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社長宅

 智子(ともこ)は勤務を終え、事務所を後にした。

 ドライバーの山村(やまむら)を待っていたのだが、途中で連絡があって、配送が残っているから事務所側だけ閉じて帰っていいということになったのだ。

 街中を出るとすぐ社長の広い自宅についた。

 今年、雪は多くはないが、冬の間雪が溶けないので避けた雪は家と道の間で壁のように積もっている。

 智子は敷地の中に車を止めると玄関に近づいていった。

 インターフォンを操作するが、一向に反応がない。

 帰ろうと思いかけたがスマホを使って、社長にメッセージを入れた。

 すぐ『既読』に変わった。

『智子、何かいる』

 社長宅に訪問するため休んでもらっていたにかかわらず、ルビーの意識が目覚めた。

「どう言うこと?」

『私が感じられるのは……』

 ルビーが感じるならば『吸血鬼がこの近くにいる』ということだ。

「まさか、社長が?」

 智子が運送会社に入る時、社長が直接面接にきてくれた。

 当然ながら日中に行動する人だった。

 であれば彼本人が吸血鬼であることはないだろう。

 智子は扉に触れると、簡単に開いてしまった。鍵がかかっていない。

「社長!?」

 宅内に入ると、智子の中のルビーが体の感覚を奪っていく。

『こんな時に靴を脱がないで』

「けど、何事もなかった場合、私すごく無礼なことをしていることになるの」

『困った文化ね』

 智子はコートは脱がず、靴はコートのポケットに突っ込んだ。

「社長、いますか? 笹川(ささかわ)です。呼ばれた通りに」

 宅内を歩いて進んでいく。

 初めて入る社長宅に戸惑いながら、長い廊下を進みきると広いリビングがあった。

 誰もいない。

 クリーム色で統一された部屋に毛足の長いラグマットが敷かれ、室内はとても暖かかった。

 後ろを振り返ると、廊下と並行して二階に上がる階段があった。

 突然、炸裂音がした。

「えっ!」

 それは智子が人生で初めて聞く銃声だった。

 音は二階から聞こえてきた。

 智子は急いで廊下方向に戻り、真っ直ぐつながっている階段を上った。

『私に体を預けなさい。銃を持った奴が近くにいるのよ!?』

 吸血鬼だとはっきりするまで、智子はある程度の感覚以上をルビーに渡すつもりはなかった。

『いざとなってからでは間に合わない』

 階段半ばから警戒しつつゆっくり上がっていく。

『声、うめき声だわ。社長、まだ生きてるんじゃない?』

 智子は慌てて階段を上った。

 敵対する相手を警戒して、死にかけている人を救うことを忘れていた。

 救急車を呼べばまだ間に合うかもしれない。

 容体を確認しないと。

 智子は二階に上がると、リビングの真上にあたる部屋の扉を開けた。

「社長!」

 社長は何も反応できない。出血が酷すぎるのだ。

 血液が吹き上がっている様子を見ているうち、智子は気が遠くなっていく。

 意識が遠くなりながら、ルビーに体を奪われていく。

 ルビーは社長が意識を取り戻すことはないと判断した。

「私が連絡しとく」

『名前をいいまち変えないで、私は笹川智子。そこに倒れているのは神河(かみかわ)社長。ここの住所は……』

 意識が乗り替わると、姿形も全てがルビーハートリッジへと変化していく。

 スマホで救急隊に連絡し終えると、ルビーは部屋をでた。

 犯人はどこに消えた?

