ。
席に着いて幕が上がると、私はいつの間にか他人の視線や昨日の憂鬱を忘れて舞台に引き込まれていた。
舞台上の夫役の演者は、自分で籠に潜り込んだくせに蓋が引っかかって出られなくなり、威厳を保とうと変な裏声で叫んでいる。客席からドッと笑いが起きた。私も思わず吹き出して、口元を扇で隠そうとしたけれど、隣で叔母がお腹を抱えて笑っているのを見て、手を膝へと下ろした。
アナトール様は昔、女が大きな口を開けて笑うのは品がないと眉をひそめていた。けれど、こんなに面白いものを我慢してすまし顔でいるほうが不自然だ。舞台で夫が汚れたシーツを頭から被せられた瞬間、私は声を上げて笑っていた。
幕が下りて劇場を出る通路で、人混みを避けるようにローデリク様が歩み寄ってきた。
「公爵閣下、洗濯籠の場面は無事にご覧になれましたか?」
私が尋ねると、彼はあからさまに肩を落として深い溜息をついた。
「それが……ちょうど籠が運び出される直前に、後ろの席のご婦人が扇を落とされましてね。足元を探すのを手伝っているあいだに、すべてが終わっていました」
あまりの間の悪さに、私は吹き出しそうになるのを止められなかった。
「ふふ、申し訳ありません……でも、2度も同じ場面を見逃すなんて、ある意味ですごい巡り合わせですね」
「笑ってください。3度目の正直にかけるしかありません。……ところで、結末はどうなったんですか? 川に流されて終わりですか?」
「いいえ。川へ行く前に洗濯女たちに見つかって、洗い立てのシーツに包まれたまま棒で叩かれて、真っ黒な襟布を無理やり口に押し込まれるんです」
「……そこまで徹底的にやられるんですか?」
心底驚いたような公爵の反応がおかしくて、迎えの馬車が到着するまでのあいだ、私は叔母と一緒に舞台のあらすじを身振り手振りで話して聞かせた。ローデリク様は楽しそうに耳を傾け、馬車の扉が開いたところで私を真っ直ぐに見つめた。
「もし迷惑でなければ、次の公演にも付き合っていただけませんか。今度こそ、あなたと同じ場面を見て笑いたいんです」
私は驚いて叔母を振り返った。叔母は扇の陰で悪戯っぽく笑いながら、来週の午後なら予定が空いているわね、と私の背中を押してくれた。
次の観劇の日を楽しみに待っていた矢先、社交界で妙な噂が流れているのを耳にした。
アナトール様が親しい友人たちに、私とはもともと正式な婚約など交わしておらず、ブレッサン家の娘が勝手に親密さを勘違いして婚約者気取りをしていただけだ、と触れ回っているというのだ。王女殿下に近づくために嘘をついた自分の失態を誤魔化すため、私の虚栄心のせいに仕立て上げようとしているらしかった。
父は憤慨してベルサック侯爵へ抗議文を送ろうとしたが、私はそれを止めた。陰口で広まった汚名を内々の手紙だけで晴らすことはできない。
「今夜の晩餐会に出席します。あの方の前で、はっきりさせてまいります」
机の引き出しに放置していた招待状を手に取り、私は母に一番華やかなドレスを用意してもらった。
会場の広間へ足を踏み入れると、アナトール様は私を見つけるなりあからさまに嫌な顔をして、小声で問い詰めるように近づいてきた。
「ドロテア、君は一体どういうつもりだ。君の父上から僕の父へ抗議の手紙が届いたせいで、家の中で僕の立場が悪くなっているんだぞ。これ以上、根も葉もない誤解を広めるのはやめてくれないか」
「誤解を広めているのはどちらでしょう。私は皆様の前で、事実をお伺いしたいのです」
私が広間の中心で声を張り上げると、歓談していた貴族たちが一斉に足を止めてこちらを振り返った。そこには、あの夜にアナトール様の発言を聞いていた婦人たちの姿もあった。
「アナトール様。貴方は方々で、私が婚約者を勝手に自称していた妄想癖のある女だと吹聴なさっているそうですね?」
