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殺害された日の行動

 笹川(ささかわ)智子(ともこ)は仕事を休んで、北見市の街中にいた。

 喫茶店で壁谷(かべや)と会う約束をしていたのだ。

 店を見つけると、店内を確認しながら通りを歩いた。

 大きな体の染谷が珍しく白衣ではなく黒いセーターをきていた。

 智子が店員に『待ち合わせなので』と言ってから中に入っていく。

 壁谷が手を振ると、後ろで店員がヒソヒソと小声で話し始めたようだった。

 流石にあの大男の待ち合わせ相手が、智子のようなタイプだとは思わなかったらしい。

 智子は気にせずに壁谷の正面に座った。

 そしてほとんど口を開かずに、小さな声で言った。

「(聞こえる?)」

 壁谷は小さく頷いた。

「(指示のあったものを調べておきました。メッセージアプリで送っていますが、簡単にご説明をさせてください)」

 吸血鬼の能力を使って聞き分けができる声だ。

 壁谷は吸血鬼ではないが、吸血鬼の執事をやるだけの能力がある人間であることと、この音量での会話に慣れているため、互いに会話が可能になっていた。

「(やっぱりつけられているのね)」

「(私の方は大丈夫ですが、お嬢様は監視されているようです)」

 こんな狭い街だから、監視をまいてもすぐに見つかってしまう。

「(次からコインロッカーで受け渡ししようか)」

「(私は…… 直接お話しする方法が良いのですが)」

 智子は少し、頬が熱くなった。

 ルビーとしてではなく、私を意識しているのだろうか。

 この大男も、吸血鬼の呪いが降りかかっているとはいえ、日中動ける人だ。

 恋愛として、色々なことが、成り立たないわけではない。

「壁谷さん、もしかして私のこと……」

「あっ、いえ、気分を害されたらすみません。そういう意味ではないです。個人的に仕えている方に会わないと、ご健康なのかとかそういったことが把握できませんので」

 智子は一瞬でも考えてしまったことを後悔した。

 執事は執事なのだ。

「なんだ、そう言うことですね。アジアの担当だって聞いてましたけど、だとしたら沢山の人と会わなければならないのでは?」

「ああ、私の担当エリアではあなただけです」

 彼はルビーのためだけにここにいるの?

 ルビーが駆け落ちしてこなかったら、アジア担当の吸血鬼はいなかったことになる。

 その時は何を……

「えっと担当がいなかった時はどうしてたんですか?」

「あちらからアジアに訪問なさる方がいらっしゃるので、例えば、ご旅行の段取りをしたりチケットや宿泊先など」

 智子は想像がつかなかった。日中動けない吸血鬼たちは、飛行機に乗ってやってくるわけでもあるまい。勝手にコウモリなどに変化(へんげ)して自力で飛んでくるのではないのか?

 智子はまた極小の声で訊ねる。

「(連中は自力で飛んでくるからチケットとかいらないのでは? それに観光とかできないでしょう?)」

「(自力で飛んでは来ないです。距離がありますしね。だから、基本的にはプライベートジェットで、来るんです。夜中に)」

 智子はいくつか質問を受けて分かった。

 夜出発して、万一でも陽を浴びないよう荷物の形で乗り込む。

 途中の空港内で時間を調整し、再び到着して、積荷を検査される前に『人』の姿で通過するのだ。

 中間で給油するような場所で荷物の検査は受けない為、最初と最後で『人』の形をしているから身分証とパスポートを用意するだけで、余計な騒ぎにならずに済むらしい。

 壁谷と智子はそれ以降も当たり障りのない話をして、双方の飲み物がなくなったところで立ち上がった。

「お話しできてよかったです」

「またお会いしましょう」

 壁谷が会計して、二人は全く別の方向へ歩いていく。

 壁谷は山の中に暮らす必要はないため、利便性をとって街に近い場所に住んでいる。

 智子はアルバートがいるため、山の方が都合がよかった。

 智子は車の中で、壁谷から受けとった現金とまとめた資料を確認した。

 資料は神河(かみかわ)社長が殺された事件に関するものだった。

 神河社長が殺された事件は犯人が捕まっておらず、智子の容疑も完全に晴れたわけではない。

 そこには警察の捜査状況や容疑者の動機、アリバイ有無など警察に潜り込んだのか、と思うぐらいの詳細な状況が記録されていた。

 読んでいく限り、容疑がかかる人は、現場にいた智子の除くと、殺害時刻、殺害現場にやってくることさえ無理と思われた。

 智子は考えた。自身で社長の殺害をしていないことは明白なので、警察が考えている中に真犯人がいないと言うことになる。

 殺害があった日、智子は扉のデッドボルトが切断されている状態を知っていた。それについても壁谷に説明していた。

 資料には、その点について壁谷の意見が書かれていた。

 警察はこのデッドボルト切断について、どうやって行ったのか分かっていないようでした。これは吸血鬼能力なら可能です。ただ、メルヴィンほどの吸血鬼がやるとすれば、デッドボルトを切断するのではなく爪を鍵の形に変形させて開けてしまうでしょう。

