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第三章 出会い

森は深く、暗かった。しかし、この「深く、暗い森」というイメージも既に一つのクリシェだった。森は神秘的で危険な場所として表象され、そこで主人公は試練を受ける。このパターンの反復によって、僕は特定の物語の中に位置づけられている。


僕はドラゴンを探しながら歩いた。いや、正確に言えば、僕は「ドラゴン」という記号を探していた。僕がドラゴンだと認識する何かを。しかし、僕のドラゴンに対する認識は、僕の世界の物語によって構成されている。この世界のドラゴンが、僕の期待通りの存在である保証はどこにもない。


そして僕は出会った。巨大な、翼を持つ、火を吐く爬虫類に。まさに「ドラゴン」だった。あまりにも典型的で、逆に不自然なほどだった。


ドラゴンは僕を見下ろしていた。その眼差しは知的だった。そして、驚くべきことに、ドラゴンの方から話しかけてきた。


「また一人、『勇者』が来たのか」


ドラゴンが話した。翻訳魔法のおかげで、僕は彼の言葉を理解できた。しかし、彼の言葉には皮肉が込められていた。「勇者」という言葉に括弧がついているかのような響きがあった。


「僕は勇者として来たわけではありません」僕は言った。「話をするために来ました」


ドラゴンは興味深そうに僕を見た。


「話を?珍しいな。普通は問答無用で攻撃してくるものだが」


「普通?」僕は聞いた。「僕の前にも勇者が来たんですか?」


「ああ、何人も来た。みんな同じようなことを言う。『魔物を倒して世界を救う』とか『悪を滅ぼす』とか。そして僕を見るなり攻撃してくる」


これは重要な情報だった。僕は最初の勇者ではなかった。僕の前にも、同じような状況で同じような使命を与えられた者たちがいたのだ。そして彼らは皆、疑問を持たずにドラゴンを攻撃した。


「でも、あなたは悪いことをしているんですか?」僕は聞いた。


ドラゴンは笑った。その笑い声は森に響いた。


「悪いこと?何が悪いことなのか、教えてくれるか?」


これは深刻な問題だった。善悪の基準は何なのか。誰がその基準を決めるのか。ドラゴンは人間の価値観からすれば「悪」かもしれないが、ドラゴンの価値観からすれば人間こそが「悪」かもしれない。


「僕にもわかりません」僕は正直に答えた。「ただ、あなたと話してみたかったんです」


「なぜ?」


「なぜでしょうね」僕は考えた。「たぶん、あなたが僕とは違う存在だからだと思います。その違いを理解したい。いや、理解しようとしたい」


ドラゴンは僕をじっと見つめた。


「理解?君は僕を理解できると思うのか?」


「いえ」僕は言った。「たぶん完全には理解できないと思います。でも、理解しようとすることはできます。その過程で、僕自身も変わるかもしれません」


ドラゴンは頷いた。


「面白い。君は他の勇者とは違うようだ。しかし、君が僕を理解しようとすることで、君は僕を君の理解の枠組みの中に取り込もうとしているのではないか?それもまた一種の暴力なのではないか?」


鋭い指摘だった。ドラゴンは僕の意図を見抜いていた。理解しようとする行為そのものが、他者性を消去する暴力的な行為になり得る。


「その通りです」僕は認めた。「でも、理解しようとしないことも、ある種の暴力なのではないでしょうか。無関心という暴力」


ドラゴンは興味深そうに僕を見た。


「では、どうすればいいと思う?」


「わかりません」僕は言った。「でも、この問題を意識しながら、できるだけ慎重に、あなたとの関係を築いていきたいと思います」


ドラゴンは再び笑った。しかし、今度は嘲笑ではなく、温かい笑いだった。


「君は本当に変わっている。ところで、君は自分が何者なのか知っているのか?」


「僕は...勇者として召喚された人間です。でも、その身分が何を意味するのかはよくわからりません」


「勇者」ドラゴンは言った。「その言葉の意味を考えたことはあるか?」


「勇敢な者?」僕は答えた。


「違う」ドラゴンは首を振った。「勇者とは『物語の主人公』という意味だ。そして物語の主人公は、物語を完結させるために存在する」


これは衝撃的な発言だった。ドラゴンは僕を「物語の主人公」として認識していた。そして物語には終わりがある。


「物語を完結させる?」


「そうだ。君は物語の中にいる。そして物語は終わらなければならない。君の役割は、その終わりを実現することだ」


「でも、僕は物語を終わらせたくありません」


「なぜ?」


「物語が終われば、僕も終わってしまうのではないでしょうか」


ドラゴンは深く頷いた。


「その通りだ。君は自分の存在をかけて物語と戦っている。しかし、物語は強い。物語は君を特定の役割に押し込めようとする。君はその圧力に抵抗できるか?」


僕は考えた。確かに僕は物語の圧力を感じていた。勇者として行動することへの期待。ドラゴンを倒すことへの暗黙の要求。しかし、僕はその期待に応えることを拒否していた。


「抵抗します」僕は言った。「でも、どうやって?」


「簡単だ」ドラゴンは言った。「物語を書き換えればいい」



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