★挿話・1★ クリューセース
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これはもう十年近くも前の話。
私とアンブローシアお嬢様の出会い。
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「兄弟姉妹だからと言って、似たような名前を付けるのは親の手抜き、もしくは愛情不足だとは思わない?」
「は?」
その当時、私が暮らしていた孤児院に慰問にやってきた高位貴族のご令嬢が、いきなりそんなことを言い出したから、私は戸惑った。
戸惑ったというか……、正直に言えば、
何なんだろう、このご令嬢は……と、不審にすら思った。
「わたくしお兄様の名前はアンドリュー。わたくしはアンブローシアという名なの」
「はあ……。お二人とも『アン』で始まっている名ですね」
お嬢様はこっくりと頷いて、黒い髪が揺れた。そうすると、内側の赤い色がはっきりと見える。二色の髪色なんて派手だな……と、当時の私はぼんやりと思った。
「……あなた、知っていて? 『アン』って、昔のどこかの国で使われていた数字なの。 『一』とか『最初』って意味の。だからお兄様とわたくしの名前って、つまりは『最初の男の子』『最初の女の子』って意味なのよ。そんなの名前じゃないわ。単に『長男』『長女』っていう識別じゃないのよ!」
お嬢様は、頬をぷっくり膨らませる。
知っている。
私が暮らしている孤児院の院長が、偉そうに、知恵をひけらかすように、いつも言っているから。
『アン』は『一』
『デュー』は『二』
『トロウ』は『三』
院長は今は使われなくなった、昔の数字の数え方で百まで数えられることが自慢。
百まで数えられる人は少ないだろうが。
『アン』『デュー』『トロウ』程度なら知っている人も多いと思う。
何も自慢するようなことじゃないって、孤児の誰かが言ったら院長は笑った。
「そうか、自慢にはならないか。だけど、便利だぞ。孤児院に捨てられた子どもに名をつけるときとかな」
便利……ね。
私は、『三十九番目』に捨てられたから『トラントヌフ』、妹は『四十番目』だから『ジュイット』。
数字の名前。
そこに意味も愛もない。
「わたくしとお兄様だけじゃないわ。この孤児院での名づけ方もなっていないわよね! 数を名前にするなんて!」
単なる番号。単なる区分。そんな名を気に入るはずはない。
だから、赤と黒の髪を持つ高位令嬢の主張には激しく賛同したものだった。
「手抜きよねえ……。わたくしならもっと……、その子を見て、似合う名前を付けるのに」
ぷくっとむくれた頬がかわいらしくて。
聞いてしまった。
「……もしも、お嬢様が、私に名をくださるのなら。何と名付けてくださいますか?」
ふっと聞いただけなのに、お嬢様は私の顔をじーっと真剣に見つめて、それから、ああでもない、こうでもないと、長い時間考え続けていた。
神様の名前、偉人の名前。髪の銀色や瞳の青色から、各国の銀や青の呼び方。
いくつも候補を上げては真剣に悩み……決まらないうちに、お嬢様はフィッツクラレンス侯爵のお屋敷に帰る時間が来てしまった。
名が決まらなかったことは残念に思った。
けれど、短くない時間、私たちのことを真剣に考えてくださったこと、そのこと自体が嬉しかった。
「待っていて! 今度来る時までに、わたくし、あなたたちに似合うとっておきの名前を考えておくわ!」
去り際の、馬車の小窓から。
アンブローシアお嬢様は大きな声で伝えてくれた。
そうして、次に孤児院に慰問に来たときに、アンブローシア様は言ってくれた。
「あなたはクリューセース。あなたはメリッサ。どう? 素敵だし、似合っている名前でしょう⁉」
自慢げに、だけど、どこか「気に入ってくれるかな……」とドキドキしているかのように、アンブローシアお嬢様の赤い瞳が揺れて。
「クリューセース……、メリッサ……。どのような意味があるのですか?」
震えそうになる声を押さえて聞いた。
アンブローシアお嬢様は「よくぞ聞いてくれました!」とばかりに胸を張った。
「昔あった、どこかの国の神話でね! 神様にすごーく愛された双子がいるの! そこからもらった名前よ!」
神様に、愛された、双子。
双子が忌み嫌われるこの国で。
双子を愛そうとする者なんていない。
実の親は、私たちを孤児院に捨て。
孤児院の院長は、私たちに名前として数字をつけた。
なのに。
お嬢様は……。
すごーく愛された双子がいるの!
私は、生まれてから初めて、愛ある名を、もらった……。
「……はい、もちろんです、アンブローシアお嬢様」
奥歯をかみしめていなければ、きっと私は泣いただろう。
大声で。
まるで赤ん坊のように。
「ありがとうございます、お嬢様。 名前、大事に使います」
生まれて、最初にもらう宝物。それが名前。
名前をいただいただけではなく、孤児院から引き取っていただいて、教育も受けさせていただいた。
ああ……。
この思いをどう表現したらいいのか。
感謝だけでは足りない。
忠誠だけでも足りない。
だけど、一生、私はお嬢様のために生きていく。
幼き頃の私は、心に誓ったのだ……。




