話を聞くだけでも腹は減る
心地よい風が肌を撫で、目を開けるとそこは、緑に覆われた場所。
ここは、どこだろうか。
なんだか頭が痛いし、くらくらする。まるで二日酔いみたいだ。
「グゥルルル……」
不快な症状に思わず声が漏れてしまう。
俺、こんな声出たっけ。目覚めてからずっと感じている違和感。
自分が自分じゃないみたいな感覚に、身震いする。
状況を整理するため体を起こすと、その違和感の正体に気づいた。
赤い鱗に覆われた肌。四本ある逞しい脚に、鋭い爪。
自分の意志で動かせる大きな翼。
これは、ドラゴンだ。ドラゴン?
「グゥオオ!?」
思い出した。思い出した!!
俺は女神に願いを叶えて貰ったのだ。ドラゴンになりたいという願いを!
日本で生きていた時は信仰心など欠片もなかったが、この時生まれて初めて神に感謝した。
ありがとう女神様!あなたのおかげで願いが叶ったんだ!
『……どうやら無事に転生出来たみたいね。随分と、はしゃいでいるみたいだけど』
喜びのあまりその場でくるくると回っていると、頭の中に響く、聞き覚えのある声が聞こえてきて、思わず立ち止まる。
まさか見られているとは。
『そりゃ問題があったら困るし最初は見るわよ。特にあんたはね。
それで?新しい体の調子はどう?』
最高だ!これこそ正に夢にまで見た竜の体!
ああ、なんて素晴らしい……!この美しい肌、威厳のある姿!見とれぬ者はいないだろう。
しかし、転生というからには赤子の姿から始まると思ったが……
『本来なら転生前に聞くのよ。
生前の肉体を再構築するか、赤ん坊から始めたいか。
あんたの場合は魔物に転生だから、成熟したドラゴンの肉体を作ってそこに魂をぶち込んだわ』
おお……神ってめちゃくちゃな存在なんだと、改めて理解する。
とはいえ俺の理想の肉体だから、特に不満はないのだが。
『そう?それなら良かった。
ではまず、自分の体にある力を意識しなさい。スキルが確認出来るわ。
あ、あんた達がよく言う【ステータスオープン】なんて詠唱はいらないから』
友人はそういうものが定番なんだと言っていた気がするが……
言われたままに自分の力を意識してみると、目の前に浮かんでくるものがあった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
スキル
【ドラゴンブレス(炎)】【火炎無効】【魔力操作(炎)】【■■■■】
【硬化】【領域作成(炎)】【異世界言語理解】
【念話】【再生(強)】【咆哮】【竜の威圧】【火竜】
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
なんだこれ。
例えるならAR技術のような感じで情報が可視化されているが、これも神の力なのか?
いまいち効果がわからないが、知ることは出来ないのだろうか。
『それはスキルシステム。詳しい説明は後でするけど、世界に組み込まれたシステムの一つよ。
他人には基本見られることがないから安心していいわ。私は見れるけど。
効果が知りたいなら意識することで見れるわよ』
なるほど。では早速片っ端から確認していくとするか。
スキル
【ドラゴンブレス(炎)】:強力な炎の息を吐き出す。
【魔力操作(炎)】:魔力を消費して炎を自在に操ることが出来る。
【火炎無効】:火属性による攻撃を完全に無効化する。
【硬化】:皮膚を硬くすることが出来る。
【領域作成(炎)】:周囲を自分の領域に変化させる。領域内では炎の効果が増大する。
【異世界言語理解】:異世界で使用されている言語を理解することが出来る。
【念話】:対象に念じることで会話することが出来る。複数可
【再生(強)】:自然治癒力を高め、傷を治療する。
【咆哮】:大声で周囲に存在する生物を怯ませることが出来る。
【竜の威圧】:周囲の生物に恐怖を与える。効果に差がある。
【火竜】:火属性を司る竜。炎を使用する際、効果が増大する。
【■■■■】:■■■■を■■■■。■■■■■■■■■。
……これは、なんだ?伏字になっていて何もわからない。
『これ、何?システムのバグかしら……?私ですら確認出来ないなんて初めてよ。
後で私の上司に報告しておくけれど、あまり期待はしないで頂戴。』
女神、上司いたのか……俺はてっきり女神が最高神かと思っていたが。
『最高神はこの世界を創造した方よ。
魔族や魔物、このスキルシステムもあの方が世界に組み込んだものよ。
まあ、この世界で主に信仰されているのは私だけど』
『ちょっとしたトラブルはあったけど、本題に戻りましょうか。
あんたの現在の状況について、簡単な説明をしてあげるからしっかり聞きなさい。
まず今あんたがいるのは、【エーレ大森林】。
近くには人間の都市があるから、見つかったら騒ぎになるでしょうね』
……何故そんなところに?
