家の中のもう一人
『家の中のもう一人』】
夜中、妙な物音で目が覚めた。
マンションのドアがきしむような音だ。
一人暮らしだし、鍵は閉めていたはずだ。
(風……だよな)
そう思いながらキッチンの水を飲みに行くと、冷蔵庫の前に“誰かの足跡”があった。
それも裸足の、明らかに自分のではないサイズ。
ぞわりと鳥肌が立つ。
(泥棒か……?)
しかし物は何一つ荒らされていないし、部屋も静かだ。
俺はスマホを握りしめ、そっと寝室へ戻ろうとした——が、
その瞬間、寝室の扉が内側から「コン」と鳴った。
誰かが、そこに“いる”。
息を殺し、そっと耳を当てる。
微かに聞こえる呼吸音。
だが、それは俺のものとは違うリズムだった。
(警察……?いや、まず扉を開けて確認しないと……)
覚悟を決めて、ドアノブに手をかけた。
——その時。
スマホが突然震えた。
母からのメッセージだ。
『大丈夫?最近“もう一人のあなた”がよく出るって聞いたけど…』
意味が分からない。
続けざまに電話がかかってくる。
「母さん、どういう……」
『あんた最近、記憶飛ぶこと多いでしょ?
精神科の先生が言ってたの。“もう一人の自分”が表に出るって』
背筋が凍った。
スマホ越しに母の声が震えている。
『お願い、今すぐそこから出なさい。
今出てる“あんた”は……本当のあんたじゃないから』
寝室の扉の向こうから、ゆっくりと“誰か”がノブを回す音がした。
カチャ、カチャ……。
母の声が震える。
『逃げて!そっちにいるのは……“あんた”じゃない!』
扉がゆっくり開いた。
そこに立っていたのは——
“俺自身”だった。
だが、目つきが異常に鋭く、笑っていた。
「……やっと起きた?」
その“俺”は妙に落ち着いた口調で言った。
「ずっと入れ替わるタイミングを待ってたんだ。
次は……俺の番だよな?」
心臓が跳ねた。
逃げようとしたが、相手は俺と同じ身体だ。
すぐ肩を掴まれ、床に倒される。
耳元で囁く。
「安心しろよ。本物は俺で、お前が“作られた方”なんだから」
何を言っているかわからない。
だが確信した。
——この“俺”はすべてを知っている。
「次は俺がこの体を使う。
お前は……もう寝てていいよ」
視界が暗くなっていく中、スマホから母の叫び声が聞こえた。
『ダメ!そこにいるのは偽物、偽物のほうよ!』
どっちが偽物……?
どっちが本物……?
意識が完全に途切れる前、“もう一人の俺”が笑って言った。
「お疲れ。ここからは俺の人生だ」
——そして、闇に落ちた。
目を覚ますと、ベッドの上だった。
周囲は青空の壁紙。病院だ。
医者が静かに言った。
「あなたが本物ですよ。もう一人の“あなた”は捕まえました」
安心した——はずだった。
だが、病室の鏡に映った俺の顔は、
あの“もう一人”の不気味な笑みと全く同じだった。
看護師が震え声でつぶやく。
「……やっぱり、どっちが本物なんですか?」
鏡の中の“俺”が、ニヤッと笑った。




