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ゲッキュウ鳥の話

 昔の動物学者は新しい動物を発見すると、それが何属の何科に属するか、分類するのが

常だが、最近は分類され尽した。また分類の煩雑さに業を煮やしたものぐさな動物学者は、

世の中の動物は分類を必要とするほど多種類ではない、動物は雄と雌だけであるとの学説

を発表したが、夜光虫やゾウリムシ等、細胞分裂して増殖する動物の雌雄は、如何に区別

するのかと反論する御仁が現れて、この学説は通用しなかった。

 最早よい加減な研究で新しい動物は、発見できないと悟った人達は、[ゴリラの個体識

別について]等の一文をモノにする為、アフリカに遠征して6ケ月とか1ケ年、あるいは

2ケ年の長きに亘りゴリラと一緒に生活した。

 私は学校を卒業するとき、どうもゴリラは苦手だったので、動物学に断ち難い未練を残

し平凡な道を選んだ。

 やがて美しい人間と一緒に生活を始めたが、年月の経過と共にどうゆうわけか、ゴリラ

がもう少し従順で生活し易いのではなかろうか、と思った。またもや動物学を研究したい

衝動に駆られた。

 私は今更アフリカへ行くのは億劫なので、身近に生息するゲッキュウ鳥の生態を趣味に

まかせてコツコツと観察した。


 ゲッキュウ鳥は、霊長族ニンゲン科に分類され、嘴の色によってシャ鳥、ブ鳥、カ鳥、

カカリ鳥等と区別するが、その大多数は嘴の青いヒラ鳥である。

 ゲッキュウ鳥の食料はキュウ料を主食にしているが、棒菜酢等は大好物である。ただキ

ュウ料や棒菜酢を食べる時は、必ず事前にゼイムショに毒味をさせる、他の動物には例の

ない変な習性がある。

 ゲッキュウ鳥は空にスモッグ、地には排気ガスが充満する場所を好み、群をなして棲息

する。群れのボスがシャ鳥である。シャ鳥の羽振りは、群れを収容するコンクリート製鳥

かごの大小によって決まる。鳥かごは大きさ、高さを競い合って群雄割拠し、コンクリー

トジャングルを形成する。コンクリートジャングルこそ鳥達が最も好む生存環境である。

 昼間、鳥達は鳥かごの中で活動する。日没にはバー・スミレとかバー・コスモスとかの

とまり木に羽を休め、しかる後に巣へ帰る。バーとは英和辞典によると棒、横木など諸々

の意味があるが、要するにゲッキュウ鳥のとまり木のことである。

 巣には鳥達の飼主である鳥匠がいる。鳥達が得た食料のほとんど全部は鳥匠に献上し、

鳥達に与えられる僅かな食料は、とまり木で消費する為、ゲッキュウ鳥はいつも餓死寸前

にあって食料への欲求が極めて、甚だ、大変、猛烈に激しい。

従ってゲッキュウ鳥を月窮鳥とも書く。

 特に春は食料への欲求不満が爆発して、鳥かごは騒然とする。鳥かごはダセ、ダセン、

ダセ、ダセンときしみ始め、鳥達はスト、スト、ストと呪文を唱えて一斉に巣ごもりする。

やがてコンクリートジャングルからセケンナミ、セケンナミ、セケンナミという大合唱が

響きわたり、何がしかのキュウ料と棒菜酢を獲得して春の騒動は終了する。最近は春の騒

動が減ったきらいはある。これはセイジ蚊がゲッキュウ鳥の血を吸い過ぎて、昔ほどの勢

いが失せた為らしい。

 さて春の騒動が終了しても、鳥匠は心得ていて、鳥達に満腹感を与えるヘマはしないし、

鳥達もとまり木に羽を休める日々が始まる。

 今日もまた昨日の繰り返しである。ただ、とまり木に休む時間が長くなって帰巣時間が

遅れても、決して鳥匠にはバーにいたのだと正直には言わない。

 私が継続的に観察する、でっぷりメタボ系の豪傑やんがとまり木に羽を休めてから帰る。