 では誰か。

 吸血鬼だとすれば、メルヴィンが従えていた眷属ではないかと考えます。

 彼女達は、なんでもできる力はありません。強引に切断する程度が精一杯でしょう。

「……」

 眷属たちがなぜ、こんな事件を起こしたのだろう。

 メルヴィンからの指示? ならば『鍵』の部分はメルヴィンがやればいい。

 車のボンネットに、白い猫が現れた。

 猫が現実のものか、一瞬見間違ったが、それはルビーの意識を示す白い猫だった。

 猫が口を開く。

『もしかしたら、メルヴィンは私たちを狙っているのかも』

 車の中を覗き込む者はいない。智子は確認すると声に出して言った。

「私たちは、爪とか指を『鍵』の形に変化させて扉を開けることができない?」

『どうかな。やってみないとわからない。以前も説明したけど、私たちの形態は完璧な吸血鬼ではないことは確かね』

「つまり、メルヴィンにそう(・・)判断された、と言うことなのかしら」

 智子は考える。

 もしそうなら、メルヴィンは智子が『吸血鬼』であることを警察に知らせるつもりだ。

 いきなり吸血鬼と説明しても信じないだろうが、何かそう言う証拠を人間たちに渡すつもりなのだろう。

 犯人が智子となり、実刑を受けるか、そうでなくても人間社会で強く不利益を受けるようになれば、ルビーが中途半端な吸血鬼でいる意味は無くなってしまう。ルビーが『智子』を殺して純粋な吸血鬼に戻るかもしれない。

 メルヴィンたちにすれば、今のままのルビーでなくなれば良いのだから。

 ただ、これは一つ間違えば、人類に未だ『吸血鬼』が存在することを知らせてしまうことになる。

「人類に、私が吸血鬼として認識されたら、変な人体実験をされるかも」

『それは絶対に避けなければならないわ。智子、その時は……」

 白い猫がむけてくる鋭い視線に、智子は背筋がゾッとした。

 萎縮する智子に、猫は視線を逸らした。

『もちろん、そうならないように私も協力する』




 香山(かやま)横田(よこた)が事件当日の被害者の動きを確認するというので同行することにした。

 容疑者たちの動きは、聞き込みで確認していたが、被害者側の動きにも奇妙な部分があったからだった。

「事務所ではいくつかの打ち合わせと、商談があったみたいだが、そこでは特段変わったことはない、と社員の証言がある」

 横田は雪道を運転しながら、そう言った。

「で、少しおかしいのは午後の行動だ。食事の後、神河(かみかわ)社長は急に予定をキャンセルして一人で出かけると言った。まあ、本当に重要な打ち合わせや会議、商談はなかったそうだが、真面目に出社するようになった秋からの行動とは少し違っていたので、気になったのだとか」

