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朝から通りはにぎわっていた。武器屋の戸を押し開けるたび、冒険者たちの声がひっきりなしに響き渡る。
「お買い上げありがとうございます!そっちの槍もおすすめよ!」
「リディアさん、また来ます!」
リディアはいつも通り大声で客を送り出し、汗をぬぐう。その声は、隣に構える道具屋のカイルの耳にも届いていた。
彼は静かにカウンター越しで瓶の中身を量り、薄緑色の液体を慎重に小瓶に移している。外の喧騒に構う様子もなく、ただ薬草の香りに集中していた。
「カイ!ちょっと!」
隣から声が飛んできて、カイルは顔を上げる。仕切りのない長屋づくりの壁越しに、リディアが剣を抱えて顔をのぞかせていた。
「この人の剣、刃がちょっとこぼれてるんだけど……研ぎ、できる?」
「……見せろ」
剣を受け取り、光に透かして刃先を確かめる。小さな欠けなら自分でも直せるが、これは深い。
彼は首を横に振った。
「これは俺の手には余る。……隣町の鍛冶屋に持っていけ」
「えっ、そうなのか?」
冒険者が肩を落とす。
リディアがすかさず笑顔で励ます。
「大丈夫!隣町までは馬で半日だし、あそこの鍛冶屋は腕がいいの。ね?」
「……遠いんだよなぁ」
冒険者は名残惜しげに頷き、剣を受け取って出て行った。
リディアはふぅとため息をつく。
「ソル爺さん、前なら引き受けてくれたのにね」
「……あの人ももう炉に火を入れるのはきついんだろう。」
「そうだね……」
ふと、二人の間に短い沈黙が落ちる。だがすぐにリディアが明るく声を張った。
「よし!そろそろお客さんの流れがひと段落したし、カイルは休憩してきたら?」
「俺はやることがある」
「もう、ほんとに仕事中毒なんだから」
そう言い捨て、彼女はまた次の客を迎え入れる。カイルは肩をすくめ、隣の店のやり取りに意識を向けながらも、小瓶の栓をひとつひとつしっかりと確かめ始めた。
昼下がり、老人が腰を曲げながら道具屋へやって来た。
「カイルや、これ、研いでくれんかね」
差し出されたのは刃の鈍った菜切り包丁だった。
「ソル爺さんのとこに……いや、今日も休みだったな」
「そうなのよ。あの人、この頃は腕も腰も痛むらしくて。手伝ってくれてたシル坊もいないしねぇ…」
カイルは刃を手に取り、軽く爪で撫でた。
「……小さい刃こぼれだな。素人技だが研げる。明日まで預かる」
「助かるよ。代金は?」
「いらん」
「駄目だ駄目だ。働いてるんだから、受け取らんと」
そこへ隣からリディアが顔を出した。
「ほらカイル、サーシャさん困ってるでしょ。ちゃんと代金いただきなさいよ!」
「……うるさい」
「気持ちよ、気持ち!受け取っときなさい!」
老人は目を細め、二人を見て微笑んだ。
「仲が良いこったねぇ」
「ち、違います!」
リディアが慌てて手を振る。
カイルはただ、研ぎ石を手元に置いて作業に移った。
午後も暮れに差しかかるころ、若い冒険者が慌ただしく飛び込んできた。
「リディアさん!この爆薬、威力が強すぎるんですが!」
「え、ええっ!?あっ……カイ!」
彼女は慌てて隣の店を覗き込む。カイルはすでに立ち上がり、瓶を手にとって眉をひそめた。
「……これは大瓶の方だ。取り違えたな」
「ご、ごめんなさい! こっちが正しいやつだから!」と小瓶を差し出すリディア。
冒険者は冷や汗を拭いながら受け取った。
「危うく洞窟ごと吹き飛ばすところでしたよ……」
客が去ったあと、リディアは机に突っ伏す。
「うぅ……やっちゃった」
「お前は元気なのはいいが、忙しいと雑になる」
「だって、次から次へってお客さんが来るんだもん。完璧になんて無理よ」
「だからこそ落ち着け。商売は信用が命だ。特に武器屋は人の生命に直結する。……お前は笑ってるだけで人は寄ってくるんだから、それ以上の無茶は要らない」
リディアは目を丸くして顔を上げる。
「……今の、慰めてくれてる?」
「知らん」
「ふふっ。ありがと。よし、元気出た。巻き返すぞー!」
彼女の笑顔から目を逸らし、カイルは手に持っている瓶と心のざわめきをともに棚にしまいこんだ。
日が傾き、通りが静かになる。
武器屋の扉を閉めたリディアが、帳簿を抱えて道具屋に顔を出した。
「今日も思ったより売れたわ。でも、あのミスが尾を引いちゃったかな……」
「多くの客は笑って帰った。ならそれで十分だ」
「そうかなぁ」
夕陽に染まる横顔を見て、カイルはふと視線を外せなくなった。
無邪気に笑い、時に困ったように眉をひそめる。そのどれもが胸に焼きつく。
だが言葉にはしない。彼はただ、机の上を片付けながら低く告げた。
「明日は市場に行くんだろ。早く休めよ」
「うん。カイもね」
「おやすみ」
「おやすみ、カイ」
二人の間に流れるのは、穏やかな静けさ。けれどその奥で、まだ誰も気づかぬ小さな芽が、ゆっくりと形を取り始めていた。