「また飲んで帰ったの」と鳥匠が云えば、

「いや今日は苦射見君とシゴトの打ち合せだ」

 と豪傑やんはできるだけ質問されない言葉を選ぶ。鳥匠はきゅう覚、触覚、視覚と彼女

の有するあらゆる五感を総動員する。

「あらっ、苦射見さん今日四時頃、腹痛だといって早退して帰るのにお会いしましたよ」

 とくる。“あっ、しまった”彼は退社時間に居なかったなぁ、拙かった。駄志君にすれ

ばよかった思うが後の祭りである。ある時は、

「今日帰り際にカ鳥に急なシゴトを頼まれ、今までかかったんだ、ああ疲れた、疲れた」

 と豪傑やん、これだけを云えばよいのだが、

「お茶漬けでサラサラと食べたいなぁ」

 等と食欲の命ずるままを正直に云うから、たちまち鳥匠に感づかれる。胡麻化せない時、

「シゴトでのつき会いだった」等と云う。

 これは特効薬ではあるが鳥匠をして、

「シゴトと私とどちらが大切なのよッ」

 との副作用なき服用が肝心である。


 かくの如く、ゲッキュウ鳥はやたらシゴト、シゴトと云いたがる。私の観察ではシゴト

とは、ニンゲン科の動物が食料を得る為の重要な行為ではあるが、私の専門的知識を持っ

てしても理解し難い行為でもある。と云うのは、地球上の数ある動物の中で食料を得る為

に、シゴトをするのはニンゲン科の動物だけである。他の全ての動物は蜂が花の密を集め

たり、ライオンが縞馬を襲ったり、蛇が蛙を締めつけたり、食料の獲得に関し直接的な作

業をする。

 しかるにニンゲン科の動物はシゴトと称し、霊長族ニンゲン科ヘンシュウ鳥を丸め込ん

で、原稿料を値上げさせるより、紙が丸め易いという理由だけで、朝から晩まで一生懸命、

原稿用紙を丸めて塵箱に投げ込む。

 霊長族ニンゲン科ガクシャやエキシャは、シャがつくという理由だけで、針程のものを

棒大に喋る為、朝から晩まで一生懸命、虫眼鏡をのぞき込む。

 シャがない霊長族ニンゲン科コウムインコウは、土地や株を転がすには役不足だが、タ

マなら転がせるという理由だけで、朝から晩まで一生懸命、ゴルフボールを転がせる。

 なお余談ではあるが、コウムインコウとはインコウの一種だと誤解してはならないので

ある。コウムインコウはゼイ菌を食ってはびこる、それはもう世にも恐ろしい生き物だと

理解して頂きたい。

 まあざっとシゴトとはこんなものである。

その点、霊長族ニンゲン科・鳥匠は大変利口な動物である。数あるニンゲン科の動物の中

で鳥匠だけは食料の獲得に関し直接的な作業をする。

鳥匠は自分の足はこのようでありたくない、との願望を込めて大根を四つに切り、更に

その一つ一つを憎々しげにきざむ。鳥かごで昼な昼ないためられたゲッキュウ鳥の雄鳥を、

活動的且つ精力的にするためニンニクを炒め玉葱を炒め、キャベツを炒めモヤシを炒め、

三度三度いためただけではまだもの足りず、さらに夜な夜なの御要求でいためあげる。

 浮気した時はかくの如しと、威圧をこめて鯖を4つ切りに開き、焼き方の見本を示して

その一つ一つを真黒に焼く。

 では鳥匠は全くシゴトをしないのか、そうではない。まず電気洗濯機のスイッチをひね

り、電気掃除機のスイッチをひねり、ガス風呂の元栓をひねり、三歳の息子が言う事を聞

かないとお尻をひねり、やがて鏡の前にデンと尻を据える。今宵の為に爪を研ぎ、牙の手

入れをし、薬剤師よろしく得体の知れぬ瓶を並べて、得体の知れぬ何物かを顔の上で入念

に調合する。


 鳥達はそんなことを知ってか知らずか、鳥かごから解放されて夜の街に羽ばたく。

