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僕らの距離は秒速何センチだろう。

三話です!楽しんでいただけたら嬉しいです。

二年C組の教室へ向かう廊下。


 放課後の校舎は、どこかざわついている。


 部活へ向かう生徒、帰宅する生徒、無駄に残っている生徒——理由は様々だが、どれも俺には関係ないはずの光景だった。


(本来なら、もう家で寝転がってる時間なんだけどな……)


 隣を歩く存在さえいなければ。


「歩く速度が遅いわ」


「すみませんね、省エネ仕様なんで」


「非効率ね」


「燃費はいいですよ」


「評価する点ではないわ」


 バッサリだった。


(この人ほんと容赦ないな……)


 規則正しい足音。


 迷いのない歩き方。


 すみれは一切周囲に気を取られることなく、真っ直ぐ前を見て進んでいる。


(こういうのが“ちゃんとしてる人間”ってやつなんだろうな)


 少しだけ、自分との差を意識してしまう。


 まあ、今さらどうこうする気はないけど。


「……一つ、訂正しておくわ」


 不意に、すみれが口を開いた。


「はい?」


「あなたの呼び方についてよ」


「呼び方?」


 首を傾げる。


 今さらそこ?


「フルネームで呼ぶのはやめるわ」


「え?」


 少しだけ意外だった。


「じゃあ……なんて?」


「綾斗」


 あっさりと言われる。


 一瞬、自分の名前だと認識するのに遅れてしまうほど彼女はあっさりと自分の名前を呼び捨てにした。


(……なんか、変な感じだな)


 苗字で呼ばれるのには慣れてる。


 でも名前は——それなりに距離が近いやつしか使わない。


 少なくとも、彼女みたいなタイプが使うイメージはなかった。


「理由、聞いてもいいですか」


「合理性の問題よ」


 すみれは前を向いたまま答える。


「同じ空間で活動する以上、簡潔な呼称の方が効率がいいわ」


「いやそれっぽいこと言ってますけど、別に苗字でもよくないですか」


「よくないわ」


 即否定だった。何が良くないのかはイマイチわからない。


「……それと」


 ほんの一拍だけ、間があった。


「あなたも、私を呼び捨てで構わない」


「え?」


 思わず聞き返す。


「敬語も不要よ」


「いや、それはさすがに——」


「不要だと言っているのだけれど」


 淡々とした声。


 でも、どこか強制力がある。


(いやいやいや、無理だろ。才上すみれを呼び捨てとか)


 相手は学年トップの優等生で、しかもこの圧だ。


 普通に“さん付け+敬語”が最適解だと思う。


「距離を一定に保つためよ」


 すみれは静かに言う。


「上下関係があると、判断に余計な歪みが生まれる」


「歪み、ですか」


「ええ。私はそれを嫌うわ」


 なるほど、と思った。この人らしい理由だ。感情じゃなくて、あくまで合理性を優先するらしい。それならそれで俺は従うだけだ。


「それに」


 すみれはわずかに視線をこちらに向ける。


「対等でなければ、正確な評価はできないもの」


(評価、ね……) 


俺は何を彼女に評価されていくのだろうか。評価基準や評価項目を聞いてみたいものだ。


「……じゃあ、遠慮なく」


 少しだけ息を吐く。


「すみれ」


 呼んでみる。


 思ったより、違和感はなかった。


「何かしら、綾斗」


 即座に返ってくる。


 自然すぎるくらい自然に。


(ああ、なるほど!これはもうカップルも言っても良いのではないか?こんな自然にお互いを名前呼びするなんてそうとしか考えられない!)