『あんたの疑問はよくわかるわ。答えは単純。
騒ぎが起こってくれた方がこっちとしては助かるのよ』
さらに疑問が深まる。
何が助かるのか理解できない。神は人間の味方というわけではないのか?
『神は世界の味方よ。別に人間の味方じゃないわ。
転生者はね、世界の均衡を保つための存在なの。
もう世界が崩壊しないためのね』
均衡?崩壊?ただの善意で転生させているわけではないのは理解していたが、思ったよりも複雑な事情らしい。
『あんたは魔物に転生させているから、こちらの事情も少しだけ話すけどこの世界は一度人間同士の戦争によって崩壊しているわ。
元々、ここは魔法技術がある以外は地球と対して変わらなかったの。
魔物なんていなかったし、スキルは才能や能力を可視化するために人間が作成した測定器でしかなかったわ。
ただ、不老長寿なんてものを実現させたせいで、人口が増え、長命になったせいか憎しみも忘れられなくなって、そっからはドッカンドッカン撃ち合って大地が死ぬまで殺し合いよ』
マジかよ……でもそれがどうして、転生者云々の話に繋がるんだ?
俺が言えたものじゃないが、願いを叶えて転生させてる分、むしろ均衡を崩してる方ではないのか?
『話は最後まで聞きなさい。……お互い憎しみ合って散々殺し合った人間は、死の大地で神に縋ったわ。
その願いを聞き入れたのが、創造神イーヴィング様。私の上司よ。
創造神は瞬く間に世界を再生させたわ。でも、タダで再生させたわけじゃない。
世界を崩壊させた人間の数少ない生き残りすべてに罰を与え、二度と子が生まれないようにした上で、この世界の各地に幽閉した。
そして、もうこんな悲劇が起こらないように人類を団結させるため、魔物や魔族を生み出したのよ。
その副産物で生まれたのが、亜人達やスキルシステムね』
「…………」
『魔族は生まれながらにして人類への敵意を植え付けられていて、力に差はあるけど脅威となる存在よ。
新たに生まれた新人類は、直ぐに団結し目の前の脅威へ対応し始めた。
その過程で多少なりとも対立は起こりはしたけれど、大体は想定内で収まったわ。ただ……』
ただ?今のところ問題はないじゃないか。
魔族や魔物に人類は協力して対象していたんだろう?
『ええ、そうだったんだけど……強すぎたのよ。魔族』
え?
『創造神様が魔族と魔物を作る時に、テンションが上がりすぎて盛りすぎたのよ。
つまりこっちの設定ミスで、直ぐに人類は絶滅の危機に陥ったわ』
駄目じゃないか。その気持ちは理解出来るが……
『創造神様は魔物と魔族を完成させた時点で満足したのか、世界の管理を私に任せてくれたわ。
「私は領域で見ているから、君が管理するといい」って言ってね。
最初は凄く嬉しかったわ。世界の管理なんて位の高い神にしか出来ないことだし、ここで経験を詰めば私も自分の世界を持てるかもってね』
それは仕事を丸投げされただけでは?と、つい思ってしまった。
神も燃え尽き症候群になるんだな……
『とりあえず絶滅の危機には信託や加護を与えたり、直接顕現したりすることでなんとかしてたの。
でもそうすると人類は直ぐに神に縋るようになっていって、私に対する信仰心は深まったけど信仰以外何もしないようになっちゃって……』
”彼方を立てれば此方が立たぬ”とはよく聞くが、ここまでその言葉通りなのは初めて見たな。
『……そこで私が生み出したのが、転生者システム。
地球の神との契約で、既に死亡した人間の魂の中で適正のあるものをこちらの世界に転生させることで、人の力で脅威に対処してもらうことにしたの。
転生者にも願いを叶えて転生させるってことで、所謂WINWINの関係で人類と魔族の均衡を保つことに成功したわ。
ただ……』
ただ!?またかよ!!何回問題起こるんだ!?
『う、あんたさっきからうるさいわね!!しょうがないじゃない起こるもんは起こるんだから!!
こっちだって問題起きてほしくなかったわよ!!一々対処するの面倒だし!
本当にそれでずっと上手くいっていたの!
でも最近、【魔王になりたい】って人間が現れたのよ』
なるほど。俺の願いと似たようなもんか。
『魔族と魔物は似てるようで全然違うわ。
そもそも人型じゃないし、自分の肉体が全く違う生き物に変わるって、本来強い恐怖を感じるものよ。
まあ?最近人類側に転生者送りすぎてちょっと余裕そうだったから?
