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嗤う劇場

作者: 閒中

ようこそ笑いの絶えない劇場へ

私が足を踏み入れた小さな劇場は、不気味なほどに静まり返っていた。


待ち合わせをしていた友人から『ごめん、結構遅れる』と連絡が入り、時間を持て余して初めての街をウロウロしてたときに偶然見つけたのが、この年季が入った小さくレトロな劇場だ。


どうやら今日は寄席をしているらしい。

演目と時間が書いてある看板を見て、時間を潰すのに丁度良いと思った瞬間──。


私は劇場のロビーにいた。


驚きながら周りを見渡す。

受付も売店も他の客も、誰一人いない。

不自然さに寒気がしてロビーから出ようと思ったとき、扉の向こうから誰かの話し声と幾人もの笑い声が微かに聞こえた。

なんだ、今まさに寄席が行われているのだ。

ちゃんと人がいることに安堵した私は、次の開演時間までロビーで待つことにした。


暫くすると扉が静かに開いたが、客は誰一人出て来ない。

入口と出口が違うのかな?と思いながら私は扉をくぐった。


私の目の前に広がったのは幕がかかった小さなステージと、その前には50人分ほどの座席。

そして座席の上にぶら下がる何人もの──脚?

上を見た瞬間私は言葉を失った。

天井から何人もの首吊り死体がゆらゆらと揺れていた。


「ヒッ!!」

私は思わず口元を手で覆った。

異常な光景に頭がついていかない。

ここにいてはダメだ、早くここから出なきゃ、と思うのに足が動かない。

私がパニックになっていると、舞台が始まるお囃子のような音楽が聴こえてきた。

客席の明かりが消され、舞台の幕が開く。


舞台の袖から和服を着た中年の男がニコニコと腰低く登場し、「さぁさぁ皆様。本日はよくお越しくださいました。」と喋り始めた。

独特な声で抑揚をつけ、スマートな身振り手振りで聞く人を惹きつける魅力的な話し方をする男だ。

恐怖に慄いていた筈の私の耳にも、何故か男の話がスラスラと耳に入って来る。


ちょっと面白いな、少しだけ聞いてみようかな。

もう少しだけ聞きたいな。

段々と意識が男に向く。


もう少しだけ。

もう少しだけ。

もう少しだけ。


あと少しだけ。

あと少しだけ。

あと少しだけ。


私はフラフラと首吊り死体たちの真下にある客席に座った。

目の前の光景に取り乱すことなく話し続ける男を見て、もしかしたら天井の首吊り死体たちは舞台演出の人形なのかもしれない、きっとそうだ、と都合良く解釈した。


男がとぼけた事を言ったので私は思わず笑ってしまう。

すると突然、天井の首吊り死体たちがゲラゲラと一斉に大きく笑い出した。

私は驚いたが、男の話は止まらない。

それどころか、話が進むにつれて私はいつの間にか自然に首吊り死体たちと一緒に、同じ笑い方で爆笑していた。


「──それでは、本日はありがとうございました。」

話が終わり、お囃子とともに男が深々と頭を下げる。

またニコニコと笑顔で立ち上がった男は、目の前に垂れ下がってきたロープの輪っかに自身の首をかけ、上に吊り上げられていった。


──嗚呼、面白かった。

私は時間を忘れすっかり夢中になってしまった。


もっと観たい、もっと聞きたいなぁ。


そう思った瞬間、ロープが私の目の前に垂れて来た。


そうか、これでずっと此処にいられる。


私は何の迷いもなく、自分の首にロープの輪をかけた。




「レトロな劇場なんて何処にもないじゃん。」

待ち合わせに遅れてしまったのは申し訳なかったが、『待ち合わせ場所変更』と、友人から送られて来たメールの場所には誰もいなかった。

それらしき建物も見当たらない。

メールも既読にならないし、電話も繋がらない。

一体どこで何をしてるのか。

仕方ない、連絡が来るまでカフェで時間潰すか。


ため息をついて歩き出した瞬間、遠くから誰かの笑い声が聴こえたような気がした。




〈終〉

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