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第二章 《到着ー侵入》

僕が目を覚ましたのは、典型的な中世ヨーロッパ風の世界だった。石造りの建物、馬車、剣と魔法。まさに「ファンタジー世界」のステレオタイプ。しかし、このステレオタイプ性こそが問題なのだ。


なぜこの世界は、僕が知っている「中世ヨーロッパ」に似ているのか。この類似性は偶然なのだろうか。それとも、僕の認識がこの世界を「中世ヨーロッパ風」に見せているのだろうか。僕は既に、自分の世界の枠組みを使ってこの世界を理解しようとしている。これは歓待だろうか、それとも侵略だろうか。


僕の前に現れたのは、典型的な「冒険者ギルド」だった。そして受付嬢は、典型的な「美人で親切」なキャラクターだった。彼女は僕を見るなり言った。


「あら、見慣れない方ですね。冒険者登録ですか?」


この発話も興味深い。「見慣れない」という表現は、彼女の視点から僕を異質な存在として位置づけている。しかし同時に、「冒険者登録」という制度の存在を当然視している。この世界には、外部から来た人間を統合するためのシステムが既に存在しているのだ。


「はい」僕は答えた。「でも、冒険者登録って何ですか?」


受付嬢は驚いた顔をした。


「冒険者登録をご存じないのですか?一体どちらから?」


「遠いところから」僕は曖昧に答えた。「とても遠いところから」


これは嘘ではない。僕は確かに遠いところから来た。しかし、その「遠さ」は地理的距離ではなく、存在論的距離なのだ。僕とこの世界の間には、測定不可能な距離がある。


受付嬢は僕に説明を始めた。冒険者ギルドのシステム、クエストの仕組み、ランク制度。そして最後に、ステータス確認の魔法を使って僕の能力を測定した。


「これは...」受付嬢は目を丸くした。「信じられない数値です」


僕のステータスは異常に高かった。典型的な「チート能力」だった。しかし、この「チート」という概念自体が問題なのだ。「チート」とは、既存のルールの外側に立つことを意味する。しかし、ルールとは何なのか。誰がそのルールを定めたのか。


僕は受付嬢に言った。


「このステータスって何ですか?僕の何を数値化しているんですか?」


「え?」受付嬢は困惑した。「ステータスはステータスです。あなたの基本的な能力値ですよ」


「でも、僕という存在を数値で表現できるんでしょうか。この数値は僕の何を示しているんでしょうか。そして、なぜこの数値が高いと『すごい』ことになるんでしょうか」


受付嬢はますます困惑した。彼女にとって、ステータスは自明なものだった。疑問を持つ対象ではなかった。しかし、僕の疑問は彼女の自明性を揺るがしている。


「あの...」受付嬢は言った。「もしかして、記憶を失くされたとか?」


記憶喪失。便利な設定だ。説明のつかない行動や発言を正当化するための装置。しかし、僕の問題は記憶の問題ではない。僕は覚えすぎているのだ。僕は、この世界の自明性を疑うための道具を持ちすぎているのだ。


「いえ」僕は言った。「僕は覚えています。だからこそ疑問なんです」


そのとき、ギルドに騒ぎが起こった。冒険者たちが慌てて入ってきた。


「大変だ!森にドラゴンが現れた!」


ドラゴン。典型的な「強敵」の登場だ。そして、これは明らかに僕に対する「最初のクエスト」の提示だった。僕は勇者として、このドラゴンを倒すことを期待されている。


しかし、僕は思った。なぜ僕がドラゴンを倒さなければならないのか。ドラゴンは何か悪いことをしたのか。それとも、ドラゴンは単に「ドラゴンである」という理由で倒されるべき存在なのか。


僕は冒険者の一人に聞いた。


「そのドラゴンは何をしたんですか?」


「何をしたって...ドラゴンだぞ!危険な魔物だ!」


「でも、具体的に何をしたんですか?人を殺したとか、村を襲ったとか」


冒険者は困った顔をした。


「いや...まだ被害は出ていないが...でも、ドラゴンがいると危険だろう」


ここに典型的な予防的暴力の論理がある。ドラゴンは「ドラゴンである」という理由で、何もしていないうちから危険視され、排除の対象となる。これは他者に対する暴力的な態度そのものだ。


僕は言った。


「もしかしたら、そのドラゴンは僕たちと話ができるかもしれません。攻撃する前に、コミュニケーションを試みてみませんか?」


ギルド内が静まり返った。僕の提案は、彼らの常識の外側にあった。


「ドラゴンと話す?」誰かが呟いた。「そんなこと可能なのか?」


「翻訳魔法があるなら可能なはずです」僕は言った。「問題は、僕たちがドラゴンと話したいと思うかどうかです」


これは根本的な問題だった。技術的な可能性ではなく、倫理的な意志の問題だった。僕たちは他者と本当にコミュニケーションしたいのか、それとも他者を自分たちの理解の枠組みに押し込めたいだけなのか。


受付嬢は僕を見つめていた。


「あなたは...本当に変わった方ですね」


変わった。その通りだ。僕は変わっている。なぜなら、僕は与えられた役割を疑うからだ。僕は「勇者」として行動することを期待されているが、その期待そのものを問い直している。


「僕がドラゴンのところに行きます」僕は言った。「でも、戦うためではなく、話すために」



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