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第20話 朝焼けの空の色

 キャスバート家の紋章旗の色である紅を使ったドレス。あまりにも好戦的な色の採用を避けるため、ウィステルは部屋の中を見回していた。試着用のドレスを順繰り眺めて、ハッと閃く。


「あ、あの……! 紋章旗の色ということでしたら、ラティマー家の色を使用してもよろしいでしょうか?」


 ウィステルは試着用ドレスの中から、淡く柔らかな紫色のドレスを手に取る。それをすかさずジャスミンが受け取り、丁寧に衣装掛けにかけてくれた。


 ラティマー家の紋章旗は朱をベースに、淡い紫色の糸でツバメと芝桜の紋章が刺繍されたものだ。朱はさすがに派手なので、紫色の方に目をつけた。ウィステル自身の藤色の髪とも親和性が高く、似合わないということはないはずだ。


「この淡い紫、とても素敵ですね。もちろんフィセリオ様が、ラティマーの色を身に着けることをお許しくだされば、ですが……」


 と、言えばフィセリオは断れまい。ウィステルは追撃とばかりに、遠慮がちにしおらしく(うつむ)いて見せる。“愛する妻”の“かわいいおねだり”だ。“妻を愛する夫”を演じる以上、ラティマー家の色はダメだと即答できるはずもなく、お願いを聞くしかない。


 してやったと内心では自信満々だったが、なぜかフィセリオは一瞬だけ……ほんの僅かに表情を曇らせた。いつも微動だにしない微笑みを貼りつけているのに珍しいと感じたのも束の間、フィセリオは口を開く。


「ラティマーの紋章旗の色にしたいなら、朱にしてくれないか?」

「朱……朱ですか?」


朱は……朱は派手でしょう……!

なぜ朱を勧めるのですか、フィセリオ様ッ!!


「淡い紫は、わたくしには似合いませんか?」

「そうではない。紫は……フェアファクスの色だ。それに、朱の方がキャスバート家の紅に近い。君は、キャスバート公爵家の人間だからな」


 フィセリオの落ち着いた低い声。怒っているわけでも怒鳴ったわけでもなく、表情も困ったような笑みで険しくはないのに、空気にピリッとしたものが走った。しんと室内が静まり返ると、フィセリオはハッと姿勢を正す。


「あぁ、いや……すまない。ドレス選びに政治を持ち込むべきじゃなかったな……悪い癖が出たみたいだ」


 そうしてばつが悪そうに……僅かにはにかむように視線を下げる。その何とも言えない不思議な表情に、ウィステルは気づかないうちに一拍呼吸を止めていた。


「淡い紫ならラティマー家の色でもある。君がその色がいいなら、それにしよう」


 フィセリオの言う通り、フェアファクス家の紋章旗は紫苑色と銀糸で構成されており、紫と言えば皆がフェアファクス家をまず思い浮かべる。ラティマー家を見捨てたフェアファクス家の色に近いと思うと、途端に淡い紫にする気が失せてしまっていた。


「いえ、朱色から選んでみます。けど、わたくしの髪まで朱にしろと(おっしゃ)らないでくださいね?」


 ウィステルは自身の藤色の髪を一房手で梳きながら、ちょっとした冗談のつもりで口にした。空気を和らげるのが目的で、「さすがにそこまでは」と言って笑ってくれればそれで十分だった。十分だったのに。


「そんな現実的でないことは言わない。君の綺麗な髪を染めてしまっては、もったいないだろう」


……え?


 冗談のつもりなのに、予想もしてない褒め言葉がフィセリオから返ってきてしまった。言葉だけならお世辞として流せるくらい嘘っぽいのに、お世辞には必ず含まれるはずの……嘘の匂いがない。


う、嘘じゃない褒め言葉って……こんなに恥ずかしくなるものなんですか!?


 頬が内側からカッと熱くなってくるのを感じる。今ものすごく赤くなってしまっていることが自分でわかるほどだ。


「そんなにまっすぐに褒められてしまうと、照れてしまいます……」


 ごまかそうかとも思ったが、それよりも素直に照れておくことにした。その方がきっと、皆の目にも仲睦まじい夫婦に見えるだろう。


「ジャスミン、このドレスを片づけてもらってもいいですか?」

「お任せください。他のドレスを出すときは、すぐに私たちに仰ってくださいね」


 それからウィステルは朱色のドレスの中から、一着を選ぶ。ジャスミンに着付けてもらい、鏡で確認した。朱ほど派手ではなく、淡く柔らかい東雲色。朝日に薄く白む、遠い朝焼けの空のように美しい色をしている。


 ウィステル自身の髪の色と合わせると、ちょうどラティマー家の紋章旗の色も揃う。お披露目すると、フィセリオとアディンタムの反応も上々だった。


「髪色と調和して、とてもお美しいです!」

「君には淡い紫よりこちらの方が似合うな。装飾品は朝日と朝露に見立てて、金と真珠で用意しておいてくれ」

「はい! 朝日の金に……朝露の真珠、と……確かに承りました!」


 アディンタムは手帳を開くと、フィセリオの言葉を記録するようにペンを走らせる。そんな抽象的なイメージからデザインを起こし、一つの品に仕上げるのだから、職人とはなんと発想力と技術力を試される仕事なのだろうか。本当に頭が下がる思いだ。


「あの、あとは職人の皆さんの感性にお任せしてもよろしいですか? キャスバート家の信頼を得ている仕立屋の方であれば、わたくしが余計な提案をするより、素敵なものに仕上げてくださると思うんです」


 自分では選びきれないという逃げの一手としての半分。アディンタムの人柄や仕事への姿勢、そして実際のドレスを間近で見ての素直な信頼が半分だった。


「承知いたしました。ウィステル様のご期待に応えられるよう、誠心誠意尽くさせていただきます。デザインの確認や仮縫いなど、まだご協力いただく機会もあると思いますが、よろしくお願いいたします」

「えぇ、こちらこそよろしくお願いします」


 その後、レースや刺繍の好みの傾向が知りたいというアディンタムに応えた。ドレスに実際に採用するものを選ぶとなると緊張してしまうが、デザイン案を出すためにただ好きなものを答えればいいと言ってもらえたおかげで肩の力を抜いて選べた。


「フィセリオ様、わたくし、こうして自分で選びながらドレスを作るのは初めてなんです。貴重な機会をくださり、ありがとうございます」

「そんな恐縮したように礼を言わなくていい。これからはこれが当たり前で、私がしたくてしたことだ」


 フィセリオと図案を眺めて会話を交わし、彼の好みも聞きながら、アディンタムとも話が弾む。それまで難解な古文書や学術書のように感じていた一覧が、絵本や絵画のような鮮やかなものとして目に映っている。これらが組み合わさってどんなドレスに仕上がるのか、ウィステルは楽しみになっていた。

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