怠惰な理想と、完璧な現実
新連載のラブコメです。
一気に数話投稿しているので、是非ご覧ください。
働きたくない。
できることなら、責任も負いたくない。
毎朝決まった時間に起きて、満員電車に揺られて、上司に頭を下げて、理不尽に耐えて——そんな人生、想像するだけで吐き気がする。
そこそこの進学校である綿来高校に進学できたのは、俺が世の真理というものに気がつく前だったからである。少し前の自分は全ての物事に全力で取り組んでいた。それなのに。
いつからか。いや、俺は人生を頑張った結果が社会の歯車として日々心をすり減らして生きていくだけだと知った時から俺は頑張るということをやめた。
だから俺、糸乃綾斗の将来の夢は一つ。
優しい彼女に養われる、ヒモになること。
(いや、笑うなよ。これでも割と真剣に考えてるんだぞ)
世の中には需要と供給ってものがある。尽くしたい女と、尽くされたい男。完璧な関係じゃないか。
問題があるとすれば——
(そんな都合のいい女、存在しないってことくらいか)
現実は厳しい。俺みたいな人間に寄ってくるのは、説教か無関心のどっちかだ。
そして今、俺はその“説教側”に捕まっていた。
学校という場所において説教側の人間なんてのは決まって面倒ごとを持ってくるものなのだ。
「糸乃、ちょっといいか」
放課後。帰宅準備を完璧に終え、あとは教室を出るだけだった俺に声をかけてきたのは、担任教師の神崎先生だった。
長い黒髪を無造作に束ね、どこか気だるげな雰囲気を纏った女性教師。
——嫌な予感しかしない。
「……なんでしょうか、先生」
仕方なく、俺は足を止める。
「お前、最近やる気なさすぎだろ」
「最近に限った話じゃないと思いますけど」
「開き直るな」
軽くため息をつきながら、先生は俺をじっと見る。
ああ、この視線、知ってる。
“何か面倒なことを押し付ける前の目”だ。
「放課後、ちょっと付き合え」
「用事があるんですが」
「ヒモになる準備か?」
「そんな具体的な予定はありません」
「じゃあ来い」
即却下だった。まぁ事実、予定なんてものは無いしそんなものができるような交友関係も無いけどな。
(理不尽すぎるだろ……)
連れてこられたのは、校舎の端にある特別棟のとある廊下。
普段はほとんど人が寄りつかない場所だ。
(今から殺されるのだろうか俺は)
「なんで特別棟なんかに?何があるんですか?」
空気に耐えきれずに思わず質問してしまう。
「見りゃわかる」
「見てもわからないから聞いてるんですが」
軽口を叩いても、先生は取り合わない。
軽く歩くとそのまま一つの扉の前で立ち止まり、ノックもせずに開けた。
「遅いわ、神崎先生。時間は有限なのだけれど」
中にいたのは、一人の女子生徒だった。
思わず、言葉を失う。
整った顔立ち。無駄のない姿勢。長い髪はきちんと整えられていて、細身な体で、全体的にスラッとしておりモデル体型だが、その細さがそこまでのサイズでは無いはずの胸を強調させている。さらに制服を模範のごとくキチッと着ていて、制服の着こなしにも一切の隙がない。完璧だが、どこかとっつきにくいと噂の才上すみれ。
——完璧、という言葉がやけにしっくりくる。
(うわ、なにこの“ちゃんとしてる人間の完成形”みたいなやつ……)
俺とは別の生き物だと俺の本能が言っている。
「悪い悪い、ちょっと拾い物してきた」
「拾い物?」
彼女の視線が、ゆっくりと俺に向く。
その目は冷静で、まるで品定めでもするように俺を観察していた。
「……あなたが糸乃綾斗?」
「え、あ、はい」
自然と背筋が伸びる。
なんだこれ、圧がすごい。
「想像以上に怠惰そうなのだけれど」
「初対面でそれ言います?」
「事実を述べただけよ」
即答だった。
しかも悪意がある感じじゃない。純粋に評価して、そのまま口に出しただけって顔だ。
(うわ、めんどくせえタイプだ……)
「前話したが、コイツがヒモ志望の怠惰男だ。今日から同じ部活仲間として頑張れ」
先生が軽い調子で言う。
「は?」
思わず声が出たのは俺の方だった。
「ちょっと待ってください、聞いてないんですけど」
「今言っただろ」
「いやいやいや、そういう問題じゃ——」
「構わないわ」
俺の抗議を遮ったのは、彼女の方だった。
「……は?」
またも俺は間の抜けた声を出してしまう。
「人手が不足しているのは事実だもの。使えるなら、誰でもいいわ」
「いや俺、使えない側の人間なんですけど」
「それはこれから決めることよ」
淡々とした口調。
だが、その言葉には妙な説得力があった。
(なんだこいつ……自信の塊か?)
