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万屋というのは便利屋である。

2話です。ぜひ1話からご覧ください

——よろず部。


(なんだそれ?)


 翌日の放課後、改めて部室の前に立たされた俺は、扉に貼られたその文字を見て、率直にそう思った。

 よろずって何だ。便利屋か? なんでも屋か? いやもうちょっとちゃんとした名前つけろよ。

 昨日の流れで入部扱いになってるのも納得いってないのに、部活名までふわっとしてるとか不安しかない。


(逃げるなら今か……?)


 ちらっと背後を確認する。


 ——いない。先生はいない。


 今ならワンチャン。


「逃げてもいいわけ?」


 背後から声がした。


「ダメでした」


 即座に諦めた。


 いつの間にか、才上すみれが立っていた。


 気配どうなってるんだこの人。


「それで?」


 すみれは扉に視線を向ける。


「何か言いたいことがありそうな顔をしているのだけれど」


「……いや、その、部活名なんですけど」


「ええ」


「よろず部ってなんですか」


 率直に聞いた。むしろ聞かないと不安だ。俺がこれから活動する部活がどんな部活か知っとかなければ。


 すると彼女は一瞬だけ考えるように目を細めてから、淡々と答える。


「文字通り、よろず——あらゆる問題を扱う部活よ」


「雑すぎません?」


「簡潔と言いなさい」


 言い換えただけで本質は変わってないと思う。それにあらゆる問題を扱う?すごくめんどくさそうだ。


 部室に入ると、昨日と同じく整然とした空間が広がっていた。


 机、椅子、棚、ホワイトボード。すべてが無駄なく配置されている。


(落ち着かねえ……)


 俺の部屋とは対極だ。空気からして違う。物凄く整理整頓された空間が良いと言う人間もいるだろうが、俺はどちらかと言えば少し汚いけれどどこか過ごしやすい部屋の方が落ち着く。


「座りなさい」


「はい」


 気づけば従っていた。


 怖いとかじゃない。なんか、逆らうのが無駄だと直感でわかるタイプの人間だ。


「改めて説明しておくわ」


 すみれは手帳を開く。


「このよろず部は、生徒からの依頼を受けて問題を解決することを目的としている」


「へえ」


「人間関係、学業、部活動——内容は問わないわ」


「便利屋ですね」


「そうとも言えるわね」


 あっさり認めた。


「そして」


 すみれの視線がこちらに向く。


「あなたの管理も、その活動の一環よ」


「やっぱりそういう扱いなんですね俺」


「実験対象としては、なかなか興味深いわ」


「嬉しくないなあ……」


(人として見られてない気がするんだよな)


「なんでこんな部つくったんですか?」


ふと、気になったので聞いてみた。


「神崎先生が人と深く関わらない私を勝手に心配してこの部活を作って私を無理やり入れたのよ。人からの依頼をこなして人と関わりを持つようにってね。」


「依頼なんて来るんですか?」


 こんなよくわからない部活に依頼なんてものが来るのだろうか。こんな部活を頼るなんてどんだけ困ってるんだ。


「来るわ」


 即答だった。


「昨日も一件、受けているもの」


「マジで?」


ずっと実の兄妹だと思っていた妹が実は義妹だと両親に告げられた時のような衝撃に襲われた。そんな経験はないのだが。


「ええ」


 すみれは机の上に一枚の紙を置いた。


 そこに書いてあるのは


 ——クラス内のグループが対立していて、空気が悪い。どうにかしてほしい。


(うわ、めんどくさ……)


 読んだ瞬間にそう思った。人間関係のトラブルとか、一番関わりたくないやつだろ。


「却下で」


「却下は認めないわ」


「ですよね」


分かっていても地球が誕生するほどの確率があるならば聞かずにはいられない。


「対象は二年C組」


「自分のクラスじゃないのがまだ救いですね……」


「大差ないわ」


「ありますよ精神的なハードルが」


「まず状況の整理から始める」


 すみれはホワイトボードに簡単な図を書き始める。


「グループは二つ。原因は些細な行き違い——典型的な感情の衝突ね」


「よくあるやつですね」


「あなたにも経験があるのかしら?」


「俺?あるわけないでしょ」


なんだこいつ喧嘩売ってるのだろうか。俺はグループに属することがないのでグループ同士の対立なんて経験があるわけない。


「それはごめんなさい。あなたがグループに属することなんて宝くじで数億円当選するほどの確率だけれど、一応聞いとこうと思って。それとあなたの言う通り厄介でもある」


(俺と似たようなこと言ってやがる)