「なっ……滅相もない、人聞きの悪いことを言うな! こんな大勢の前で騒ぎ立てる話じゃないだろう!」
「私の名誉が傷つけられているのですから、大勢の前で正していただく必要があります。私たちは3年前に正式な婚約を交わし、先日の6日に双方の親同席のもとで解消の手続きを完了いたしました。違いますか?」
周囲の視線が一斉にアナトール様へと突き刺さる。あの夜に杯を下ろした夫人が、冷ややかな声で口を挟んだ。
「まあ、アナトール様。わたくし、3年前にあなた方へお祝いの銀器を贈りましたけれど、あれは架空の婚約者へ宛てたものだったのかしら?」
「そ、それは……いえ、ドロテア嬢です。確かに、婚約自体は存在していました……」
追い詰められたアナトール様は額に脂汗を浮かべ、消え入りそうな声で白状した。
「では、解消の理由は何でしたか? 私が王女殿下の前で『ただの知人』と切り捨てられたことへの抗議でしたね? 私の勝手な思い込みなどでは決してないはずですが?」
アナトール様は顔を青くして視線を泳がせ、私の背後に誰かが歩み寄ってきたのを見て息を呑んだ。振り返ると、そこにはヘドヴィヒ王女殿下が冷徹な眼差しを向けて佇んでいらした。
「……そうです。僕が、殿下の前で彼女を知人だと誤魔化したことで、彼女を深く傷つけました」
「婚約期間中の不誠実な嘘であったと、皆様の前でお認めになるのですね?」
「……認めます」
絞り出すような彼の返答を聞き届けた瞬間、胸の奥を重く塞いでいた鉛のような塊がすうっと溶けていくのを感じた。
「公の場で事実を正してくださり、ありがとうございました。これでお別れです」
私は完璧なカーテシーをして踵を返した。集まった貴婦人たちが私へ同情と賞賛の視線を送り、夫人の一人が私の手を取って自分の娘たちを紹介してくれた。アナトール様がどのような顔をして立ち尽くしているかなど、もう確かめる気も起きなかった。
広間の隅で休んでいたとき、王女殿下にすがりつくアナトール様の声が微かに聞こえてきた。
「殿下、どうかお聞き届けください! あれは些細な行き違いでして、私には何らやましい意図など……」
「見苦しいですよ、ベルサック卿」
殿下の声は広間の冷気よりも冷たかった。
「独身のふりをして私に近づき、あまつさえ己の保身のために長年支えてくれた女性を貶めるような男の言い分など、耳を傾ける価値もありません。今後の舞踏会でも、私への面会やダンスのお申し込みは一切お断りいたします」
殿下に完全に切り捨てられたアナトール様は、魂が抜けたような足取りでふらふらと私の方へ歩いてきた。
「ドロテア……頼む、助けてくれ。殿下に誤解を解く口添えをしてくれないか。君との婚約を白紙に戻して、もう一度やり直せば、殿下も僕の誠意を認めてくださるはずなんだ」
「本気でそんなことをおっしゃっているのですか?」
あまりの浅ましさに、怒りを通り越して乾いた笑いが出そうになった。
「君を傷つけたことは謝る! 悪かった! だから頼むよ、僕たちは3年も一緒にいたんじゃないか!」
「貴方が執着しているのは私ではなく、王女殿下への体面と侯爵家の体裁だけでしょう。私との時間を踏みにじった貴方に差し上げる情けは、もうひとかけらも残っていません」
私が冷たく言い放つと、アナトール様は床に崩れ落ちそうになりながら、居合わせた衛兵たちに促されて会場から退出していった。
その週末、ローデリク様との3度目の観劇で、彼はついに洗濯籠の場面を最後まで見届けることができた。
幕が下りた瞬間、ローデリク様は隣で声を上げて笑い出し、ハンカチで目元を拭っていた。
「私の説明通り、黒い襟布を押し込まれていましたでしょう?」
