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第33話 想いの価値【フィセリオ視点】

 ウィステルの『嘘が匂いでわかる』という特殊な体質を知り、求婚以来ずっと『愛している』という嘘でウィステルを傷つけ続けてきた。そんな軽薄で不誠実な嘘を、それでもウィステルは『優しい嘘』だと言って許してくれた。


 嘘と罪に(まみ)れたこの口から発せられる謝罪の言葉など、償いの一つにもなりはしなかった。なんとしても彼女の寛大さに、何か償いの意思を示したい。そうでもしなければ、彼女にばかり譲らせていて釣り合わないと感じていた。


 フィセリオは粛々と書類に目を通しながら、贖罪の方法を考えていた。言葉がダメなら行動で誠意を示すしかない。


 とはいえ、気持ちが伴うようになったからと優しくしても、元々“夫として必要な優しさ”は演じてきたつもりだ。行動自体は以前とさほど変わらない。ここからさらにあれこれと手を回すこともできるが、“夫”という肩書きがあるだけの他人にベタつかれてはウィステルも気持ち悪いだろう。


 罪滅ぼしにはやはり、物が一番か……?


 何か問題を起こしたとき、大抵は謝罪の言葉と頭を下げる姿勢とお詫びの品で一つの形式を成す。今足りていないのは明らかに“お詫びの品”というやつだ。


 ただ問題は何を“お詫びの品”として選ぶかだ。家同士の謝罪であれば、ある程度の形式に則ったものを贈れば、相手の好みは関係なく役割としては十分に果たせる。


 けれど今回はウィステル個人への品だ。彼女が気に入ってくれなければ、“お詫びの品”の効力は半減……いや、贈り物という圧に気を使わせて逆に心象を悪くしかねない。


 前は懐中時計をあげて喜んでいたな。それに今も使ってくれている。実用的なものの方が外さないだろうが、他に何がある……?


 ウィステルが喜ぶ実用的なものを、と考えても良い案は浮かばない。そもそもキャスバート家は金に困っておらず、快適に過ごせるように整えて彼女をこの家に迎え入れたのだ。実用的なものは全て揃ってしまっているというのが現実だった。


「ウィステルは何を贈られたら喜んでくれるだろうか……エルウッド、君は何がいいと思う?」


 自分よりは人の情というものを理解していそうなエルウッドに、さり気なく助けを求めてみる。こういうとき、些細な相談もできる相手を傍に置いておいてよかったと心の底から思う。


「それ僕に聞く? うーん……女性だし、花とか装飾品とかが定番じゃないかな? そもそもウィステル様なら、なんでも喜んでくれそうじゃないか?」


 期待した私が悪かったのか?


「……ずいぶんと凡庸な回答だな? それとも、その程度の一般論もわからない男だと思ったのか?」

「聞いといて嫌味で返すのやめろよぉ……」


 花、装飾品、宝石。それが喜ばれやすいことなんか百も承知で、そもそもそういうものに金をかけそうな相手をふるい落として選んだのがウィステルなのだ。特に装飾品や宝石では喜ばない。そんな簡単なもので喜ぶならもうとっくに贈っている。


「じゃあ、甘味とかは? 美味しいものもらって嬉しくない人はあまりいないんじゃないか?」

「残るものがいい」


 確かに甘味ならウィステルも喜ぶだろう。けれど消費してなくなるものを贈るイメージは自分の中になかった。エルウッドには言わないが、やはりお詫びの品としてはきちんと残るもので相応の価値のあるものが良いとフィセリオは考えていた。


「もぉぉーっ! そういう前提は先に言えって。考えた時間が“無駄”になった。ほら、フィセリオの大嫌いな“無駄”だぞ」


 エルウッドが、ジトッとした目でフィセリオを軽く睨みながらチクリと嫌味で刺してくる。確かに相談するなら言える範囲で条件は伝えておくべきだった。無駄なところに労力を割かせてしまったことは、純粋に申し訳ない。


「……それはすまなかった。君の案は参考にさせてもらおう」

「おい、それ参考にする気ないだろ。建前が過ぎるぞ」

「いや、検討はする」

「あーあ、それ絶対“しないときの声”なんだよなぁー」

「なぜ決めつける? 贈り物に“添えるのに”甘味は良い案だと思ったが」


 贈り物としては弱いが、贈り物の補強としては良い選択だろう。消費されるものが頭の中になかったフィセリオにとっては有益な助言だったが、エルウッドは本心と受け取らなかったようだ。どうやら信用されていないらしい。残念なことだ。