 今日豪傑やんは鳥かごから解放されたとき、彼は真っ直ぐ帰る予定であった。彼が朝残

して置いた靴跡を正確に踏みつけながら、直線的な帰巣コースを飛行していた。ところが、

気流に漂うどうにも耐え難いよい匂いが彼の鼻を刺激した。彼は空腹であった。

”ハハーン焼鳥だな、一チョウ共食いやっか”まあダッチロールする程の危険はあるまい

と彼はガヤガヤ横町に向った。狭い路地に薄汚れたノレンが軒を連ねていた。ノレンから

は遠慮会釈なしにベトツクような油の煙を吐き出し、他のノレンからホルモンの焼ける匂

いをいやと言う程、道行く鳥達に大サービスし、別なノレンからはこれまた負けてはなら

じと、音量一杯にガヤガヤ音頭を放り出していた。喧騒と熱気が彼の胃袋を強く刺激した。

豪傑やんは大急ぎでノレンに飛び込んだ。大勢の先客に混じって二羽の顔見知りがいた。

「よおっ」

「おおっ」これは鳥達の挨拶である。

 豪傑やんは日取門氏と駄志君の所へ行った。仲間に混ざり泡立ちのよいビールを前にし

て話に花を咲かせた。

 威勢よく声明したり批判はするが、一向に何もしないのが知識人であり、何も言わない

が裏でヒショヒショと実行するのが政治家である。との意見を交わし、その政治家が政治

改革や議員削減を口にしているが、まあこれはケイサツが実施するあの”ねずみとり”や、

自治会が主催するゴキブリ退治より効果がないであろうとの統一見解をまとめ、果ては

金持ちにしか金を貸さないギンコウや、金なしから金を吸い取るゼイムショや、ゼイ菌を

食いバイ菌を汚食してとめどなくはびこるヤクニンや、灰皿投げと肉弾戦の特技に代えて、

特捜くぐりに技の冴えを見せるダイギシや、無知につけいりうまいこと毛針にひっかける

サギシや、受験制度をイジッテ、イジッテ、イジリ倒すのは、子を谷底に突き落とす獅子

の親心と自認して、あまた受験生を躊躇なく地獄へ突き落とすダイガクや、教育魔魔を絶

滅できる社会体制を如何に築くか、その手段について口角泡を飛ばして論じ、マルクスを

批判しケインズを批判し、さも己達が歴史の進行方向を変えるかの如く怪気炎をあげる。

 というような高度な会話は、どう考えてもここは場違いであるとの賢明な判断の下に、

もっぱら酒と女と麻雀の話に限った。

 酒は酔う為にあるなら如何に少ない酒量で如何によく酔うかを自慢するのが筋道だが、

鳥達は決って自分は如何に多い酒量で、如何に少なく酔うかを三割がた割増して自慢する。

「わしは昔二人で大ジョッキ二十杯飲んだ。それでも大して酔わなかったぞ」

「フーンそうか、ワシャ角瓶1本と銚子5本飲んでもケロッとしとるぞ」

 とまぁこんな調子である。麻雀の話は最近の馬鹿つき、馬鹿沈みの経験を青筋立て話し

た。女の話に至っては極めて単刀直入で、日取門氏の胸に挿す純白のハンケチまでが、桃

色に染まるのではないかと心配した。

 彼等は乾杯した。豪傑やんが焼鳥の皿を落としたと言っては乾杯し、日取門氏がまたも

振られたと言っては乾杯し、カ鳥がギックリ腰になったと言っては乾杯し、もうぼつぼつ

乾杯の種が無くなった頃、

「おいっ、このまま帰るのはおしいな、もう一軒どっか行くか」

 この相談がまとまるのは、彼の有名なお手盛り歳費値上げ案が、あの神聖な議会で可決

されるその素早さと、反対者なしという点で恐ろしく類似していた。


 彼等の行き先はとまり木である。とまり木で霊長族ニンゲン科夜の蝶と、インスタント

恋愛を楽しむ。有名人の恋愛は女性週刊誌やTV局に多大の収入をもたらし、製紙業が栄

え電力業界が繁栄する。普通人の恋愛は別にどうって事はない。私のパートナは地上最大