違和感がないとは言え、こんな美少女と名前で呼び合うというのは普段女性と関わることなんてほぼない俺にとってはパニックになるには容易なことだった。


 ただの距離の最適化でしかないというのに。


 少し息を整えてから改めて


「じゃあ敬語もやめる」


「ええ」


「……本当にいいんだな?」


「何度も言わせないでほしいわ」


(怖いなあもう……)

 

 いちいち怖い


 でも、不思議と嫌じゃない。


 むしろ——


(ちょっとだけ、楽かもな)


 変に気を遣わなくていい。


 どうせこの人、敬語だろうがなんだろうが関係なくズバズバ言ってくるし。


「すみれ」


さっそく名前で呼んでみる。慣れるには回数をこなすのが1番なのだ。


「何かしら」


何事もないように返事をする


「これから行くやつ、面倒そうだな」


「事実ね」


「帰りたい」


「却下よ」


「だと思った」


 短いやり取り。


 でも、昨日までとは少しだけ違う。


 ほんのわずかに、距離が縮まった気がした。


 知り合いと呼ぶには近くて。だけれど友達と定義するには遠い。そんな距離感だ。


「……綾斗」


 すみれが小さく呼ぶ。


「一つだけ忠告しておくわ」


「何?」


「あなたの“やる気のなさ”は武器にもなるけれど、使い方を誤れば、ただの無責任になる。」


 図星だった。しかし実際に責任から逃げたいがためのやる気のなさである。元よりただの無責任男なため反論できない。


「……気をつける」


 珍しく、素直にそう言った。

 そう言った自分に内心驚きながら。


すみれはそれ以上何も言わなかった。


 ただ前を向いて歩き続ける。


すみれと並んで歩いていると、何人かの生徒とすれ違った。


「あ、才上さん……」


 小さく声が上がる。


 けれど、それ以上近づいてくることはない。


 軽く会釈だけして、距離を保ったまま通り過ぎていく。


(……なんだこの距離感)


 嫌われているわけじゃない。


 むしろ、どこか敬われている。


 けどこれは違う。


(誰も“話しかけよう”とはしないんだな)


「今の、気になる?」


 すみれが前を向いたまま言う。


「いや、まあ……ちょっとな。知り合いとかクラスメイトなら普通はちょっとした世間話でもするもんじゃないのかと思って」


「よくあることよ」


 あっさりした口調だった。


「私はあまり、話しやすい人間ではないから」


「自覚あるんだ」


「ええ」


 迷いなく頷く。


 彼女は強烈な人間だ。ここまで容姿やら何やら完璧で性格もキツい高校2年生はそうそういない。

そりゃみんな話しかけにくいし仲良くなりにくいだろうとは思うけど。


(なんか寂しいな。省エネで交友関係の少ない俺が言うのもなんだけど)


そんなことを考えていると


「正確さを優先すると、どうしてもそうなるわ」

 すみれが言う。

「正確さ?」


「曖昧な言葉や配慮は、誤解を生む原因になるもの」


(あー……なるほど)


 そりゃ距離できるわ。

すみれは遠慮をしない。遠回りをして伝えようとはしない。直接、ドストレートで伝えてくる。表面だけ取り繕ってしまえば、少しでも嘘をつくことができたなら、今頃彼女の周りは俺みたいな人間だけではなく、沢山の人に溢れているのだろう。それをせずに自分にも周りにもひたすら正直に生きるというのは正しいけど、しんどい。


「……それでいいのか?」


 気づけば、そんなことを聞いていた。


ほんの一瞬だけ。


 本当にわずかに、すみれの歩調が遅れた。


「問題はないわ」


 すぐに元に戻る。


「必要な関係は、きちんと築けているもの」


(必要な関係、ね)


 その言い方が、少しだけ引っかかった。


 でも、それ以上は聞かなかった。


 聞くべきじゃない気がしたからだ。


 二年C組の教室が見えてくる。


 中からは、確かに少し張り詰めたような空気が漏れていた。


(さて、と)


 面倒ごとだ。


 できれば関わりたくない。


 でも——


「行くわよ、綾斗」


「はいはい、すみれ」


少しくらいなら。


 やる時は、やってやるか。

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