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ゴリラ刑に処された令嬢の 可憐な仕返し  作者: 藍銅 紅@『前向き令嬢と二度目の恋』2巻 発売中


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第4話 アンブローシアに愛する相手が出来たとしても

「アンブローシアに愛する相手が出来たとしても、不貞とは判断させないようにするわ」

「エヴァンジェリン殿下……」


可能なのだろうか。だが、エヴァンジェリンの緑の瞳からは真摯さしか読み取れない。


「勝手に獣人化の魔法を使ったフィランダーとカサンドラに、刑務庁の長官職に就いているあたくしが責任を問います。もっとも最終的に判断を下すのはお父様……陛下となるけれど」

「あ、ありがとうございます!」


結果的にはどうなるかわからない。

息子と娘可愛さに、国王陛下が甘い判断をするかもしれない。


だけど、少なくともエヴァンジェリンはアンブローシアの味方をしてくれるようだ。

礼を述べたアンブローシアに、エヴァンジェリンは首を横に振る。


「ただ、すぐには無理ね。国王陛下が帰国されてから……になってしまう。それまでの間、あなたたちを獣人領に送ります。罪人としてではなく、一時的な処理……保護として」


王城に居ても、王都に居ても、たとえフィッツクラレンス侯爵の領地で匿われたとしても。

獣人化した体では、誰からも蔑まされる。

ならば、獣人領で保護するのが一番いい。


エヴァンジェリンはそう判断し、「それに……」と付け加えた。


「獣人領にはユークリッドとジュロームもいる。彼らがなんとかできるかもしれないし……」


聞き覚えの無い名前に、アンブローシアは首を傾げた。


「ええと、そのお二人はどなたでしょう……?」

「あたくしが心から信頼を寄せている者たちよ。ユークリッドは辺境にある獣人領の領主。ジェロームはその獣人領の魔法使い。獣人化魔法の研究をしているの」

「領主に魔法使い……」


獣人化魔法の研究。ならば、解くこともできるかもしれない。


少しだけ、希望が見えた。


「では、わたくしたちが獣人領に赴いた後、そのお二人にご挨拶を差し上げることとしましょう」


アンブローシアは深く深く、頭を下げた。



    ***



アンブローシアたちが獣人領に赴くための準備には、日数を要した。

道中の飲料、食事、随行する騎士、獣人領に運び込む物資などなど。


エヴァンジェリンが用意させた獣人領に送る荷物の量はかなり多く、幌馬車が十台以上にもなった。


「ユークリッドたちに届ける荷物もあるのよ。幌馬車に積めるだけ、積むわ。それにエールやワインもね、たくさん」


アンブローシアたちは普通の馬車に乗って辺境まで行くのかと思ったが、違った。

王都で使用される貴人用の馬車の車輪では辺境の荒れ地を行くことは難しい。そのため、アンブローシアたちも幌馬車に乗ることになった。ただし、何枚も毛布を敷きつめ、クッションも置いた。道中、足を延ばしたり、寝転んだりすることもできるし、野営のためにわざわざ天幕を貼る必要もない。なかなかに快適な空間となった。


そうやって出来得る限りの体裁と準備を整えた後、エヴァンジェリンはアンブローシアたちを獣人領へと送り出した。



      ***



ランカステル王国の王都を出発して程なくの間は風光明媚にして、豊かな風景が続いた。

北にはそびえる山脈。夏でも山頂に雪が残るほどの高い山であり、中腹には大小さまざまな大きさの湖が点在する。

湖から流れる大きな川と支流が王都を通り、南の穀倉地帯まで達し、更に隣国へと進む……。


アンブローシアたちは観光的な気分で緑あふれる風景を見て楽しんでいた。


それが大街道を西へと進み、十日が経過したころには、次第に風景が変わり始める。


まず、北側にそびえていた山々の高さが次第に低くなった。草や木はそれなりに生えていたが、西に行くにつれて、その木も草も少なくなり……地面は乾き、次第に荒れ野となっていく。