の最適任者だと思いたければ思ってもよいし、私は今とっても最高に幸せと言いたければ、

別に反対はしない。子孫繁栄の儀式は山奥のハトやカラスだってしている事だし、これは

世間に対し特に有益ではないが有害ではない。

 クラブ・ノーブラのドアを開いた。

「あーら いらっしゃい」

「よぉ、タエちゃん元気かい、今日は一段と美しくグッとスマートに肥とるなッ」

「もう嫌いッ」

「嫌いな人の横に座らなくてもよいぞ」

「あなたの横なら少しはスマートに見えるわ」

「どれどれ ちょっと・・・」

「悦痴、何処で飲んで来たの!」

「うわぁ、タエちゃんのオッパイを見ると、たまらんなぁ、ウワァッハッハッハハ・・・」

 豪傑やんの豪快な笑いにつまみのカキ餅が多数吹き飛んだ。チイちゃんがそれを拾う為

に腰を屈めた。

「チイちゃん、床に落ちたカキ餅を拾って食う趣味はないんだ」

「チイちゃん嘘よ嘘よ、先日の晩、テーブルにこぼしたウイスキーを耳かきで集めて水道

で洗って来いと言うのだから」

「あ~ら、ごめんなさい、落ちたハンケチを拾ってるの」

 ウームこれは何か言わずばなるまい。この時、日取門氏が叫んだ。

「アッ見えたッ」

 チイちゃんは反射的にドレスの襟元を押えたが、彼女の動作より彼等の視線による光の

速度が若干早かった。とマアッこんな会話を交わした後に、デュエットでダキシメテ、ダ

キシメテとかなんか言う歌詞をふらつく体でタップリと実演しながら、ロレツのまわらぬ

口ぶりでウントコサ歌い込んでから、クラブ・ノーブラを後にした。

 さてダッチロールしながら帰巣するのかとおもいきや、豪傑やんがスナック・ヒナビタ

を見つけて不時着した。

「いらしゃい」

「ママァ、チューハイ」

 とまあここまでは正常だったが、突然豪傑やんが泣きながら喚いたのである。

「ワシャ、あんなどすかんカ鳥の下でシゴトしとうないんじゃ」

「下にはエバリたおして上には尻尾ばかり振りやがって、あいつがどんだけシゴトが出来

るんじゃ、あんな奴をカ鳥にした奴も奴じゃ」

 世に言うところの泣き上戸である。

「おいおい今時のカ鳥、上と下のサンドイッチでショボクレこそすれ、そんな古代の化石

みたいなカ鳥はおらんぞ」

 等と逆らってはならんのである。

「アホウ オマエハ、ワシノカニキテ、シゴトセンカラ、ワカランノジャ・・・」

 悪口、憎言、悪口、憎言、一時泣き喚き、日取門氏も駄志君も手の施しようがなかった。

「時々いるのよね、グチリ倒すトリサンが、まあいいんじゃない、ストレス解消になって」

 とママさんは馴れたものである。ようやく惨胆たる思いで帰巣コースに辿ったのは夜半

も大幅に過ぎていた。


 ゲッキュウ鳥は昨夜の睡眠時間と関係なく、日の出と共に鳥かごに集合しシゴトする。

 鳥達のシゴトは大変忙しいのである。鳥達が好んで行うシゴトの一つにカイギと称する

ものがある。鳥達は忙しい、忙しいと称してのべつ幕なしにカイギを開く。やれハンバイ

カイギだ、セイサンカイだ、それギジュツカイギだ、ウチアワセカイギだ、はたまた近頃

はイインカイだ、シンギカイだ、ブンカカイだ、エンカイだと、霊長族ニンゲン科コウム

インコウを見習った類のカイギも、滞りなく取り揃えている。更に結論の無いマァマァム

ニャムニャのカイギだとか、ウダウダエンエンのエンドレスカイギだとか、どうにでも好

きなように決めんカイ等もあって、これは昨夜の睡眠不足を補う為に開かれる。

殊にブ鳥やカ鳥に至ってはカイギ中毒、それはもう病気である。電話がかかってきた。

「モシモシ、菜酒さんいらしゃいますか」

