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初仕事

 二年C組の扉の前。

 中から漏れてくる空気は、明らかに重かった。


(うわ、入りたくねえ……)


 関わらなくてもいいなら、絶対に関わりたくないタイプのやつだ。


「入るわよ」


「マジで行くのか……」


「依頼を受けた以上、当然よ」


 迷いがない。


この人、本当に“やらない”って選択肢ないんだな。

それなら俺は―


俺は人知れず覚悟を決めた。こんなのはかっこいい覚悟でもなんでもないのだが。


 ガラッ、と扉が開く。


 一瞬で、視線が集まった。

(おいおいそんなこっちを見るな照れるだろ)

 教室の中は、なんとなく二つの空気に分かれている。席の配置も、微妙に偏っているのが見て取れた。


(あー、わかりやすいなこれ……)


「失礼するわ」


 すみれは一歩前に出る。


「よろず部として、依頼を受けて来たのだけれど」


 ざわ、と空気が揺れた。


「え、マジで来たの……?」


「なんか大事になってない?」


 ひそひそとした声。


 でも誰も前には出てこない。


(え?まじで来たのって誰か言わなかったか?そんなに期待されてないのか?俺ら)


ヒソヒソ声ですみれに話しかける。

(いいのよ。実は部としてもこれが初依頼だもの。)

(初依頼だったのかよ。なんだったんだよあの慣れてますって顔は)


そんな愚痴をこぼしていると、すみれが前に出た。


「依頼人は誰かしら」


 すみれが静かに問いかける。


 数秒の沈黙。


 やがて、一人の女子が手を挙げた。


「……私です」


(あー、こういうタイプか)


 場の空気に耐えきれなくなって、外部に助けを求めたパターン。


 別に悪くはない。悪くはないのだが。


(火種はもう広がってるな)


「状況はある程度把握しているわ」


 すみれが淡々と話す。


「グループ間の対立。原因は些細な誤解の積み重ね。違うかしら」


「誤解っていうか——」


 別のグループの男子が口を挟む。


「向こうが勝手に——」


「そっちでしょ!?」


 即座に言い返される。


 空気が一気に張り詰めた。


(ほら来た)


 典型的なやつだ。


どっちも引かないし、引けない。

今まだよく分からない言い合いを続けている。

これはダメだ。帰りたい。


「静かに」


 すみれの一言で、空気が止まる。


 声は大きくない。


 でも、不思議と全員が黙った。


(能力者かよコイツ)

ひとつなぎの大秘宝を探す物語に出てくる⚪︎⚪︎色でも使ってんのか


「感情的な応酬は無意味よ」


 冷静な声。


「事実関係を整理するわ」


(すごいな)

 俺には絶対できないやつだ。素直に感心してしまう。そして直感的に感じる。


(これ、たぶん解決しないな)


 すみれのやり方は正しい。


 でもこの手の問題は、“正しさ”だけじゃ終わらない。

案の定、すみれの状況整理にそれぞれのグループは突っかかり、状況を整理することすら満足にできていない。


「……なあ」


 気づけば、口を開いていた。


「何かしら、綾斗」


 すぐに視線が向く。


「それ、多分無理だぞ」


「理由は?」


 すみれは否定しない。


 ただ、問い返してくる。


「もう“どっちが悪いか”の話じゃないだろ」


 肩をすくめる。


「引いた方が負け、みたいになってる。それに見てみろ。状況整理どころか今も言い合ってるぞ。これじゃすみれのやり方じゃ解決できない。」


 すみれの表情が変わる。自分でも少し分かっていたのだろう。


「……じゃあどうするのよ」


 すみれが少し苛立った声で言う。


(めんどくせえなあ……)


 本音はそれだ。 


しかし俺は明確な解決策を知っている。


「適当に終わらせればいいだろ」


「は?」


 当然の反応だった。


「原因とか、もうどうでもいいんだよ」


 ため息混じりに言う。


「前に話したろ?共通の敵をつくればいいんだよ」


「そんなの納得できるわけ——」


「納得なんてしなくていい」


 遮る。


「今必要なのは、終わらせることだろ」

そう。今この場に必要なのは納得とか原因とかそんなものじゃない。状況を整理して、話し合って、解決する。そんなめんどくさいことしなくたって解決はできる。


俺はわざと、ため息を大きく吐いた。


「……くだらねえな」


 一瞬で空気が変わる。


 さっきまで言い合っていた連中の視線が、一斉にこっちに刺さる。


「何が?」


 誰かが噛みついてくる。


「全部だよ」


 あえて、鼻で笑う。


「誤解がどうとか、どっちが先にどうしたとか。小学生かよ」


「は? ふざけんなよ」


「ふざけてんのはそっちだろ」


 被せる。


「そんなもんでギャーギャー騒いで、周り巻き込んでさ」


 肩をすくめる。


「正直、見ててダサいわ」


 空気が、完全に敵意に染まる。


(よし)


「……あんたに関係ないでしょ」


 女子が睨む。


「関係あるだろ。迷惑かかってんだから」


「はあ?」


「授業止まるし、空気悪くなるし」


 指で周りを示す。


「“自分たちの正しさ”に酔ってるだけじゃん、お前ら」


「——っ!」


 何人かが言い返そうとして、言葉に詰まる。


 いい傾向だ。


「で、結局どうしたいの?」


 わざとらしく首をかしげる。


「謝らせたいの? 勝ちたいの? それとも“自分は悪くない”って確認したいだけ?」


 沈黙。


「どれにしてもさ」


 一歩踏み込む。


「レベル低すぎ」


 ピリッ、と空気が裂けた。


「いい加減やめろよ」


 男子が一歩前に出る。


「お前、さっきから——」


「何?」


 視線を合わせる。


「図星だからムカついてんの?」


「調子乗んなよ!」


 別のやつも声を荒げる。


 いいね、完全にこっちに来た。


(ほらな)