魔族側にも一回くらいは転生者を送ってあげてもいいかな~?って思って、その願いを叶えたのよ』
『……魔族の文化では魔王って、世襲制じゃなくて最も強い者が王になるから、その転生者を結構、強くしたの。転生させる前に確認もしたわ。あんたは人類と敵対することになるけどそれでもいい?って
でも転生者には魔族特有の人類への敵対心が植え付けられないから……その……』
『その転生者、魔王になってしばらくした後人類への攻撃を禁止して、こう言ったの。「話し合えば分かり合える。共に手を取り合平和のために立ち上がろう」って』
『勿論理解し合えるわけないわ。
だって魔族は人類への敵対心を植え付けられるようになっているし、人類はずっと戦争してきたことで魔族に対して憎しみがある。
当然私だって異変に直ぐに気づいて魔王に説明したの。
絶対に分かり合えることはない。攻撃禁止はやめなさいって』
『そうしたら「そんなことは聞いてない。転生先を変えてくれ」って言ってきたの。
そんなの無理よ!私だって変えられるなら変えたいわよ!
でも無理なのよ!魔王になれるように強くしちゃったから今彼が一番強い魔族だし!
おかげで魔族領は内部分裂を起こしたわ。魔王の発言を深読みして何か考えがあるはずだと人類への侵攻準備をする旧魔王派と、旧魔王に反発した魔族たちの中で勝手に新しい魔王を選んだ新魔王派にね!
内戦も起こってもうめちゃくちゃよ!!』
おお……もう混沌としているな。
というか分裂を起こしてるのにどっちも侵攻のためという目的は一致しているのが凄い。殺意が
『はあ……散々愚痴ったけど、彼に詳しく説明していなかった私にも責任はあるわ。
でもでも、ここまで善性に寄った人物が【魔王になりたい】なんて言うと思ってなかったのよ!
転生させる前に「我が封印されし右腕が疼く!」とか「人類に我の名を刻み込んでやろう!」とか言ってたし!』
……それは所謂中二病というやつなのでは?
言動からして年齢も若そうだし、同情の余地もあるか……
というか今までの問題ほぼ全部創造神とやらが丸投げしたせいじゃないか?
だが、女神が何故人間の都市に近いところに俺を転生させたのか、なんとなくわかってきた。
『概ねあんたの想像してる通りよ。私はあんたが問題を起こしてくれることを期待してる。
きっとあんたの存在がバレれば、新魔王派の連中はあんたを引き込もうとするでしょう。
伝説上の存在として知られている、この世界ではもうとっくに絶滅したレッドドラゴンをね』
突然の言葉に、一瞬思考が止まる。
絶滅した存在というのは、どういう意味なのか。
『……あんたが転生したドラゴン、レッドドラゴンはね、1000年前に絶滅してるの。
魔物の中でも強く、そして狡猾。悪逆非道の限りを尽くして人類を絶滅寸前まで追い詰める原因の一つとして猛威を振るった創造神様のお気に入りの作品。
最終的に最初の勇者に倒されたけれど、今でも世界中で伝説として語り継がれているわ。
あんたに混ぜたのは、そのレッドドラゴンの魂よ』
ちょっと、待ってくれ。
ただでさえ色々なことがあって頭がパンクしそうなのに、こんなことを話されて俺はどうすればいいんだ?
『神の都合にあんたを巻き込んでいるのはわかってる。
こんなことを話したのは、あんたを無意味にそういう存在に転生させたわけじゃないって弁明でしかないし、憎んでくれたって構わないわ』
…………………………
『本来ならレッドドラゴンの魂と混ぜたあんたの魂は、悪の方向に影響を受けるものだったわ。
魂の格で言うと、レッドドラゴンの方が上だから。
でもあんたはあんたのまま。
だからこの状況は私の想定とは違うし、騙してしまったことへの贖罪として他の転生者よりも詳しい説明をしたの』
『これからは、あんたの自由に生きてくれて構わない。
人類に味方しても、魔族に味方しても、中立であってもいいわ。
元々そういう契約だったしね。私はあんたの生き方にこれ以上関与しない。
ただ、世界の均衡を保つ者になりたくなったら私の神殿に来なさい。
その時は私も……誠意を見せるわ』
そう言うと先ほどまで頭の中で響いていた声がパタリと止む。
聞こえるのは木々が風で揺れる音だけだ。
一方的に世界の成り立ちなんかを説明されて、感じたのは少しの怒りと、少しの呆れ。
そして大きな解放感。
正直言って俺はドラゴンに転生した時点で夢が叶っているし、そりゃ俺もいきなり絶滅した~なんて言われて驚いたが、それだけだ。
女神は俺にとって叶わない夢を叶えてくれた恩人に変わりないし、まだまだ考える時間は沢山ある。
しばらくは好きに過ごさせてもらうとしよう。
よし!考えるのはやめて、とりあえず念願のドラゴン生活を楽しもう!
やりたいことは色々あるが、まずは……
そんなことを思考していると、グゥ~っという音が鳴る。
腹が、減った…………
更新が遅くなってしまい、申し訳ありません。
世界観の説明が多くなってしまいました。
何か問題があれば、コメントしていただけると幸いです。
4/10 設定の変更に伴い、大幅に文章を修正しました。