「あいにく只今カイギ中です。どちら・・・」

「いつ終わりますか?」

「まもなく終わると思います」

「じゃまた電話します」

 チヨちゃんは心得ていてカ鳥が席にいない時は、カイギ中と答えたし、良心に麻酔注射

してカイギはまもなく終わると答えた。

「チヨちゃん、出張清算書に捺印しているか調べてくれないか?」

 チヨちゃんはカ鳥の机に積み上げた書類の山を丹念に調べた。

「下住さんまだハンコ押してないみたい」

「じゃぁ一番上に置いといてくれ」

 しばらくすると出張清算書の上に稟議書が置かれ、次に伊羅知君がやって来て、一週間

前に提出したクレーム対策を、まだ放置しているとブツブツ言いながら、書類の山から抜

き出して稟議書の上に置く。更に気早君が商品性能一覧表を提出してクレーム対策の上に

置く。離席中の出来事は知る由もなくカ鳥のカイギはエンエンと続く。

「各課から二名を一律に営業部へ配転させる件は納得できません。各課現在のジンインや、

シゴト量を考慮しないのは納得できません」

威勢のよい利気味カ鳥がまず反発の嘴を尖らせる。

「販売部門を強化することはヤクインカイで決定した会社の方針である。先程説明したが

早急に実施しなければならない。各課は三名の候補者を一週間以内に選び名簿を提出して

貰いたい。色々と意見もあろうかと思うが、事は急を要するので取り敢えず各課の候補者

から、一律二名を選び営業部へ配転させる」

 岩鉄ブ鳥は毅然と言い切った。

咲馬尻カ鳥は遂に来たか、最近の業績不振で合理化政策を決定したのだな、大規模な組織

変更か、悪くすれば雇用調整の前触れだな、やがて自分達にも火の粉が飛んで来ると決め

込み、カ鳥一羽今更反対してもどうにもなるまいと黙座する。

 尾振カ鳥は課内から二名を選ぶとすれば、矢理手カカリ鳥の部下はそのままにしたいの

だが、内部摩擦を避けるために野呂カカリ鳥の部下と、矢理手カカリ鳥の部下とから一名

を平等に決めねばなるまい。各課から二名を選ぶ平等主義も理解できると、これまた黙座

する。

 菜酒カ鳥はやっと手にいれたマイホームを手放すであろう部下の事を考えた。息子の教

育上単身赴任するであろう部下の事を考えた。今日は考える事で辛うじて居眠りを防いだ。

だが反論する理由は考えなかった。

 便湾カ鳥は当部を強化する事こそ業績改善の近道である、と理路整然の主張はやぶさか

でなかったが、毎度ながら岩鉄ブ鳥が部下の意見を取り上げる可能性は皆無だった。彼の

弁舌も時間の浪費である。彼は無駄なことを嫌悪する合理主義者である。

 という訳でカイギは、とりたてて活発な発言もなく、平穏に進行した。岩鉄ブ鳥は反対

意見が続出しなかった事に満足した。

 鳥匠が開くあの活発な井戸端カイギに比べ、鳥達が開く大低のカイギは、エンエン続く

事は同じでも発言するのはほんの数名である。残る大多数は黙って座り続ける。黙って座

り続ける事がシゴトなら、道端に座る地蔵さんだってシゴトしている事になる。

「それからもう一つ」

 と岩鉄ブ鳥は嘴を突き出した。

「業務改善イインカイを設けて全社的視野で業務の合理化に取り組む。各部のブンカカイ

を設け改善点の抽出と実行計画を作成するので、各課から一名を選んで貰いたい。ブンカ

イ蝶はカ鳥の中からワタシが決める」

 ブ鳥は決定者の気分を満喫して宣言した。咲馬尻カ鳥はやはり来たかと思った。便湾カ

鳥はまたイインカイだ、ブンカカイだとヤクニンの真似をする。もう駄目だ、業務改善は

かけ声に終わると思った。利気味カ鳥はブンカイ蝶に自推しよう、ブンカカイを通じてシ