「というわけだ。今日からこいつも部員な」
「いや決定事項みたいに言わないでくださいよ!」
「安心しろ、面倒は全部こいつが見る」
先生は彼女を親指で指しながら言う。
完全に丸投げだ。
「ちょっと待ってください、俺は——」
「あなた」
また遮られた。
今度は、はっきりと俺に向けて。
彼女——才上すみれは、一歩だけ距離を詰めてくる。
逃げる理由はないはずなのに、なぜか一歩引きそうになる。
(なんだこの圧のある目は)
「働きたくないのでしょう?」
「……え?まぁそうだが」
心臓が一瞬、変な音を立てた。
「責任も負いたくない。できれば誰かに養われて生きていきたい——違うかしら」
「な、なんでそれを……」
その一言で、胸の奥に隠していたものが、音もなく白日の下に引きずり出された。
「態度と目を見ればわかるわ」
そんなことでバレるのかよ。
(いや、バレるかもしれないな……)
少なくとも、この人には通用しないらしい。
「結論から言うわ。あなた、私の管理下に入りなさい」
「……は?」
突然の意味のわからない発言に思わず変な声が出てしまった。
(管理下?ってなんだ?意味がわからんぞ)
「最低限、誰かに必要とされる程度の価値は作ってあげるわ」
淡々としているのに、その言葉はやけに重かった。
“甘やかす”でも、“助ける”でもない。
“価値を作る”
(いやいやいや、俺そんなの求めてないんだけど!?)
「ちょっと待ってくれ。俺は別に、努力とかしたいわけじゃ——」
「甘やかされたいのよね?ヒモになりたいのよね?」
言葉を先回りされる。
「それは“対価を支払える人間”が言う台詞よ」
「ぐっ……」
正論パンチが重い。
「何も持たない人間が求めていいものではないわ」
冷たい言葉。
「まあ確かにそうですけど。だからって今の俺には全く価値がないって?それに対価だって支払えますよ。尽くしたい女の子ってのは無条件で尽くさせてくれる男を求めてるものでしょう?なら俺はぴったりだ。Win-Winなんだよ」
初対面でいきなり無価値だと言われたからか、いつもでは考えられないほど饒舌になってしまった。いや、自分で見てみぬふりをしていた部分を、この完璧美少女の才上すみれから指摘されたことへの憤りなのかもしれない。
「どうやら想像より重症なようね。他人任せで自分では何も責任を負おうとしない怠惰な人間なんて無価値だわ。けれどいいわ。安心しなさい」
すみれはわずかに目を細めた。
「不自由はさせないわ。管理する以上、責任は持つもの。」
「……それ、ほぼ飼われてません?それにそんなの俺の理想じゃないですって」
客観的に見ればこんな美少女に管理されるなんてとても幸せなことだろう。しかし俺はそんな理想を求めてはいない。
「表現の問題よ。それにあなたに価値を作るのはあなたの馬鹿げた理想のためというのを忘れたの?」
「問題しかないと思うんだけど」
(くそっこの女に言い合いで勝てる気がしない。そもそもヒモになりたい俺と完璧なコイツじゃしょうぶにならねーよ)
自分の無力さに嘆いていると二人の押し問答を眺めていた先生が小さく笑いながら言う。
「よかったな糸乃。理想に一歩近づいたじゃねえか」
「どこがですか……」
本気でわからない。
俺が望んでいたのは、もっとこう——優しくて、都合がよくて、何も求めてこない関係であって。
こんな管理されて、価値を求められる生活じゃない。
何よりタチが悪いのがこの先生は本気でそう思っていそうなところだ。全く世話焼きな先生には困ったものだ。
「さて」
すみれが手帳を開く。
「まずは生活の見直しからね。放課後の時間の使い方、睡眠時間、学習習慣——」
「ちょっと待ってください」
(なんかもう全てが俺の意思を無視して進んでいる。)
ここで一度止めないともう止まることは無いのだろうと直感した。
「何かしら」
「逃げてもいい?」
結果は見えているが、念の為の最後の悪あがき
「無理ね」
即答だった。
(……終わった)
俺の理想のヒモ生活は、始まる前に死んだらしい。
それどころか俺は使える、価値のある人間に生まれ変わるらしい。省エネで怠惰に適当に生きるのが俺のセオリーなのにだ。
「覚悟しなさい、糸乃綾斗」
才上すみれが俺の名前を呼ぶ。そして真剣にこちらを見ながら言う。
「あなたを“使える人間”に"価値のある人間"にしてみせるわ」
(さらば。俺の怠惰で適当で省エネな高校生活)
完璧な現実の前に俺の怠惰な理想は夜の終わりにもう一度時計を回すようなもなのかもしれない。
ご覧いただきありがとうございます。
伸びたら長期で連載していきたいと思っておりますので、ぜひブックマーク、評価、コメントお願いします。




