理想のドラゴンの話し方。継続時間は10分ほど
目を覚ましてこれほど自分が眠気に負けたことを呪ったことは、学生時代以来だろうか。
目の前には人間が三人。
一人は身の丈に合わない大剣を携えた短髪の少女。
一人は斧を携え、鍛え上げられた肉体をしている短髪の青年。
最後は座り込んでいる長髪の少女。杖のようなものが近くに転がっているが、足が悪いのだろうか?
皆恐怖を感じているようで、動かない。
『何用だ。人間』
スキルの確認を兼ねて、【念話】を使ってみる。長命種らしく、威厳と少しの優しさを込めた俺の理想の話し方で。
……全員に声をかけてみるが、驚かせただけで何も反応がない。聞こえはしてそうだ。
というか、めちゃくちゃ怖がられている。カタカタ震えてるし、段々こっちが申し訳なくなってくる。
なんでこんな怯えてるんだ?と思ったが、自分よりも遥かに大きいドラゴンに見られていると確かに怖いか。
待てよ?そういえば、所持スキルに【竜の威圧】ってやつがあったな……もしかしてそれのせいか?
――――切り方がわからん!!威圧を切ると強く念じてみるが、効果があるのかはわからない。
『そう恐れずとも良い。取って食ったりはしない。約束しよう』
とりあえず安心させるために、もう一度念話で声をかける。
威圧が切れたのかはわからんが、多少恐怖は軽減されたようだ。
「あ、あの!私たちはあなたと敵対する気がありません。どうか、見逃してもらえないでしょうか」
「おい、アリシア!」
「大丈夫。私を信じて」
大剣を持った少女が話しかけてきて、それを青年が諌める。
なんか悪役みたいだ。いや、実際伝説上に出てくる悪役らしいのだが。
少女は力強くこちらを見つめ、こう言った。
「わ、私たちは採取依頼を受けてきただけで、あなたの眠りを邪魔するつもりはありませんでした。
どうか、お許しいただけないでしょうか」
『そう畏まらずとも良いのだがな……ふむ……』
そう、畏まらなくていいのだ。というかここで吞気に寝ていた俺が悪いわけで、この少女たちは何も悪いことをしていない。
しかし、せっかく人間と出会ったのだから、色々質問しなければならないことはある。
どう切り出すべきか?罪悪感に付け込むのは、少し心苦しいし、人類に敵対するドラゴンだと判断されれば最悪だ。
「ここに最初に来たのは私です。私はどうなっても構いませんので、どうか、二人は見逃してもらえませんか」
…………え?
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。先ほどまで座り込んでいた少女が、立ち上がってこちらを見据えてくる。
――――人間を食べると思われてる!?さっき取って食わないって言ったのに!聞こえてなかったか……!?
『我は』
「食べるなら俺を!アリシアとリリアナだけは見逃してください!」
「いえ!いえ!食べるなら私を!この二人のことは見逃してください!」
『!?!?!?!?!?』
弁明しようとしたところ、もう一人の少女と青年が口々に言ってくる。うむ、美しい友情だ。
いや待て、そうじゃない!どういうことだこれは!
「私の方がバランス良く食事をしていて健康的な肉です!」
「俺の方が筋肉があって食べ応えがあります!」
「私、私のほうが活きがいいです!絶対に美味しいです!」
段々話が違う方向へと変わっていき、口々に自分がいかに美味しいかのスピーチをし始めたあたりで、俺は思考を放棄しそうになった。
人間を食べる趣味はないとも、静かにしろとも言ったが止まることはなく、喧嘩のような言い合いに発展し、話が脱線しまくっているところで、まともな寝床を探さずに睡魔に敗北した自分を心の底から呪った。
なんで、こんなことに…………
結局、彼女らが落ち着いたのは10分ほど経った後だった。
『あ~落ち着いた、か?』
「「「はい」」」
『俺が人間を食べないということも、理解したか?』
「「「はい」」」
こいつら、本当にわかってんのか?
そう思ったが、どうやら落ち着きを取り戻しているようだ。自分たちが10分ほど言い争いを続けていたことにも、どうやら気づいてくれたらしい。
もう帰ってくれたっていい。とは思ったが、こちらとしては情報が欲しい。
多分今なら答えてくれそうだし聞いてみるか。
『お前たちにいくつか質問がある。答えてくれるか?』
「は、はい!なんでも聞いてください!」
「私たちでよければ、是非!」
「俺たちに答えられるものなら!なんでも答えます!」
『おお……そ、そうか……』
相変わらず凄い勢いで答えてくる。これが若さか……
『コ、コホン!では質問だ。お前たちはどこから来た?所属は?目的はなんだ?』
一度に複数質問するが、全て関係する重要な問いだ。
ここは大森林の、おそらく奥地であり周辺には魔物がいる。まだ若い人間が何の目的もなしにここまで来るとは考えにくいし、どこかの組織に所属しているのかもしれない。
ファンタジー世界だと冒険者が定番。と友人が言っていたが、もしやそれなのか?
