女神様の加護を受けた王太子殿下、愚かな貴方には加護は必要ありませんわ。
デティシア・ホランド公爵令嬢は、きつい顔立ちで黒髪黒目の令嬢だ。
3年前、共に15歳の時にドルク王太子殿下の婚約者に選ばれてからは、それはもう、口うるさく、王太子殿下に向かって、注意してきた。
「もっとお励み下さいませ。剣技も勉学も、いずれはこのアルデ王国の国王となるお方なのですから、このような成績でよいはずはないでしょう」
「煩い。お前がいかに勉学が優秀だからと、私の事をとやかく言うな。煩い煩い煩い。私はこの美しさがあれば何をしても許されるのだ」
そう、女神に愛されているアルデ王国の王族。その王座を継ぐ者は、それはもう美しい容姿を持って生まれてくる。
女神に愛されている証拠として、輝く金の髪に透き通るような紫の瞳。
見る物を魅了するそれはもう美しい容姿を持って生まれてくるのだ。
ドルク王太子も例外ではなく。
現国王もいまだに美しい容姿をしており、ドルク王太子も王国中の女性達がうっとりとするような美しい容姿をしていた。
現在、歳は18歳。デティシアと同じ歳である。
それに比べてデティシアは、きつい顔立ちの美人と言ったら美人かなと言われる容姿をしている公爵令嬢である。
幼い頃から公爵令嬢として、厳しい教育を受けてきた。
ドルク王太子の婚約者に決まってから、王太子妃教育を王宮に通って受けてきた。デティシアはそれはもう学ぶことが好きで、優秀であり、難なくこなしてきた。
だからこそ思ったのだ。
ドルク王太子殿下ももっともっと励んで欲しい。
彼は学園での成績も真ん中位である。
女神様に愛されているドルク王太子殿下。
彼は完璧でなくてはならないのだ。
だから、顔を会わせるたびに注意してきた。
もっともっと勉学に剣技に励んで欲しい。
女神様に愛される男にふさわしくあって欲しいと。
言えば言う程、ドルク王太子は、口うるさく感じるようで、
「お前なんて大嫌いだ。公爵令嬢として、婚約者として私の前にいなければ、よかったと私は思っている。私は女神様の加護を貰っている王族だ。存在するだけでよいのだ。優秀でなくても、部下たちが私を助けてくれるだろう。だから私は勉学に剣技に励まなくてもよい。この美しい姿を見よ。下々の者は私のこの美しき姿を見るだけで、有難く拝む位だ。だからもう、口うるさく言うな」
デティシアはそう言われて、悲しくなった。
未来の国王陛下にふさわしくあれと願って口うるさく言ったのに。
自分だって一生懸命、王太子妃教育を受け、寝る間も惜しんで励んで来たのに。
何故、嫌がるの?わたくしの王太子殿下を思って言っている言葉が間違っているというの?
デティシアは思い悩むようになった。
二人は貴族なら誰でも行く王立学園に通っているのだが、もうすぐ卒業である。
ドルク王太子は、それはもう美しき王太子殿下で、女神様の愛を一心に受けている王族だから、男女構わず皆、傍に寄って、ちやほやと褒めまくり、ドルク王太子は、それはもういばりまくっていた。
デティシアは傍にいて、
「もっと謙虚な姿勢でなくては、国王になった時に人々の心が離れてしまいますわ」
「うるさい。もういい加減にしろ」
廊下で会った時に注意したらドルク王太子がイラついたように、睨みつけて来て、
そして叫んだ。
「お前なんぞは婚約破棄だ。私はもっと私を尊敬し、煩く言わない女と結婚する。お前なんかと結婚したらそれはもう、うっとおしくて。女神様も怒っているのではないか?女神様に愛されている王族である私に口うるさく注意するお前なんぞ。罰が当たるわ」
「解りましたわ。婚約破棄、承ります。わたくしはこの王国の為を思って、ドルク王太子殿下の為を思って、注意して参りました。確かに口うるさかったかもしれません。それでも、この王国の未来の事を思うと、わたくしは言わざるを得ませんでしたわ。申し訳ございませんでした」
本来なら、公爵家を通して婚約破棄を受けなくてはならないのだけれども、でも、もうここまで嫌われたのなら、受けるしかないのではないかと、デティシアは思ったのだ。
それに王太子殿下の命である。
デティシアは、悲しくもなんともなかった。
ただただむなしいだけだった。
恋する心?
