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いつも俺のベッドにいる、隣の暁月さん  作者: はみ
翔奏ともういないはずの少女
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4.まちがい

「病院……?」


 翔奏は、唖然として訊き返す。

 当然だ。彼が今いるのは、自分の家の自分の部屋なのだから。病院の要素など一つもない、完全な男子の部屋にいるのだから。


 なのに。

 病院とは、どういうことだ?

 そう思っていると、目の前の少女は、呆れたように口を開く。


「見たらわかるでしょう、そんなの」

「いや、そう言われても、」

「ですが、さっき女子の部屋って言ったのは撤回します。ムキになっていました、すみません」

「え? あ、いや、別に……」


 だが急に謝られて、翔奏は次の言葉を見失う。

 頭の中では、思考が「Now Loading...」みたいにぐるぐると回っている。


「どうしたんですか?」

「え…………と、」


 完全に言葉を消失し、翔奏は視線を泳がせる。

 数秒経って見つけた言葉は、今の翔奏にとって単純な疑問だった。


「……病院って、どういうこと?」

「……はい?」


 やっと選び出した言葉に、疑問の言葉が返される。

 だがその疑問には悪意はなく、なに言ってるのか分からない、という意味が汲み取れた。

 翔奏は説明を付け加えようとする。


「えっと……、俺が今見えてるの、病院じゃ、ないんだけど」

「…………は?」


 言った瞬間、その少女の動きが呼吸も忘れたかのようにピタリと止まる。


「……なにを、言ってるんですか?」

「だから、俺から見えてるのは病室じゃなくて男子高校生の、なんの変哲のないものばかりある普通の部屋だってこと」


 怯ている()をしている少女に翔奏がそう説明すると、少女は急いで辺りを見回す。

 だが何も見えなかったように、すぐに視線を翔奏に戻す。


「……つまり、あなたは私の部屋いる変態というわけではなく、あなたの部屋にいる普通の人ということですか?」

「そういうこと。俺からすればきみのほうが不法侵入だし、きみもきみの病室にいるんでしょ?」

「っ、ええ、そうですけど……」


 少女はまだ目の前の現象を信じられていないように首を傾げる。だがそれは当然だ。別々のところにいるのに、なんでこうして会話もできて、触れられて、見えるのか。意味が分からない。翔奏も同じだ。


 だが、翔奏はなぜかこの状況に既視感を覚えていた。

 部屋に入ったら、|見知らぬ少女がベッドにいる《・・・・・・・・・・・・・》。そんな経験が、翔奏には確かにあった。


(……なん、だっけ)


 忘れてしまった、いや、忘れた記憶。思考の彼方に追いやられた記憶を今更引っ張ってみるも、上手く思い出せない。

 ——あんなに、楽しかったはずなのに。


「……あの、すみません?」

「あっ、はいっ」


 何度も話しかけたのだろうか、少女と翔奏の距離は近くなっていた。あまりの顔の近さに少しドキッとする。


「この状況がなんだか全く分からないですが……、とりあえず私たちは会話ができて、殴ることができて、見ることができる」

「……うん?」


 殴ることができる? まぁ、見て見ぬふりをするとしよう。

 眉をひそめながら、少女は言葉を続ける。


「そしてあなたは、幽霊なんかじゃなくて、現実にいる人間だってことですよね?」

「そうだよ。俺はちゃんと日本っていう国にいて、生きてる。そっちもそうだよね?」

「ええ。私も地球という惑星の中の日本にいて、生きています」


 なんだか意味の分からないことを言ってしまったが、つまりは翔奏たちは同じ世界で生きている、ということだ。時代が違うでも、パラレルワールドだということでもない。これはあくまでも、現実だ。


 だが納得がいっていないように「だとしても、なんで……」と、少女は呟く。

 確かに、そうだ。そうするとさらになぜそんな現象が起こっているのか、ますます謎になってくる。


「……ARとか?」

「だとしたら触れないでしょ」

「……やっぱりあなたは変態で、私の病室に不法侵入したとか?」

「俺は変態じゃないし、第一さっき俺は俺の部屋にいるって言ったでしょ」

「冗談です、マジレスしないでください」


 言って、少女は膝に手をついて、ため息を吐く。


「はぁ……、考えても不毛なことは分かりました。第一こんなの、今の技術じゃ無理ですもんね」

「空間と空間をつなげるなんて、ノーベル賞取れちゃうでしょ」

「そうですね……」


 少女は考えるのをやめるように頭を振って、ベッドに行く。

 なんで俺のベッドに……、と一瞬思ったが、あれは彼女のベッドでもあるんだとすぐに思い出す。

 ベッドに入り、毛布を体にかける少女を翔奏は呆然と見る。


 すると、少女は見られているのを感じだったのかジト目でこちらを見てくる。


「……なにガン見してるんですか」

「え、ああ、ごめん」

「私はもう寝ますので、あなたはどうぞお風呂に入ってください」

「風呂……?」

「あれ、さっき入ろうとしてませんでしたっけ」


 風呂、入る……、


「……ああ、そっか、風呂入ろうとしてたのか、俺」


 少女に言われて、翔奏は元々の目的を思い出す。少女のことで、すっかりと忘れていた。


「おかしな人ですね、まったく……」


 どういう意味だろうと思ったが、少女がこちらに背を向けたので翔奏は今度こそ風呂に入ろうと少女に背を向ける。

 その時。


「……そういえば、あなたって名前なんて言うんですか?」


 背中越しに、そんな疑問の言葉が聞こえた。

 翔奏は出ようとする動きを止めないで、ドアへ向かいながら答える。特にその質問の意味など考えもしなかった。


翔奏(かなた)。空を翔けるの翔に、奏でるの奏」

「へえ、変わった読み方ですね」

「まあそうだね、()()()()()って言われることが度々あるけど」

「そうなんですね……」


 少女は寝返りを打ってこちらに顔を向けてきたが、翔奏はその気配に気づかずにドアノブを回す。

 と、ふと翔奏も疑問に思ったことを言おうと口を開く。


「きみは、なんていう名前なの?」

「……私ですか?」

「いやそうだけど」


 他に誰がいるんだ、と思いつつも、訊いた身として翔奏は出ようとしていた動きを止めて少女の方を向く。


 何気ない質問をした。名前を訊かれたから、名前を訊いた。それだけだ。

 少女は口を開く。


「私の名前は、」


 暁月瑞葉です


 ――――時計の針が止まる音がした。


 カチッと、それ(・・)を言われた瞬間に世界が止まった。

 目の前の少女から、目を離せなくなる。

 艷やかなストレートの黒髪、赤い瞳、(あで)やかな唇。そのすべてが、あいつ(・・・)につながる。


「……………………」

「翔奏さん?」

「……あっ」


 少女のおかげで、ようやく翔奏は時間の金縛りから解けて、間の抜けた声を出しながら目の色を取り戻す。

 見ると、少女は怪訝そうにベッドから翔奏の顔を覗き込んでいた。


「あの、どうかしました?」

「……いや、別に、なんでもない。大丈夫」


 翔奏は早口でまくしたて、今度の今度こそ部屋を出ていく。

 背後で扉が閉まる音がして、翔奏は足早に洗面所まで行き、着替えの服を脱ぎ、沸かしていた風呂に温度も確認せず入り込む。


 なにも考えたくない。そう思って、翔奏は顔を湯面に浸ける。

 だが頭の中では、ぐるぐるとあの名前が回っている。

 翔奏は、固く目を瞑る。


 ――思い出したく、なかったなぁ。


 それは、なにも考えたくない頭で浮かんできた、一つの言葉だった。




5.まちがい

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