「別にいいけどさ」


 軽く手を振る。


「続けたいなら続ければ? ただ——」


 一瞬だけ間を置く。


「周りから見たら“頭悪い集団”にしか見えないけど」


「っざけんな!!」


 怒声が上がる。


 でもその矛先は、もう互いじゃない。


 全部、俺に向いてる。


(これでいい)


「……もういい」


 誰かが吐き捨てる。


「こんなやつ相手にしてるのアホらしい」


「……だな」


「解散でいいだろ」


 ぽつぽつと声が続く。


 怒りの行き場を俺に押しつけたまま、熱が引いていく。


 さっきまでの対立は、もうどうでもよくなっている。


(終了)


 人が散っていく。


 最後に残ったのは——


「……最低ね」


 すみれだった。


「知ってる」


「全員敵に回して、強引に終わらせるなんて」


 呆れと、少しの苛立ち。


「やり方としては最悪よ」


「でも終わっただろ」


 壁にもたれる。


「……」


 すみれは何も言わない。


「正しさで解決できるなら、それが一番いいんだろうけどさ」


 少しだけ視線を逸らす。


「無理なもんは無理だろ」


「だからって——」


「別に好かれようとしてないし」


 遮る。


「むしろ楽でいい」


 肩をすくめる。


「嫌われとけば、余計なこと頼まれないしな」


 間。


 すみれはじっと俺を見て——


「……逃げてるだけじゃないの?」


 静かな一言。


 少しだけ、刺さる。


「そうかもな」


 否定はしない。


 その方が楽だ。


「でも——」


 小さく息を吐く。


「お前みたいに、全部背負う気はない」


 すみれの眉がわずかに動く。


「……どういう意味?」


「そのまんまだよ」


 壁にもたれたまま、視線だけ向ける。


「正しくやって、全員納得させて、誰も傷つけないようにして——」


 肩をすくめる。


「そんなの、毎回できるほど世の中甘くないだろ」


そう。彼女は正しいが、世の中は正しくない。それどころか正しくあろうとするものを排斥する。


「だからって、嫌われればいいって話にはならないわ」


「なるよ。それに嫌われればいいなんて思っちゃいない。ただ単に1番楽で効率のいいやり方ってだけだ。結果としてそれが嫌われることに繋がってもな」



 すみれの目が細くなる。


「それは解決じゃない。ただの放棄よ」


(ある意味正論だな)


「じゃあさ」


 一歩だけ体を起こす。


「お前のやり方で、さっきの止められたか?」


「……それは」


 言葉が詰まる。


 すみれ自身も分かってるはずだ。


「無理だったろ」


「でも——」


「“でも”の間に悪化する」


 被せる。


「現実は待ってくれないんだよ」


 沈黙。


 数秒。


 すみれはゆっくり息を吐いた。


「……いいわ」


 顔を上げる。その目は、さっきまでと違う。


「だったら勝負しましょう」


「は?」


急に訳分からんことを言われてたじろぐ


「あなたのやり方と、私のやり方」


 まっすぐに言い切る。


「どっちがより多く、“人を助けられるか”」


 思わず笑いそうになる。


「助ける、ね」


「ええ」


 迷いがない。


「あなたは“終わらせることで助ける”」


(なるほど。それはつまり)


「お前は“納得させて助ける”か」


「そうよ」


 すみれは一歩近づく。


「逃げないで、正面から解決して。それでも結果を出せるって、証明してみせる」


「別に逃げてるつもりはないけどな」


「同じよ」


 即切り捨て。


「楽な方を選んでるだけ」


自分でも少しだけ口角が上がるのが分かる。


「楽に生きることこそ効率的だ。それに全員を納得させるなんてできると思うのか?」


「そんなわけないでしょ」


 珍しく即反論。


「一番難しいわ」


「なんだ良く分かってるじゃん」


全員を納得させて物事を解決へ導く。そんなことはほぼ不可能なのだ。なんのために世の中には多数決というものが存在すると思っているのか。国だって多数決を採用している。


「まぁいい、俺は俺のやり方でやる」


 間。


 すみれは俺をじっと見て——


「条件をつけるわ」


「なんだよ」


「あなたが勝ったら」


 はっきりと言う。


「“価値のあるヒモ”として認めてあげる」


「……は?」


 一瞬、思考が止まる。


「ちょっと待て、それどういう」


「そのままの意味よ」


 淡々と続ける。


「誰かに寄りかかるだけの人間じゃないって、結果で示しなさい」


「いや、俺ヒモ志望なんだけど」


「だからでしょ」


 ぴしゃりと言い切る。


「寄生じゃなくて、“必要とされる側”になれるかどうか」


 ……なるほど。


 言いたいことは分かる。


「で、俺が負けたら?」


「その時は——」


 ほんの少しだけ、口元が緩む。


「あなたのやり方、全部否定してあげる」


「それもう今もしてるだろ」


「今より徹底的に、よ」


 楽しそうだな、おい。


 つまりこれは簡単に言えば過程を大事にするすみれと結果を大事にする俺の勝負ということだ。

まあ、悪くない。世の中の厳しさをすみれに教えてやろう。そしてそれを教訓として強く生きてほしい。


「いいぞ」


 軽く手を上げる。


「その勝負、乗った」


「後悔しないでね」


「そっちこそ」


 視線がぶつかる。


 さっきまでの空気とは違う。


 対立じゃない。


 明確な“競争”。


(めんどくさいことになったな……)


 内心でため息をつく。


 でも——


(まあ、やるからには勝つさ)

どこぞの現代最強みたいなことを心の奥で囁いた


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