 血の気配は遠ざかってしまったが、今なら多少跡は追えるはずだ。

 彼女は集中して二階の空気を感じ取る。

「メルヴィン……」

 いや、メルヴィンの眷属ということもあり得る。

 智子、つまり自分が社長の部屋に入ったのを見て、すれ違うようにして階段を降りていったようだ。

 ルビーはスマホで時刻を確認した。

 九時半。ここまで車に乗って約十分。

 社長の寝室に戻ると、社長のスマホが電源ケーブルが繋がれた状態で画面が表示された状態になっていた。

 智子との『トーク』の画面になっている。

「……」

 外から救急車のサイレンの音が聞こえる。

 ルビーは智子の意識を起こして、体も智子に戻す。

 智子は急いで家の外に出て、救急隊を招き入れる。

「連絡したのは貴方?」

 智子は頷いて、社長宅に招き入れる。

 救急隊が二階に入った時、部屋に放り出されていた猟銃につまづいた。

「えっ!」

 もう一人の救急隊の男が、智子に言う。

「警察は!? 警察には連絡しましたか?」

「……」

 私は気を失って、連絡はルビーに任せていた。

「わかりました、こちらから連絡します」

 一人がベッド横までいき神河社長の死を確認した。

「申し訳ないですが、すでに亡くなっています」

 腕時計を見ながら、時刻をメモした。

「警察の判断の後、病院に運びます」

「誰が、猟銃を撃ったんですか? 亡くなられたご本人ですか?」

「わかりません、部屋に入った時には撃たれていて……」

 智子の後ろにいた救急隊の一人が、彼女の言葉に被せるように言う。

「おい、やめろ、そういうのは警察に任せるんだ」

「奥さん、気を確かに」

「あの、私『奥さん』じゃなくて」

 救急隊の全員が智子の顔を振り返った。

「娘さんですか?」

「いえ、社長の経営する運送会社の社員です」

 血のつながりのない人間が第一発見者。

 社長と言っているし、ここがお金持ちの家であることは明白だ。

 亡くなった社長が、智子に比較して高齢であることもわかる。

 おそらく、彼らが思ったことはこうだ。

『ここにいる女性は、社長の愛人に違いない』

 微妙な空気が流れる中、やがて警察が到着した。

 智子は玄関に下りて、出迎えた。

 私服の警官で、スラックスの後ろポケットから警察手帳を出した。

「道警の横田(よこた)です。えっと、どちら様で?」

「笹川智子と言います。神河社長の運送会社で働く社員です」

「笹川智子さんね。……えっ、ご家族の方は?」

 智子は首を傾げた。

「さあ」

 智子はそう答えると、横田にじっくりと観察されてしまう。

「あなた、その上着(コート)に突っ込んだ靴はなんです?」

「あっ、えっと……」

「情報からすると、通報したのは、あなたじゃありませんよね。けど、めちゃくちゃ色んなこと聞きたいので、あとで署に来てもらいます。じゃ、現場に案内してもらえますか?」

 智子は戸惑いながら、社長が殺された寝室に案内する。

 持ってきた手袋を嵌めながら、横田も寝室に入る。

 彼は倒れている社長、落ちている銃を見て言った。

「こんな至近距離からぶっ放したって訳ですか」

「銃声がした時、私は下の階にいて……」

 横田は慎重に部屋の中を進みながら、独り言のように話し続ける。

「壁に幾つか弾が抜けてます。これは散弾ですね」

 智子は社長の体を見ることが出来なかった。

「撃たれた方は、こちらの家の『神河社長』で間違い無いですかね」

「私も何度もあったわけでは無いですが、面影はあってますし、状況から間違いないと思います」

「はぁ!? あなた、何度もあったことがない社長の家に上がり込んでるんですか?」

 智子は慌ててスマホのメッセージアプリを開く。

 そして社長からのメッセージを、横田に見せる。

「こんなメッセージをもらって、事務所の佐藤(さとう)さんも、家の手伝いをするために社員を呼びつけることがあるよ、というので、初めてご自宅に来たんです」

「そのタイミングで社長が死んでしまうって、笹川さん、あなた相当運が悪い」

 横田が誘うように笑みを浮かべるので、智子はつられて笑おうとした。

「いやいや、笑い事じゃないでしょう」

 智子は思った。

 まずい。この刑事は完全に私を容疑者にしている。

 私の服に硝煙反応が『ない』とか、銃に私の指紋が『ついていない』とか、そう言ったことで、無実は証明できるに違いない。

 智子はそんな風に軽く思っていた。

「すぐに鑑識もきます。鑑識がきたら、あなたの指紋を取らせていただきたいのですがいいですね?」

「……」

「笹川さん、確認したいんですが、あなたは社長とどんな関係ですか?」

 周りの救急隊員の様子から、聞き耳を立てているのがわかる。

「あの、ただの社長と社員です」

「まあ、ここじゃ言いにくいでしょう。社長の奥さんと連絡取れますか?」

「いえ、私はそういう情報はなくて」

 横田は小刻みに首を縦に振ると、社長のスマホを手に取った。

 そして、智子に画面を見せてくる。

「これ、あなたとのやりとりですね」

 思い切り『笹川智子』と表示されていて、否定しようもない。

「ええ」

「あなたさっき、家の手伝いを頼まれてここに来た、と言ってませんでしたか? 何も書いていない。時間と、場所と、『来い』とだけ」

「あの、家の手伝いというのは事務所の佐藤さんと話した時に……」

 横田は社長のスマホの画面を、彼が持っていたスマホのカメラで撮影した。

「そうでしたか。まあ、それでもたったこれだけのメッセージで自宅にくる関係というのはどうなんですかね」

 その時、階段を上がってくる大勢の足音が聞こえた。

 智子が振り返ると、鑑識の方々だった。

「横田刑事、ここですか?」

「ああ、始めてくれ」

 横田が智子を部屋から連れ出すように腕を引いた。

 寝室を出て二人が階段を下り始めると、階下から甲高い叫び声が聞こえた。

「主人が死んだ!? ふざけないで頂戴」

 横田は急足で階段を下りていく。

「あなたが奥さんの……」

「神河涼子(りょうこ)です」

「ご遺体の確認を」

 横田が二階に上がろうと誘導するが、彼女はじっと智子を睨みつけている。

「あなたが噂の愛人ね。よくも堂々とこの場にいられるわね」

「愛人なんかじゃありません」

「じゃあなんでここにいるのよ」

 横田がなだめに入った。

「この人は社員さんで、メッセージアプリで来るように言われただけらしいです」

「ただの社員がこんな時間に社長宅に呼び出されて来るって、性的なおもちゃにでもされてたのかしら」

「社長とはそういう関係、何もありません!」

 智子が必死で訴えるが、涼子は相手にしないまま、二階に上がっていった。

 横田が制服の警官に指示すると、本人は涼子を追って二階に消えた。

「笹川さん」

 制服の警官がメモを持って智子の元にやってきた。

「状況を伺っておきたいのですが」

 ここへ来て智子はようやく、まともに経緯を説明することができた。




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