後日談(1)【ジャスミン視点】
トレイの上にはティーセットと茶葉。焼きたてのスコーンからは、中に混ぜられたドライベリーの甘酢っぱい香りが漂う。
ん〜、美味しそう……! けど我慢、我慢。私の分は厨房、これはウィステル様の分!
ジャスミンは目の前の甘いお菓子の匂いに誘惑されながら、ウィステルがいる温室へと向かっている。今日は一日休みを取り、温室でゆっくり過ごしたいと言っていた。
ガラス戸を開けると、背の低い花々やハーブがジャスミンを出迎える。温室の中央にあるテーブルを目指すと、その近くにある長椅子にウィステルは座っていた。その隣にはフィセリオがおり、ウィステルは彼にもたれかかるようにしてうたた寝をしている。
「……ぁ」
声をかけようとしたジャスミンに、フィセリオは人差し指を口元に当てて口を閉じるよう命じた。
「トレイはそこに置いてくれ」
フィセリオが囁き声で、テーブルを指で指し示す。ジャスミンは言われた通りにトレイをテーブルの上へと置くと、フィセリオへと目礼した。それを目で確認した彼は、すぐに手元の本へと視線を落とした。
フィセリオはいつも、隙のない微笑みを浮かべている人だった。けれど今の表情は気を緩めたように柔らかく、本を読む眼差しまで穏やかで温かく見える。その隣で眠るウィステルも、心を許したように安らいだ無防備な寝顔をしていた。
キャスバート家に嫁いできたばかりのウィステルは、警戒心の強い猫のようだったとジャスミンは感じていた。静かに微笑んでいるのに、ピンと糸を張ったような緊張感をまとっていた。
ウィステルにベタ惚れだったフィセリオに対しても変わらず、気さくに接しながらも一線を引いているような空気感があった。けれど最近は、それが少し変わってきたように思う。
この前庭園を二人で散歩していたとき、以前は差し出されてからしか手を添えなかったのに、ウィステルからフィセリオの腕に手を添えるようになっていたのだ。
説明するのは難しいが、『公爵夫人』から『フィセリオの妻』に変わったような……そんな感じだ。些細なことだが、フィセリオの片思いから始まった二人の関係が変化し、ウィステルからも心を寄せるようになってきたのではないか。そんなふうにジャスミンは感じ、一人でにやけていた……ところを、エルウッドに指摘された。
一度は心労で倒れてしまったウィステルが、気を許して心身を休められるようになった。この場所がウィステルにとってもっと心地良く、穏やかに過ごせる場所になっていってほしい。
よーし、そうと決まれば、まずは腹ごしらえね!
ジャスミンは温室を後にし、スコーンを食べにまっすぐ厨房へと帰る。良い仕事をするためにも、しっかり食べなくては。そしてその後、より一層励もうと静かに気合いを入れたのだった。