ゴト量に応じたジンイン配置にするよう社内に働きかけたいと思った。彼は暇な部署は少

ないジンイン配置が合理化の第一歩である、と揺るぎない信念を持っていた。部内のシゴ

トを一身に支えている、と自負する彼は平等主義のジンイン配置が何とも不満で不満で仕

方がなかった。


 岩鉄ブ鳥は昨日シャ鳥に呼ばれたのである。

「岩鉄君知っての通りここんところ営業不振なんじゃが、どうだろう君ん所の部下を十名

ばっかし営業部へ出してもらえんじゃろか」

 シャ鳥は営業部への配転を打診した。岩鉄ブ鳥は予期していたので、ここは一つ高く売

り込もうと考えた。

「シャ鳥の御指示とあれば従いますが、今の営業部の状態では人だけ増やしても、解決に

ならんのじゃないですか?」

「そらどういうことかね」

「今の営業部は工場の生産コストが高くて、品質は悪い、技術部門は他社より遅れた商品

しか開発しない、これでは売れないとまるで他部門の責任にしていますが、売れない理由

を社内で説明するより、売る工夫をする営業部に責任者の頭を切り替えないと・・・」

 岩鉄ブ鳥は意識的に微妙な言い廻しをした。

「すると君は営業の責任者を代えろと言うのかね」

「いえいえとんでもない。私は営業部の考え方を代える必要があると言ったので、責任者

を代えるなどとは言っていません」

 岩鉄ブ鳥はシャ鳥のくすぶっている火種が、これで燃え上がると抜け目なく計算してい

た。営業部の責任者を更迭するなら、後任は社内に自分しかいないと自負していた。そう

なると技術部はリモコンし、営業部を管理すると鳥かごでの発言力が増して、次の羽ばた

きが期待できると皮算用していた。全く霊長族セイジ蚊がよくやるミニチュア版である。

 数日経過して配転者名簿を一番に提出したのは咲馬尻カ鳥である。

咲馬尻カ鳥は常日頃ウマの合わないトリを選んだ。単純明快だ。

次に提出したのは尾振カ鳥である。尾振カ鳥は名簿提出にあたり、

「一応ブ鳥の御指示通り三名にしましたが、他にブ鳥の要望がありましたら従います」

 と一言追加するのを忘れなかった。

 最後まで提出の遅れたのは菜酒カ鳥である。早く提出するよう督促してもなお遅れたの

が菜酒カ鳥である。菜酒カ鳥は部下の家庭の事情を頭に浮かべ、部下の営業での適性を頭

に浮かべ、課内の今後のシゴトを頭に浮かべはしたが、候補者の名前はなかなか頭に浮か

べはしなかった。やがて、

「今度営業ブ鳥が変わるらしい。大幅なジンジイドウがあるらしい」

 というウワサがヒソヤカに、だかスミヤカに流れて鳥かごは大いに揺れた。


「今日は、お邪魔します」

「どちら様、あら尾振さんいらしゃい」

「奥様、御無沙汰しています」

「まどうぞ、お上がりになって、タクもすぐ戻ってきますので」

「いえここで、お坊ちゃんのお見舞いにお伺いしただけですから」

「どうして御存じですか」

「昨日おやじのクスリを病院に貰いに行って、偶然お坊ちゃんにお会し交通事故で入院し

ていると知ったものですから、急ぎお見舞いにお伺いしました。大したお怪我もなくよろ

しゅうございました。ブ鳥も奥様もホントに御心配なさいましたでしょう。二・三日内に

退院とのことですから安心しました」

「それは、態々ご丁寧に有難うございます」

「それでは私はこれで。ああそれから明日はゴルフに行かれるでしょう。お車は修理だと

お聞きました。私が車でブ鳥をお迎えに参りますので、その様にブ鳥にお伝え下さい」

「尾振さんも明日いらしゃるのですか?」

「いえ私など明日は仲間に入れて頂けません」

「じゃ、わざわさ」

「どうせ明日は遊んでいますから」

