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リディアの住む村は、広大な森のふもとにあった。魔獣や薬草が豊かで、冒険者たちが日常的に狩りや採集に訪れる活気ある土地だ。木々のざわめきと、遠くで聞こえる剣の衝突音、馬車の車輪のきしむ音が、村全体に微かな生活のリズムを作っている。
8年前、師匠から独立を許されたリディアは、この村出身の師匠の紹介で、空き家となった建物を原物を見ずに購入してしまった。胸が高鳴り、名品や逸品を山のように抱えて店に向かう彼女の足取りは、まるで空中を歩いているかのように軽かった。
しかし、到着して目にした光景に、思わず足が止まる。
「何、この大きさ…」
想像していたこぢんまりとした店構えではなく、横に広がる木造建物は、店がいくつも入りそうな堂々たる造りだった。外壁の古い板は夕日に照らされて温かみを帯び、重厚な木の扉が威厳を感じさせる。
その規模の大きさに、リディアは思わず息をのんだ。
「さすが師匠。可愛い愛弟子にサプライズね…武器の陳列のしがいがありすぎる」
彼女は意を決して中に足を踏み入れる。広い土間に足を踏み入れると、荷物を置くスペースも十分にあることがすぐにわかった。木の床はしっかりと音を響かせ、梁は天井高く伸び、陽の光が窓から差し込み、埃を浮かべている。
しかし、ふと考える。
――これは、本当に全部私の店なのだろうか?
建物の大きさに少しだけ不安が混じる。梁の間から見える、物品が陳列されてる棚や、奥に続く暗がりの廊下を目にして、疑問は膨らんだ。
「……前の人が置いてってくれたのかな?」
そのとき、奥の部屋からのっそりと現れたのが、黒髪の青年だった。
「お前、誰だ?」
「ギャッ!!!!」
リディアは思わず後ずさり、肩の荷物が揺れた。目の前には、長身の無愛想な男――カイルが立っていた。
短く刈った黒髪、日焼けした肌、右耳の銀のピアスが光る。鍛え上げられた腕には、道具屋としての仕事を物語る細かい傷が刻まれていた。
その瞬間、リディアは気付く。
――建物は一軒家ではなく、いくつかの区画に分かれた長屋なのだ。
カイルはその一区画をすでに購入し、すでに店を開いていた。
「やっぱり、全部が私の店じゃなかったのね…!」
「どこをどう見たらそうなるんだ」
「一軒買ったつもりだったから」
「一区画な」
「どちらにせよ、私のお城ね!」
困惑と興奮が入り混じった表情でリディアは笑う。手で床に触れてみて、梁の陰に剣を吊るし、壁際に防具を並べ、光の入り方を確かめる。胸の奥で、店を自分の手で形作ることの高揚が波のように広がった。
「ほら、ぼーっとしてんな。これはどこに置けばいい」
「え、あ、ちょっと待って!ありがとう!」
カイルは黙々と荷物を運び、その中でもリディアが大切に思っている武具は特に丁寧に扱う。その手際の良さと仕草で、リディアは初対面ながらも少し安心する。まだ相手の為人は分からないが、彼の存在がこの広い空間を一気に親しみあるものにしていた。
「右隣の区画は鍛冶屋のソル爺さんがやっている。最近は体を壊して休みがちだが、腕利きのよい職人だ。会ったら話を聞くといい」
「うん」
「ここにくる客も気持ちの良い奴らばかりだ。困ったことがあったら、聞いてくれていい」
それは、まだ見ぬこの土地で暮らすための、彼なりの小さな配慮だった。
リディアはカイルの口元に現れるな小さな笑みを見て、自分の考えを少しだけ確信する。
――ここなら、なんとかやっていけそうだ、と。




