7
その日は村の仕事もひと段落し、久しぶりに森へ入ることになった。仕入れまでは行けないが、武具や道具の素材集めならこの森でも十分だ。木の樹液や魔獣の骨片、薬草などは生活にも商売にも欠かせない。
「ふふっ、今日もたくさん見付けたいな!」
リディアは腰に短剣を下げ、はりきった声をあげる。武器屋らしい格好だが、その目は剣よりも森の奥に咲く小さな花や、枝に止まる鳥に向いていた。
「寄り道はほどほどにな。日が暮れる前に帰れなくなるぞ」
カイルは肩に荷袋を背負い、冷静に声をかける。だがその目元には柔らかい笑みが浮かび、リディアの無邪気さに呆れながらも温かく見守る。
「僕も一緒に行くよ。せっかくだから、材料集めも手伝いたいし」
シルヴァンは控えめに口を開いた。腰には作りたての大槌がぶら下がっている。
「できたての武器、森で試さないとね」
こうして三人の素材集めは始まった。
森に踏み入れると、湿った土と落ち葉の匂いが鼻をくすぐった。木々の梢から漏れる柔らかな光、鳥のさえずり、小動物の駆ける音。リディアは目を輝かせ、あちこちへ足を向ける。
「あっ、見て! あそこ、樹液が滴ってる!」
リディアが指差す大木の幹からは、透明な雫がゆっくり落ちていた。
「これはいい素材になる。防具を補強するときに使えるんだ」
シルヴァンは腰の革袋を取り出し、器用に槌の柄先で溝を作って滴を集める。
「手慣れてきたな」
カイルが声をかけると、シルヴァンは得意げに肩をすくめた。
「当然だろ。こういうのは僕の仕事だからね」
リディアは倒木に駆け寄り、鮮やかな緑の苔を手に取った。
「見て!すっごくきれい!」
「……食べたら腹壊すぞ」
カイルは眉をひそめた。
「えぇ~?じゃあ飾りにしたらかわいいと思うんだけど」
「やめとけ。袋が汚れる」
「むぅ……」
リディアは唇を尖らせながら苔を置いた。その姿にシルヴァンは笑い、肩を揺らした。
「リディ姉ちゃん、ほんと変わんないね。森に来ても武器より苔探しか」
「うるさいよ!」
リディアが頬をふくらませると、カイルは小さく首を振りながらも、楽しげに歩みを進めた。
二人の間には自然なリズムがあった。リディアの無邪気な好奇心にカイルは的確に応え、危険を避けるために距離を保ちながらも柔らかく支える。シルヴァンはその様子を少し離れた位置から見守るしかなかった。
やがて茂みの奥から低い唸り声が響いた。灰色の毛を逆立てた二匹の牙狼が現れる。鋭い牙をむき出しにし、喉を鳴らして威嚇する。
「来るぞ!」
カイルが素早く棍棒を握り、リディアも短剣を抜く。シルヴァンは大槌を構え、わずかに口角を上げた。
一匹がカイルに飛びかかる。空気を切り裂く音とともに牙が迫るが、カイルは一歩下がってかわし、棍棒の石突を横から叩き込んだ。獣が呻き、地面を転がる。すかさずリディアが短剣で切り込むが、深くは入らず牽制に留まった。
「さすがカイ!」
「戦いは得意じゃないけどな。最低限はできる」
そのやり取りに、シルヴァンの胸の奥がざらついた。
もう一匹がリディアに狙いを定め、飛びかかろうとした瞬間――
「僕が行く!」
シルヴァンの叫びが森に響いた。次の瞬間、大槌が振り下ろされ、地面が爆ぜるような音を立てた。飛びかかってきた獣は衝撃で吹き飛ばされ、木に叩きつけられて動かなくなる。衝撃波で落ち葉が舞い上がり、森に一瞬の静寂が訪れた。
「はぁ……はぁ……よし……」
シルヴァンは槌を肩に担ぎ直し、荒い息を吐いた。
「どう?僕の槌……魔獣相手でも十分通じるでしょ」
ちらりとリディアを見やる。褒めてほしい、驚いてほしい――その気持ちが透けていた。
「ほんとにすごいよ、シルヴァン!前よりずっと立派になったね」
リディアは満面の笑みを向け、手を叩いて褒めた。だがその声は、弟を見守る姉のものだった。
「……ああ、ありがと」
シルヴァンは照れ隠しのように返すが、その胸の奥で、熱とともに小さな痛みが広がっていた。弟として扱われる感覚に、複雑な思いが混じる。
戦いを終えた三人は再び素材集めを続けた。
カイルは薬草を的確に選び取り、根を傷つけないように掘り起こす。リディアは短剣で絡まる蔦を払い、袋を広げて受け取る。二人の息は自然に合っていた。
「それ、袋に入れる前に茎を折っておけ。長持ちする」
「わかった、ありがと!」
そんなやり取りを横で聞きながら、シルヴァンは言葉を挟むことができず、二人の息の合った様子を少し羨ましそうに眺めていた。