 淡々と分析を続けるすみれを見ながら、俺はぼんやり考える。


(こういうの、ちゃんと考えるやつがやるとここまで整理されるのか……)


 正直、少しだけ感心した。


 俺だったら「めんどくせえ」で終わりだ。


「あなたはどう思う?」


「え、俺ですか?」


 急に振られた。


「そうよ。意見を聞いているの」


「いや、別に……」


 考えるのも面倒だ。


 正直、関わりたくない。


 でも——


 さっき見た依頼文が、少しだけ引っかかっていた。


(空気が悪い、ねえ……)


 それってつまり、誰も得してない状態だ。


 なのに、やめられない。


 理由は単純で——


(引くタイミングがわからなくなってるだけだろう。きっと両者共にその時の感情に流されて言い過ぎてしまったり、思ってもないことを言ったりしてしまった。それを謝ろうにも、両者共に向こうに言われたことが心に突っかかって謝れない。引きたいけど引けないという場所に両者がいるため膠着が続いている。こんなとこだ)


「……多分ですけど」


 気づけば、口を開いていた。


「どっちも引く気ないんじゃなくて、“引き方がわからない”だけですよ」


「……続けなさい」


 すみれの視線が少しだけ変わる。それをチラっと見てすぐ視線を下に戻す。こいつと目を合わせてると思考が乱されるからだ。


「きっかけがあれば終わると思いますよ」


「きっかけ?」


「どっちかが悪いとかじゃなくて、“まあいいか”ってなる理由」


 言いながら、自分でも思う。


(あー、これ面倒なやつだな)


 でも一度口に出した以上、止まらない。


「例えば?」


「……第三者が適当に理由つけて収めるとか」


「適当、とは?」


「どうでもいいことで責任押し付けるんですよ」


「具体的には」


「“誤解でした”とか、“誰かが勘違いしてました”とかそんなんじゃなくて、第三者のせいにすれば良いんです。責任を誰かに押し付ければ良い。誰かが彼ら彼女らの共通の敵になれば良いんですよ。」


 すみれは少しの間、黙った。


 考えているのがわかる。


 その沈黙が、妙に長く感じた。


「……合理的ではないわね」


「でしょうね」


そう。合理的ではない。第三者を共通の敵として認識させるというのは、その第三者が恨まれ役を担うと言うことである。それは合理的ではないし、気持ちの良い解決法ではない。


「だけど、現実的ではある。」


そう。現実的なのだ。少なくとも俺にとっては。


「ええ。」


そして一拍おいたあとのその言葉に、言葉にならない思考の影を見た。


(否定しないんだ)


 てっきり切り捨てられると思っていた。そんな解決法は認めないと。


「感情の問題は、必ずしも正しさで解決できるとは限らない」


 すみれは静かに言う。


「その点は評価するわ」


「……どうも」


 素直に喜べない。だけど


(ちょっとだけ、認められた?)


 そんな感覚があった。

それに才上すみれは自分が思っているよりも柔軟な思考を持ち合わせているのかもしれない。


「では方針は決まったわね」


「え、もう行くんですか?」


「当然よ」


「俺も?」


「当事者の一人なのだから」


「違いますよね?」


「違わないわ」


(逃げたい)


 本気でそう思う。


こんな面倒そうなこと是が非でも逃げ出したい

でも、昨日みたいに即却下される未来が見える。

これは儀式だ。逃げられないと分かっていても聞かなければならない。逃げてはいけないと背中を押されないと俺は動き出せない。


「安心しなさい」


 すみれが淡々と言う。


「無理はさせないわ」


「信用できないんですけど」


「現段階では当然ね」


 そう言って、彼女はほんの少しだけ視線を逸らした。


「……でも、あなたの意見は参考になったわ」


すみれは少し照れくさそうに認めたくなさそうに微笑みながら言った。


その言動から彼女は俺の提案を採用する気はないのだと悟った。


「行くわよ、糸乃綾斗」


「……はいはい」


 立ち上がりながら、ため息をつく。


移動をしていると心の中は面倒くさい。関わりたくない。帰りたい。で埋め尽くされる。


 それでも——


(ちょっとくらいなら、付き合ってやるか)


 そう思ってしまった自分が、少しだけ面倒だった。



 よろず部の活動は、今日が初日。


 そしてきっと——


 俺の怠惰な日常は、少しずつ崩れていく。

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