確かにドルク王太子殿下は美しい。美しいけれども、それだけの男だ。
アルデ王国の王族は女神様の恩恵を受け、王座を継ぐものはそれはもう美しく生まれてくるけれども、でも、ドルク王太子殿下は性格が傲慢で。
三年前に婚約者になってからは、自分もそしてドルク王太子殿下も、未来のアルデ王国の国王、王妃にふさわしくあらねばと、ドルク王太子に向かって、口うるさく注意してきた。
婚約者としての当然の義務だと思っていた。
例え、口うるさく思われようとも、それでも、王国民の為にふさわしい国王になって貰う為に、
「ああ、これからわたくしは……」
疲れてしまった。疲れてしまったけれども、せめて王立学園は卒業したい。
そう、デティシアは思うのであった。
婚約破棄ではなく、婚約解消を王家から言い渡された。
国王であるルダル国王陛下は、いまだに衰えない美しい顔に愁いを見せながら、
「ホランド公爵令嬢は、優秀で期待していたのだが、ここまで王太子が嫌がるのではな。仕方ない。かといって王国の為、我が息子の為に、注意していただけの事。婚約解消にしたほうがよいだろう」
と、婚約解消になったのだ。
新しい相手なぞ、あの女神に愛されている王族に見捨てられた女なんて見つかるはずもない。
しかし、デティシアは周りから、冷たい目で見られようが、王立学園だけは卒業したいと、学園に通う事を希望した。
デティシアには、友と呼ぶ令嬢はいなかった。皆、王太子妃教育や学園の勉学で忙しそうなデティシアに近寄りがたかったのだ。
デティシアは思った。
わたくしの方こそ、未熟ではなくて?
先々、王妃になるのだったら、もっと交友関係に力をいれなければならなかったのに。
でも、今更だわ。
ドルク王太子は、女生徒達に囲まれながら、教室にいるデティシアに向かって、
「なんだ?まだ学園に通っていたのか?女神様に愛されている私との婚約がなくなったのだ。これから社交界にお前の居場所はない。お前の家はお前の兄が継ぐのだろう?お前なんぞ、修道院行きか?さっさと学園をやめて去るがいい」
デティシアはドルク王太子殿下に向かって、
「例え、先々、修道院だとしても、わたくしは学びを途中でやめる事はありません。しっかりと最後まで授業を受けて卒業したいと思います」
「そんなお堅い所が大嫌いだったんだ。見ろ。周りの女性達を、皆、私を存在するだけで尊いと言ってくれる。お前とは大違いだ」
「でも。王国の事を考えて下さいませっ。どうか、正しい政が出来るように、知識をっ」
「まだ言うかっ」
パンと音がして、頬を叩かれ、デティシアは床に転がった。
ドルク王太子に足で蹴られて、
「学園から去れ。二度と顔を見せるな」
デティシアは、頬を抑えて立ち上がると、そのまま教室を出た。
もっと学びたかった。知識は裏切らない。もっともっともっと。
王国の為に役立ちたかった。
迎えの馬車が来る時間でもなかったので、歩いて学園を出ようとした。
そこで声をかけられた。
「公爵家の令嬢ともあろう方が、歩いてお帰りですか?」
髪を背にまとめている黒髪の青年に声をかけられた。
デティシアは声をかけてきた青年に向かって懐かしさを感じた。
「貴方はもしかして?」
「ルイドですよ。デティシア様。お久しぶりです」
幼い頃、母親同士が親しくしていた、マルディ伯爵家のデティシアより一つ下のルイドという青年であった。歳は17歳。
隣国へ留学したと聞いていたのだけれども。
「帰ってきたのね」
「ええ。デティシア様は婚約解消されたって聞きましたが……」
「そうよ。今、学園から出て行けって言われたから、王太子殿下に。わたくしは卒業したかったの。ちゃんと王立学園を卒業したかったのに」
「立ち話もなんだから、我が屋敷に来ませんか?久しぶりに話をしましょう」
ルイドに連れられて、王都にあるマルディ伯爵家に行くデティシア。
客間に通されて、二人でお茶を飲みながら、話をする。
ルイドは、
「隣国の王女様に気に入られて、婚約者にという話も出たのですが、さすがに身分が違い過ぎるし、私はアルデ王国の伯爵家の人間ですし……お断りし続けているんですが、しつこくて。やっと、王女様が別の相手と婚約が決まって。それまで大変だったんですよ。全く、勉強しに留学したっていうのに」
「そうなの。大変だったわね。貴方は昔から、モテたから。変わっていないのね」
幼い頃の初恋。ルイド。でも、彼は色々な女の子からモテていたから、焼きもちを焼いたことがあった事を思い出した。
ルイドは慌てた様子で、
「いやいや、デティシア様こそ、変わっていない。学園を卒業したいだなんて。本当に学ぶことが好きなんですね」
「だって、知識はわたくしを裏切らないわ。わたくしは王太子殿下に、未来の国王としてふさわしい人になって貰いたかったの。でも、うるさがられて。それはそうよね。でも、わたくしは……」
悲しかった。あまりにも、愛していた訳ではない。ただただ、王国の為に、国王としてふさわしい人間になって欲しかった。
もっともっと学んで欲しかった。
ルイドは、立ち上がると、デティシアの目の前で跪いて、
「それなら、私の妻になりませんか?」
「わたくしは、女神様の加護がある王族に婚約解消をされた女よ。それでも良いの?」
「女神様の加護ねぇ……ちょっと調べてみましょうか。まぁ、周りがとやかく言うのなら、私が庇ってあげますよ。私は昔からデティシア様の事が好きなので」
胸が高鳴る。
迷惑ではないの?このアルデ王国は女神信仰が高い国よ。
わたくしが妻で迷惑ではないの?
