後日談(3)
寝つけない──ウィステルはもう何度目になるかわからない寝返りをうつ。そうして膝を抱えて縮こまった。
今日は、母の命日だった。十年以上が経った今でも、この日はどうしようもなく心がざわつく。泣きたいほどの悲しみは薄れ、縋りたいほどの寂しさも薄れたはずなのに。
今なお残る、喪失が背中に張り付いて離れない感覚。心の寒さを抱きしめて、ひたすら眠りを待つ。けれど、眠ったのか起きていたのか……わからないまま、いつもぼんやりと朝を迎える。
じっと目を閉じていると、衣擦れの音がした。隣で寝ているフィセリオの気配が、すぐ後ろにある。彼の腕が巻きつくと、そのまま後ろへと引き寄せられた。
横になりながら、彼の膝に座らされているような体勢で抱え込まれている。寝返りをうちすぎて、眠りの妨げにでもなっていただろうか。
「フィセリオ様、すみません……なかなか寝つけなくて……起こしてしまいましたか?」
フィセリオは、ウィステルの問いかけに何も答えなかった。代わりに、お腹のあたりを抱えていた腕が、より彼の方へと引き寄せるように少しだけ力がかかった。
抱き枕のつもりでしょうか……? こんなこと、今までなかったのに。
整った呼吸が、ウィステルの耳元でゆっくりと静かに、子守歌のように耳を撫でる。寒かったはずの背中に、フィセリオの息遣いと体温がじわりと染みた。彼の温もりに包みこまれ、ウィステルの体に宿る喪失が緩やかにほどけていく。
温かい──
まるで凍りついて固くなっていた体に血が通い、足先まで熱を帯びていく感覚。ゆりかごに揺られているように、ぽかぽかふわふわとする。ウィステルはフィセリオの腕に手を重ねて、心ごと身を委ねた。
* * *
大きな手のひらが、そろりとウィステルの頭を撫でている。何度も髪を梳きながら滑る優しい手つきに、そっと目を開いた。
「おはよう、今日もよく眠れたみたいだな」
そうだ……昨日──眠れたのは、フィセリオ様がいてくれたから?
フィセリオに命日の話はしていなかった。ただ、寝つけずにいたことに気づいて、なんとかしようとしてくれたのだろう。
「はい、おかげさまで。ありがとうございました」
「礼を言われるようなことなんてあったか……?」
あくまでもフィセリオは恍けるつもりらしい。なんのことだか……と言いたげな声色に、嘘の甘い匂いが微かに漂う。気づかれると知ってのことか、無自覚なのかはわからないが、気にかけてくれていたことだけは確かだった。
「フィセリオ様、お願いがあるのですが」
「あぁ、なんでも言ってくれ」
ウィステルは寝返りをうち、フィセリオの方へと向く。そのまま体を寄せ、額を彼の胸元へと預けた。
「今日はこのまま……少しだけ寝坊してもいいでしょうか?」
フィセリオは少しだけ驚いたように息を呑むと、受け入れるようにウィステルの背中へと手を回す。そうして呆れ混じりの優しい吐息で、ふっと笑った。
「私もそうしたいと思ってたところだ。君が嫁いできて初めての、記念すべき寝坊だな」
「ふふ……なんですか、記念すべき寝坊って」
冗談を交わしながら、囁き合うように笑って。互いの温もりを分け合いながら、寄り添う。
フィセリオの存在が、ウィステルの中に残り続けていた小さな氷を、甘く優しく溶かして小さくしていく。カランと音を立てることもなく、静かに……静かに──
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
本作「嘘が匂いますね、公爵様〜愛を騙る夫の後悔〜」は、これにて完結となります。
後日談まで読んでくださったこと、そして連載期間中、温かな反応をたくさんお寄せいただけたこと、心から嬉しく思います。
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これからも執筆活動は続けて参りますので、また別の作品でもご縁がありましたら大変嬉しいです。