「ホント……いい性格してるよなぁ……」

「お褒めにあずかり、どうも」


 あまり期間が開きすぎても良くはないが、まだ焦って決める必要はない。ウィステルの仕事ぶりや一日の過ごし方を観察してから再考しよう。


 エルウッドの親しみと忌々しさの両方がこもった声を聞きながら、フィセリオは次の書類に手をかけた。



* * *



 その日の夜、浴室から出るとウィステルはまだ寝室にはいなかった。水を飲もうと思い棚の方へ目を向けると、視界の端にウィステル用の小さな机が目に入る。


 ウィステルは夜、ここで手紙を書いている。ローワンからはよく手紙が送られてきており、ウィステルもマメに返信を返している。他にも、文通をしているローダンセという令嬢へもよく返信を書いている印象があった。


 フィセリオが用意した重厚な造りの小さな机の上には、ペン立てに立てられたペンとインク壺が置かれている。木製のペンのグリップや軸は年季が入っており、手による擦れで色が少し掠れてハゲていた。


 ペン、か……


 よく使うものなら、ウィステルの役に立つだろうか。ただ、これだけ丁寧に使っているなら、相当思い入れのあるものという可能性もある。使い続ける理由が使いやすさからなのか、贈り物だからなのか、単に気に入っているからなのかはわからない。


 気持ちのこもった贈り物なら嬉しいとはよく言うが……果たしてそれは真実か? 私が思いをこめたところで、このペンも誰かからの贈り物だとしたら敵うのか?


 このペンには彼女と歩んできた時間と歴史の重みがある。単に質のいい高価なペンを、フィセリオなりに思いを乗せて贈ったところで、大切に箱の中にしまわれて終わりになるだろう。


 これに対抗するには、やはりそれなりの付加価値が必要だ。それはペンに限らず、他の贈り物を選ぶにしても重要な要素になってくる。思いなどという不確定要素に依存せず、確実な価値を積み上げた品を選ぶ。そうすることで“ウィステルのために選んだもの”だとわかるように示すことができるとフィセリオは考えていた。


 そして次の日の朝、その核心に迫る“もの”との出会いを果たす──


 朝食の時間、野菜のスープと共に白磁のスプーンが提供された。この磁器製のスプーンは、以前ウィステルが収穫祭に出店する際に試供用としてラティマー領から取り寄せたものだった。


 乳白色のつるりとした触り心地は手に馴染み、軽くもなければ重すぎることもない。細長く、適度な太さ……その持ち味はペンに似ている。


 白磁でスプーンが作れるなら……ペンは作れないのだろうか?


 ウィステルは故郷であるラティマー領を心から愛し、大切にしている。ラティマー領の特産である白磁で作られたペンなら、喜んでもらえるのではないだろうか。フィセリオの思いは価値にはならなくても、ラティマーの民が手をかけてウィステルのために製作したという事実はこの上ない価値となる。それだけでも唯一無二だ。


 おまけにラティマー領を大切にしたいというこちらの意思表示にもなる。絵付けをしてもらって希少性を高めればさらに彼女の中で価値は跳ね上がっていくだろう。


「フィセリオ様……スプーンをじっと見つめて、何かありましたか?」

「あぁ、いや……」


 なんでもないと言いかけて、とっさに言葉を飲み込む。なんでもないわけがない。“なんでもない”なんて言ってしまえば、“何かある”ことが“嘘の匂い”でウィステルに知られてしまう。


「よく……手に馴染むなと思っていた」

「そうですね。フィセリオ様にも気に入っていただけて嬉しいです」


 ウィステルも白磁のスプーンを持ちながら、ほっこりと嬉しそうにしている。やはりラティマー領のものを評価されることは、彼女自身の喜びにも繋がる。


 贈り物としてラティマー領のものを選ぶことは、フィセリオ自身もそのものの価値を認めた証明になる。自分の中で「これしかない」という確信に変わりつつあった。


 あとは、本当に白磁でペンを作ることが可能なのかを確認しなければならない。ラティマー領の工房に特注の製作依頼をするにあたって、当主のローワンに話を通す必要もあるだろう。物が特殊なため、書面でのやり取りでは何往復あっても足りない。これは直接出向くしかないと判断した。


 それからすぐに政務を調整したフィセリオは、視察を名目にラティマー領を訪れていた。白磁のスプーンを握りしめて。

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