ルイドはデティシアの手の甲にキスを落としてきて、
「私に任せて下さい。デティシア様」
ルイドの求婚をデティシアは受け入れることにした。
家同士も親交が深く、問題はないはず。
デティシアは心から幸せを感じた。
それからしばらくして、デティシアはルイドに連れられて隣国へ渡った。
隣国の神殿に、女神レティナ像がある。
そこに願えば、女神様と話が出来るかもしれないと、神殿に頼み込んで、女神レティナ像を拝ませて貰う事となった。
女神様が何故、アルデ王国の国王になる王族に加護を与えたのか、解るかもしれない。
大金を神殿に寄付をして、神殿に祭られている女神レティナ像の前に立つ。
ルイドがデティシアに、
「女神様がアルデ王国の王族に何故、美しさの加護を与えているのか、答えて下さるはずですよ」
「ああ、答えて下さればよいのですが」
二人は女神様の像の前で祈った。
ふと、光を感じて顔を上げてみれば、像の前に金の髪の美しい女性が立っていた。
周りにはピヨピヨ精霊達がふわふわと飛び回っている。
女神レティナはピヨピヨ精霊達の守護神でもあるのだ。
「わたくしは女神レティナ。貴方達が真剣にわたくしに願っているものだから、舞い降りて参りました。アルデ王国の王族の加護について聞きたいのね」
デティシアは女神レティナに、
「何故、国王になる王族は美しさの加護を受けているのでしょう」
「わたくしが与えた加護ではないわね。わたくしの知り合いの女神が、昔、アルデ王国の王族に恋をしたのよ。だから、代々国王になる子孫が恋をした王族の美しさを引き継ぐように、加護を与えたと聞くわ」
「そうなのですか?」
ルイドが、
「今のドルク王太子殿下は、加護に甘えて、自ら努力を放り出すどうしようもない人間です」
女神レティナが頷いて、
「わたくしが、加護を与えたという女神に聞いてみましょう。愚か者には加護は必要ないとわたくしも思うのよね」
そう言って、女神レティナはピヨピヨ精霊達と姿を消した。
女神レティナに感謝をし、神殿を後にしてアルデ王国へ戻って見ると、ドルク王太子が、姿を消したと、皆、騒いでいた。
何でもあまりの美しさに、辺境騎士団というそれはもう美男好きな変……辺境騎士団へさらわれてしまったらしい。
王国民の怒りはすさまじく、
「女神様の加護を受けた、王太子殿下をさらうだなんて」
「王国はどうなってしまうのだ?」
大騒ぎになっていたのだが、その夜、王国民、皆、同じ夢を見た。
赤い髪の美しい女神が現れて、
「わたくしが間違っておりました。努力を怠る人間は国王にふさわしくありません。これからは、貴方達が国王になる人間を決めるがよいでしょう。わたくしは加護を解く事に致します」
王国民全員がそのような夢を見たその翌日、美しかった国王陛下ルダルは、まるで別人のように、頬がこけて貧相な顔立ちの、腹だけは出っ張っている男に代わってしまった。王妃が「貴方どなた?」
「私はルダルだ。加護が失われて、このような姿に」
王妃は悲鳴をあげて卒倒してしまった。
たちまち、この事件は王国民全員に知れ渡り、
女神様の夢は本当だったんだ。
王国民全員が納得した。
結果、ルダル国王は国王を退位し、国民から人気がある福祉に力を入れていた評判の良い王弟が新たなる国王に収まった。
デティシアは、ルイドが女神様の神殿に連れて行ってくれたお陰で、加護があった王族から婚約解消されたという過去も悪くとられることもなくなり、王立学園へ最後まで通って卒業することが出来た。
ルイドは、にこやかに、
「知識は裏切らない。これからも共に色々と学んで、高みを目指していこう。愛しているよ、デティシア」
「わたくしも愛しておりますわ。ルイド」
卒業パーティで二人はダンスを踊る。
ルイドに助けられて、今があるデティシア。
ルイドに心から愛しさを感じ、今ある幸せに感謝をするデティシアであった。
とある美男好きの辺境騎士団からは、悲鳴が聞こえたという。
「詐欺だーーーーこいつは誰よーーー」
「知らんっーーー捨てろ、捨てて来いーーーっ」
副題 某騎士団詐欺被害物件・笑