「私たちは、【カヴァランス】という都市から来ました。所属は冒険者です。この森へは、採取と調査の依頼を受けて来ました」
ふむ……女神の言っていた人間の都市の名前はカヴァランス。それに冒険者か。
ゲームとかでしか聞かない職業だが、この世界ではどのようなことをしているのだろうか。
『冒険者とは?調査依頼と言っていたが、何の調査だ?』
「冒険者は、ギルドから斡旋される依頼を受けて報酬を得る職業です。俺たちはここへ輝きキノコと森の異変の調査をしに来ました」
なるほど。大体理解出来た。
森の異変というのが引っかかる。なんだか凄く、嫌な予感がする。
『……森の異変?何が起こっていたのだ?』
「えっと、数日前からエーレ大森林の様子が変になったんです。魔物が襲ってこなくなったり、隠れていたり。それに、なんだか魔力の流れもおかしくて。
それで私たちが採取依頼のついでに調査する目的で、ここまで来たんですけど……」
杖の少女が気まずそうにこちらを見る。
……それ、俺のせいじゃないか?いくらなんでも心当たりが多すぎる。
数日前?俺、そんなに眠っていたのか?もしかしてその間ずっと【竜の威圧】が発動していた?
むしろ良く数日見つからなかったな。
「あ、あの!まだドラゴンさんが異変の原因とは確定してません!ので、安心してください!」
「何言ってんだバカアリシア!黙ってろ!」
「もうほとんど言ってるじゃない!何を安心してもらうってのよ!アホ!」
『…………』
大剣少女がフォローしてくるが、それはフォローにはなっていないということに気づいているのだろうか?
ドラゴンに転生してから食って寝てしかしていないのに、いやそれしかしていなかったからこそ起こっている状況へ頭を抱えたくなる。
『すまない。数日前よりここを寝床にしているのだが、どうやらそのせいで君たちへ迷惑をかけてしまったみたいだ』
「い、いえいえ!私たちこそ、住処に勝手に侵入しちゃってごめんなさい!まさかドラゴンさんがいるなんて思わなくて……」
この子達に危害を加えるつもりはないが、このままレッドドラゴンと報告されてしまうのは少しマズいな。
俺の存在がバレれば、討伐隊を組まれることは想像に難くない。
なんとか黙っていてもらえないものだろうか。
『……一つ頼みがあるのだが、俺のことは黙っていてもらえないだろうか。
赤い竜がここに居ると知られれば、平穏な生活が危うくなるのでな』
「あの、やっぱりあなたは伝説上に出てくるあのレッドドラゴンなんですか?」
大剣少女の問いに、少し言葉が詰まる。
ここで俺は悪いドラゴンじゃないですよ~なんて言っても信じて貰えるのだろうか?
『人間たちの伝承に出てくる赤い竜は俺とは別の個体だ。
奴の悪評はこちらにも聞き及んでいるが、俺は人間に危害を加えるつもりはない。
無論、襲ってきた場合は別だがな』
完全に別個体だと言うと噓になるのだが……まあこの子達に知るすべはないだろう。
『それで?黙っていてもらうことは出来るか?』
杖の少女に目線を合わせるように首を近づけ、視線を向ける。
「ッ!」
少女を脅すのは気が引けるが、これもお互いのためだ。
「…………わかりました。報告書にあなたのことは書きません」
『それは助かるよ。襲われるのは面倒だからね。
君たちはもう帰るといい。森の異変も少しすれば収まるだろう。
俺も、他の寝床を探さなければならないのでね』
そう言うと、少女たちは一瞥して帰っていった。
収まるかどうかは全然わからんが、【威圧】は切れているみたいだし少しはマシになるだろう。
今回は問題にならずに済んだが、他の冒険者に出会えばこうはならないだろう。
存在がバレても問題がないような寝床を見つけなければいけないが、そう都合よく……あった。
あのバカデカい洞窟。あそこなら、自分の身も隠せて万が一襲われても撃退出来る。
そう考えた俺は、以前見つけた洞窟へと歩みを進めた。
4話5話は大幅な改訂は予定していませんが、少し心理描写を追加したり会話を追加したりする可能性はあります。
改訂後はご報告いたします。
※矛盾点を修正したため、台詞や展開を少々変更しました。