 香山は地図上にプロットされた点の先を追った。

 車はそこへ向かっている。

 横田が車についている時計をチラッと見ると言う。

「このペースだと社長がついた時間より早くついてしまうな。どこか食事ができるところがあればいいんだが、多分、記憶でこの周辺には何もない」

「湖の側だから観光客を当てにした店はないのか」

「こっち側は湖の岸まで全部農場だからな」

 辺りは解けない雪、さらに雲が低く下りていて、空と大地の境がわからなくなりそうだ。

「雪がちらついてきた…… 到着時間は丁度いいくらいかもな」

「当日はどうだったんだ?」

「香山さんが笹川(ささかわ)を訪ねた日でしたよね。街中は晴れてましたが、この道道周辺の天気は調べないとわからないですね」

 香山が助手席で腕を組んでうとうとと寝てしまった頃、車は農場についた。

 横田が車の外に出て、農場に入る門を開いた。

 開けて戻ってきて車を進めると、今度は門を閉じた。

 扉を開けたことで入ってくる冷気で、香山の眠気が吹き飛んだ。

 戻ってきた横田に、香山が訊ねる。

「この農園は柵がないのか?」

「ええ、作物を作るだけなので、牛とか豚とか逃げ出すものはないですし」

 車をさらに奥へと走らせる。

 ただの農場の道で、下が舗装されてはいない。

 このまま雪が降り続いたら、スタックしてしまうかもしれない、と香山は思った。

「大丈夫なのか?」

「多分、雪はそう降らないはずなので」

 車が農場の奥、平屋の長い建物の前についた。

「神河社長はなぜこんなところに」

「社長のメッセージアプリの通信記録を見ると、誰かに呼び出されたっぽいです」

「社長の土地ではないし、社長も同じように鍵を借りたのか」

 横田は車を下りた。

「どうでしょう。見ての通り、門は飾りで、ちょっとした車なら門の脇から入って来れちゃいますからね」

「呼び出した者が乗りつけた車もここにいたということになるな」

「ここと社長宅を行き来するとドラレコの記録は消えてしまうようなので、先にいた車があったとか、後から車が来たのか、とか、そういう詳細はわからないんです」

 香山はコートの前を合わせ、風を避けるため襟も立てた。

 横田が進む方には、建物の入り口があった。

 鍵を使って出入り口になっている扉を開けた。

「中に入ったのは分かっているのか?」

「実はそこまでは分かっていないんです。今やった通り、さっき鍵は掛かっていました。ただ、当日も鍵は貸してないそうですから……」

「別の入り口があるのか、この建物は利用しなかったのか」

 香山は警戒した。

 まさか、神河社長はここで殺されていた?

 自宅の壁に散弾が残っていたのは確かで、それは第一発見者の証言と一致する。

 だが、実際に殺しがここで行われていたのだとしたら……

「まて、安易に中に入ると」

 横田は全く気にしないまま建物の奥へと入っていく。

 農機具や肥料などなのだろうか袋に入ったものが積まれていた。

 作業台や袋の陰で見えなかったが、奥ではロッカーが横倒しになっている。

 ここは使われていないのだろうか。

「……」

 香山は入ってきた扉に戻った。

 靴を脱がないで建物のためか、出入り口の扉は内開きになっていた。

 農場にある建物で、外に雪が積もる可能性を考えれば、内開きも理にかなっているように思えた。

 扉は両側にシリンダーがついていて、どちらも鍵で施錠するようになっていた。通常は、内側はサムターンと言って、ひねって鍵を施解錠出来るようにしてあるものだが、この扉は内外両方ともシリンダーになっている。

 簡単に言えば、鍵がないと内側からでも扉は開けられない。

 考えられる可能性は二つ。

 神河社長をこの場所に呼び出した人物は、鍵を複製して持っている。

 二つ、神河社長とは建物には入らず、外で会った。

「横田くん、メッセージは農場に来いというだけだった?」

「メッセージ的にはそうです。音声通話したと言う記録も残っています。ただ、音声はログが取れないので、何を話していたかはわからないし、掛けてきた携帯番号は盗難品でした」

「盗難って…… 回線停止してなかったのか?」

 横田はいくつか室内の写真を撮りながら、言った。

「盗まれたこと自体に気づいてなかったらしく。もう回線は止めましたが」

 香山は、再び建物の奥に進んだ。

 足ものにある倒れた『ロッカー』をじっと見ている。

 横田はスマホで時間を確認すると、香山の方へ近づいてきた。

「そろそろ神河社長が、笹川に『家に来い』とメッセージを…… って、どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」

「寒いから車に戻りましょう」




 横田が運転する車が、神河の家に着いたのは夕方だった。

「農場からは結構時間かかりますね。往復で午後まるまる潰れてしまった」

「事務所に立ち寄りそうなものだが」

「ああ、そうか。例えば農場で殺され、自宅に遺体を持ってきて、そこで散弾銃で撃たれた、と言うことを考えてますか? 社長は既に死んでいるから会社に立ち寄らないと」

 香山は無言で肯定していた。

「農場からここにくる途中、社に電話しているみたいですね。社員さん曰く、その場で翌日の指示もあったらしいから、あらかじめ録音されたものとかではなく、生きた本人の声で間違いなさそうです」

「うーん、殺害はやっぱりこの場所で行われたと言うことなのか」

 香山は当日の出来事を時系列にまとめた表を見る。

「笹川も事務所で電話を受ける必要があるから、前後、ここに来ることはできないか」

 横田は頷く。

「やっぱり銃を盗んだ者が、イコール、神河社長を殺した者と思いますね」

「だが、何をどうやって使えばあんな扉の開け方ができるんだ」

「ちょっと待って、中から車出てきます」

 神河社長宅から、一台の車が出てきた。

 神河涼子(りょうこ)が運転する車だった。

「ずいぶん派手に着飾ってどこへいくんでしょうかね」

 香山がボソッと言う。

「追跡しよう」

 横田はハンドルを切って車をターンさせ、涼子の後を追い始めた。

 車はしばらくして、別の大きな家に入っていく。

 横田はゆっくりとその家の前を通りすぎながら、ナビ上で地図を確認する。

「ここは、確か……」

 横田は車を路肩に寄せて止める。

 そして助手席の香山と顔を合わせた。

 二人は同時に同じこと言った。

青海(おうみ)の家だ』 




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