「岩山とか……すごいわね。ああいうのって、巨大な砂岩っていうのかしら? それとも岩柱……?」


アンブローシアは幌馬車の中から外の様子をしげしげと見た。


赤茶けた荒れ野のあちらこちらでは、人間の背の高さの何十倍もあるだろう壮大な岩柱が空に向かって、力強く突き出ていた。


「圧巻って、まさにこういう風景のことを言うのかしら……。それとも広大とか雄大とか……。あ、岩山だけじゃなくて、少しは木も草もあるのね……」


荒れ野の所々に奇妙な形の木生えていた。

ゴロゴロと転がる独特な形をした巨岩もあった。

地面近くに生えているのは多肉植物の一種だろうか。


どれもこれも、見目麗しく整えられた王都や領地の風景しか知らないアンブローシアには珍しいモノばかりだ。

ずっと見ていても飽きない。


「あら? あの低い木の下……、地面に何か細長い生き物が……」


低木の根元を何か小さいものが走ったような気がした。クリューセースとメリッサもその小さい生き物を見つけたが、名前までは分からない。


「奇妙な生き物ですねえ……」


メリッサが呟く。


「蛇か砂漠イモリじゃないかな?」


セルジオスは見つけられなかったようだが、首を傾げながらそう言った。


「蛇⁉」

「砂漠イモリ⁉」


クリューセースとメリッサが、同時に声を上げた。


「うん。荒野でもけっこう生き物はいるよ。たとえば……尾の上面が黒く、顔と同じくらい長い耳を持つ大型のウサギとか、それを捕食するコヨーテとか」

「え、えええええ⁉」

「鳥とかもいるよ。ほら……あの密集した低木のあたり、鳥の巣があるでしょ」

「本当だわ……」


見れば見るほど、アンブローシアには不思議な世界に思えてしまう。


「王都……、フィッツクラレンス侯爵家の薔薇園や、お父様やお兄様が狩猟に行く森とは全く違うのね……」

「そーだねー。王都周辺と荒れ地じゃあ、天気も空気も違う。王都周辺は雨も多くて湿り気もあるけど、この辺の空気は乾燥している。温度が高くても、湿度が低いから汗もかかないでしょ」


馬車から見える景色や動植物について、セルジオスにあれこれと教わる。

興味深く聞いていると、どこからか鼻の奥を刺激するような独特の強い臭いがしてきた。


「何かしら、このつんとした臭いは……」


思わずハンカチを取り出し鼻を塞いだアンブローシア。

セルジオスが長い耳を揺らしながら答えた。


「グリースウッドの香りじゃないかな。ほら、あそこに低木が密集しているだろ」


セルジオスが指で示した先には、子どもの背の高さほどの低木がいくつも生えていた。


「グリース? ええと、潤滑油とかの原料の……」

「葉や幹の表面に……ええと、樹脂? オイル? そーゆー膜があって、それで茎とか枝の中の水分が蒸発しないんだって。降雨なしでも二年くらいは枯れないとか何とか」

「へえ……」

「オイルは臭うんだけど、防腐剤、防虫剤として役に立つって。獣人領の獣人たちの仕事の一つに、グリースウッドを育て、オイルを集めるというものもあるらしいよ。集めたオイルは国の南側の穀倉地帯に送られるとか。特にイネ科の植物……麦とかの害虫避けに良いんだとかなんとか」

「セルジオス、あなた詳しいのねぇ」


セルジオスは「そんなことないよ」と照れながら、手を左右に振った。


「騎士科の授業で、国土地理は叩き込まれるんだ。いざ、戦闘とか災害とかが起こった時のためにね」

「なるほど……。わたくし、侯爵家の淑女教育や王太子妃教育で、それなりにたくさんのことを学ばせていただいている……と思っておりましたけれど、知らないことも甥のですね……。オイル……、オイルですか……」


アンブローシアが真剣な顔で言った。


「……獣人領に行ったらわたくし集めようかしら」

「お嬢様⁉ 何もそんな肉体労働をしなくても!」

「だって使えるかもしれないじゃない」

「……何に使うんですか?」

「ちょっとした仕返しにどうかしらって」

「仕返し?」


クリューセースだけでなく、メリッサもセルジオスも首を傾げた。


「オイルを大量に集めて、王太子殿下の頭にぶっかけてやろうかしらーって」


セルジオスが「うげっ! 燃やすの⁉ 過激すぎない⁉」と、幌馬車の荷台の中を後ずさった。


「そこまではしないわよ。ただ乙女をゴリラにしたんだから、臭いにおい程度の報復は覚悟していただきたいわ」

「あー、そりゃいいかも。ボクもオイルを集めて第二王女にぶっかけようかな!」


皆で楽しく王太子や第二王女への嫌がらせを考えた。



和気あいあいと旅が続き、そうして王都を出発してからひと月近くの後、ようやく獣人領が見えてきた。

荒涼として乾いた土地なのかと思っていたのに、獣人領に到着して、最初に見えたのは、水。


「湖? それとも沼? 泉? どうしてこんなところに……」


乾いた赤茶けた地面に水場。しかも、かなりの間隔を開けて、大小二つ。


大きな水場は、古代の円形闘技場くらいの大きさだろうか。水深も深いのかもしれない。

水場を取り囲むようにして、赤い砂岩の石造りの建物がいくつか建っている。


小さな水場は、フィッツクラレンス侯爵家の噴水庭園にある池と同じ程度の大きさだろう。周りには木も生え、粗末な小屋がいくつも並び、日陰が出来ている。その日陰の下で、カエルの顔を持つ獣人が洗濯をしていた。ドアが開け放たれた小屋の中で、昼寝をしているネズミ獣人の姿も見える。


