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村の広場に、朝から色とりどりの布や野菜、干し肉の匂いが漂っていた。
月に二度だけ開かれる市の日は、普段は静かな村が一気に華やぐ。道の両脇に簡易の屋台が立ち並び、旅の商人や行商が珍しい品を並べては声を張り上げていた。
「わぁ……今日も賑やかだね!」
リディアは目を輝かせて、人混みに足を踏み入れる。手に提げている袋の中身は空っぽ。これから何を詰め込むか、胸を弾ませている様子がありありと伝わってきた。
「はぐれるなよ」
隣を歩くカイルは、いつも通り落ち着いた声で釘を刺す。
「この前みたいに勝手に消えると、探すこっちが骨だ」
「えぇ、そんなに心配しなくても……」
リディアは振り返り、にっこり笑う。
「だってほら、今日は一緒に来てるんだもの」
そう言って、目に映った最初の屋台へ飛びついた。そこに並んでいたのは、乾いたハーブと香辛料を詰めた小袋。
「見てよカイ!この香草、色がすっごく鮮やかだよ。店に飾ったらいい匂いがしそう!」
「飾る……?いや、それは煮込みに入れてこそ意味があるんだが」
「だって、店がいい匂いだったら、お客さんも気分よくなると思わない?」
「……武器屋の匂いがスープみたいでいいのか?」
カイルの呆れた声音に、リディアはむぅっと唇を尖らせた。
「いいの!私のお店だもん。少しぐらい華やかにしたって」
「……まあ好きにしろ。ただし買うなら値切れ」
「そういうのはカイの役目でしょ?」
「俺は余計な買い物はしない」
そんな押し問答を繰り返しながら、結局香草は袋に収まった。カイルは深い溜め息をついたが、その横顔にはほんの少し、苦笑が混じっていた。
通りを進むと、今度は色鮮やかな布を並べた屋台が目に入る。風にひらめく赤や青の反物に、リディアの視線は釘付けになった。
「ねえ、見て見て!この布、すっごくきれい!店の看板の下に垂らしたら絶対に映えると思わない?」
「……布?いや、どう見ても武具屋に必要ないだろ」
「だって、見た目って大事だよ。入ってみたいって思ってもらえなきゃ損じゃない?」
「……武器屋なのに」
カイルは眉間にしわを寄せる。リディアはそれを無視して、布を手に取り光にかざした。
「ほら、陽に透かすと模様が浮かぶんだよ。すごく繊細で……」
「……値は?」
「えっと……三枚で銀貨一枚」
「高い」
「うっ……でも、欲しい」
しょんぼりと肩を落とすリディアを見て、カイルは少し黙り込む。
結局、店主に向かって鋭い視線を投げかけ、淡々と値切り交渉を始めた。
「この布、端がほつれているな。……半額でどうだ」
「なっ、そんな無茶な!」
「じゃあ買えないな。リディア、他の店も見てから決めよう」
「……わ、わかった!二割引きでどうだ!」
やりとりの末、銀貨半枚で布は手に入った。リディアが子どものように喜んで布を抱きしめるのを見て、カイルは肩をすくめた。
「本当に、武器と関係ないものばかりだな」
「いいでしょ、別に!お客さんに喜んでもらうのも大事なんだから」
その後も、リディアの寄り道は続いた。甘い干し果物に足を止め、陶器の小皿を手に取り、さらには花の種まで欲しがった。
「花?武器屋に?」
「だって、入口にちょっと飾ったら可愛いじゃない!」
「……武器を買いに来る奴が、可愛い花に惹かれると思うのか?」
「うぅ〜……でも私は嬉しい!」
とうとう根負けしたカイルは、種袋を一つだけ買ってやった。その際も値段を抑えることは忘れなかったが。
一方のカイルが目を留めるのは、もっと実用的なものばかりだった。
「こっちの釘は鉄が硬い。長持ちする」
「……地味だねえ」
「道具は堅牢さが命だ」
「夢がないなあ」
また別の店先で、彼は乾燥させた薬草を吟味していた。
「これは保存が利く。常備するならこっちだ」
「でも匂いがちょっとキツくない?」
「匂いより効能だ」
「うーん……やっぱり夢がない」
リディアはぶつぶつ言いながらも、結局その薬草を買い物袋に入れた。
そんなふうに、二人の足取りは遅々として進まなかったが、通りすがる村人は微笑ましそうに目を細めていた。
「今日もあの二人は仲がいいな」
「武器屋と道具屋、まるで夫婦みたいじゃないか」
そんな声が後ろから聞こえてきて、リディアは真っ赤になりながら布の束で顔を隠した。
「……何か言ってるな」
「し、知らない!気にしない!」
カイルは涼しい顔で歩き続ける。けれど、ほんの少しだけ耳が赤く染まっていることを、リディアは見逃さなかった。
買い物を終えた頃には、袋はずしりと重くなっていた。
「ふぅ……今日はいい買い物したなぁ!」
「……八割はお前の趣味だがな」
「いいの!ちゃんとお客さんのためになるんだから!」
そう言ってリディアは笑顔を見せる。その笑顔につられるように、カイルの口元もわずかに緩んだ。
市場の喧噪の中、二人の帰り道は穏やかで、どこか温かかった。