「ええ、まさにあなたの言った通りでした。ですが実際の役者の叫び声は、あなたが真似てくれた声の数倍情けなくて最高でしたね」
「まあ、私の物真似のほうが上品だったとおっしゃりたいのですか?」
「そういうことです」
劇場の出口へ向かう途中、私はふと気になって尋ねてみた。
「あのアナトール様との騒動の噂、耳に入っていますか? 大勢の前で元婚約者を問い詰めるような女房役は、少し気が強すぎて恐ろしいと思われませんでしたか?」
ローデリク様は足を止め、真剣な眼差しで私を見つめ返した。
「不実な男に毅然と立ち向かい、自分の誇りを取り戻したあなたを、私は立派だと思います。むしろ、あんな男にあなたの3年が費やされていたことの方が腹立たしいくらいだ」
彼の嘘偽りのない言葉が、乾いていた私の心にじんわりと染み渡っていくのが分かった。
それからというもの、ローデリク様は頻繁に私の屋敷へ足を運んでくれるようになった。新しい演目の相談をしたり、他愛のない世間話をしたりするうちに、私は少しずつ自分の弱音も話せるようになっていた。あの夜、母の選んでくれた耳飾りさえ見るのが嫌になっていたこと。人を信じるのが怖くなっていたこと。
彼は途中で口を挟むことなく、私の痛みに寄り添うようにじっと話を聞いてくれた。
「今度の集いには、あの耳飾りをつけていこうと思っているんです」
私がそう告げると、彼は柔らかく微笑んだ。
「それは素晴らしい。あなたのその美しい真珠を、ぜひ私の隣で見せていただきたいものです」
年が明けた宮廷の新年会で、私は母が選んでくれたあの真珠の耳飾りを耳元に揺らしていた。
鏡に映る耳飾りは、もう重くも苦しくもなかった。前日、屋敷を訪れたローデリク様から、父への正式な挨拶を経て交際を申し込まれていたからだ。
広間へ足を踏み入れると、ローデリク様は私の歩幅に合わせてゆっくりとエスコートしてくれた。人混みの中を進むときも、私の手が離れないようにそっと自分の腕へ引き寄せてくれる。
広間の中央で、ヘドヴィヒ王女殿下の一行と出くわした。
「ごきげんよう、エルツベルク公爵。そちらのお連れの方を、紹介していただけるかしら?」
殿下が微笑みながら問いかけると、ローデリク様は誇らしげに胸を張り、淀みのない声で私を引き寄せた。
「ブレッサン伯爵令嬢、ドロテア嬢です。私の大切な方で、現在、正式にお付き合いをさせていただいております」
広間のあちこちから感嘆の吐息が漏れた。アナトール様のときとは違う、温かな祝福の視線が私たちを包み込む。
「まあ、ドロテア嬢。とてもお似合いの2人ね。公爵をよろしくお願いしますね」
「もったいないお言葉でございます、殿下」
私がカーテシーを返すと、殿下は満足そうに頷いて去っていかれた。
挨拶を終えてバルコニーへ出ると、ローデリク様がふうと深く息を吐き出し、上着の袖口を何度も引っ張って整え始めた。
「……何か気になることでもおありですか?」
「いえ、紹介の言葉を間違えないようにと朝から緊張し通しでしてね。袖の長さがおかしくないか、さっきから何度も確認してしまっていたんです」
あの堂々とした公爵様が、私の紹介のためにそこまで緊張してくれていたのかと思うと、胸の奥がきゅっと愛おしさで満たされた。
「完璧なご紹介でしたわ。とても誇らしかったです」
私が微笑みながら彼の袖口にそっと触れると、ローデリク様は照れくさそうに笑い、私の手を包み込むように握りしめた。
広間から新しいワルツの調べが流れてくる。
「ドロテア、私と踊っていただけますか?」
「喜んで」
私は迷うことなく、差し出されたその確かな手を取った。
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