アンブローシアたち四人は、馬車から降りて、まず大きいほうの水場に近寄って行った。


「川があるわけではないのに。荒野に水場があるなんて……、不思議ね……」


水の中を覗き込んでも魚の姿は見えない。

ただ、水の中から時折、泡のようなものが浮かんでは消えていっている。


「見た目はきれいね……。水質も大丈夫そう……」


アンブローシアはそっと水に手を入れてみた。

温い。

荒野の、さえぎられることのない日差しのために、水温が上がっているのだろう。

空も見上げてみる。

眩しい。


目を細めて、見上げていたら、アンブローシアの背後にすっと誰かが立った。


「自噴井だよ。分かりやすく言えば『荒野のオアシス』かな。ここは荒れ野だが、地中深くには地下水が流れているらしい。その地下の川の水が湧いて出てきているんだ」

「え⁉」


その艶気を含んだ低い声に、アンブローシアが振り向く。


そこにいたのは、白くゆったりとした長服を着た虎の耳を持つの獣人。


丸みを帯びた耳。

金色の短めの髪は毛先だけがところどころ黒く。まるで虎の毛皮の柄のようだ。髪の色も特徴的だが、瞳の緑色が実に印象的だった。


「水のないところでは暮らせないからね」


背が高く、がっしりとした体つき。

顔は、人間のまま。かなりの美男子だった。いや、美丈夫と言ってもいいかもしれない。


顔立ちが端正なだけではなく、威厳さえ感じられる。麻や綿の長衣ではなく、豪奢な衣装を着させ、王冠でも被らせれば、どこかの国の国王と言われても納得がいくほど。


「あ、あなたは……」


虎の獣人はゆったりと笑った。


「オレはユークリッド。この獣人領の領主だ。あなたはフィッツクラレンス侯爵家のアンブローシア嬢だね」

「は、はい……」


アンブローシアは慌てて淑女の礼をとった。

侯爵家の令嬢……ただし獣人刑を受けた者と、獣人領の領主。

どちらの身分が上なのかは不明だか、初対面である以上、ある程度の儀礼は必要だ。


ゴリラの姿に簡易なワンピースでは様にならない……と思いながらも、きっちりと頭を下げる。


「後ろの二人があなたの執事に侍女か。ウサギ耳の君は……第二王女付きの……」


ユークリッドがセルジオスをちらりと見た。


「はっ! オルドクロフト伯爵家の者でセルジオスです。もっとも獣人の姿になったことで、家からは除籍されているかもしれんませんが」

「……将来的にはどうなるか分からないが、現段階では除籍申請をされても受理は無理だろう」

「へ⁉」

「…………国王陛下は外遊中。王太子は無能。政務をサボって愛人と遊んでばかり。第一王女は刑務に携わっているから除籍申請には携われない。第二王女は男あさりに散財にと忙しい」

「は、はあ……」

「故に、現状、除籍申請書を提出されても、その申請書は誰も処理しないまま、高く積み上げられるのみ」


アンブローシアは、王太子の執務室を思い出した。積み上げられたままの書類。きっと国王が外遊から帰ってくるまであのままだろう。

文官たちの悲鳴が聞こえてくるようだった。


「だから、君は貴族令息としての身分のままだよ。オレも、君を、罪人としてではなく、視察にやってきた貴族令息、もしくはアンブローシア嬢の護衛として扱おう」


ユークリッドがスマートにウインクをしようとして、失敗して両目をぎゅっと瞑ってしまった。

照れたように、ポリポリと頬を掻き、それから取り繕ったように笑みを浮かべる。


「さ、さあ! こんなところで立ち話もなんだし! 屋敷の中に入ろう。話はお茶を飲みながら!」


くるりと背を向けて、すたすたと歩きだすユークリッド。


アンブローシアは思った。

もしかして、わざとウインクを失敗したのかしら。わたくしたちが、気を使い過ぎないようにと……。


なるほど、エヴァンジェリン第一王女が信頼する相手だけある。


アンブローシアの頬が自然に緩んだ。そうして、ユークリッドの後を追いかけ、泉の周りで一番大きな屋敷の中に入っていった。





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