表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

だが、森の奥へ進もうとした瞬間、カイルの足が止まる。周囲を見渡すと、木々の幹にはいつもより深く広がった爪痕が刻まれ、小物魔獣の姿はほとんど見えない。足元の獣道もやけに目立ち、普段は静かな森に、何かが潜んでいる気配が漂っていた。風に揺れる枝葉の音さえ、妙に鋭く響いて聞こえる。


「……今日はここまでにしておこう」


カイルは棍棒を肩に担ぎ直し、森の奥へ足を向けるリディアに視線を向けた。


「まだ採りたい気持ちはわかるが、無理は禁物だ。森の様子がおかしい。」


リディアは肩をすくめて短剣を握り直す。残念そうな表情を見せるが、諦めて膝の土を払った。カイルの勘はいつだって信頼できるのだ。


「僕もここまででいいや、リディ姉ちゃん」


シルヴァンも大槌を抱え、頷いた。安全策を取るカイルの判断に従う。

三人は慎重に引き返す。森の空気は緊張感を帯び、落ち葉や小枝が足元でかさりと音を立てるたび、自然に背筋が伸びる。夕焼けの木漏れ日が赤黒くゆらゆらと揺れ、いつもとは違う重みを帯びていた。



森での素材集めを終え、三人が村に戻ったころには、空はすっかり宵の口に入り、星がちらほらと瞬き始めていた。荷袋は薬草や武具素材でいっぱいで、収穫としては十分すぎるほどだ。


「ふぅ、今日はよく歩いたな」


カイルが額の汗をぬぐい、肩に背負った袋を下ろす。


「でも楽しかったよ!森の苔もかわいかったし!」


リディアは相変わらず苔の話を蒸し返して笑い、シルヴァンはその隣で「まだ言ってるのかよ」と肩をすくめる。

村の中央広場を抜けると、酒場から明かりとざわめきが漏れていた。ちょうど狩りから戻った者たちが集まっているようだ。三人は自然と足を向け、扉を開いた。


中は煙と肉の香りが充満し、木製の椅子や卓に人がぎっしりと座っている。だが、普段の笑い声に混じって、妙に沈んだ声が耳に入った。


「……また畑の家畜がやられたらしい」

「魔獣だってよ。普段こんなに出るか?」

「いや、爪痕が深すぎるんだ。牙狼どころじゃねえ……」


声をひそめる村人たちの表情には、不安がありありと浮かんでいる。


「やっぱり……」


カイルは小さく息を吐いた。森で感じた違和感が、ただの気のせいではないと確信したのだ。

リディアは首をかしげつつも、すぐに表情を引き締めた。


「本当に危ない状況なんだね」

「大丈夫だよ」


シルヴァンが慌てて口を挟む。


「僕たちも今日、牙狼を倒したじゃないか。あれくらいなら余裕だよ」


その声に、数人の村人が振り返った。若い彼の姿を見て、微笑ましそうに見つめる。


「頼もしいな」

「シル坊、元気なのはいいが、まだ若ぇんだから無茶すんなよ」


馴染みの冒険者のひとりが肩を叩き、笑いながら言った。


「みんなにとっては幼いままかも知らないけど、僕はもう大人になったんだ!」


シルヴァンは思わず声を荒げ、大槌を抱える腕に力がこもる。椅子の背にごつんとぶつけてしまい、場が一瞬しんと静まった。

だが次の瞬間、別の男が豪快に笑った。


「ははっ、言うじゃねえかシル坊!その調子で頑張れよ!」


笑い声とともに場の空気は和らいだが、シルヴァンの胸の奥には、悔しさがじわりと広がる。――結局、自分は「シル坊」でしかないのだ。

リディアはそんな彼をちらりと見やり、困ったように微笑んでから「成長しているのは分かってる」とでも言うように軽く頷く。

だが、その仕草すらシルヴァンには、年齢の差を突きつけられるようで息苦しかった。


カイルは黙って二人のやり取りを見ていたが、やがて低い声で言った。


「……気になる話だな。今後は用心した方がいい」


その一言が、酒場のざわめきを切り裂く。村人たちは顔を見合わせ、やがて「確かに」「見回りを強化するか」と小声で話し始めた。


不安と緊張が、酒場の温かい空気をじわじわと侵食していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