「伝えておきますわ。タクも車どうしようかと申していましたから」

 ブ鳥宅から帰巣するや、尾振カ鳥は自分が所有する2ナンバの車と、彼のアニキが所有

する3ナンバの車を、明日一日交換する様に申し入れて、ブ鳥の送迎に相応しい車を用意

する事も忘れなかったし、鳥匠には、

「明日シゴトでブ鳥のお供してゴルフに行く」

 と一応了解を得ることも忘れはしなかった。

岩鉄ブ鳥はタマ遊び、棒振りのウォミングアップから帰ってきた。タマ遊びが好きなのは

犬や猫だけではない。ゲッキュウ鳥もコウムインコウも大変好きである。ただ、犬や猫は

タマで遊ぶのはシンから遊ぶのだが、ゲッキュウ鳥もコウムインコウも、シゴトと称して

タマで遊ぶから全く訳が解らんのである。

 岩鉄ブ鳥は鳥匠から尾振カ鳥の伝言を聞いた。

「じゃ尾振に頼むか」

 ブ鳥はまあ尾振一羽くらいメンバーに加えれぬ事もあるまいと考えた。

「本当に尾振さんはよく気がつくカ鳥さんですこと、あなた今度尾振さんの事よく考えて

あげてね」

 岩鉄ブ鳥はまだ最終決定ではないが、営業ブ鳥を君にやって貰うかも知れん、どうかな

とシャ鳥から内示されていた。もし営業ブ鳥になったら自分の後がまは、誰にすべきか大

いに迷っていた。

 咲馬尻カ鳥、シゴトはソコソコだが周囲のうけが悪い。菜酒カ鳥、周囲のうけはよいが

優柔不断。尾振カ鳥、シゴトは出来ないが周囲のうけはよい。力気味カ鳥、シゴトは出来

るが手八丁、口八丁、命令説得に一苦労する。便湾カ鳥、シゴトは出来るし頭脳明析、

やや独断先行、周囲に説明不足。

 岩鉄ブ鳥はカ鳥の評価を勝手に決めていた。岩鉄ブ鳥は後がまの推薦をせにゃならんし、

配転者の決定もせなけりゃならん、営業立て直しも考えにゃならん、ゴルフもせにゃなら

ん、エンカイもせにゃならん、あれもこれもせにゃならん、と考える内に、ほどよい晩酌

の酔いが気持ちよくマドロミの世界に誘った。

 まあ要するにゲッキュウ鳥のシゴトとは、マドロムだけで事が足りるのである。


 それからまもなく鳥かごに悲喜劇コモゴモ嵐が渦巻いた。根こそぎ吹き飛ばされた鳥、

羽をもぎ取られた鳥、有頂天で天にも駆け登れと羽ばたいている鳥、窓越しに眺めてボン

ヤリしている鳥、嘴を噛みしめ金輪際開けるものかと頑張っている鳥、ワレ関せずと努め

て平静を装っている鳥、ワケもなくハシャイでいる鳥。

 嗚呼やんぬるかな、鳥達の黙して語らぬ心底は闘鶏の雄叫びに似る優勝劣敗の響きあり。

 岩鉄ブ鳥はマドロミの中で実力ナンバワンの便湾カ鳥が、いつの日か自分を駆逐する悪

夢にうなされ、後がまに最もリモコンし易い尾振カ鳥に決めたのである。

 ゲッキュウ鳥のヒラ鳥達は、前回は技術ブ鳥、今回は営業ブ鳥が岩鉄ブ鳥の鷹より鋭い

嘴と、鷲より鋭い爪の犠牲になったと噂した。

 元技術ブ鳥は岩鉄ブ鳥の鋭い爪と嘴で一類の望みを八裂きにされて鳥かごを去り、前営

業ブ鳥は岩鉄ブ鳥の爪と嘴に対抗すべく、毒牙を装着して捲土重来を期している。


 豪傑やん達はどなったのであろうか。

豪傑やんをなだめた日取門氏や駄志君は配転を免れたのである。彼は今

日もまたガヤガヤ横丁に進路を向けた。

いつもの喧騒に混じり歌謡曲”王将”のメロディが流れていた。

”ふーけばとぶよな将棋の駒に・・・”

 私が観察したゲッキュウ鳥はこうして過すのである。鳥かごの日々を、年老いるまで。

                         【終り】


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